環境首都・札幌市に学ぶ「地域脱炭素化」のヒント
2021/06/24
- この記事のポイント
- 地球温暖化の深刻な影響を抑える上で欠かせない、2050年脱炭素社会の実現には、地方自治体の取り組みが重要です。その中で、2020年2月にゼロカーボンシティ宣言を行ない、2021年3月には、2030年に温室効果ガス排出量を半減する、という意欲的な目標を掲げた自治体がありました。「札幌市気候変動対策行動計画」を策定した札幌市です。意欲的な目標を掲げた背景や、実現のための取り組みについてご紹介します。
この記事は、札幌市環境局環境都市推進部環境政策課 気候変動対策担当係長の林恵子氏、技術職員の鐵川史人氏への取材をもとに執筆しています。
2030年に温室効果ガス排出量「半減」という、意欲的な目標
積雪寒冷地である北海道の札幌市では、気候変動が要因と考えられるさまざまな影響が生じることが懸念されています。
降雪量の減少による「さっぽろ雪まつり」雪像制作のコスト増や、強雨に伴う、札幌の食の魅力を発信するイベント「さっぽろオータムフェスト」中止による経済損失、気温上昇に伴う熱中症の発生数増加などが起こり得る影響として考えられています。
そんな気候変動の対策として、脱炭素に向けた潮流が高まる中、札幌市は、2020年2月に「2050年ゼロカーボンシティ」、すなわち市内から排出される温室効果ガス排出を2050年に実質ゼロとすることを表明しました。
2021年3月に策定した「札幌市気候変動対策行動計画」では、2030年に温室効果ガス排出量を半減(2016年比で55%削減)するという、意欲的な数値目標を掲げています。
この「札幌市気候変動対策行動計画」は、施策ごとに削減量や成果指標といった数値目標を設定。
「ゼロカーボン」を実現していくため、着実に取り組みを進めていくこととしています。
札幌独自の高断熱・高気密住宅である「札幌版次世代住宅」の普及
計画の中で、注目すべき取り組みのひとつが「札幌版次世代住宅」です。
札幌市は冬季の気温が低いため、住宅の暖房エネルギー消費量が全国平均の約3倍となっています。
また、暖房の燃料として、電気やガスに比べ温室効果ガス排出量の多い灯油を使用している家庭が多いことも特徴です。
そのような地域特性に応じた課題への対策を推進するために、札幌独自の高断熱・高気密住宅である「札幌版次世代住宅」の普及を重点施策のひとつに位置付けているのです。
普及策のうち、最も普及に貢献しているのは、新築戸建てを対象とした「補助制度」です。
これは、札幌版次世代住宅基準の等級(※)に応じて補助金を交付する仕組みで、市では年間約160 戸程度の予算を確保しています。
この補助金を受けられる等級の住宅を標準仕様とするハウスメーカーもあり、高断熱・高気密の住宅を建てる建主が増えてきました。
※札幌版次世代住宅基準は、外皮平均熱貫流率(UA 値)、一次エネルギー消費量、相当隙間面積(C 値)の3つの指標により、新築住宅で5 段階の等級を設定しています。
また、札幌版次世代住宅を実際に建ててもらうには、建主となる市民の理解も不可欠です。
市では、住宅フェアの出展や市内の住宅展示場の一角を賃借し、普及啓発活動を行う一方で、事業者へのPRにも力を入れました。
市民が札幌版次世代住宅を建てたいと思っていても、事業者側からの供給が十分に確保できないと、選択肢がなくなってしまうため、事業者の理解と協力を得ようと、制度の開始時から取り組んできたものです。
そして、こうした事業者向けの説明会の開催や各種セミナー、市施行の土地区画整理事業の保留地をモデル住宅展示街区として設定し、販売するなど事業者から市民へ浸透していくよう工夫を行ないました。
建築物の光熱費の見える化ツールでZEBの普及を目指す
札幌市は第3次産業が中心の産業構造となっており、業務部門の占める割合が大きいのも特徴です。
そこで計画では、この業務部門における温室効果ガスの削減を目指し、新築建築物等でのゼロ・エネルギー・ビル(ZEB:ゼブ)を推進しています。
しかし、施主がそのための予算が確保できない等の課題があり、市ではその解決にも取り組んできました。
特に重要だったのは、建築物のライフサイクルコストを考えた時に、費用対効果が十分あると説明すること。
2019年に市内設計事務所へ行ったアンケートにおいて、ZEB 化に必要な施策として要望があったことを踏まえ、省エネ計算結果から、おおよその年間で必要とされる光熱費を「見える化」するツールを作成しました。
ツールは2020 年12 月から公開され、月30 件程度がダウンロードされており、市内の設計事務所や市役所内で活用されつつあります。
今後も、設計事務所の営業ツールやビルオーナーへの説明資料の一つとして、活用の拡大が期待されています。
まちづくりと一体で実現を目指す「都心エネルギープラン」
札幌市では以前から、まちづくりと一体となったエネルギー施策の検討を進めていました。
とりわけ、現在の札幌都心部の建物の多くは、1972年の冬季オリンピックの時期に建てられたもので、現在では建物建替えのピークを迎えています。
2030年にかけて、この傾向が続くと想定されるため、これを機に、「まちづくり」と「環境エネルギー施策」を一体的に展開するために「都心エネルギープラン」を策定。
低炭素で持続可能なまちづくりに向けて重点的に取り組むための取り組みを、「7つのプロジェクト」として体系的に設定しています。
たとえば「プロジェクト②:低炭素で強靭な熱利用」は、コジェネレーションの排熱や再生可能エネルギーの熱利用の受け皿となる地域熱供給を普及拡大するプロジェクトで、積雪寒冷地・札幌における低炭素化と強靭化の核となる取り組みです。
ここで目指すのは、既存の熱導管ネットワークを活かしながら、建物の更新や地下歩行空間整備などと連動し、段階的な冷水・温水の導管ネットワークへの転換と、高効率で強靭な次世代型インフラの再構築。すでに現在、関係する事業者と協働しながら確実に進めています。
地域脱炭素化のカギは「地域の特性」にあり
このように札幌市では、冬季の住宅の暖房エネルギー消費量の多さや、都市中心部での建物建替えのピークを迎えるタイミングなどを機会として計画を策定していますが、地方自治体における気候変動対策では、まさにこうした「地域の特性」を踏まえた取り組みが、とても大切です。
また、こうした事例を他の自治体でも参考にするなど、地域間での水平展開や連携、情報共有も、地域での脱炭素化には有効です。
札幌市は、札幌市気候変動対策行動計画において、2050 年のあるべき姿として、心豊かにいつまでも安心して暮らせるゼロカーボン都市「環境首都・SAPP_RO」を掲げています。
脱炭素を目指した環境の取組が、地域における社会・経済課題の解決にも寄与し、あるべき姿を実現できるよう、これからも取り組みを推進するとしています。
WWFジャパンでは、自治体のみなさまの気候変動対策を後押しできるようさまざまな活動を推進しています。
■気候変動イニシアティブ(Japan Climate Initiative : JCI)
気候変動対策に積極的に取り組む企業・自治体・NGOなど650以上の団体が参加するネットワークです。WWFジャパンは共同事務局を務めています。
https://japanclimate.org/
■Race to Zeroキャンペーン
UNFCCC(国連気候変動枠組条約)事務局が主催する国際キャンペーンで、遅くとも2050年までに排出実質ゼロを目標に掲げ、その実現に向けて行動を起こすことを約束した企業・自治体・大学など様々な主体が参加しています。JCIは、Race To Zeroキャンペーンの公式パートナーとして、日本からの参加を推進しています。
https://japanclimate.org/race-to-zero-circle/
■One Planet City Challenge:OPCC
WWFが2011年から隔年で主催している自治体の気候変動対策に関する国際的なコンテストです。
https://www.wwf.or.jp/activities/news/4636.html
■ゾーニング情報(自治体による再生可能エネルギーの適地選定)
2021年の温対法改正により、再生可能エネルギーの導入適地を明確にするゾーニングの実施が、全ての基礎自治体で努力義務化されます。2017年にかけて、WWFジャパンが徳島県鳴門市と協力して実施した先行事例と自治体向けの手引書を紹介しています。
先行事例 https://www.wwf.or.jp/activities/activity/382.html
手引書 https://www.wwf.or.jp/activities/activity/153.html