【解説】イワシクジラ調査捕鯨による鯨肉流通はワシントン条約違反?
2018/09/27
ワシントン条約でなぜ捕鯨問題?
野生動植物の「国際取引」を規制する「ワシントン条約(正式名称:絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)」。
現在、この条約では、3万5,000種以上の野生生物を「附属書」に記載し、国際取引(輸出入)規制の対象としています。
その附属書には、観葉植物として人気のあるラン、また象牙のような派生物を含めたアフリカゾウや、鯨類のような大きな野生生物も掲載されています。
附属書のカテゴリーはⅠ、Ⅱ、Ⅲの三つ。危機の度合いによって、取引規制の厳しさが変わります。
絶滅のおそれのある希少な野生生物の国際取引を抑え、また禁止することで、需要と消費を減らし、その保全を行なうことが目的です。
このワシントン条約で、なぜ今、北太平洋での日本のイワシクジラの調査捕鯨が、問題視されているのでしょうか。
公海で漁獲したクジラの持ち込みは「国際取引」?
イワシクジラの調査捕鯨がワシントン条約に関わってくる理由は、捕鯨が行なわれている海域と、その後の日本国内への持ち込みにあります。
調査捕鯨が行なわれている海域は「公海」、すなわち、どこの国にも属さない海域です。正しくいえば、200カイリおよび大陸棚を含む、各国の排他的経済水域の外に広がる海。
ここで漁獲・捕獲した生きものやその身体の一部などを、どこかの国に持ち込むことを、ワシントン条約では「輸入」と同じ行為、すなわち「国際取引」として扱い、規制の対象としているのです。
特定の国が「輸出」しているわけでなく、同じ国の船が捕獲したものを国内に持ちこむのに、これを取引規制の対象とすることには、違和感を覚えるかもしれません。
しかし、逆に考えればこうした取り決めがなければ、「公海」で捕獲される野生生物の取引を規制し、保護することは難しくなる、とも言えます。
たとえば、どこかの国に生息する野生生物であれば、その国内や国境で密輸を防ぐなどの保護の取り組みを行なうことが可能ですが、「公海」はどこの国にも属していません。
そんな「公海」の生物を守るには、捕獲し、水揚げする国の行為と責任において、その保護を行なう必要があるのです。
ワシントン条約では、国の領海の外にある、この公海から水揚げされたものを「海からの持ち込み」という用語で表現し、条約での規制対象としています。
つまり、日本が自国の排他的経済水域(200カイリ)内で捕鯨をし、国内に水揚げすることは条約の対象とはなりませんが、「公海」で捕鯨をする場合は、「海からの持ち込み」にあたり、ワシントン条約加盟国として条約の規定に従うことが求められる、ということです。
附属書Ⅰ掲載種の規制と「商業利用」の禁止
もっとも、「海からの持ち込み」のすべてが、条約で禁止されているわけではありません。
附属書Ⅱのリストに名前のある野生生物であれば、許可証があれば国内で商業用に販売することも可能ですし、附属書Ⅰ掲載種であっても学術目的など非商業利用であれば、それも取引認可の対象になります。
ではなぜ、北太平洋のイワシクジラの調査捕鯨に関して、日本は条約違反を疑われているのでしょう。
その理由は、日本では、調査捕鯨で漁獲された鯨肉が、国内で広く販売・消費されている実態が確認されているため、これが「商業利用」当たるのではないか、と指摘されているためです。
ワシントン条約に掲載されている鯨類は、実はすべて附属書ⅠもしくはⅡにリストされています。
附属書Ⅰに掲載されている種は、すでに絶滅の恐れがあり、原則として商業目的での国際取引は、すべて禁止。(*日本政府による留保については、末尾の「補足情報」を参照)
商業目的以外の取引についても、そのような取引が種の存続を脅かすことが無いように、輸出国と輸入国の双方に厳重な管理が求められています。
従って、
1)附属書Ⅰに掲載された北太平洋のイワシクジラを
2)公海で捕獲し、
3)「海からの持ち込み」を行ない、
4)それを国内で商業取引した場合、
5)ワシントン条約に違反したことになる
ということです。
調査捕鯨で得られた鯨肉をめぐる見解
実際、ワシントン条約では、附属書Ⅰ掲載種の「海からの持ち込み」が行われる際の規定を以下のように定めています(ワシントン条約 第3条5)
a) 持ち込みがされる国の科学当局が、標本(生物。牙などその派生物を含む)の持ち込みが種の存続を脅かすことがないと助言していること
b) (生きている標本の場合は)持ち込みがなされる国の管理当局が、標本を受領しようとするものが収容する適切な設備を有していると認めること
c) 当該持ち込みがなされる国の管理当局が、標本が主として商業目的のために使用されるものでないと認めること
「海からの持ち込み」についての国の科学当局・管理当局は、日本の場合どちらも水産庁。
ところが水産庁はあくまで、北太平洋での調査捕鯨で捕獲され持ち帰られるクジラの体のさまざまな部位は、調査研究のためのもの、商業用ではないもの、と解釈しています。
そして、その水揚げについては、上記の要件を満たしているとして、捕鯨の実施主体である鯨類研究所に対し、「海からの持ち込み」証明書を発給してきました。
しかし、この調査捕鯨で捕獲されたクジラの体のうち、科学目的の研究に使用されるのは、眼球や耳石栓、生殖腺、または脂肪組織の一部など限られた部位だけ。
船上で解体され、冷凍された大量の肉や脂肪は、科学目的に使用されることなく、調査の「副産物」として鯨類研究所が共同販売株式会社を通じて販売しています。
現在、国内のスーパーやレストランで売られ、学校給食などの形で流通している鯨肉の多くは、この調査捕鯨により市場に供給されているものです。
日本政府の報告によると、2007年~2016年(2013年を除く)に、「海からの持ち込み」として水産庁が許可し、水揚されたイワシクジラの頭数は、年間90頭から100頭。この中で、科学調査に利用されずに市場に流通する肉などは、2016年で925トン、2017年には1,378トンに上りました(出典:CITES SC70 Doc. 27.3.4)。
ワシントン条約では、この状況が「主として商業目的」の利用との見方ができるため、日本がワシントン条約の規定を守らず、実質的に「附属書Ⅰのイワシクジラを商業利用しているのではないか」という嫌疑が生じているのです。
「科学目的」とする日本の主張の根拠
日本のイワシクジラの調査捕鯨が条約違反ではないかとの指摘は、過去のワシントン条約会議でも、なされたことがありました。
これが、具体的に取り上げられることになったのは、2017年11月の第69回常設委員会です。
この時の日本政府の反論は、簡単にまとめると以下のようになります。
① 調査捕鯨は科学目的で行なわれているものであり、鯨肉の販売から得られた収益は研究の継続のために還元されている
② 調査捕鯨で得られた鯨肉を無駄なく利用することは「国際捕鯨取締条約」第8条*で求められている
*
国際捕鯨取締条約 第 8 条
1. この条約の規定にかかわらず、締約政府は、同政府が適当と認める数の制限及び他の条件に従って自国民のいずれかが科学的研究のために鯨を捕獲し、殺し、及び処理することを認可する特別許可書をこれに与えることができる。…(中略)…
2. 前記の特別許可書に基いて捕獲した鯨は、実行可能な限り加工し、また、取得金は、許可を与えた政府の発給した指令書に従って処分しなければならない。
(以下省略)
しかし、この2つの主張はどちらも、条約違反の指摘に対する反論としては不十分なものとして、会議では反論の声が上がりました。
主な理由としては以下が挙げられます。
1)たとえ鯨肉販売の利益が科学目的の研究に還元されていたとしても、調査捕鯨による鯨肉が国内で商業的に流通のしている実態は明らかである。
2)「国際捕鯨取締条約で鯨肉の無駄のない利用が求められている」といっても、ワシントン条約に抵触したとしても守るべき規定という位置づけにはなっていない
つまり、いずれも日本の立場を十分に正当化するものではありません。
第69回常設委員会では、紛糾した議論の末、2018年10月に開催される次の第70回常設委員会までに、日本政府の招待のもとワシントン条約から調査団を派遣し、より詳細な情報を精査した上で、議論を継続することが決まりました。
「条約違反」だとしたら?
今回開催される第70回ワシントン条約常設委員会の会合で、もし日本による北太平洋でのイワシクジラ調査捕鯨に関して「条約違反」が認められる、もしくはその可能性が高い、という見方がなされた場合には、どうなるのでしょうか。
この場合、ワシントン条約の「遵守手続き」(決議14.3 CITES Compliance Procedures)の下、何かしらの対応が求められることが予想されます。
ワシントン条約の「遵守手続き」では、条約のルールを守っていない締約国に対して、改善の要求や許可書の発給停止勧告などの措置がとられるほか、余りにも状況がひどく改善が見られない場合には、他の締約国に対し、問題国との取引停止を勧告する、厳しい制裁措置に至ることがあります。
今回の件では、もし条約違反の判断がされた場合、あくまで条約の規定に基づき、肉などについては「海からの持ち込み」を許可しない、または、商業流通させない、などの改善策が、日本政府に対して求められる可能性が考えられます。
仮に、日本国内で鯨肉が販売できなくなった場合、調査活動の資金の不足や、鯨肉の市場への供給の不足、といったさまざまな影響が、関連業界に波及するものと予測されます。
しかし一方、明らかに科学目的と見なされ、「海からの持ち込み」がされている眼球や耳石栓、生殖腺、脂肪組織などのイワシクジラの部位については、条約違反とはならず、今後も継続することが可能です。
ワシントン条約は、調査捕鯨そのものの是非について判断するものではなく、これから開催される常設委員会会合においても、日本が調査捕鯨の停止を求められることはない、ということです。
ワシントン条約として、このイワシクジラの調査捕鯨の問題を扱うことの本質は、捕鯨という行為ではなく、条約が遵守されているか、という問題なのです。
第70回常設委員会での議論と今後
2018年10月1日に、ロシアのソチで開幕するワシントン条約第70回常設委員会では、日本のイワシクジラに関する問題が再び大きく注目を浴びることが予想されます。
条約事務局が準備した文書の中には、2018年3月19日から22日にかけて来日したワシントン条約事務局の調査団の報告をはじめ、この一件をどのように会議で審議すべきかを詳細に示した議案が、すでに公開されました(SC70 Doc. 27.3.4 )。
調査団の報告からは、日本政府の招待のもと、水産庁をはじめ、鯨類研究所、宮城県の塩釜港や市場、築地市場などへの訪問を通じて得られた情報をもとに、日本での「海からの持ち込み」許可書の発給にはじまり、調査捕鯨の副産物である肉などの水揚げ・販売に至るまでの一連の流れが把握されました。
議案となる文書では、こうした調査団の報告や、日本政府とのやり取りの間で明確になった多くの情報、またワシントン条約の関連規定や国際捕鯨取締条約の条文などを参照した内容をもとに、いくつかの論点を挙げています。
その中でもやはり、一番の争点になるのが、日本政府が「海からの持ち込み」の証明書の発給にあたり下している「主として商業目的のために使用されるものでない」という判断が、適切かどうか、という点です。
何が「主として商業目的」に含まれるのかについては、人によって解釈が分かれる場合があるため、ワシントン条約では、これを定義し、例外的に認められる事例などを具体的に明記した「決議」が存在します(決議5.10 CoP15改正)。中でも、決議では「利用の非商業的側面が顕著なものでない限り、すべて主として商業目的とみなす(一般原則(c))」ことが合意されているなど、商業目的の利用を排除するためにとても厳しいルールが採用されています。
各国政府は、附属書Ⅰ掲載種の利用が「主として商業目的」でないことを判断するにあたり、これを指針とするよう求められることになります。
今回の事務局の議案を見た限りでは、やはりイワシクジラの肉などの販売が「主として商業目的」に当たらない、とする根拠は乏しいように見受けられます。
しかしながら、最終的な結論を出すのは、世界の各地域を代表する締約国で構成される常設委員会メンバーであり、会議での議決権を持つ各締約国の政府代表。
会議場での審議の結果、どういった対処や決定がなされるのかについては予断を許さない状況です。展開によっては、結論が次回以降の会議に持ち越される可能性も考えられます。
WWFジャパンは、日本政府がワシントン条約の締約国として、条約の精神にのっとり、第70回常設委員会における議論とそこでの決定に対して真摯な対応を取ることを期待しています。
参照情報
補足情報:クジラ類のワシントン条約掲載と日本の留保
日本は附属書Ⅰに掲載される鯨類10種*を「留保」しています。
「留保」とは、附属書掲載に従わないという宣言のようなもので、ワシントン条約が締約国に認めている権利です。「留保」を付した種については、非締約国として扱われるため、条約の規定に従う必要はありません。
一般的に、留保は、国内の法体制を整えるまでの間の経過措置として使われますが、日本政府は、クジラや他の水産種について、附属書掲載に妥当な科学的根拠がないという理由、すなわち、条約の決定に異議を唱える形で留保をしています。
ただし、今回の争点の「イワシクジラ」に対する日本政府の留保は、北大西洋の個体群と南半球の一部海域の個体群を除く*となっており、これらは留保の対象外、つまり、ワシントン条約の規制対象となっています。
イワシクジラの留保にこのような細かい除外が設けられた背景は割愛しますが、主には、当時これらの海域でイワシクジラの捕鯨を行なっていなかったことに起因すると考えられます。
このようにして、現在日本が調査捕鯨をおこなっているクジラのうち、北太平洋のイワシクジラだけが、日本についてはワシントン条約の規制対象となっています。
*日本のワシントン条約附属書Ⅰ掲載鯨類の留保(出典:外務省(2018)) クジラ10種(ナガスクジラ,イワシクジラ(北太平洋の個体群並びに東経0度から東経70度及び赤道から南極大陸に囲まれる範囲の個体群を除く),マッコウクジラ,ミンククジラ,ミナミミンククジラ,ニタリクジラ,ツノシマクジラ,ツチクジラ並びにカワゴンドウ,及びオーストラリアカワゴンドウ)