【第4部:電力系統編】 第5章 実現するために必要な施策 WWFジャパン作成
2013/09/17
5.1 自然エネルギーを主役とする電力系統システムの3つのポイント
WWF系統編報告書が示しているのは、日本の送電網において、技術的には大量の自然エネルギーを導入していくことは可能であるということだ。
2020年には、最大不足電力量でみる送電量においては、今の連系線の容量のままで発電電力量に占める自然エネルギー 30%の導入が可能であることがわかった。
2030年には自然エネルギーが主役の時代となり、残る火力発電所は調整電源としての活用が多くなってくる。地域間の連系線については、現状の運用容量を超えて、設計上の送電容量が活用可能となることが必須である。
2040年にかけていよいよ原発からの電力がなくなる時代には、北海道・東北間と中国・九州間などで地域間連系線の増強が必要となるが、いずれも時間軸的には敷設可能と考えられる範囲内である。
そして2050年は、いよいよ自然エネルギー100%の時代となり、今までとまったく違った新しい発想のアイデアが必要な電力システムとなる。これらの地域間・地域内送電線の増設や蓄電などを実現するために必要となる費用は、毎年のGDP比の0.1%以内で、大きな負担となる額ではないことも示された。
つまり、日本の電力システムにおいて自然エネルギーを大量導入することは、技術的にも経済的にも実現可能であるということが示唆されている。問題はむしろ社会的・政治的なバリアということになる。社会的な問題であるならば、私たちの意思次第でできることになる。
最初に強調したいことは、風力や太陽光などの自然エネルギーは、発電所が広い範囲にちらばり、たくさんできるほど、変動問題が小さくなっていくことだ。自然エネルギーの問題は発電出力が時間によって大きく揺れ動くことだが、発電所の数が増えてくると変動はならされてくる。なぜならば日本国土は全長3000kmにわたっているが、風を起こす低 気圧は大体1000kmの範囲だ。低気圧はおおよそ時速50kmくらいで動いていくので、2,3日かけて日本列島を横断していく。ということは九州地方で風が強いときには関西から西では弱く、東日本で風が強くなってくるころには、西日本では風が止んでくる。つまり九州だけで見れば、ある日は風が強く、次の日は風が止むということになるが、日本全国 でみれば、平均して風がどこかで吹いていることになり、一定の出力が見込まれるのである。
これは太陽光でも同じである。自分の頭の上のお天気は、晴れたり曇ったりだが、日本全国でみればどこかで晴れて、どこかで曇っているため、出力はやはりある程度ならされてくる。さらに太陽光は日中しかないが、風は夜に強いときも多い。風力と太陽光を合わせれば、おたがいに補完することができるのだ。ここでのポイントは、自然エネルギー の発電所が全国的に散らばり、しかもたくさん増えれば増えるほど、全国的に見た発電電力量は一定になってくるということだ。
この特性を生かすには、送電網がなるべく広い地域でつながっている必要がある。電気は需要と供給を一致させなければならないため、たとえば風が強いときの九州の風力発電電力を、風が弱い関西で使えるようにすることが、上記の自然エネルギーの特性を生かすために必要だからだ。
自然エネルギーが主役となる電力システムには、自然エネルギーの発電所が広い範囲にちらばり、たくさんできること、送電網が広い地域でつながっていることと、そして気象予測を使って、中央で一括して系統を管理できる体制にあることが必須である。
もちろん、数多くの自然エネルギー発電事業者をうまく管理していく体制や、変動する電源に合わせられる火力発電所を維持する経済的なインセンティブなど、いろいろな課題はある。自然エネルギーの先進国では様々な進んだ取り組みが試行錯誤されている。その一つが電力を取引する市場の運営だ。
今の日本は、石油や石炭、ガスなど化石燃料の輸入のために、約20兆円も毎年支払っている。これらが自然エネルギーに置き換わっていったら、純粋に国産エネルギーでの供給となり、燃料費は不要となる。大災害が発生しても、放射性物質などをまきちらしたりする心配もない。しかも自然エネルギーの発電所は、各地に分散して存在するので、一か所 が被災したからといって、広い範囲で大規模に停電することもなくなる。
今最も求められていることは、日本のエネルギーの将来像として自然エネルギーが主流を占めていくと明確に位置づけることだ。そして大量の自然エネルギーを受け入れる電力システムに向けて、着実に改革を進めていくことである。
以下で、WWFシナリオにおいて示された自然エネルギーを主役とする電力システムを実現していく施策を述べていきたい。
- 送電網の独立性を高め、公平性を確保すること
- 気象予測を使った出力予測システムを活用した広域の中央制御の系統運用
- 効率的な電力市場とルール設計
5.2 (1)送電網の独立性を高め、公平性を確保するために必要なこと
(1- 1)発送電分離
発電・送電・配電を一括所有する地域独占型の電力システムから、送電網を切り離して独立性と透明性を高め、公平性を確保することは不可欠である。現状は自然エネルギーを含む新規の発電事業者は、地域独占型の大手電力会社が所有する系統へ接続するときに不利を強いられている。現状のシステムで、自らも発電事業を営む大手電力会社にとって、 ライバルとなる新規発電事業者に送電網を使用させる動機は薄い。解決には、発電と送電・配電を分離し、公平で中立な送電会社を設立して、どの発電事業者も同じ条件で系統接続を可能とすることが必須である。
発送電分離には、法的に分離する形式、機能を分離する形式、所有権を分離する形式とあるが、系統運用する会社が自ら送電網を所有し、送電網増強計画や整備に責任を持つ形が最も効果が高いことから、日本においても最終的には所有権分離へ移行することが望ましい。送電会社=系統運用会社とし、公益性が高い事業形態とする。
(1- 2)自然エネルギーの優先接続と優先給電
系統接続の際に、自然エネルギー発電事業には優先的に接続し、優先的に系統へ給電させるというルールを徹底し、自然エネルギーの変動吸収は系統運用側で管理することが重要である。現状の運用のあり方は、大量に発電できるが調整はしない原子力と、価格が安い石炭火力をずっと稼働させて「基幹電源」とし、需要に合わせて石油やガスを活用した り、水力で調整するという考え方がとられている。これをまずは変動する自然エネルギーを最大限に活用することを原則とする考え方に改めていくべきだ。現状のままの系統運用を前提として自然エネルギーの上限を決めるのはもってのほかで、優先接続した自然エネルギーを優先給電するために必要な対策をとっていくという逆の発想に切り替えることが 急務である。
5.3 (2)気象予測を使った出力予測システムを活用した広域の中央制御の系統運用
(2- 1)広域を中央で一括して系統運用する体制
大量の自然エネルギーを制御するには、前述したように広いエリアで自然エネルギーの変動を吸収していくことが欠かせない。その広いエリアを、強い権限を持って一括して中央で制御できる系統運用システムを確立する必要がある。WWFシナリオは、東日本(50Hz)と西日本(60Hz)を独立して扱うことが可能であることを示唆しているため、少なくと も東日本全体と西日本全体で、広域で系統運用するシステムが必要となる。この東西に分かれた広域系統運用機関が、地域の中央給電指令所を統括し、一括して系統運用する体制が考えられる。2020年には広域運用機関の運営が軌道に乗っており、2030年に向けて(1- 1)の発送電分離の進展とともに、自然エネルギー変動吸収のために地域間連系線の活用を日常的に行っていることが必要だ。送電網の整備・新設は国のエネルギー計画をもとに、広域運用機関が決定していくことが必須であり、そのエリアの送電網を所有していることが望まれる。
(2- 2)自然エネルギー専門の制御センターの設置
急速に自然エネルギーを電力供給の主役に育てていくには、変動する自然エネルギー発電所からの出力をリアルタイムで監視し、コントロール下に置く自然エネルギー専門の中央制御センターを置くことが望ましい。成功例はスペインにあり、中央制御を行う給電指令室に、2006年から自然エネルギー専門の制御センターが設置された結果、1年間の発電 電力量の3割を自然エネルギーが占めるまでに至っている。2012年4月には風力発電の比率が過去最高の60.46%にも達した系統を問題なく運用している。日本においても2020年までの広域系統運用機関の設立当初から自然エネルギー専門の制御センターを設置して、自然エネルギーが急速に導入されていく系統運用をより安定化したものとしたい。中央制 御センターの下には、各地域ごとに自然エネルギー制御センターを置き、リアルタイムで風力や太陽光の出力量や気象データなどを中央制御センターへ送るIT体制をとる。そして中央制御センターからの指令(余剰時の出力抑制や水素変換装置への送電指令など)を直ちに各発電所に伝える。気象予測を使った出力予測システムを活用しながら運用し、ごくまれに発生する予期せぬ出力量の変化を監視する役目を負う。WWFシナリオでは余剰電力を使って水素を生成していくため、余剰発生時の水素変換装置への送電計画やその指令も担っていくことが考えられる。
(2- 3)気象予測を使った出力予測システムの活用
気象予測を使った出力予測システムを中央給電指令所で活用した系統運用は、変動する自然エネルギーを効率的かつ経済的に運用するためには欠かせない。欧米の自然エネルギー先進国では、24時間から32時間前の出力予測によって経済的な電源から選択していくことが可能となっており、当日の5〜6時間前のさらに精度が上がった出力予測による調整によって、系統運用の安定度が増すことがわかっている。
日本の出力予測システムはまだ実証実験段階であるため、早期に開発していくことが急務だ。そのためには現在の防災目的である気象観測所からの気象データを、風力や太陽光発電の出力予測に役立つ気象データも観測するように整備し、風況のよい場所などの観測地点を新たに増やす必要がある。風力や太陽光発電所からの気象観測のリアルデータを中 央制御センターに集めるシステム開発も必要だ。日本ではすでに気象予測は民間に開放されており、複数の民間気象事業者があり、気象予報士がすでに約8800人いる体制を思うと、自然エネルギーのための実用的な気象予測は早期に実現できるに違いない。2020年には複数の出力予測システムが競い合い、気象観測所のデータ充実に伴い、2030年には精度の高い出力予測システムとなっているだろう。出力予測システムは、対象地域が広くなるほど気象予測の精度が上がり、予測誤差が下がる。自然エネルギー発電所の増加とともにさらに予測精度が上がるという好循環がもたらされるため、2020年から2030年ごろのWWFシナリオが示す自然エネルギー主役時代には出力予測システムは世界に冠たる精度を誇るだ ろう。
(2- 4)蓄電システムの活用
自然エネルギーの変動を吸収するには、蓄電と放電が必要だ。まずは全国に2500万kWある揚水発電所を活用する。2020年までには蓄電池はわずかしか必要なく、最終的に2050年100%自然エネルギーの時代にも400GWh分ですむと、WWFシナリオは示している。日本のお家芸である蓄電池の開発と早期の費用低減が可能となれば、日本の自然エネルギー導入に資するだけではなく、日本産業の国際競争力にも寄与するだろう。
(2- 5)デマンドレスポンスの活用
電力需要は一日に大きく変動するため、ピーク需要をならすために需要抑制を行うデマンドレスポンスは有効な策だ。現在もすでにアグレゲーター(節電電力量や発電電力量を集める事業者)が需給ひっ迫時に節電を実施する顧客を募集し、節電量のとりまとめを実施しているが、2020年に向けてこうした様々な電力事業を活発化していく必要がある。現在は高圧受電の顧客対象だが、2030年ごろにはスマートグリッドの開発・普及とともに、一般家庭においても需給ひっ迫時の節電や余剰電力発生のときに電気自動車への充電などを行えるようになるだろう。WWFシナリオではデマンドレスポンスによる需要制御については定量的には考慮していないため、デマンドレスポンスが活発化すれば、連系線の容 量増強の必要性を抑えられる可能性がある。
5.4 (3)効率的な電力市場とルール設計
(3- 1)電力自由化
電力事業を経済的に運用していくためには、多くの電力関連事業者が参画できるように電力自由化が不可欠だ。小売り全面自由化を速やかに実施し、地域独占制度を撤廃し、過渡期には経過措置が必要であろうが、2020年までには、需要家が自然エネルギーを選び取ることが可能となるように、電気を選択できる体制が整っていることが必須である。
(3- 2)電力取引所の活性化と、気象予測の特性を生かした市場設計
再生可能エネルギーの先進国はほぼ例外なく、発達した電力取引所を持っている。変動する需給を効果的にマッチングさせて、安定的な電力供給を確保しながら、全体として費用を抑えていくためには、効率的な電力市場が欠かせないからだ。日本においても現状の地域を越えた広いエリアからの多様な電源入札者から選べるように電力取引所を改革し、 活性化していくことは不可欠である。自然エネルギー電源を最優先に給電することを前提に、残りを最も効率的で価格競争力のある電源から順番に使用していく環境を整える必要がある。
さらに電力系統の運用決定時間を実際に給電する時間に近づけることを可能とする市場の仕組みが必要である。変動する自然エネルギーを大量導入していく系統運用の経済性から、ここで強調しておきたいのは、気象予測は直前になるほど予測精度が上がることである。自然エネルギーの導入には、気象予測を使った出力予測システムは必須であるが、その予測が正確であるほど、系統運用に関する追加的費用を押し下げる効果があるからだ。
まず前日の24〜32時間前の予測は、経済的に翌日の発電電力計画を立てるのに役立ち、当日になると気象予測の精度は上がるため、必要となる予備力を減らすことができ、さらに費用を押し下げることができる。電力系統の運用決定時間を、実際に給電する時間に近づければ近づけるほど、系統運用にかかる追加費用を減らすことができる。その意味にお いて、電力取引も、前日市場と合わせて、当日市場、それもなるべく実際に給電する時間に近い取引を可能とすればするほど、経済的になる。電力市場の設計には、これらの気象予測の特性を活かす発想が大切だ。
(3- 3)容量市場の創設
電力に占める自然エネルギーの割合が20〜30%を超えるころから、火力発電所は調整電源としての活用が主となってくるため、利益率が下がってくるだろう。そのため火力発電所を維持するインセンティブを与える容量市場の創設が必要となってくる。WWFシナリオでは火力発電所を耐用年数内は閉鎖せず、調整電源として活用していくことを想定している。そのため火力発電所維持に固定費を支払う容量市場を作ることによって、調整電力を確保する仕組みが必要となる。
瞬時の需給を調整していくために必要な調整力は、すでに使われている予備力を利用する機会を増やし、従来の発電所の柔軟性を向上させ、部分負荷運転を行う発電所を増加させることで間に合う。しかし各系統運用機関において、調整力を供給する電源を必要量確保するための調整力容量市場は必要となろう。ドイツなどで調整力容量市場はすでに実施 されており、各系統運用機関で調整力を確保するよりも、広域の市場で調達する形のほうがより経済的な運用ができることが示されている。
5.5 おわりに
2012年7月から始まった固定価格買取制度で、自然エネルギー事業者に経済的インセンティブが与えられ、投資が進んでいる。今最も必要なことは、系統への受け入れ態勢を整えていくことだ。
WWFシナリオが示したことは、地域間連系線の強化も必要だが、物理的に今のままの送電網でも系統運用手法を変えることによって、速やかに自然エネルギーを2〜3割台にのせていくことが可能なことである。電力会社の地域独占など政治的・社会的な問題を速やかに取り除き、電力取引を活性化し、世界の先進的な国々の例を学びながら取り組むことによって、WWFシナリオの示す自然エネルギーが主役となる時代は手に届く範囲にある。その電力系統システムを実現する費用も毎年6000 〜 7000億円程度というGDP比0.1%以内で可能となるのだ。
自然エネルギー主役時代の次には、原発からの電力を必要としない時代を迎え、その先には自然エネルギー 100%時代も夢物語ではない。WWFシナリオでは、変動する自然エネルギーを需要に合わせるために、需要を超える余剰電力を発生させ、その余剰電力から水素を生産することにしている。その水素やバイオマスなどで電力以外の産業の燃料需要を満たすため、自然エネルギー大量導入時代になっても、ものづくり日本を支えるエネルギーシステムは継続していく。
最も大切なことは、自然エネルギー普及を日本の将来のエネルギーと明確に位置づけ、野心的な導入目標を少なくとも2020年、2030年に向けて設定することだ。目標が明確になってこそ、固定価格買取制度や電力システム改革もバックキャスティングで迷わず進めることができる。
待ったなしの温暖化対策のためにも、可能な限り早い時期から再生可能エネルギーの大幅導入を果たしていくことが必要だ。日本では温暖化対策には関心が薄れているのが残念だが、温暖化は深刻化する一方であり、対策の手を緩めるわけにはいかない。
いずれは2050年80%の削減を可能とするためには、長期的な視点で取り組む必要がある。
WWFの「脱炭素社会に向けたエネルギー提案」が、純国産エネルギーである自然エネルギーの速やかな普及によって、エネルギーの安全保障と温暖化防止が両立される社会を実現する一助となることを心から願う。
脱炭素社会に向けたエネルギーシナリオ提案 <第四部 電力系統>
第1章 | シナリオ実現に必要な基本要素の検討 |
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1.1 燃料用電力を含むシナリオ 1.2 電力供給構成 1.3 火力発電の設備容量 1.4 地域別発電設備構成 1.5 揚水発電と蓄電池の地域別配分 1.6 太陽光発電の地域別配分 1.7 風力発電の地域別配分 |
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第2章 | ダイナミックシミュレーションでみた地域間連系線の送電容量の推定 |
2.1 ダイナミックシミュレータ 2.2 地域間送電容量の推定方法 2.3 シミュレーション結果と地域間送電容量 2.4 デマンドレスポンスの可能性 |
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第3章 | 費用の算定 |
3.1 地域間送電線費用 3.2 地域内送電線費用 3.3 太陽光発電の系統安定化費用 3.4 余剰電力利用費用 3.5 蓄電池費用 3.6 総合的費用算定 |
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第4章 | まとめ |
第5章 | 実現のために必要な施策 |
5.1 自然エネルギーを主役とする電力系統システムの3つのポイント 5.2 (1)送電網の独立性を高め、公平性を確保するために必要なこと 5.3 (2)気象予測を使った出力予測システムを活用した広域の中央制御の系統運用 5.4 (3)効率的な電力市場とルール設計 5.5 おわりに |
※単位について
1000TOE=1000トン石油換算、MTOE=百万トン石油換算、1TOE=11,630kWh 本報告では最終用途エネルギーに注目して1次エネルギーは扱っていない。 ただし、自然エネルギーからの電力を燃料に転換するときに生じる損失は供給構成に含めている。