© camilodiazphotography / WWF Colombia / WWF-UK

甘い誘惑、苦い現実-ガーナのカカオ農園と森林破壊-

この記事のポイント
日本にとって最大のカカオ豆輸入先であるガーナでは、チョコレートに欠かせないカカオ豆農園の拡大による森林破壊が大きな問題になっています。WWFジャパンは、ガーナのクワメ・エンクルマ科学技術大学の農業・天然資源学部准教授で GISおよびリモートセンシング・アナリストでもあるアシアボール博士と共同で研究を行ない、ガーナの森林面積が1980年から2020年の40年間で約259万ha減少し、そのうち約123万haがカカオ農園への土地転換によって減少していたことを明らかにしました。本レポートでは、この結果に基づき、日本企業に求められる行動について提言しました。
目次

「サステナブル・カカオ」とは何か?

世界の人々を魅了する美味なチョコレート。

しかし、その原料であるカカオ豆の生産は、深刻かつさまざまな問題と深く関係しています。

農園開発のため止まらない森林破壊、なくならない児童労働。

そして、これらの環境・社会の問題の根底には、生産者である小規模農家の貧困があります。

カカオの課題に取り組む複数のNGOや労働組合からなるVOICE NETOWORK は、その複雑で構造的な問題を「人権」と「環境保全」、それら2つの問題の根底に「生活所得」があるとし、カカオ・プロブレム・ツリー1と名付けて整理しています(図1)。

図1 カカオ・プロブレム・ツリー(2022 Cocoa Barometer)

図1 カカオ・プロブレム・ツリー(2022 Cocoa Barometer)

今、チョコレートにかかわるビジネスには、こうした問題を解決する一つの手立てとして、「サステナブル・カカオ」を広げる取り組みが求められています。

そして、企業がこれに取り組む上で、「人権」、「環境保全」、生産者の「生活所得」に配慮することは、最低限満たされるべき国際的要求となっています。

世界のカカオ生産を担うのは、500万以上の零細な小規模農家であり、ほとんどが数ヘクタールに満たない農地でカカオを栽培しています。その生産量は、世界の総生産量の90〜95%を占めます。

しかし、これらの小規模生産者によるカカオ豆の生産は、限られた企業の強い影響下にあります。

まず、小規模農家によって生産されたカカオ豆は、加工業者によって摩砕されますが、世界全体の摩砕能力の65%は、たった4つの企業によって占められています。

さらに、加工されたカカオ製品の世界市場は、7つの大手チョコレート・メーカーの強い影響力の下にあります。

世界の何百万もの消費者に提供されるチョコレート製品が、このような産業構造の中で生産され、流通しているのです。

世界最大のカカオ生産地であるコートジボワールとガーナは、ともに国連が定める人間開発指標(HDI:Human Development Index)ではそれぞれ193か国中166位、145位と低い水準にあります2

農家がカカオ生産から十分な報酬を得られていない状態では、農家自身が児童労働をやめ、環境にやさしい農法に切り替えることを自ら選択することが難しい可能性があります。

人権や環境の問題を改善するにはカカオのマーケットやサプライチェーン全体のあり方を変え、「サステナブル・カカオ」の生産を広げていく必要があります。

そして、そのために、企業や政府による早急なアクションが求められています。

森林破壊フリーはサステナブル・カカオの最低限の要求のひとつ

カカオ生産が抱える重要な問題の一つである児童労働については、これまで国際NGOや企業を中心に、長年にわたりさまざまな取り組みが行なわれてきました。

日本でも児童労働の問題に取り組んでいることをアピールする企業が増えています。

中には、児童労働のみに取り組むことをもって「サステナブル・カカオ」を謳う企業や商品も散見されます。

一方で、自社のカカオ調達がサプライチェーンを通して森林に与える影響について適切な対策を行なったり、消費者に周知している日本企業はほとんど見かけません。

森林破壊を伴わないことが、「サステナブル・カカオ」の重要な要件の一つである以上、企業はこの問題にも取り組む必要があります。

また、人権の問題も児童労働だけではありません。

こうした点を理解しないまま、安易に「サステナブル」という言葉を使うことは、グリーンウォッシュ(見せかけの環境保全)になりかねないことにも留意が必要です3

ガーナの自然生態系とカカオ生産

カカオ生産をめぐる問題は、世界屈指の生産国であり、日本にとって最大のカカオの輸入先でもある、西アフリカのガーナでも生じています。

ガーナの森林は、気候条件に応じ、南部の森林と北部のサバンナ、その間に位置するトランジション・ゾーンと呼ばれる3つの生態系ゾーンに大別されます。

その中で、ガーナ国内でカカオ栽培に適した土地は、特に南部に重なっています。

このエリアはガーナカカオ森林ランドスケープとも呼ばれ、湿潤常緑樹林および湿潤半落葉樹林の境界によって定義されています(地図中赤枠)。

地図: Ecological zones map of Ghana showing the Cocoa Forest Landscape)

地図: Ecological zones map of Ghana showing the Cocoa Forest Landscape)

同ランドスケープの面積は約592万ヘクタールで、5つの行政地域(Ashanti, Brong Ahafo, Central, Eastern, and Western)と約92の地区(District)を含みます。

ガーナの森林は過去40年で半減

このランドスケープでも、貴重な森林環境が、カカオ生産に伴う農園拡大の影響を受けています。

WWFジャパンは、ガーナの森林4が、1980から2020年までの40年間でどのように変化したのか、カカオ生産がどのような影響を与えたのかについて調査を行ないました。

これは、アシアボール博士と共同で行なった研究に基づくものです。

本調査では、リモートセンシング技術および地上での調査(ground truthing)を組み合わせることにより、森林被覆データのみからは読み取れないカカオ農園など森林減少を引き起こすドライバーとしての土地利用に関する情報について明らかにしています。

調査データから以下3つの傾向を把握することができました。

  1. 1980年には493万haあったガーナの森林は、40年後の2020年には約半分の234haまで減少した。
  2. カカオ農園の面積は1980年の約41万haから2020年には約150万haとおよそ3.7倍に増加した。
  3. 減少した森林面積約259万haのうち、半分を上回る約123万haがカカオ生産に由来することが明らかになった。
図2 1980年から2020年までの森林からカカオ農園への土地転換の推移

図2 1980年から2020年までの森林からカカオ農園への土地転換の推移

報告書「ガーナのカカオ森林ランドスケープにおける森林減少と日本の調達リスク」(日本語版:要旨)ダウンロードはこちら

「REMOTE SENSING MAPPING OF COCOA DEFORESTATION IN THE COCOA-FOREST LANDSCAPE OF GHANA 」(英語:全文)ダウンロードのお申込みはこちら(5月上旬公開予定)

1980年の土地利用

1980年のガーナ森林地帯における森林面積は約493万haでカカオ森ランドスケープ全体の85%を占めていました。

この当時、カカオ農園面積は41万ha、ランドスケープ全体では7.1%でした。

地図上でも、全体的に森林に覆われていることが分かります。

図3 1980年のガーナにおける土地利用分布図

図3 1980年のガーナにおける土地利用分布図

2000年の土地利用

2000年のガーナの森林面積は約400万haに減少しましたが、依然カカオ森林ランドスケープ全体の69.1%を占めていました。

一方、カカオ農園面積は81万haと1980年比で約2倍に増加していました。

図4 2000年のガーナにおける土地利用分布図

図4 2000年のガーナにおける土地利用分布図

2020年の土地利用

2020年のガーナの森林面積は239万ha、カカオ森林ランドスケープ全体の40%程度にまで減少していました。

カカオ農園の面積は149万 haと、1980年に比べて約3.7倍に増加し、ランドスケープ全体の26%を占めるようになりました。

図5 2020年のガーナにおける土地利用分布図

図5 2020年のガーナにおける土地利用分布図

「サステナブル・カカオ」を広げるため、企業は何をすべきか

こうした森林破壊の問題を食い止め、真に「サステナブル・カカオ」の利用を拡大していくためには、カカオを調達する日本企業の行動が重要です。

特にWWFは以下の点について、企業が関係者と協力の上、取り組むことを推奨します。

  1. 森林破壊、土地転換、人権侵害が無いことを約束する、カカオ調達方針の策定および公開
  2. 上記1で約束した森林破壊・土地転換・人権の問題がないことを確認しうる精度のトレーサビリティ手法確立
  3. 直接的および間接的サプライヤーに対する、カカオ調達方針1内容の周知と啓発、必要に応じたサポート
  4. カカオ生産者の生活所得向上に向けた、期限付きかつ測定可能なロードマップの策定・実施
  5. サプライチェーン全体をカバーする児童労働監視・是正システムの設計・実施
  6. アグロフォレストリーを実施するコミュニティを支援するためのプロジェクトへの投資

上記の取り組みは、ガーナ産カカオに限るものではありませんが、自社の調達量を把握した上で優先順位を付けて順番に取り組むことは、チョコレートを扱う持続可能なビジネスの推進に欠かせない要素と考えます。

WWFはカカオ生産による問題の実情を指摘しつつ、企業による「サステナブル・カカオ」の広がりを通じた、森林生態系の保全を目指していきます。

1https://cocoabarometer.org/wp-content/uploads/2023/02/Executive-Summary-2022_Japanese_final.pdf
2https://hdr.undp.org/system/files/documents/global-report-document/hdr2023-24reporten.pdf
3EUでは2024年2月、グリーンウォッシュを禁止する指令案が欧州委員会で採択され、企業による根拠の乏しい環境訴求やマーケティング方法は規制の対象となる「環境訴求に関する共通基準を設定する指令案」と呼ばれる。同指令案は今後、EU官報への掲載を経て施行開始され、EU加盟国による国内法化の後に適用開始となる。
4ガーナ カカオ森林ランドスケープと呼ばれ、ガーナのほとんどの森林はここに位置する

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