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第2期が終了!海を守る起業家の支援プログラム

この記事のポイント
世界中で深刻化している、魚や貝などの過剰な漁獲や、海洋環境の悪化。こうした問題の解決に「持続可能なシーフード」を通じて取り組む個人起業家を支援する「OCEANチャレンジプログラム」の第二期が終了しました。これはWWFジャパンとImpact HUB Tokyoが共同で運営するもので、2018年3月16日には参加起業家による事業計画発表会を開催。投資家や水産業関係者、報道関係者など約60名が参加し、海の保全につながるビジネスモデルのアイディアについて、意見交換を行ないました。

海の自然を守りながら使うために

自然の恵みである魚や貝などの水産物は、海の環境や生態系の一部として重要なだけではなく、食糧資源として人の暮らしと密接に繋がっています。

しかし、天然の水産資源は「獲り過ぎ」により資源量が減少。世界で消費されている天然水産物の約32%は獲り過ぎまたは枯渇、約50%が既に獲り過ぎギリギリの状態とされています。つまり健全な資源状態を維持しているものは、わずか20%弱にすぎないのです。

海の資源量や回復のスピードには限りがある一方で、増え続ける魚食需要を賄うために増加している養殖業も、エサの原料となる天然魚の資源減少や海洋環境の悪化を受け、より環境に配慮した生産方法が求められています。

これらの課題を解決するため、WWFは環境に配慮した「持続可能な水産業」を広げる取り組みの一つとしてMSC(海洋管理協議会)やASC(養殖管理協議会)といった国際的な認証制度の普及に取り組んでおり、日本でも企業を中心に認証製品の取り扱いが広がってきました。

一方、日本の水産事業者の大半を占める中小規模事業者の中には、持続可能な生産に関心があるものの、大消費地からは遠い地域ではそうした情報が手に入らない、進め方がわからない、相談相手や協働者がいない等の理由で取り組みが進められていない例が多く見られます。

また環境に配慮した取り組みも、ビジネスとして適切な収益を得られる経営構造にならなければ、事業者は活動として続けていくことができません。

そうした事業者の計画策定支援と、既存の仕組みにはまだない斬新でユニークなアイディアを持った個人起業家の発掘を目指して、WWFジャパンと、起業家支援を行なうImpact HUB Tokyoは共同で2016年に「OCEANチャレンジプログラム」を開始しました。

© Michel Gunther / WWF

環境保全とビジネスの両立を目指して

第2期目となる2017年12月から2018第年の3月までの4ヵ月間には、選考を経て6名の個人起業家が参加。計7日間のワークショップを通じて、各自がビジネスを通じて解決に貢献したい課題と、実現するための仕組み作りを繰り返し分析・発表しました。

WWFからは海の環境保全や水産資源の持続可能な利用の観点から、またImpact HUB Tokyoからはビジネス戦略作りの観点から助言や事例の共有をし、起業や経営に関する法律や手続き上発生し得るリスク、効果的な宣伝方法や、事業の収益構造の見直しなどについては外部の専門家を招いて議論を重ねました。

ワークショップ日以外には、想定される顧客層や関係先への視察やインタビュー、意見交換といった宿題を各自で実施。水産業界が抱える課題や、事業を進める上で障壁となり得る要素を分析して参加者間で共有し、各自の事業計画案の改善を進めてきました。

発表会の開催と今後への期待

2018年3月16日(金)には、起業家や投資家、水産業関係者や報道関係者などを招き、事業計画案の発表会を開催。

プログラムを通じて事業の方向性や計画が明確になってきた5名の参加者が発表を行い、約60名の参加者と質疑応答を通じて意見交換したほか、今後各自の取り組みを拡大して行くための協力者を募りました。

これらの取り組みが、今後どのような形で結実するかはまだ分かりません。

しかし、持続可能な水産業や海の環境保全に関心のある個人事業者が、同じ資源を利用する地域社会や環境問題や経営の専門家、また同じ志を持つ事業者と繋がりを持ち続けることは、今後海の環境を守る取り組みを広げる大きな機会となり得ます。

WWFジャパンとImpact HUB Tokyoは、本プログラムの第2期卒業生の取り組みが、事業を通じてますます拡大していくこと、そして今後より多くの起業家、より多くの消費者が、海を守る活動に主体的に参加することを期待しています。

「OCEANチャレンジプログラム」第2期終了発表会 開催報告

発表会の概要、また各登壇者の発表内容は、以下よりご覧ください。

日時  2018年3月16日(金) 19:00~21:00
場所  LIFULL Table 東京都千代田区麹町1-4-4 1F
参加者数  約60名

集合写真

発表会では、本プログラムの第1期卒業生が経営する、サステナブル・シーフードレストラン「BLUE」から、MSC認証の水産物を使用した食事が提供されました。

水産資源の需要と供給のミスマッチを減らすために

最初の発表者は、飲食店と漁師を繋ぐ鮮魚直販アプリを開発・運営している、株式会社SAKAMAの柴田 壮潤さん。

©Soujyun Shibata

システムエンジニアとして魚の産直販売プラットフォームの開発に携わった際に、売り手である漁師や、買い手である飲食店を訪問して課題を整理したところ、鮮魚流通独自の商習慣や流通経路の複雑さから多くのミスマッチが起き、水産資源の無駄使いにつながっていることに問題意識を持ちました。

魚を供給する漁師側の課題としては、既存の流通経路では、一定品質以上のものは生産方法に関わらず市場相場で値段が決まってしまう上に、魚価も下落傾向で生活が苦しいこと。漁獲量が減っていることを肌身では感じていても、生計を維持するためにはたくさん漁獲しなければならないこともあると言います。

また海中で見えない自然資源が相手のため、いつ、何が、どのくらいの量獲れるかが変動し、都度販売できる内容の情報発信をして個別の売り先を確保することが難しく、鮮度が命で長期間の保存も難しいことから、量や魚種が不揃いなものや人気のないものは、魚網に入っていても水揚げせず廃棄することも多いと聞きます。

一方で魚を仕入れる飲食店側には、経営戦略として差別化を図るために、同じ魚でも生産者の顔が見えるものや、より環境に配慮して生産された魚があれば、付加価値を払ってでも仕入れたいという需要があります。しかし、そういった生産者をどのように探すのか、そして必要量を賄える分だけ仕入れられるのか分からないという声が多く聞かれました。

もともと業務効率改善のためのシステム開発を得意としていた柴田さんは、電話やFAX中心の取引を、操作が簡単なアプリに集約することで両者を繋げ、需要と供給のミスマッチを防げればと、既存の鮮魚流通プラットフォームのリニューアルを目指し、このプログラムに参加しました。

©Soujyun Shibata

発表会では、来場者から「漁師の高齢化や後継者不足が顕著な中、スマートフォンアプリは使ってもらえるのか」、「環境配慮の担保として、MSCやASC認証製品の取り扱いは今後検討する予定か」等の質問が寄せられました。


先ずは30~40代をターゲットに開発を進め、より広い層に使いやすいよう改善していくことや、環境への配慮については国際認証を含めて今後検討していきたい旨をお伝えしました。

小規模・家族経営で目指す、持続可能な生産

次の発表者は、北海道オホーツク海沿岸にある雄武町で、約100年続くサケ定置網漁師の4代目に一人娘として生まれた、佐藤漁業部の遠藤 友宇子さん。

11月に入ってから獲れる期間限定のサクラマスを、祖母・母と共に無添加のスモークサーモンに加工し販売しています。先祖代々住むオホーツク地域の美しい自然を誇りに思っており、持続可能な漁業のあり方を学び今後の道筋を模索するためにこのプログラムに参加しました。

加工したスモークサーモン

北海道産の魚は日本国内でもブランド力が強く値崩れはおきにくいと言われていますが、天然だからこそ年により漁獲量が変動し、地域によっては漁獲量が減っているところもあります。

海の中の資源状態は目で見渡せないからこそ、未来の海の環境や資源状態に漠然とした不安を持っており、
持続可能な生産を目指して地域で何ができるのかを探るために検討を始めました。

加えて直近の経営課題としては、女性だからこそ、漁に出る男手に何かあった場合には原料となる魚の仕入れも困難になるため、今後は先ず鮮魚仲買人の資格を取得し、原料調達をしていきたいと発表しました。

参加者からは、ぜひ製品を買いたいとの声が多く寄せられたほか、今後の取り組みの進め方や販売方法について活発に意見交換がされました。

水産資源の減少が経営を圧迫

次の参加者は、宮崎県島浦島で養殖業を営む3代目、有限会社結城水産の結城 嘉朗さん。

島浦島は歴史的にイワシ、サバ等の巻き網漁業で栄え、その豊富な魚資源を軸に、水産加工業や養殖業が発展してきました。しかし、漁獲量は年々減少を続け、地域の経済も衰退。約20年前のピーク時には20軒以上いた養殖業者も、経営状況の悪化から今では3軒にまで減ってしまいました。

©Yoshiaki Yuuki

養殖の様子

その主な原因は、養殖魚に与えるエサの原料となる天然の小魚の資源減少による、エサ代の高騰。一方で生産した魚の販売価格も数十年間横ばいのまま値止まりして経営を圧迫し、水産業の衰退と共に島の人口も減る一方だと言います。

島浦島の海は多様なサンゴが生息するため、ダイビングスポットとして観光客にも人気があり、地域でも海の自然を大切にしたいという雰囲気は強いものの、問題の根底にある水産資源減少の解決は簡単ではありません。大きなテーマだからこそ、地域を越えて多くの生産者や企業、自治体が長期的に取り組む必要があるためです。

島浦島の美しい自然を残しつつ、また地域の暮らしも続けていくためにも、より持続可能な生産を担保する枠組みに参加したいと考えてはいるものの、直近の課題として経営状態の改善が急務です。

発表会では、先ずは島内の観光施設等と連携した販売促進イベントの開催、情報発信を通じた直販に取り組みたいと発表しました。

発表後には、養殖魚の卸売りをしているという参加者からブランディングによる販売価格の高め方についてアドバイスがあったほか、自然の観光資源を利用したビジネスモデルについても活発な意見交換がされました。

食糧供給の新たな一手に

次の発表者は、陸上養殖と水耕栽培を掛け合わせた生産方法「アクアポニックス」の日本での普及を目指す、Now Aquaponics代表の邦高 柚樹さん。

「アクアポニックス」とは、養殖魚の水槽と水耕栽培のパイプをつなぎ、魚から出る有機物をろ過して水耕栽培の畑に流し込むことで、自然環境下の循環と似た状況で魚と野菜を同時に生産するシステム。

©Yuzuki Kunitaka

アクアポニックスの展示。規模は両手サイズから工場生産サイズまで自由に設定できる。

完全陸上養殖でほぼ自然の循環を再現できる上、排水も出ないことから、水も省資源で、環境に配慮した新しい生産方式で、環境配慮意識の高い欧米や、海に面していない内陸の国等では普及が進んでいます。

普及が進んでいるオランダで学び技術や知識を得た邦高さんは、魚種や植物種の組み合わせや水質管理等を研究しながら、東京都内の施設で試験的にアクアポニックスを導入し、事業計画の策定を進めていることを発表しました。

来場者からは、新しい概念として面白いという声が多く寄せられる一方で、「初期の設備投資費の負担が大きく、事業として収益を得て経営を続けることは可能か」という質問がありました。

これに対しては、生産した魚や野菜の販売のほか、生産している施設内をエコツアーとして集客し、環境教育プログラムを運営することで、数年で回収できる見込みであることをお伝えしました。

地産地消で目指す、地域漁業の再生

最後の発表者は、島根県隠岐諸島 海士町漁業協同組合の藤澤 裕介さん。

もともと釣りが好きで、日本各地に根付く魚食文化を体験するのが好きだった藤澤さんは、東京の出版社勤務時代に出会った、漁業の変遷と共に進行する深刻な水産資源減少に警鐘を鳴らした本「魚のいない海」に強い衝撃を受け、自分も何かしたいと退職を決意。

漁業が盛んで、外部からの移住者や若手起業家の受け入れにも積極的な海士町へ移住し、漁協職員として勤務を開始したものの、直面したのは島唯一の定置網漁は赤字経営で、地域の漁業自体が最早崩壊寸前という現実でした。

赤字経営の主な原因は、島で獲れた魚の島内消費の減少と、島外への出荷に伴う負担の増加による負の循環。

島内の高齢化や共働き家庭の増加で、切り身でない魚を捌くのは大変、また大きな魚を一尾買っても食べきれないという声が増え、加工流通の体制が整っていない島の魚は次第に島外へ出荷されることが増えました。しかし、そうした変化は輸送コストや、輸送時間が多くかかる分の鮮度低下等、離島ならではの負担が増え、魚価の低下も相まって漁業経営を圧迫していました。

©Yusuke Fujisawa

漁の様子

島内にスーパーはなく、小さな商店が数店あるのみですが、島外や海外から入荷した地物でない切り身の魚ばかりが並びます。

島内での消費拡大による収益増加を試算したところ、島民2,300名が1日82円分、島の魚を消費すれば、定置網漁業の経営が赤字から転じることがわかりました。

そこで、使われていない水産加工場の営業を漁協が再開し、島の魚を食べやすく加工して島内の商店に卸すことで、先ずは地域の定置網漁の再建を目指すことを発表しました。

発表会では、加工した水産物の消費拡大方法について質問があり、今後は地域の学校と連携したプログラムを検討するなど、海の環境問題の普及も含めた可能性を探っていきたいとお伝えしました。

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