「喜界島」サンゴの島の暮らし発見プロジェクト
2020/06/19
サンゴ礁と人との繋がりを再び築くために
日本では沖縄を中心とした暖かい海に広がるサンゴ礁。
このサンゴ礁の海には多くの生きものたちが棲む豊かな生態系があります。
しかし、サンゴ礁に暮らす生きものの数は、昔よりも減ってしまいました。
その原因は、海水温の上昇や陸からサンゴ礁に流れ出る赤土や肥料、生活排水などによる影響などさまざまな海の環境の変化です。
サンゴ礁に取り巻かれた島々では、これまでに魚や貝などの食物はもちろん、建材や日用品など、多くの人がサンゴ礁の産物の恵みを受けて、暮らしてきました。
しかし、1960年代以降近年は島の生活は急速に近代化が進み、サンゴ礁と接点を持つことが減少。それに伴い、サンゴ礁と暮らしの間の距離が広がり、人々のサンゴ礁への関心が薄れています。
そこで、このプロジェクトでは、サンゴ礁生態系から受ける恩恵を再認識し、これまでに培われてきた人とサンゴ礁の関係を構築してゆくことで、地域が主体となった持続可能な活動と、サンゴ礁保全への意識が高まる活動を目指しています。
WWFのサンゴの島の暮らし発見プロジェクト概要
目的 | 地域の暮らしとサンゴ礁生態系のつながりの構築 |
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フィールド | 鹿児島県喜界町 |
期間 | 2016年7月~2021年6月 |
実施体制 | 協力者: WWFジャパン NPO法人 喜界島サンゴ礁科学研究所 喜界町役場 喜界島 島歩き「よんよーりガイド」 筑紫女学園大学 上村真仁 准教授 |
南西諸島のサンゴ礁の現状
実は栄養分が少ない!?サンゴ礁の海
沖縄、奄美の島々を中心とした南西諸島の周囲には、サンゴ礁が発達しています。
そして南北に長い南西諸島では、熱帯ら温帯樹にかけてみられるさまざまな種類のサンゴや魚たちを見ることができます。
しかし南西諸島のサンゴは、全体的に減少傾向にあります。
南西諸島のサンゴ礁は、オーストラリアのグレートバリアリーフなどとは異なり、陸から近いことが特徴で、陸からの影響を受けやすい環境にあることも、その原因の一つです。
そして、その影響の一つに、陸域から流れ込む栄養分が関係しています。
もともと、川などが乏しい島々の周りに発達するサンゴ礁の海は、陸から流れ込む有機物などの栄養分が少ない環境。
その水の中で生きるサンゴは、そうした栄養の少ない海を好む生きものなのです。
しかし、南西諸島の島々では、川から自然の土砂だけでなく、人が作ったサトウキビやパイナップルなどの畑から、栄養分豊かな土が流れ込みます。特に、亜熱帯特有の豪雨は、こうした土を大量に川に流し込み、海を濁らせ、富栄養化させてしまう一因となっています。
その結果として、サンゴは土砂に埋もれてしまったり、海藻などのより富栄養化した環境を好む他の生きものたちに、生きる場所を奪われてしまうことになるのです。
川が無い島でも富栄養化?
こうした問題は、実は川が無い島でも発生しています。
畑で使われた肥料や生活排水の混ざった水が、地面に浸透し、地下水となってサンゴ礁に流れ込むためです。
サンゴ礁だった場所が隆起し、石灰岩となってできた島々は、特に地面に水が浸透しやすく、それが島周辺の海中のいたるところで、海中に染み出しています。
目に見えない影響が確実に、広がってしまうということです。
さらに、陸からの影響だけではなく、地球温暖化もサンゴ礁に影響を与えています。
2016年、高水温によってサンゴが弱り、白くなる白化現象が世界的に広がりました。
南西諸島でも7月から多くの島々でサンゴの白化現象が発生。
環境省の報告では、沖縄県の石垣島と西表島の間に広がる石西礁湖では、9割のサンゴが白化し、そのうちの7割のサンゴが死んでしまいました。
サンゴの大規模な白化は2016年の前にも2007年、1998年にも起きています。今後、地球温暖化が進行すると、さらにサンゴの白化現象が起こりやすくなり、広域でサンゴの死滅が発生する可能性があります。
サンゴ礁と人とのつながり「サンゴ礁文化」
サンゴ礁生態系の劣化、サンゴの減少には、陸で生活している人の暮らしが、深くかかわっています。
つまり、サンゴ礁を保全し、白化にも簡単に負けない、健全な海の生態系を守っていくためには、何よりもこの人の暮らしとの接点に注目し、その良い関係を築いていくことが欠かせません。
実際、かつては海が富栄養化するようなこともなく、サンゴ礁と人は共に暮らし、その形として、「サンゴ礁文化」と呼ばれる独自の文化も生み出してきました。
魚、貝、海藻などの食料をもたらす場として、台風の高波などの防波効果のある地形として、人々の暮らしを守ってきました。
また、加工しやすいサンゴ石(死んだサンゴの骨)を、石垣や家の礎石、それを砕いて作った漆喰を屋根瓦や壁などに使う建材として利用してきた習慣も、各地に残されています。
こうした文化は、島々ごとに多様な違いを見せながら、サンゴ礁にまつわる伝承や行事、踊りや歌など、独自の風習をも生み出し、今日に伝わっています。
現在はサンゴ礁と地域の暮らしの間の隔たりが広がり、人々の関心もサンゴ礁から離れ始めていますが、それでも、サンゴ礁からの恵みをさまざまな形で受けていることに変わりはありません。
たとえば、ダイビングや釣りなどのレジャー、観光は、沖縄や奄美の島々の基幹産業であり、多くの人たちの暮らしを支えているからです。
プロジェクトの舞台「喜界島」
そこで、サンゴ礁と共に生きてきた人々の伝統文化に注目し、その中から海との共存のヒントを見つけて、実際の保全に役立てよう、という取り組みが始まりました。
このプロジェクトの舞台となるのは、鹿児島県の喜界島です。
喜界島の自然
喜界島は奄美大島の北東約26キロに位置し、周囲は48.6キロ、約7000人の人たちが暮らしています。
主な産業は農業で、島には一面のサトウキビ畑が広がっています。また、日本一の生産量を誇る作物としてゴマも栽培されています。
実は、国産ゴマの99%は喜界島産。ゴマの収穫時期になると島の各地でゴマを干す様子が見られます。
さらに地形においても、喜界島は大きな特徴を持っています。
島を遠くから眺めると、階段のように見える、「段丘」という地形です。
喜界島は海底の隆起でできた島で、昔海の中でできたサンゴ礁が持ち上げられてできました。
この地面の隆起は、世界で2番目といわれる速さで12万年の間に200m隆起しています。
さらに、喜界島では、この隆起の速度がサンゴ礁の形成される速度よりも速いため、海岸から幅広く広がるサンゴ礁が、発達しづらいことも、大きな特徴になっています。
これは、南西諸島の他の島々のサンゴ礁と少し違った特徴で、喜界島では、外洋に向かう海底の斜面に沿うようにサンゴ礁が発達しています。
もう一つ、喜界島に見られる大きな特徴は、海に流れ込む河川が無いこと。
そのため長い間、陸から富栄養化した水が流れ込むことが少なく、島の周囲の海には状態の良いサンゴ礁が残されてきました。
2016年の世界的なサンゴの白化現象も、喜界島ではあまり影響を受けませんでしたが、こうしたことも、健全な環境が維持される大きな要因になっています。
しかし、昔は海岸線のすぐ近くまでサンゴが見られましたが、30年ほど前から、岸からサンゴが見られなくなったそうです。これは、地下水を通じた肥料などの栄養分が海に流れ込むことで、サンゴが影響を受けていることが考えられます。
すばらしいサンゴ礁の残る喜界島の海も、南西諸島のサンゴ礁を脅かす問題と無関係ではないのです。
喜界島のサンゴ礁文化
こうしたサンゴ礁の海の変化とともに、喜界島に伝わるサンゴ礁文化を取り巻く状況も変化が起きています。
生活の変化が、人と海の距離を隔て、海と直接のかかわりを持たずに暮らす人が増え、その豊かさの消失に対する関心も薄らいでいるのです。
暮らしの中のサンゴ石
それでも、島内37の集落には、サンゴ礁文化が色濃く今も残されています。
その一例が、海に近い集落に多い、サンゴの石を積み重ねた石垣です。
サンゴの石を積み重ねた石垣は、南西諸島の各地にも残っていますが、喜界島では特に多くこの石垣が残り、中には高さ4mを超える石垣が残る集落もあります。
この石垣は台風などの強い風や塩害から家屋を守るために造られました。
とりわけ島の南西に位置する阿伝集落は、石垣の残る昔ながらの島の景観が残る集落として有名です。
また、集落ごとに、使われているサンゴの種類や石垣の積み方の特徴が異なっており、集落ごとに伝えられてきた文化が少しずつ違うことが解ります。
さらに、サンゴの石は、石垣だけではなく、芋を洗うために塊状のサンゴをくりぬいた鉢(フムラー)や、墓石にも使われているほか、集落で祀られている神様のご神体とされている、他の島では見られない、サンゴ礁と人との繋がりを見ることができます。
サンゴの海での漁
また、島独自の地形を活かした、「イザリ」と呼ばれる、サンゴ礁での伝統的な漁も行なわれています。
地面が持ち上がる速度が速い喜界島の海岸には、砂浜が少なく、切り立った急斜面の地形が目立ちます。
当然、こうした場所は、海中の地形も同様で、海岸から急に深くなっているため、潮が大きく引いた夜に、電灯を持って釣りや貝などを採ると、普通ならば深い海に潜らないと採ることができない、夜光貝のような獲物を、歩いて採ることができるのです。
また、5月には切り立った内湾の海岸の地形を利用して、外洋から入ってくるイソマグロを追い込み、網で囲って捕まえる、ダイナミックな「トカチン漁」も地元の方々の手によって継承されています。
これらはいずれも、喜界島独自のサンゴ礁地形や、豊かなサンゴ礁生態系を、島の人々が上手に利用してきた結果生まれた文化です。
サンゴ礁文化の危機
サンゴ礁と深くつながり、サンゴ礁生態系の恩恵を受けながらサンゴ礁文化を育んできた喜界島ですが、最近はサンゴ礁と人とのつながりが希薄になっています。
島にすむ人たちは、スーパーマーケットなどで食料を買うようになり、昔のように海岸に食料を採りに行くことが少なくなりました。
家を建てる建材や、墓石などで使っていたサンゴの石素材も、加工されたものが島外から手に入るようになり、利用される機会が減少。
これは、喜界島の代表的な景観であるサンゴの石垣も同様で、道路の拡張や家の建て替えで減少しています。
また、サンゴの石垣は台風などで崩れてしまう事があり、昔はそれを、各集落に石垣を積む職人が修理していました。
しかし現在では、石積みを専門とする職人が喜界島にはすでにおらず、崩れてしまった石垣が、そのまま放置される例も最近では目立つようになっています。
時代の流れと共に地域の伝統であったサンゴ礁文化もまた、消失の危機にあります。
これは、喜界島に限らず、南西諸島の各地で生じている問題です。
サンゴの島の暮らし発見プロジェクト
サンゴ礁と人との関係の再構築に向けて
こうした状況の中、環境省は、2016年4月に「サンゴ礁生態系保全行動計画2016-2020」を新たに策定。
その中で、これまで受け継がれてきたサンゴ礁生態系の持続可能な活用に関する知恵や経験を収集、地域間で共有し、サンゴ礁生態系の恵みを活用しながら保全していくことを目指すものです。
WWFの新しいプロジェクト
地域住民が高齢化し、昔ながらの知恵や経験、技術の継承が困難な状況が進む中、どのように、サンゴ礁生態系と、その共生のカギとなる文化を守ってゆくのか。WWFジャパンは、2000年に沖縄県石垣島の白保集落に設立した、サンゴ礁保護研究センター「しらほサンゴ村」での活動として、地元の白保集落の方々と共に、その取り組みを行なってきました。
受け継がれてきた文化を集落共通の文化財として活用・保存し、サンゴ礁と人々とのつながりを再構築する取り組みです。
この経験を活かし、2016年より、独自のサンゴ礁文化の消失が危惧される喜界島で、サンゴ礁と人々との繋ぐ持続可能な地域づくりに取り組み始めました。
その中でWWFジャパンは、喜界島でサンゴ礁文化の衰退を危惧する方々と共に、今のこっているサンゴ礁文化を集めて整理し、地域で活用する仕組みづくりを推進。
さらには、喜界町役場とNPO法人喜界島サンゴ礁科学研究所と協働契約を結び、「サンゴの島の暮らし発見プロジェクト」を2018年に立ち上げました。
プロジェクトが掲げた目標とゴールは、以下の通りです。
目標
- 「サンゴ礁文化」を再認識する
- 「サンゴ礁文化」をわかりやすい形で活用できるようにする
- 「サンゴ礁文化」の活用から「地域活性化」「伝承文化継承」「サンゴ礁の保全」に結びつく地域の活動展開を目指す
ゴール
- 喜界島の人々がサンゴ礁文化を通じてサンゴ礁生態系とのつながりを認識し、サンゴ礁保全への意識が浸透する。
- 喜界島が持つサンゴ礁生態系からの恩恵であるサンゴ礁文化を島の共有財産とし、地域が主体となり自立的に持続可能な活動が継続される組織を構築する。
このプロジェクトは、環境省の受託事業として、2021年6月まで実施され、その後は喜界島の自治体、および地元のNPO法人に引き継ぐ形で、継続される予定です。
【取り組み事例1】サンゴ礁文化の掘起しとリスト化
喜界島にはサンゴの石垣やサンゴを加工した墓石などの他の島には見られない物や、伝え続けられてきたサンゴ礁に関する風習などが多くあります。
しかし、島に暮らす人は他の場所では見ることができない喜界島特有の文化は、存在することが当たり前でその独自性に気が付いていませんでした。
そこで、プロジェクトでは最初に、喜界島の中でも特にサンゴ礁とのつながりが深い荒木、上嘉鉄、早町、志度桶の4つの集落で、聞き取りによるサンゴ礁文化の掘起しに取り組みました。
この掘起しでは集落の住民の皆様に集まっていただき、集落で伝えられてきた風習、行事、遊び、食べ物などの情報を提供していただくワークショップを開催。
さらに、集落の中を住民の方と歩き、残さている石垣やフムラーなどサンゴの石でできているものの場所、昔魚や貝を採った場所など、サンゴ礁文化が残されている場所の現地調査を行ないました。
その結果、集められた多くの情報を集落ごとにリスト化。
これを島内で、サンゴ礁文化を広く伝えていくツールの素材としました。
【取り組み事例2】サンゴ礁文化資源マップの制作
この聞き取りや現地調査で得たサンゴ礁文化についての情報を基として、次のステップで作成したのが、イラストを使った喜界島のマップです
これは、島内のサンゴ礁文化がどこに、どのような形で残されているかを明らかにしたもので、イラストの作成にあたっては、喜界島高校美術部の皆さんのご協力をいただきました。
マップには集落ごとに代表的なサンゴの石垣の位置などが記入されており、これを見ながら集落内を歩けば、そのガイドマップとしても活用できる内容となっています。
さらに、これを含めた調査結果をまとめ、一つの資料として編成。
地元の小学校でも、教材として活用されることが決まりました。
・ファイル形式:PDF ・ファイル容量:3.5MB
・発行年月:2020年3月
・引用や利用に際しての注意事項:本冊子記載内容の無断転載は固くお断りします。
【取り組み事例3】地域の自発的な活動の確立を支援
地域に根差したサンゴ礁文化を再生し、住民の多くが海のことに関心を深めていくためには、一時的な調査やツールの開発だけでは不十分です。
何より、実施の主体であるこの地域の人たちが、主体的にこうした取り組みを手掛けていかなければ、取り組みを長期的に継続していくことはできません。
そこで、荒木集落では、そうした住民主体の取り組みの基盤として、サンゴ礁文化と集落の将来を考えるための任意団体「荒木盛り上げ隊」が結成され、プロジェクトもこれを支援しました。
荒木集落ではこの盛り上げ隊が中心となり、集落の方々に向けた集落探索、サンゴの石を使う昔の遊び「ティーツー」を復活。
また、早町集落でも、早町小学校の5年生が、台風で崩れた石垣を修復する活動を行なうなど、新しい自主的な取り組みが始まっています。
この石垣の修復については今後、サンゴの石垣を修復する技術を持った方を中心に、島内で同様の取り組みを進め、またその主体となる、石垣保存会の設立も目指しています。
このように、サンゴ礁文化を中心に、それを守り活用する人の集まりが今、喜界島では生まれ始めています。
プロジェクトでは今後も、幅広い世代が参加した形で、島の伝承文化継承と地域活性化を進める取り組みが行なえる体制の構築を目指してゆきます。