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世の中の機運を醸成 - IUU漁業対策強化を目指して -

この記事のポイント
世界の海洋環境を脅かす、IUU(違法・無報告・無規制)漁業対策の今後を検討する「水産流通の適正化推進会議」が2024年9~10月に開催されました。WWFジャパンのスタッフも委員として参加した本会議では、対象魚種1魚種の追加とさらなる対策強化への道筋がつけられました。これは、環境問題と人権侵害など多くの問題をはらむ、IUU漁業の撲滅に向けた動きを強化・加速するものとして、日本にとって重要な動きです。この成果の背景には、関係する国・企業・メディア・市民などのステークホルダーの対策強化に関する意識の高まりがありました。この世の中の機運がどのように作られたのか、IUU漁業プロジェクトの活動を報告します。
目次

多様なステークホルダーへの働きかけ

世界の各地で海洋環境問題の原因とされ、複合的な要因が絡み合って生じている IUU (違法・無報告・無規制) 漁業。

この問題を解決するためには、社会を構成する、多種多様な関係者(ステークホルダー)への働きかけが不可欠です。

WWFジャパンは、海外のWWFオフィスや他のNGO、研究機関と連携して、国(水産庁)や地域漁業管理機関(RFMO)、水産物を取り扱う企業・団体、漁業者・養殖業者に対し、IUU漁業根絶のための仕組みの強化の働きかけ、持続可能な水産物の生産と消費に関しての取り組み支援などを行なってきました。

IUU漁業対策プロジェクトを開始した当初、日本では「IUU漁業」というキーワード事体が、ほとんど知られておらず、問題として認知されていない状況でした。

その状況において、多様なステークホルダーへ働きかけるために、持続可能な水産業への取り組みをしている団体・企業とともに、IUU漁業対策に関して共同で活動することを目的に 2017 年に、「IUUフォーラムジャパン」を発足させ、それぞれの団体の強みを生かし、各ステークホルダーに対する働きかけを行なってきました。

2022年12月には、日本のIUU漁業対応政策の柱となる新法「特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律」(以下、「水産流通適正化法」)が施行。

それから2年後の2024年9月に、水産庁主催による「水産流通の適正化推進会議」が開催され、WWFジャパンのスタッフも委員としてこれに参加し、今後の改善に向けた提言を行ないました。

ここまでの2年間にわたる働きかけと、活動の成果について、、市民(マスメディア・消費者)、マーケット(企業)、国(水産庁)のステークホルダー別に報告します。

市民:IUUを「知ること」から ―世の中に新しいキーワードを

「IUU漁業」という言葉の認知度は、日本社会では低く、解決するべき課題として認識されていない状況がありました。

2022年半ばの時点で、「IUU漁業」を取り上げた大手メディアは、ほぼゼロに等しい状況でした。

そこでWWFジャパンは、IUU漁業問題というキーワードを社会の共通言語とするため、まずは、多くの人に広く届けることを目的とした取り組みを強化しました。

そのために行なったのは、メディアでの報道の獲得を通じた、日本社会に向けた発信です。

個別に各メディアの記者に問題や採るべき対応を伝えるところからスタートし、メディア関係者向けの勉強会や記者会見の開催、資料集の作成、取材の対応など、多岐にわたる活動に取り組みました。

環境問題をこれまでほとんど取り上げたことのないメディアの関心を喚起するための取り組みの一つが、IUU漁業にひそむ奴隷労働問題を扱った、ドキュメンタリー映画『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』(配給:ユナイテッドピープル)の日本誘致です。

これによって、IUU漁業が持つ、人権問題としての問題にも注目することで、環境問題への関心が低い層やメディアに対し、より広く、IUU漁業問題の提起をすることができ、「新しい話題」として多くのメディアで取り上げられる例が増加しました。

2022年9月には、NHKクローズアップ現代でも特集が組まれ、大きな反響を呼ぶこととなりました。
https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4706/

また、こうしたメディアでの報道や映画を通じ、IUU漁業問題の実態を「知る」機会を創出した上で、IUU漁業撲滅に向けた署名活動も実施。

問題を知った方が、そこで立ち止まるのではなく、その意識を、署名という形で見える化し、WWFジャパンに託していただきました。

約2年間で集まった署名は、1万2,362筆。WWFジャパンは、これを2024年3月1日、森健水産庁長官に署名を提出しました。

これを提出した時期は、「水産流通適正化法」の制定時にタイムラインとして示されていた、2年後の対象魚種見直し(2024年12月)の約1年前にあたります。

IUU対策「水産流通適正化法」施行 残された課題とは?(2022年12月)
https://www.wwf.or.jp/activities/activity/5202.html

このタイミングで、IUU問題に対する社会の意識と、見直しを求める世論を国に示すことで、見直しの動きに強めていくことを目指しました。

IUU漁業への法制度強化を求める署名を水産庁長官に提出(署名活動報告)(2024年4月)
https://www.wwf.or.jp/activities/activity/5591.html

この時点では、IUU漁業対策のカギとなる、「水産流通適正化法」の見直しに向けた具体的な予定は見えておらず、見直しのための検討委員会の開催も明示されていませんでした。

しかし、署名の提出を受けて、水産庁の森健長官は、「皆さんの期待を裏切らないように、日本政府としてもIUU漁業対策の強化についてしっかりと検討していきたい」と語り、その模様はメディアでも大きく取り上げられました。

こうした取り組みも、半年後の2024年9月に開催された「水産流通の適正化推進会議」につながったといえます。

また、WWFジャパンでは、「水産流通適正化法」改正予定の1年前にあたる2024年の年初に、IUU漁業問題への訴求をさらに加速させるため、タイの人権NGO「LPN」の共同創設者であり、漁船における奴隷・強制労働者の救出活動に尽力している、人権活動家パティマ・タンプチャヤクル氏を、日本に招へいしました。

パティマ氏の活動は、WWFジャパンが日本に誘致した映画『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』で取り上げられ、国際的にも注目をあびました。

その当事者の声を通じて、日本のすべてのステークホルダーにIUU問題の実態と対策強化、行動変容を訴えるため、WWFジャパンはパティマ氏とともに、メディア・消費者、シーフードの調達側である飲食業界、流通業界、そして、日本の生産者(漁業者)の元を訪れ、日本の取組みを学ぶとともに、積極的にIUU漁業問題の実態と対策強化を訴えました。

【訪問先】
  • 日本記者クラブ(記者会見)
  • きじま みなとみらい店(和食店)
  • レフェルヴェソンス(フレンチレストラン)
  • 日比谷コンベンションホール(映画上映会イベント)
  • 宮城(生産現場の取組み視察)
    • 明豊漁業株式会社
    • 株式会社ヤマナカ
    • 石巻魚市場
    • 宮城県水産高等学校
    • 石巻モスク
    • 株式会社臼福本店
  • 豊洲市場(仲卸業者)
  • 能登(生産現場の取組み視察)
    • 石川県漁業協同組合小木支所
    • 石川県立能登高等学校 地域産業科水産選択
  • 水産庁
日本記者クラブでの記者会見
© WWF-Japan

日本記者クラブでの記者会見

都内のフレンチレストラン・レフェルヴェソンスにてスタッフ向けにIUU漁業についての勉強会を行ないました。食材を扱う飲食業界への認知拡大も重要な一歩となります。
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都内のフレンチレストラン・レフェルヴェソンスにてスタッフ向けにIUU漁業についての勉強会を行ないました。食材を扱う飲食業界への認知拡大も重要な一歩となります。

パティマ氏の日本招へいは、IUU漁業問題にひそむ、環境問題と人権問題を一つに結び付け、二つの問題が同時に同じところで発生しており、双方を解決していく必要があるというメッセージを一貫して強く打ち出すことにつながりました。

また、そのことが、メディアや世論の関心を喚起・広める結果となりました。パティマ氏が、水産庁への署名提出にも参加したことも、より多くの報道の実現につながりました。

パティマ氏の2週間にわたる日本招へいの記録は、こちらの動画にまとめられています。

署名を通じて、多くの皆様より、ご賛同ならびに応援の声をWWFジャパンへ託していただきましたこと、誠にありがとうございました。世の中の関心の高さが報道や署名の数を通じて可視化されたことは、IUU漁業対策強化にむけた国(水産庁)の意識や取組みの後押しにつながりました。

マーケット:国内水産企業13社とともに共同宣言書を提出

メディアや世論への働きかけと並行して、WWFジャパンならびにIUUフォーラムは、水産物流通に携わる主要企業への働きかけを継続してきました。

その結果、水産物流通に携わる主要企業において、IUU漁業問題に対する危機感の高まりがみられました。

そして、第2回「水産流通の適正化推進会議」(2024年10月3日)開催を前に、IUUフォーラムジャパンは、水産物流通に携わる国内主要企業13社と協働で、水産庁に対し、「水産流通適正化法」の強化をはじめとした、IUU漁業および人権侵害対策の更なる改善を求める共同宣言書を提出しました。

複合的な要因が絡み合うIUU 漁業の問題には、もはや一企業だけでは対処はできず、国、企業、NGO等が一丸となって取り組んでいくことが必要です。

そのため、IUU漁業撲滅を願う日本の主要ステークホルダーとともに宣言書を水産庁に提出できたことは、画期的な事柄であり、IUU 漁業対策強化をめざす政府の大きな後押しとなりました。

共同宣言書、プレスリリースは、IUUフォーラムジャパンウェブサイトに詳細
https://iuuwatch.jp/news/joint_statement_20241001

国(水産庁):法制度強化にむけての働きかけ

2024年3月1日、世論の現れである署名の提出とともに、IUUフォーラムジャパンは、森健水産庁長官に、IUU漁業への対策強化を求める要望書を提出しました。本要望書は、IUU漁業対策の根幹である水産流通適正化法の強化などを求める内容です。

また、2024年3月11日には、外務大臣宛に同様の要望書を提出。経済局長および漁業室長と意見交換を致しました。安全保障分野にとっても重要な課題であるIUU漁業対策に対し、関係省庁や各種ステークホルダーが連携し、問題解決にあたることの重要性を再確認することができました。

要望書の提出についての詳細:
https://iuuwatch.jp/news/joint_statement_20240301

しかし、この3月時点では、検討会の開催はまだ予定が見えていない状態でした。

WWFジャパンならびにIUUフォーラムジャパンは、要望書の提出後も、国際会議等を含むさまざまな機会を捉え、水産庁や政治家へのはたらきかけを継続してきました。

「水産流通の適正化推進会議」成果報告

こうした対話や情報提供を積み重ねた結果として、2024年9~10月にかけて、「水産流通の適正化推進会議」が開催され、WWFスタッフならびにIUUフォーラムジャパンのメンバーの検討委員としての参加が実現しました。

この会議は、IUU漁業の撲滅に向け、2022年に施行された「水産流通適正化法」の運用の振り返り、見直し、さらなる強化を検討するための会議です。
会議では、今後「水産流通適正化法」で規制対象とする魚種の拡大だけでなく、広くIUU漁業対策をどのように進めるかについて議論が行われました。
その結果、以下のような対策強化の方針となりました。

  • 第1種(国内種)対象魚種として太平洋クロマグロを追加
  • IUU漁業の影響を強く受けるハイリスク種の選定と、規制対象の拡大可能性の明示
  • 規制対象種の追加を阻害する課題の洗い出し
  • 生産現場から最終消費地までのフルチェーントレーサビリティの推進(主にシラスウナギ)
  • EUのシステムとの連携・規格統一の検討
  • 人権問題の対策の必要性の確認

配布資料・議事要旨は、水産庁ウェブサイト「水産流通の適正化推進会議」に詳細
https://www.jfa.maff.go.jp/j/kakou/240924.html

今後のIUU漁業撲滅にむけて

IUU漁業プロジェクトにおける、各ステークホルダーへの広い働きかけ、また人権問題とリンクしての問題提起ならびにアクションの創出は、日本社会、政府のIUU漁業対策強化にむけた機運の醸成、意識向上という大局的な変化を起こしたという点において、大きな成果が得られました。

また、消費者であり、国民である、一人ひとりの変容を求める声が、法律を変える、政策を動かす一助となることを示すことができた好事例となりました。

しかし、IUU漁業対策としては、日本は世界有数の水産物輸入市場の一つであるにもかかわらず、いまだ欧米各国の対策レベルに追い付いていないこと、人権問題含め課題解決にはさらなる強化が必要なこと、など取り組むべき内容が多くあります。

WWFジャパンでは、さらなる対策強化を目指して、各種のステークホルダーへの働きかけを強化し、国際的な海洋問題であるIUU漁業の撲滅に向けた取り組みを継続していきます。

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