© Cayetano Espinosa / WWF Chile

チリ「命の海」を守る10年間の活動の軌跡

この記事のポイント
豊かな生物多様性を育むチリ南部の海。ここには、500万羽もの海鳥をはじめ、シロナガスクジラといった絶滅危惧種、固有種のチリイルカなど、さまざまな生きものが生息しています。この大自然を支えているのが、複雑なフィヨルドの地形と湧昇流、そして南極から北上する海流。それによって発生する豊富なプランクトンが、生きものたちの命と、海の恵みを糧に生きる地域の人々の暮らしを支えています。しかし、1970年代以降に広がったサケ(サーモン)養殖の拡大や、水産資源の過剰漁獲、さらには気候変動などにより、この海の自然は大きな影響を受けてきました。WWFジャパンは2014年から、WWFチリと共に、この生命あふれるチリ南部の「命の海」を守る保全活動を展開。この10年におよぶ取り組みの成果は、今まさに実を結び始めています。
目次

南米チリ「命の海」を守る!国境を越えたWWFの取り組み

500万羽の海鳥が生きる海

南北に4,300kmにおよぶ海岸線を擁する南米のチリ。

日本からみて地球の裏側に位置するこの国には、世界でも屈指の豊かな生物多様性を誇る「命の海」が広がっています。

養殖場の網を破ってサケを食べてしまうため、「害獣」として殺されるケースが起きている。
© Marcelo Flores / WWF Chile

養殖場の網を破ってサケを食べてしまうため、「害獣」として殺されるケースが起きている。

生息数の減少に、サケ養殖場の影響があることも示唆されている。
© Sonja Heinrich/ WWF-Chile

生息数の減少に、サケ養殖場の影響があることも示唆されている。

夏になるとチリの海へやってきて小魚などを大量に捕食。子育てに必要な体力をここで蓄えている。
© Shutterstock / Tomas Kotouc / WWF

夏になるとチリの海へやってきて小魚などを大量に捕食。子育てに必要な体力をここで蓄えている。

泳ぎは得意だが、漁網にかかると溺れてしまう。
© Makoto Yoshida / WWF Japan

泳ぎは得意だが、漁網にかかると溺れてしまう。

ここには、ペンギン類やミズナギドリ類など500万羽にのぼる海鳥をはじめ、世界最大の野生動物であるシロナガスクジラや、チリ固有の希少種チリイルカ、さらには海獣類のオタリアやミナミウミカワウソといった、絶滅危惧種を含むさまざまな野生生物が生息。さらに、豊富な水産資源にも恵まれており、国際的にも豊かな漁場として知られています。

この海の生物の多様性と高い生産力を支えているのは、アンデス山脈の氷河が作り上げたフィヨルドの美しい地形がもたらす良好な水質と、南極から沿岸を北上してくるペルー海流(フンボルト海流)、そして深層から表層へ向けて湧き上がる湧昇流が育む豊富なプランクトンです。

特に、このプランクトンを主食とするアンチョベータ(ペルーカタクチイワシ)は、多くの野生生物の命を支えているとともに、世界で最も漁獲されている魚としても知られ、主要な漁業国であるペルーだけでなく、チリにとっても重要な水産資源です。

「命の海」に迫る危機

しかしこの海は、深刻な危機にさらされてきました。特に、水産資源の過剰漁獲や、大規模なエルニーニョ現象によって生じたアンチョベータの激減の影響は大きく、一年で100万羽の海鳥が死ぬ事態も発生。1950年代には2,000万羽以上いたとされるその総数も、現在までに4分の1以下まで激減してしまいました。

さらに、沿岸域でのサケ(サーモン)養殖の急拡大も、サケの食べ残しや排泄物などによる水質汚染、抗生物質の多量な使用による薬剤耐性菌の発生に対する懸念など、自然環境や生態系への深刻な影響が危惧されてきました。

漁網が絡まったマゼランペンギン
© naturepl.com / Enrique Lopez-Tapia / WWF

漁網が絡まったマゼランペンギン

この他にも、漁網や養殖場の網にペンギンやアシカなどが誤って絡まり、命を落とす「混獲」や、こうした野生動物を害獣として駆除する問題も発生。地域の漁業や養殖業を、環境や海の野生生物にも配慮した、「持続可能」なものに改善するための取り組みが、急務とされています。

この問題に取り組むため、WWFジャパンは2014年より、WWFチリと協力して、特にチリ南部の海域での保全活動に取り組んできました。

日本は、チリ産の養殖サケの主要な輸入国。輸入されるサケ・マス類の約6割がチリ産で占められており、この海域の自然環境や生きものたちの暮らしにも、深くかかわっています。

国境を越えた協力のもと、日本をはじめ世界の食を支えるチリの水産業を、持続可能なものに転換していく取り組みは、世界でも屈指の豊かな海の生物多様性を守ることにつながる挑戦です。

これまでにも、日本の多くのWWFサポーターの方々のご支援で実現してきた、チリでのプロジェクトの中から、今回は特に、主な活動4点とその10年間の進展、そしてこれから継続して取り組むべき内容について報告します。

活動1:野生生物の状況を調べて保全に活かす

「謎多きイルカ」チリイルカの保全計画の完成へ

WWFチリでは、海の豊かさの象徴である、シロナガスクジラやマゼランペンギン、チリイルカなど野生生物の生息状況の調査を実施。調査結果をもとに、特に固有種のチリイルカの保全計画づくりに向けた活動を進めています。

チリイルカの調査は、野生生物の調査団体ヤクパチャと協力し、
2016年から開始。日本からの支援のもと、情報の乏しかった希少種チリイルカの個体数や生態、また漁業や養殖業など人間が利用する海域と、生息域の重なりなどを明らかにする取り組みを行ないました。

その結果、重要な生息海域として想定されていた、チロエ島と周辺におけるチリイルカの生息状況が判明。調査で得られた情報をもとに関係者との話し合いを重ね、2025年には、チリイルカの保全計画を完成させ、実施に向けた活動につなげる予定です。

カメラを構えてチリイルカをねらいます
©Sonja Heinrich/ WWF-Chile

カメラを構えてチリイルカをねらいます

チリイルカは世界でこのチリ南部沿岸にしか生息していない、希少なイルカの一種で、生態や生息域などが長く謎に包まれていた一方、混獲の犠牲が多発するなど、絶滅のおそれがあるのではないかと心配されていました。WWFによる取り組みは、この危機の打開に向けた大きな一歩となる取り組みです。

活動2:海洋保護区の管理を強化する

チリ初の海洋保護区の管理計画を策定

チリ南部の沿岸では、ここ10年で海洋保護区に指定される海域が増えています。しかし、保護区内であっても、漁業や養殖などの生産活動が認められている場合も多く、保護区としての適切な管理が課題になってきました。

そこで、WWFは2015年から、チロエ島と本土を隔てる湾の一つコルコバド湾にある「ピティパレーナ・アニーウェ海洋保護区」で、管理計画づくりを支援。地域住民と協力し、サケ養殖企業とも対話を行ないながら、持続可能な利用方法を策定しました。

海の利用を持続可能なものにし、自然との共存を長く実現していくためには、地域で暮らす人々や、地元でビジネスを営む企業関係者の、理解と参加が欠かせません。

WWFチリはこうした人たちとの交渉を通じて、信頼と関係の構築につとめ、この取り組みを実現。

2020年1月には、チリの環境省による正式な承認を通じて、チリでは初となる、地域住民と協力した海洋保護区の管理計画が誕生しました。

今後も地域住民や行政機関などの関係者と協力しながら、保護区の管理者を対象とした研修などを通じ、チリ全体の保護区の管理強化に取り組んでいきます。

また、新たな取り組みとして、「海洋空間計画」の作成にも着手。保護区以外の場所でも、持続可能な海の利用に必要な手立てを明らかにしていきます。

活動3:サケ(サーモン)養殖業を環境や社会に配慮した形に

目標を上回るASC認証の取得を実現

チリの海に大きな影響を及ぼしているサケの養殖は、これに従事する約5万人の人の暮らしも支えてもいます。

そこでWWFは、養殖企業に対し、環境や人権に配慮した養殖の国際認証「ASC認証」の取得を働きかけるとともに、チリ政府にも、持続可能なサケ養殖業への転換を強く求めてきました。

この取り組みでは当初、2020年までにチリ産の養殖サケの15%が、ASC認証を取得することを目指していましたが、2022年には、養殖サケ生産量の約30%が認証を取得。

目標を大きく上回る成果をあげることができました。

日本でもASC認証サケの普及をはじめ、持続可能なサケ養殖業への転換に取り組む
© WWF Japan

日本でもASC認証サケの普及をはじめ、持続可能なサケ養殖業への転換に取り組む

日本に輸入され販売されているASC認証を取得したチリ産のサーモン。こうした厳しい基準をクリアした認証製品は、取り扱う企業の理解や協力も得て、日本でも広がってきています。

活動4:小型浮魚類の漁業を持続可能な形に転換する

アンチョベータ(ペルーカタクチイワシ)やベンティンクニシンといった小型の魚は、小型浮魚類と呼ばれ、チリの海の生態系を支える重要な魚。

何百万羽という海鳥や大小の鯨類、海獣類など、多くの野生生物が、主食として頼る生きものです。

同時に特にアンチョベータは、チリからペルーにかけて広く大量に生息し、世界の海で漁獲される天然の魚類の漁獲量の5%以上を占めるほどの重要な水産資源。主に魚粉や魚油の原料として、世界中で利用されています。

しかしチリでは、アンチョベータはすでに過剰漁獲の状態、ベンティンクニシンは過剰漁獲一歩手前の状態にあり、海の生態系への悪影響を招き、その豊かさは失われつつあります。

そこでWWFは、アンチョベータやベンティンクニシンの資源量の評価手法の改善や、それに基づく漁業管理の改善など推進。

この取り組みを通じて、漁業者をはじめ、政府機関や研究機関と協力しながら、持続可能な漁業の実現を目指しています。

「命の海」を守るために、ぜひご支援ください

担当オフィサー(海洋水産グループ吉田誠)からのメッセージ

担当オフィサー(海洋水産グループ吉田誠)
© WWF Japan

担当オフィサー(海洋水産グループ吉田誠)

日本のWWFサポーターの皆さまよりお寄せいただいたご支援により、チリの海を守る活動は、10年を迎えることができました。誠にありがとうございます。

私たちにとってこの取り組みは、世界の海の生物多様性を守るための、大事な活動の一つです。

チリの海の自然は、「食」を通じて日本とも確かにつながっています。

「命の海」であるチリの海は、実際、本当に多くの生きものたちの命を育んでいますが、そこには私たち日本人も含まれています。

ですが、この海が今、危機にさらされているということは、まだ日本では十分には知られていません。

この海とつながり、支えてもらっているチリの海の未来を守るために、日本からの支援が引き続き重要となっています。

みんな、チリの海に支えられている。

そんな気持ちを、あらためて日本の皆さまと分かち合いながら、保全に向けたさらなる一歩を踏み出したいと思っています。

WWFジャパンでは2024年9月から約半年間、この活動へのご寄付を広く呼び掛けるキャンペーン「海流の贈りもの~みんなチリの海に支えられている~」を実施しています。

私たちが地球の裏側のチリの仲間たちと取り組んでいる活動を、より確かな成果のあるものにできるように。

ぜひ、ご賛同とご支援をいただきますようお願いいたします。

【期間限定】世界屈指の豊かな生物多様性が広がる、南米チリの海。WWFの海洋保全活動をご支援ください
チリの活動への寄付募集特設サイト「海流の贈りもの ~チリの海に支えられている~」

海流の贈りもの

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