© Eric Madeja / WWF-Malaysia

爆破漁業からサンゴを守る マレーシアでの共同プロジェクト

この記事のポイント
東南アジアの赤道周辺に広がる海域、通称「コーラル・トライアングル」は、世界有数の豊かなサンゴ礁が広がる海です。しかし、ここでは爆薬を使った違法な爆破漁業が行なわれており、対策が必要とされています。そこで、WWFジャパンは、2023年からWWFマレーシアと共に、この問題の解決に向けた活動を展開。探知装置を用いた爆破発生状況の調査や、マレーシア王立海洋警察と連携した取締りの強化に取り組んでいます。この共同プロジェクトの現状を報告します。
目次

海の生きものと人間の暮らしを支えるコーラル・トライアングル

コーラル・トライアングルは、フィリピン、マレーシア、インドネシア、東ティモール、パプアニューギニア、ソロモン諸島にまたがる約600万平方キロにおよぶ海域です。

この海域は、地球の海洋面積のわずか1.7%を占めるにすぎませんが、地球全体の約37%に相当する2,200種以上の魚類、同じく約76%に相当する600種超のサンゴ種が生息(*1)

8.6万平方キロのサンゴ礁が広がっており、それをさまざまな海洋生物が、餌場や繁殖地、子育ての場として利用しています。

また、地球上に7種いるウミガメのうち、6種を見ることができます。

こうした豊かな海洋生物多様性は、人間の暮らしにも、さまざまな恵みをもたらします。

沿岸域では1億2,000万人以上の人々が、コーラル・トライアングルから得られる海洋資源を、食料や水産業、観光業などに利用しています。

また、この海域はマグロの産卵や生息の場としても有名で、輸出されるマグロの取り扱い金額は毎年約1,500億円(10億米ドル)にのぼります。

さらに、サンゴ礁は、沿岸に住む人々を嵐、津波、浸食から守る役割も果たします。

コーラル・トライアングル
© WWF-Japan

コーラル・トライアングル

インドネシア(ラジャ・アンパット諸島)のサンゴ礁
© Jürgen Freund / WWF

インドネシア(ラジャ・アンパット諸島)のサンゴ礁

パプアニューギニアのサンゴ礁
© Jürgen Freund, www.juergenfreund.com

パプアニューギニアのサンゴ礁

フィリピン(トゥバタハ岩礁海中公園)のサンゴ礁
© Jürgen Freund / WWF

フィリピン(トゥバタハ岩礁海中公園)のサンゴ礁

マレーシア(センポルナ)のサンゴ礁
© WWF-Malaysia / Eric Madeja

マレーシア(センポルナ)のサンゴ礁

魚の市場(インドネシア)
© Jürgen Freund / WWF

魚の市場(インドネシア)

イワシ漁(パプアニューギニア)
© Jürgen Freund, www.juergenfreund.com

イワシ漁(パプアニューギニア)

漁港に集められたマグロ(フィリピン)
© Jürgen Freund, www.juergenfreund.com

漁港に集められたマグロ(フィリピン)

海藻養殖(マレーシア)
© WWF-Malaysia / Eric Madeja

海藻養殖(マレーシア)

サンゴ礁を脅かしている問題

しかし、サンゴ礁(またはサンゴ礁海域)では今、人間のさまざまな活動が、サンゴやサンゴ礁生態系を拠りどころとする海の生きものに悪影響を及ぼしています。

アジア開発銀行の報告書(*2)によると、特に代表的な脅威は乱獲と破壊的な漁業で、海が生産できる量よりも多くの魚を捕獲したり、生きものや生態系に被害をもたらす漁法を用いたりすることが、その原因として挙げられています。

他にも、海に流れ込む河川や海洋の汚染、沿岸域や陸域の開発も深刻で、プラスチックの海洋流出や、海底資源(または海洋資源)の採掘による問題も発生しています。

コーラル・トライアングルの海域に広がるサンゴ礁の約40%で、こうした原因による、高いリスクが認められています。

この問題の背景には、地球規模の人口増加と、それに伴う食料需要の増加、貧困、都市化があります。

食料生産の需要に応えつつ、海の環境を守るためには、こうした脅威となっている人間活動を改善し、漁業を持続可能なものに転換する必要があります。

爆破漁業で破壊され藻類に覆われたサンゴ礁
© Jürgen Freund / WWF

爆破漁業で破壊され藻類に覆われたサンゴ礁

爆破漁業や底引き網漁で劣化したサンゴ礁
© WWF-Malaysia / Eric Madeja

爆破漁業や底引き網漁で劣化したサンゴ礁

汚染された海に流れ込む河川(フィリピン)
© Jürgen Freund / WWF

汚染された海に流れ込む河川(フィリピン)

海底に溜まった生活ごみ(インドネシア)
© Jürgen Freund / WWF

海底に溜まった生活ごみ(インドネシア)

日本とマレーシアとの共同プロジェクト

WWFジャパンは2023年より、こうした問題への対策として、「爆破漁業」に着目し、WWFマレーシアと共にその改善を図るプロジェクトを行なっています。

爆破漁業は、昔から行なわれていましたが、1980年頃から特に目立つようになった漁法で、サンゴ礁を脅かす破壊的な漁業の代表となっています。

この漁業では主に、硝酸塩肥料と灯油などを混ぜたものをガラス瓶に入れ、手製の導火線を取り付けた爆弾を海中で爆発させ、その衝撃で気絶または殺した魚を捕獲します(*3)

マレーシアでは漁業法および爆破物法によって禁止されている漁法ですが、安価かつ簡単な手法のため、いまも海洋保護区を含む各地の海で行なわれる例が後を絶ちません。

爆破はサンゴ礁の環境を大きく損ない、海域から生きものと生態系が一掃されてしまう上、その回復には長い時間を要し、場合によっては再生しない場合もあります。

さらに爆破物の利用は、漁業者自身や海の利用者も危険にさらしています。

2019年3月にはサバ州で16歳の少年が爆破漁業の際に命を落としています (*4)

また、同年7月にはサバ州でダイビングをしていた観光客とダイブマスターが、爆破漁業に巻き込まれて亡くなったと見られる事故が発生しました(*5)

マレーシアの海洋警察や関係機関は、サンゴをはじめとする海の生きものの被害や人的被害を防ぐために、取締りの強化を試みていますが、爆破漁業をいつ、誰がどこで行なっているかは、把握が難しく、現場を押さえることも容易ではありません。

また、違法にもかかわらず安価で簡単なために行われているこの漁法をどのよう排除していくのかも大きな課題となっています。

WWFのプロジェクトでは、こうした課題の解決を図り、爆破漁業の発生回数を減らすことで、サンゴ礁の破壊を食い止めることを目指しています。

破壊的で違法な爆破漁業(再現)
© WWF-Malaysia / Eric Madeja

破壊的で違法な爆破漁業(再現)

爆破漁業で破壊されたサンゴ礁
© Jürgen Freund / WWF

爆破漁業で破壊されたサンゴ礁

サンゴ礁での爆破漁業の現状を調べる

WWFマレーシアは、2018年頃から、爆破漁業の発生状況をモニタリングし、取締り強化を支援する取り組みを進めています。

今回、WWFジャパンの支援により、その取り組みの対象地域を広げ、爆破傾向の把握につながるデータの収集・分析や取締りの体制づくりを行ないました。

調査では、海中に爆破探知装置を設置。得られたデータからは、次のことが明らかになりました。

  • 新規の対象2地点において、4カ月間で合計604回の爆破漁業が発生(2023年11月~2024年2月)。
  • 各地点で、爆破漁業が行われる時間帯に傾向が見られ、継続的なデータ収集・分析によってその傾向を確かめる必要がある。
  • 爆破漁業の半数以上はアンホ爆薬(硝酸アンモニウムと軽油を主成分とする爆薬)に火薬を組み合わせたものだった。それ以外にも複数の爆破方法が取られている。

また、海洋警察や関係機関による取締りを強化するために、次の取り組みも行ないました。

  • データの分析結果を海洋警察に共有し、爆破漁業の現状について対話を実施。戦略的なパトロールを実施していくことを確認。
  • 爆破漁業が起きている海域にある島の住民を対象に、爆破漁業の現状と影響に関する教育啓発やワークショップを実施(この住民は爆破漁業を行っているグループではないが、理解を促進するために実施した)。
  • 同島に、爆破漁業に関する注意喚起看板を設置。
  • センポルナ地区で予定されている爆破漁業対策委員会に向けた配布物の製作(準備中)。

さらに、活動海域でサンゴの健康状態も調査。

  • 「Coral Health Chart」を用いて、対象3地点で20個体のサンゴを調査。
  • この地域のサンゴは、通常と比べて健康状態がやや悪いことを確認。

要因は明確ではありませんが、調査の結果は季節的な変化と長期的な変化を反映するものであり、汚染などの影響を受けているサバ州の他の地域でも同様に、健康状態の悪化傾向が確認されています。

爆破漁業のモニタリングによるサンゴ礁保全、共同プロジェクトの実施地
Wei-Ling Ng et al.より引用、一部加筆

爆破漁業のモニタリングによるサンゴ礁保全、共同プロジェクトの実施地

センポルナ地域の海
© Jürgen Freund / WWF

センポルナ地域の海

センポルナ地域の家
© Jürgen Freund / WWF

センポルナ地域の家

センポルナ地域の生活者たち
© Jürgen Freund / WWF

センポルナ地域の生活者たち

© Sae Sasaki / WWF-Japan
© Sae Sasaki / WWF-Japan

センポルナのサンゴ礁

爆破探知装置の設置
© WWF-Malaysia

爆破探知装置の設置

島民との対話、資源マップ作成
© WWF-Malaysia

島民との対話、資源マップ作成

島民同士の爆破漁業に関する情報共有会
© WWF-Malaysia

島民同士の爆破漁業に関する情報共有会

WWFマレーシア(左)と海洋警察(右)との対話
© WWF-Malaysia

WWFマレーシア(左)と海洋警察(右)との対話

サンゴ礁を守る活動の現場から ~さまざまな困難の中で

マレーシアでの爆破漁業への対策を通じたサンゴ保全活動には、さまざまな困難やリスクも伴います。

例えば、爆破漁業を行なう人だけではなく、爆薬を違法に売買する組織と折衝が必要な場面があります。

また、海での調査は悪天候のリスクに加え、対象海域では海賊も出現することから、十分な安全対策が欠かせません。

爆破漁業に巻き込まれ、被害を受ける可能性もあります。

しかし、現場を担うスタッフは、強い意志を持ってプロジェクトを推進しています。

WWFマレーシア フィールドスタッフのファリドは、今回の共同プロジェクトを次のように振り返ります。

WWFマレーシア フィールドスタッフのファリドより
チームリーダーのアーストン(左)とフィールドオフィサーのファリド(右)
© WWF-Malaysia

「センポルナでこのプロジェクトに携われたことに、心から感謝しています。現場での活動は、一瞬一瞬が緊張の連続でした。プロジェクトの現場は本土から遠く離れた地にあり、すべてがより困難でした。

大雨が降り天候が悪化したある日、強い風が海面に吹き付けましたが、私たちには選択の余地がなく、海に潜るしかありませんでした。冷たい雨に耐えながら水中に潜る準備をしていたときの気持ちを覚えています。

とても脆弱ながら将来世代のためにも重要である海洋生態系を保全するために、破壊的な爆破漁業に対して忍耐強く取り組むことが重要だと感じていました。

海に潜って目にしたのは、爆破漁業による破壊の惨状でした。かつては活気に満ちたサンゴ礁があった場所に、サンゴの瓦礫が残り、生命が失われていました。

悲惨な状況ではありましたが、その場にいると、大変な状況だとしても私たちが行うあらゆる努力が残された脆弱な生態系の保全につながるだろうと思いましたし、非常に謙虚な気持ちにさせてくれました」

今後、この海域で爆発漁業からサンゴ礁を守るためには、モニタリングを強化して確実なデータを蓄積し、その分析結果をふまえた、戦略的な取り締まりを実施することが必要です。

そしてそのためには、海洋警察をはじめ関係する政府や自治体の組織や、地域住民の理解と協力を得て、人材育成やしくみづくりを行うことも重要になります。

WWFジャパンは引き続き、コーラル・トライアングルのサンゴ礁生態系保全に向けて、WWFマレーシアと連携していきます。

共同プロジェクトに関わったWWFマレーシアのスタッフや地域住民たち
©Sae Sasaki / WWF-Japan

共同プロジェクトに関わったWWFマレーシアのスタッフや地域住民たち

*1. The Coral Triangle, Coral Triangle Atlas
*2. Regional state of the Coral Triangle—Coral Triangle marine resources: Their status, economies, and management, Asian Development Bank, 2014
*3. Feature Article: Coral Reef Protection Reaching for the Stars, Marine Programme, WWF-Malaysia, 2023
*4. Fishbomber, 16, is blown to bits in Gaya, Published on: Sunday, March 24, 2019, Daily Express, 2019
*5. Two Chinese tourists, divemaster believed killed by fish bombs off Semporna in Sabah, The Straits Times, 2019

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