第1期が終了!海の自然を守る個人起業家の支援プログラム


世界の海で深刻化している、魚や貝などの過剰な漁獲や、海洋環境の悪化。この問題への取り組みの一つとして、新たにスタートした「OCEANチャレンジプログラム」の第一期が終了しました。これは、WWFジャパンとImpact HUB Tokyoが共同で、持続可能な水産業を目指す個人起業家を支援する取り組みで、2017年4月16日には、参加した起業家による第一期の事業計画発表会を開催。投資家や個人起業家、水産業関係者や報道関係者など約60人が参加し、海の保全につながるビジネスモデルのアイデアについて、意見交換を行ないました。

「海の自然を守る」新たなビジネスをめざして

自然の恵みである、魚や貝、カニやエビなどの水産物。 豊かな海に囲まれている日本では、漁業や養殖、その加工や販売といった形で、古くから地域の経済基盤としても広く利用されてきました。

しかし、水産物の「獲り過ぎ」による過剰な利用により、日本各地で水産資源の減少が深刻化。海洋環境の悪化も招いているほか、地域の暮らしも圧迫しています。

これらの課題を解決するため、WWFは環境に配慮した「持続可能な水産業」を広げる取り組みの一つとしてMSC(海洋管理協議会)やASC(養殖管理協議会)といった国際的な認証制度の普及に取り組んできました。

日本各地で水産業に携わる人の中には、現時点ではこうした国際的な認証の取得が難しい、個人や家族での経営を含む中小規模の事業者の割合が高く、制度の普及の課題になっています。

今後日本でも「持続可能な水産業」を進めていくためには、すでにMSC認証などを取得している大企業だけでなく、中小規模の漁業者を含めたより多様な事業者による取り組みの広がりが重要となります。

そこで、WWFジャパンと起業家支援を行なうImpact HUB Tokyoは共同で2016年11月に「OCEANチャレンジプログラム」を開始しました。

これは、持続可能な水産業を志す個人起業家と、ユニークなビジネスアイデアを募集し、今後の持続可能な漁業へのチャレンジを広げることを目的としたものです。

第一期の実施では、選考を経て5名の起業家を採用。

約3ヵ月間のプログラムを通じて、各事業がより環境的・社会的な影響力が大きくなるよう、またビジネスとして経営も成り立つよう、事業計画案の改善を支援してきました。

海を守り、持続可能な漁業を推進するビジネスを目指して

第1回目の開催となった2017年1月~4月のプログラムに参加した5名の起業家は、 約3ヵ月間の内で計3回、全7日間に渡るワークショップに参加。

各自がビジネスを通じて解決に貢献したい課題と、それらを実現するための仕組み作りを繰り返し分析・発表し、多様な分野の専門家の指摘を踏まえて事業計画案の改善を図りました。

WWFからは、海の環境保全や水産資源の持続可能な利用の観点から、またImpact HUB Tokyoからは、個人での起業を成功させるためのビジネス戦略作りの観点から助言や知識の共有を行なったほか、起業や経営に関する法律や手続き上発生し得るリスク、また効果的な宣伝方法などについては外部の専門家を招いて、事業計画案のブラッシュアップを重ねました。

事業計画案を繰り返し修正していく中でも最も大変な作業となったのは、解決したい海の課題への貢献度と、現状の個人事業の規模・資金・人材で実現し得る方法のバランスを見極めることでした。

世界で繋がっている海の環境や、回遊する水産資源を守るための活動は、時にその範囲や規模、協働すべき関係者などが膨大で多様であり、「海を守りたい」という起業家の想いが強いあまりに、時に個人事業の収益構造や、先行投資の回収が充分に見積もれていないリスクが露見することもありました。

ワークショップの様子

参加者の集合写真

海の持続可能性を高め、その取り組みを確実に広げていくためには、その事業の収支のバランスや、働く人の労働環境も、無理なく続けていける形でなくては長く続けることができません。

海を守る観点を尊重しつつ、事業自体の持続可能性が確保されるよう、細かな想定での分析と議論を重ねました。

また、ワークショップ日以外には、想定される顧客層や関係先への視察やインタビュー、意見交換といった宿題を各自で実施。水産業界が抱える課題や、事業を進める上で障壁となり得る要素を分析して参加者間で共有し、各自の事業計画案の改善を進めてきました。

発表会の開催と今後への期待

約3ヵ月間に渡るワークショップの最終日となった2017年4月16日(日)には、起業家や投資家、水産業関係者や報道関係者などを招き、事業計画案の発表会を開催。

事業モデルが現実的になってきた4名が、プログラムを通じてブラッシュアップしてきた事業計画案を発表し、約60名の参加者と質疑応答を通じて意見交換を行ない、今後各自の取り組みを拡大して行くための協力者を募りました。

これらの取り組みが、今後どのような形で結実するかはまだ分かりません。

持続可能な水産業や海の環境保全に貢献する取り組みを、ビジネスの一部として取り込み、拡大していくことは簡単ではないからこそ、そのような志を持ち、自ら行動を起こす個人事業者同士の繋がりを持ち続けることは、ビジネスチャンスを広げる大きな機会となり得ます。

発表会で司会進行をつとめるImpact HUB Tokyoの岩井さん

発表会の様子

WWFジャパンとImpact HUB Tokyoは、本プログラムの第1期卒業生の取り組みが、事業を通じてますます拡大していくこと、そして今後より多くの起業家、より多くの消費者が、海を守る活動に主体的に参加することを期待しています。

また、今後は2017年秋頃から、OCEANチャレンジプログラムの第2期生の募集を開始。第1期となった今回のプログラム参加起業家へのOBインタビューも予定しています。


「OCEANチャレンジプログラム」第1期終了発表会 報告

発表会の概要、また各登壇者の発表内容は、以下よりご覧ください。

日時 2017年4月16日(日) 14:00~17:30
場所 Impact HUB Tokyo
東京都 目黒区目黒 2-11-3 印刷工場1階
参加者数 約60名

過剰利用と資源減少の「負の循環」を止めるために

発表する三浦さん

発表会最初の登壇者は、出身地である愛媛県の宇和島で、地魚を原料とした練り物製品「じゃこ天」の加工・販売業を営む、有限会社宇和島屋 代表取締役の三浦清貴さん。

古くから漁業が盛んな宇和島でも漁獲量の減少が年々深刻化し、このままでは地元の水産資源が枯渇するだけでなく、地域の水産業者の暮らしも危機的な状況に陥ってしまうと危機感を募らせ、本プログラムに参加しました。

発表会では、漁業の管理として、産卵期には漁を行わない漁獲制限や、違法操業の取り締まりなどを行っているものの、じゃこ天の原料となる資源の減少は依然として深刻であることを説明。

現場では、漁獲量が減ることで不足する分を補うべく、小さな魚まで漁獲してしまい、小さな魚で必要量を満たすために漁獲する個体数が増えてしまう結果、本来は産卵を経て回復するはずの数が増えず、更に資源の減少が加速する「負の循環」に陥っていると訴えました。最近では、地元だけではなく、海外からの原料調達も仕方ないという状況です。

その上で、個人の事業の中で少しでも課題の解決に貢献する仕組みとして、また地元の原料にこだわって、地元で水揚げされずに捨てられている魚を代替品として原料に活用する「天の配合」という新商品開発への取り組みを進めていることを紹介。

以前は手のひら大の成魚が主だった原料も、近年では指先ほどの小さい魚まで使用しなければ賄えないと嘆く事業者も多い。

三浦さんが製造している宇和島の特産品「じゃこ天」は、魚の皮や骨も丸ごとすり身にして蒸しあげた伝統的な郷土加工食品で、多様な魚種を混ぜた加工ができます。

それゆえに、原料となる魚種の配分が毎回異なる場合には、色味や食味が毎回異なることから、一般的なスーパーや小売店への販売は手続き上難しく、理解を得られた地元の幼稚園や学校への販売に限定されてしまいます。

発表を聞いた参加者からは、水産資源減少という大きな課題の解決に個人で挑む難しさを理解するコメントがある一方で、「天然資源を回復させるためにも、産卵期の数か月のみではなく数年間という単位で禁漁してはどうか」、また「養殖への切り替えはできないのか」といった質問が寄せられました。

同じ製造方法でも、その日獲れた魚種により色味や食味が異なるため、地元では古くから、自然が織りなす、天のみぞ知る配合という意味を込め「天の配合」と親しまれてきた。

しかしこれらの方法を含む思い切った解決策をとることは簡単ではなく、地元の水産業者の生活を更に圧迫することにならないようなサポート体制はもちろん、確実な効果を得るための計画の策定や、地域住民の理解、協力が必要となります。

引き続き地域の水産業関係者と連携して解決策を探ること、またこの取り組みに支援・協力してくれる仲間を募集していることをお伝えし、発表は終了となりました。

捨てられている魚を、過剰利用種の代替品に

発表する田中さん

次に登壇したのは、日本各地の漁港から買い付けた地魚の卸売販売を営む、株式会社食一 代表取締役の田中淳士さん。

アジ、サバ水揚げ日本一の市場である長崎県松浦で、130年続く魚の仲買業を営む家で生まれ育った田中さんは、「昔ほど魚が獲れなくなってきた」という漁獲量の減少、またそれに伴う漁業者の収入の減少と後継者不足を、身近な現実で起きている問題として日々感じてきました。

その一方で、知名度が低い、見た目が変わっている、漁獲量が安定しない等の理由で値段がつかず廃棄されている魚も多くあることを知り、獲りすぎている魚の代替品として活用すべく、産地直送の水産物卸事業を開始。

魚種の珍しさや、地域独自の食べ方を付加価値として提供することで価格を引き上げ、また飲食店の価格帯やメニューの内容に応じた販売内容を提案、販路を獲得し続けることで、漁獲量の減少により困窮する漁業者の収入増に貢献してきました。しかし、問題の根底にある水産資源の減少を解決しない限りは「持続可能な水産業」は成り立たないと危機感を募らせ、OCEANチャレンジプログラムに参加。

WWFジャパンからは、捨てられている魚を利用することは投棄魚の削減という観点と、資源量が減っている魚種の代替品の可能性として評価できるとしつつ、魚種によっては既に資源量が減少しているなど、持続可能でない場合もあることを伝え、より良い改善策を共に模索してきました。

ミシマオコゼ。値段が付かず捨てられていたものの、現在は珍しい魚種として 高値で取引されている例もある。

発表会でも、参加者から「今は利用されていない魚種だとしても、今度はその魚種の資源量が減ってしまえば、持続可能とは言えないのでは」との指摘があり、「IUCN(国際自然保護連合)による、絶滅のおそれのある生物種のリストである「レッドリスト」を参照し、現在の事業で取り扱い量が多い種については、少なくとも絶滅危惧のリスクが少ないことを確認した」ことを田中さんから説明しました。

日本各地で水産資源の減少が一刻を争う程に深刻な問題である中で、より多様な事業者が、新しいアイデアを持って、自身に出来ることから行動を変え始めることが、水産資源や海の環境を守ることに繋がっていくという認識を、参加者間で共有する機会となりました。

MSC・ASC認証の水産物を、レストランで気軽に

発表する松井さん

次に登壇したのは、ファッションやインテリアのデザインを得意とし、服飾品販売のお店を経営してきた株式会社DRESSNESS 代表取締役社長の松井大輔さん。

出身地である福井県の港町で、「水産資源の減少」を自身の実体験として感じた際の強い衝撃から、海の保全活動に強い関心を持ち起業を決意し、2015年にはMSC・ASC認証の水産物を使用した日本初となる飲食店を、福井県でオープンしていました。

海の環境や水産資源などに配慮して生産された水産物の国際認証である「MSC・ASC」の製品を材料として購入したとしても、そのラベルの表示を受け継いだまま自身の店舗で利用するためには、買い手自身も審査を受け、「CoC(Chain of Custody)認証」を取得しなければなりません。

これは水産物の水揚げ後から、加工や流通を経て、最終的な消費までの透明性を担保し、消費者が安心して選択するための仕組みとしてとても重要なものです。その仕組みを導入するためには、適切な申請手続きと管理、費用負担など踏まえた経営計画が鍵となるからこそ、個人企業家として初の試みとなった松井さんの事業は、開店当初から多くの注目を集めてきました。

しかし、「持続可能な水産物」を利用した商品への需要が想定以上に伸びず、経営状況に課題を感じた松井さんは2016年、福井県での店舗を閉店し、東京へ移転・リニューアルオープンすることを決意。開店準備を進めながらOCEANチャレンジプログラムに参加し、より多くのお客様の共感を得られるよう、新店舗のコンセプト設計や広報戦略の見直しに注力してきました。

松井さんのレストランのメニューには8種類ものMSC・ASCメニューが並ぶ。

発表会でも参加者から、新店舗での方針や、売り出し方についての質問が相次ぎました。

「認証製品のみをメニューの食材として扱うのか」という質問に対しては、「福井県での店舗では認証製品のみだったが、新店舗ではメニューの幅を広げるため、認証製品も含む、サステナブル(持続可能)な商品のみを仕入れるという調達方針を策定した」と回答。この調達方針とは、企業が商品を仕入れる際の基本ルールとなるもので、WWFからもアドバイスを続けてきました。

調理方法や味はもちろん、盛り付けや演出にもこだわり、 より幅広い層に楽しんでもらえるよう工夫を重ねた。

また、MSCやASCなどの国際認証ラベルの研究をしているという参加者からは、「エコラベルや、持続可能性を謳った商品は日本でも増えてきた一方で、まだそれだけでは購入に至らない一般消費者も多い。福井県での店舗でも経営に苦労したとあったが、新店舗では他の飲食店との競争に打ち勝つための差別化として、サステテナブルだけではない強みはあるか」との質問もありました。

これに対しては、「レストラン経営で最も重要となるのは、やはり美味しい食事。そこに加える付加価値として、地域の特産素材の利用や、MSC・ASCを始めとする持続可能な食材の利用など、様々な要素を加えていきたい。」と回答。

先ずは美味しいレストランとして多くの人に繰り返し訪れてもらい、その食事を通じて自然と認証製品の利用が増え、またより多くの人が認証製品や、海の保全にも関心を持つキッカケとしてほしいと希望を語りました。

そして発表会終了から約2週間後、松井さんは東京の千歳烏山に新店舗「サステナブルシーフードレストラン BLUE」をオープン。テレビや雑誌など多くのメディアにも取り上げられました。

「魚で魚を育てる」に替わる、新たな養殖飼料の開発を

発表する葦苅さん

そして最後に登壇したのは、大学で商学部に在学しながら、持続可能な養殖飼料の研究と事業化の準備を進めている葦苅 晟矢さん。

出身地である大分県で盛んな水産養殖業者の間で、エサ代の高騰による経営難が深刻化していること、その要因はエサの主原料である小魚の漁獲量減少による価格上昇であることを知り、「魚で魚を育てる」仕組みに変わる、持続可能な生産方法を模索してきました。

そして世界の食糧不足を解決する新たな栄養源として「昆虫」が注目されていることを知り、さまざまな昆虫を例に分析を開始。その中でも特に栄養源として優れ、人工繁殖が容易な「コオロギ」に着目し、研究機関や町工場の協力を経て研究開発に取り組んでいます。

OCEANチャレンジプログラムには、研究技術として確立後に実際に事業として起ち上げ、経営を成り立たせるための仕組みや段取り作り、また食品の原料として受け入れられるための売り出し方の改善を目指して参加してきました。

プログラム中では、これまで多くの個人起業家の事業戦略作りをサポートしてきたImpact HUB Tokyoや、既に事業を立ち上げた経営者である他の参加者からも、ビジネスとして成立させるための戦略や仕組み作りの助言と議論を重ね、事業計画案の具体化を進めました。

発表会では、実際に魚の陸上養殖業に携わる参加者から「動物性タンパク質である魚粉の価格が高騰している一方で、植物性タンパク質のエサには食い付きが悪く、またその魚を食べた際の味も異なるので、昆虫飼料には大いに期待したい」とした上で、食味の分析結果についても質問がありました。

雑食性の昆虫のエサには、形や見た目などの問題で値段 が付かない野菜や、加工時に捨てられてしまう部分などの活用も期待できる。

これに対し葦苅さんから、現在は飼料としての生産効率と、その飼料を与えた魚の成長効率に先ず焦点を当てているものの、今後は食味の分析を進めたいと回答。

食品として口にするものだからこそ、環境に配慮され、生産コストが安いだけではなく「美味しさ」も判断基準として消費者に求められるという、「持続可能な水産物の生産」をビジネスとして成り立たせることの難しさが浮き彫りとなりました。

終了後、参加者との記念撮影

全ての発表が終了した後には、参加者との懇親会を実施。参加していた水産業関係者や投資家、個人起業家や報道関係者との挨拶や意見交換を通じて、ビジネスの機会や事業計画の視野を広げる機会となりました。

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