次期政権に期待すること:2つの危機への対応加速を


自民党総裁選が9月29日に予定されている。その後、遠くない将来に衆院選をひかえる特殊な状況だが、今後、どのような形で新政権が誕生するのであれ、WWFジャパンは、気候危機と生物多様性の減少という2つの未曾有の危機に対して、これまで以上に取組みを加速化することを期待する。

本年もまた、西日本から東日本で発生した記録的な大雨によって、各地で様々な水害が発生した。世界に目を転じても、カナダ西部での異常高温、米カリフォルニアでの大規模火災、豪雨によるドイツや中国での洪水、マダガスカルでの干ばつといった被害が発生している。8月にはIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が第6次評価報告書の第1作業部会報告書を発表し、気候変動が人為的活動を原因とすることには疑いがないこと、世界全体の平均気温の上昇を1.5℃に抑えるためには、もはや一刻の猶予もなく対策の強化が必要であることが、改めて強調された。それを受けて10月末〜11月にイギリス・グラスゴーで開催される予定の国連気候変動会議・COP26においては、世界各国による対策強化が議論となることは必定である。

他方で、生物多様性喪失の危機も同時に進行し、かつ気候変動によって加速している。WWFの『生きている地球レポート2020』は、世界の生物多様性が過去50年で約68%減少していることを示している。2019年に発行されたIPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)の報告書も、世界中で進行する種の絶滅、野生生物の数の減少、生息地の減少などが、人々にも便益をもたらす生態系サービスの劣化に繋がっていることについて警告を発している。その知見も踏まえ、2020年に生物多様性条約事務局がまとめた報告書GBO-5(地球規模生物多様性概況第5版)は、10年前に設定された生物多様性に関する20の「愛知目標」のうち、完全に達成できたものは一つもないという検証結果が示された。こうした事態をうけ、今、国際社会は、本年10月および来年4月に開催予定の生物多様性 に関する国連会議・COP15において、生物多様性に関する新しい国際枠組みを策定する重大な局面に入っている。

新政権が直面するのは、こうした国際潮流の中で、いかに気候変動と生物多様性という2つの危機への取組みを加速できるかという課題である。これら2つの危機は不可分のものであり、同時に解決を目指すことによってのみ初めて、持続可能な社会を築いていくことができるとWWFは考える。

WWFジャパンは、新政権に対して、以下に挙げる事項を強く要望する。

1.脱炭素化へ向けた対策を、途切れることなく加速・強化すること

「50%への高みに向けた挑戦」を継続すること

菅首相は、昨年10月の所信表明演説において、2050年までのカーボン・ニュートラルを宣言し、本年4月には、これまでの2030年温室効果ガス排出量削減目標を2013年度比「46%削減とし、さらに、50%の高みに向けて、挑戦を続けていくこと」を宣言した。さらにカーボン・ニュートラル目標が法制化されたことは日本の気候政策の継続性を担保することであり、評価される。世界全体でCO2排出量の2030年45%削減(2010年比)が必要である中、新興国の大幅削減を促すためにも、先進国日本は可能な限り、50%削減の高みを目指していくべきである。

「カーボンプライシング(炭素の価格付け)などの実効力のある政策の導入」

46%、さらに50%の削減目標を達成するための具体的な実行策のドライバーとなる政策が非常に乏しいのが問題として残された。第6次エネルギー基本計画案や地球温暖化対策計画案、さらにパリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略案などの重要計画も、これまでの産業界の自主行動計画に大きく頼る姿勢から抜け出しておらず、炭素の価格付け政策もいまだ「専門的・技術的な議論を進める」にとどまっている。「成長に資するカーボンプライシングに躊躇なく取り組む」との表明にしたがって早期にカーボンプライシング政策を導入するべきである。特に炭素価格は、産業構造の転換を促すには、将来にわたる炭素価格がどのようにあげられていくか(たとえば2030年にはトン当たり1万円、2040年には1万5千円など)の予見可能性が、企業の投資判断に重要である。

「2030年に向けてエネルギー改革を進める事、具体的には再生エネを50%に引き上げ、石炭火力を廃止していく」

2030年の電源構成では、再エネ36〜38%、原子力20〜22%、石炭19%、LNG20%、石油等2%、水素・アンモニア1%と示されたが、これで2030年の削減目標46%(2013年比)を実現するには現実味が乏しい。再エネのポテンシャルを過小評価することなく、50%に引き上げ、非効率石炭火発のみならず、すべての石炭火発の廃止計画を、期限を切って明示していくべきである。また原発を20%以上見込むことで、非化石電源比率を従来計画より引き上げたが、現状10基未満、電源比率にして4%程度しか稼働していない中、46%削減目標達成に最も重要となる非化石電源比率を59%と示している以上、原発が目標を満たさなかった場合の代替案を明記したうえで、段階的廃止の方針を出すべきである。

2.2030年までに生物多様性を減少から回復に

“ネイチャー・ポジティブ”に向けた生物多様性国家戦略の策定

2030年までに陸域・海域それぞれの30%を保護・保全するという“30×30”の確実な確保を求める。また日本の消費・生産活動による国内外のフットプリントを最小限とし、ネイチャー・ポジティブへの軌道を確保するために必要な施策を十分に検証すべきである。特に、生物多様性の経済的価値の「見える化」をすすめ、金融セクターを含めた企業による生物多様性に向けた参画を求めていくことが必要である。

プラスチック汚染を解決するため、法的拘束力のある国際枠組の早期発足に向けて貢献すること

日本が提唱した、2050 年までに海洋プラスチックごみによる追加的な汚染をゼロにまで削減することを目指す「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」を、さらに大幅に前倒しで達成するためにも、世界の社会経済システムを、大量生産、大量廃棄、大量流出から、適正な生産と確実な資源循環、ゼロ・ウェイストへと転換させていくことが必要である。新政権には、2022年2月の国連環境総会(UNEA)5.2において、プラスチックにつき法的拘束力のある新たな国際枠組を議論するための政府間交渉会合(INC)を着実に設置するために、各国政府と協調しつつ最大限貢献していくことが求められる。

水産物流通のトレーサビリティ確保に向けた制度充実

昨年12月、特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律(水産流通適正化法)が成立し交付された。この法律は、世界の海洋の環境を悪化させ、日本の国内漁業にも悪影響を及ぼすIUU(違法・無報告・無規制)漁業由来の水産物の取引を防止することができると世界から期待されている。一方、水産流通現場での実行可能性を考慮し、IUUリスクの高い一部の対象種のみで運用が開始される予定である。この法律の効果を最大限活用し、IUU漁業を根絶させるためには、今後、米国やEUなどの関係各国との連携を強化するとともに、この法律の対象を全魚種に拡大することが必要である。世界有数の水産大国としての責任と役割を果たすため、IUU漁業廃絶にむけたリーダーシップを期待する。

パンデミック対策にワンヘルスの生態系の健康の視点を盛り込むこと

新興感染症の発生、拡大には、土地改良のための森林伐採や過剰、または違法な野生生物の利用や取引といった環境破壊が影響しているおそれがある。次なるパンデミックを防止するためには、ワンヘルスの要素である生態系の健康が極めて重要であることから、環境破壊を助長する日本の野生生物の過剰な輸入や消費を削減し、また海外の野生生物管理についても積極的な支援を行うことを求める。

国内の世界自然遺産登録地における生息地保全および密猟対策等の取り組みを継続し、また地元主体のかかる取り組みを継続的に支援すること

日本国内のユネスコ世界自然遺産として、知床、白神山地、屋久島、小笠原諸島に次いで、今年新たに南西諸島4か所(奄美大島・徳之島・沖縄島やんばる・西表島)が登録された。登録後は観光需要や土地・資源利用の増加が見込まれ、人類共通の宝であるこれら登録地の自然の価値を将来世代へ継承していくためには、各地において保全の取り組みをより一層強化し、かつ継続することが求められている。特に南西諸島においては、登録地周辺や水域の利用が生物多様性に配慮して行われること、登録地以外も含めた南西諸島の希少野生生物の密猟・違法取引の防止、外来生物の生態系への影響低減、島内外への自然の価値普及といった取り組みを促進し、また地元主体によるこれらの取り組みを継続的に支援することが求められる。

上場会社のサステナビリティに関する情報開示を更に促すこと

最新版の「コーポレートガバナンス・コード」では、再編が予定されている市場区分のうち特にプライム市場上場会社に対して、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について開示の質と量の充実を求めている。この補充原則に追加し、気候変動のみならず、より幅広の環境(自然資本、生物多様性、森林、海洋、淡水等)に係る問題について、「TNFD(Task Force for Nature-Related Financial Disclosure:自然関連財務情報開示タスクフォース)」等の議論を参考として情報開示を進めるべきである。

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