日本企業SBT認定・コミット数が世界1位に
2024/09/20
- この記事のポイント
- 2024年8月末に科学に基づく企業の気候目標であるSBTの認定取得または取得することを約束(コミット)した日本企業の数がイギリスを抜いて世界1位となりました。これ自体は非常に誇らしいニュースですが、依然として課題も残されています。日本のSBTの現状と今後に向けた考察を紹介します。
SBT認定・コミットする企業数で日本が世界1位に!
科学による羅針盤、SBT
2024年8月、企業の温室効果ガス削減目標に関する国際的な認定であるSBT(Science-based Target)の認定取得または取得することを約束(コミット)した企業の数で、日本が世界で1位となりました。
SBTとは企業の温室効果ガス削減目標が科学的に「パリ協定」の1.5度目標に整合していることを示す世界的な認定のことで、2015年にWWFをはじめとするNGOなどによって設立されたSBTi(Science Based Targets Initiative)によって発行されています。
民間発ではありますが、世界の機関投資家が企業の脱炭素化の取り組みを評価する基準となっており、国際的なデファクトスタンダード(事実上の標準)となっています。
企業が、2030年、2050年といった中長期的な視野をもって、科学に基づく気候目標を掲げ、その達成に向けた行動の推進と進捗の評価にどう取り組んでいくのか。
それを示したSBTiのガイダンスは、世界全体での1.5度目標達成に向け、企業が科学と整合する道筋を描くための羅針盤です。
関連情報:Science Based Targetsイニシアティブ(SBTi)とは
日本企業が世界をリード
ここ数年、SBT認定を取得、または2年以内に認定取得することをコミットする日本企業数の伸びは目覚ましく、世界全体やアジアにおけるSBT参加企業の伸びを牽引してきました。
認定を取得した企業とコミットした企業の合計数を国別にみると、これまではイギリスが世界1位、日本はこれに次ぐ2位、そしてアメリカが3位に続くという順番となっていました。
また、認定を既に取得した企業数だけでみると、日本が1位、次いでイギリス、アメリカが続く形となっていました。
そして、2024年8月末についに、認定およびコミットしている企業の合計数でも日本がイギリスを抜き、世界1位となったのです。
どのような企業がSBT認定・コミットしているのか?
日経平均株価銘柄の企業の半数以上がSBT認定・コミット
SBT認定取得またはコミットしている日本企業のうち320社が大企業(※SBTi区分による、2024年8月末現在)です。
この320社のうち、2024年8月時点で東証プライム市場に上場している大企業は、約250社で、これはプライム上場企業全体の約15%にあたります。
また、日本の代表的な株価指数である日経平均の構成銘柄となっている企業225社のうち115社(51%)が認定取得またはコミットをしています。
セクター別(※SBTiによるセクター区分)にみると、電子機器や機械セクター、建設・エンジニアリングセクター、医薬品・バイオテクノロジーセクターなどの参加が多くなっています。
関連情報:日本企業脱炭素本気度ウォッチ
さらに、中小企業の認定の急増が、この1年の大きな伸びを支えました。
2023年1月時点で、214社だった中小企業のSBT取得数は、2024年8月には962社と、既に4倍以上に増えています。
これは、大企業を起点としたサプライチェーン全体での脱炭素のドミノが進みつつあることを示しているとも言えます。
排出量の大きな企業は出遅れている? 課題も浮き彫りに
脱炭素を日本企業が牽引しているのはとても喜ばしいことですが、一方で、依然として課題も残されています。
日経平均構成銘柄企業225社の全体で見ると51%の企業が取得コミットしていますが、この225社のうちGHG排出量が多い企業上位20社を見ると、SBT認定またはコミットをしている企業は5社(25%)のみ。
さらに最新のガイドラインである1.5度基準で認定を取得している企業はありませんでした。
つまり、GHG (温室効果ガス)の排出量が多い企業ほど、SBTの取得が遅れている可能性を示唆しています。
こういった企業の排出量は、小国1カ国分のGHG排出量に匹敵する例もあり、こうした企業が一刻も早く科学的・野心的な削減目標を策定することは非常に重要です。
また、米国フォーチュン誌が発行する世界の企業の総収入ランキングである「フォーチュングローバル500」にランクインしている日本企業40社をみると、SBT認定またはコミットをしている企業は14社(35%)どまりでした。
日本の多くの製造業や中小企業などが温室効果ガス削減の努力をしている一方で、世界中で大きな利益を上げ本来気候変動対策でリーダーシップをとるべき日本の少なからぬトップ企業が、グローバルな評価を得られる形で、科学的・野心的な削減目標を掲げていない現状には、大きな問題があると言えます。
(出典:フォーチュングローバル500
https://fortune.com/ranking/global500/search/ の情報にSBTi取得状況をWWFジャパン追記)
また金融機関についても、日本の金融機関のSBTの取得・コミットは残念ながら非常に少なく、現時点では日経平均株価に構成されている金融機関20社のうちSOMPOホールディングスがコミット、クレディセゾンが1.5度認定を取得しているのみです。
一方で、隣国の韓国では4大金融機関であるKBファイナンシャルグループ、新韓ファイナンシャルグループ、ハナファイナンシャルグループ、ウリィファイナンシャルグループを含む13社の金融機関が既にSBT認定を取得またはコミットをしています。
また台湾でも最大銀行の中国信託商業銀行を含む18社がSBT取得またはコミットをしています。
韓国や台湾も、日本と同様、現時点ではエネルギーミックスにおいて化石燃料火力発電に大きく依存していますが、それにも関わらず、金融機関が率先してSBT認定を取得している現状は、注目すべき点といえます。
改めて考えるSBTの価値
SBTは企業の気候アクションの前提
SBTは機関投資家へのポジティブなメッセージやサプライチェーンにおける生き残りといった理由から、日本だけではなく、既に世界中の多くの企業で認定が進んでいます。
加えて、気候変動対策で先行する欧州では、規制の世界にSBTが浸透してきています。
例えば、企業の持続可能性に関する情報開示について定める企業持続可能性報告指令(CSRD)や、企業デューデリジェンスについてのルールを定める企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)においては、SBTを取得することで、気候関連の要求事項の一部に対応できるようになっています。
具体的にはCSRDでは、企業は自社の温室効果ガス削減目標が、科学的根拠に基づき1.5度目標に整合しているかを説明することが求められていますが、SBTを取得していれば、この要求事項に対応することができます。
またCSDDDでは、企業は1.5度経路に整合した移行計画を策定する必要がありますが、SBTを取得しておけば移行計画策定の作業の重要な第一歩を既に完了しているとも言えます。
グリーンウォッシュの対策にもなるSBT
さらに、SBTは企業のグリーンウォッシュ対策としても、その有効性が認められています。
国連気候変動枠組条約の第27回締約国会議(COP27)で、国連が発表した、非国家アクターによるネットゼロ宣言のグリーンウォッシュを防止するための提言書においても、企業がネットゼロを宣伝するための前提条件のひとつとして、「SBTiのような国際的に信頼性の高い枠組みを活用して、ネットゼロ目標を策定すること」の必要性が指摘されています。
企業にとってSBTを取得することは、1.5度目標の達成に向けた確かな気候変動対策の実践につながるのみならず、グリーンウォッシュ対策の第一歩としても、重要な意味を持つということです。
関連情報:企業が知っておきたい国連による「ネットゼロの定義提案書」(COP27で発表) ~業界団体のロビー活動やクレジットにご注意~
関連情報:「スクール・パリ協定プラス2023」~脱炭素に関するシリーズ勉強会~ 「グリーンウオッシュ(見せかけの環境配慮)と言われないためには?」 ~VCMIの発表した新コードとSBTiの考え方~
今後ますます強まる脱炭素の動き
上述のとおり、日本企業の認定取得が進んでいますが、それでも多排出企業や影響力の大きい大企業、金融機関など野心的・科学的な目標を設定するべき企業における取得には、まだ大きな余地が残されています。
そうした中、2030年に向けて、SBT未取得の企業には、今後さまざまな方面からの要求やプレッシャーが、徐々に強まってくることが予想されます。
なぜなら、SBT取得済みの多くの金融機関や大企業が自社の削減目標達成の期限を、2030年に設定しているからです。
2020年代もあと少しで折り返し地点を迎えますが、これらの企業は、2030年に向け、自社のバリューチェーン全体で脱炭素の取組の進捗を確認し、取り組みが遅れる分野については、一層対策を加速していくことになるでしょう。
そうなった際に、こうした企業のバリューチェーンに組み込まれているSBT未取得の企業は、取引先や金融機関から自社のGHG削減目標が科学的・野心的であることを説明することがより強く求められることが想定されます。そうした事態に慌てて対応することがないように、早期にSBT取得を進めておくことが将来の経営リスクの回避に資すると言えます。