野生復帰したトラが元の生息地まで700キロを移動
2018/10/05
極東ロシアで起こる人とトラの衝突
極東ロシアに生息するトラの亜種、シベリアトラ(アムールトラ)。
その個体数は、ここ半世紀の間に数十頭から500頭を超えるまで回復してきました。
しかし依然、絶滅の危険性が高い状態は続いており、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで絶滅危惧亜種(EN)に指定されています。
今もトラを脅かしている絶滅危機の要因の1つが、生息地である森林の破壊。
さらに、この森林破壊はトラと人との衝突という問題も引き起こしています。
森林の減少によって、生息地が減少するだけでなく、獲物である草食動物の数も減少するためです。
こうした状況の中、自らの縄張りを見つけられない若い個体や衰弱した個体が、人里に現れ、犬や家畜を襲うという事件が極東ロシアではしばしば起こっています。
ウラジクと名付けられた若いオスのトラもその1頭でした。
ウラジオストク市内に現れたトラの保護と野生復帰
ウラジクは2016年10月にウラジオストク市内に現れたところを保護されました。
人里に現れた際、ウラジクはイヌやネコを捕食。このため、野生で狩りをする十分な能力がないと判断され、リハビリテーションセンターに送られることになりました。
このリハビリセンターでは、野外の森を囲ったケージの中で草食動物を狩る訓練を行なうことができます。ウラジクはここで、野生でも生きていけるように、約半年間にわたり、訓練を受けることになりました。
そして、2017年5月、ウラジクは沿海地方北部のビキン国立公園に放され、野生復帰を果たすことが決まりました。
WWFなどの働きかけにより設立されたビキン国立公園は、人里から十分に離れた十分な広さを持つ保護区。シカなどの草食動物も豊富にいることからウラジクの新たな生息地として最適な場所として選定されたものです。
また、野生復帰の際には、発信器付きの首輪がウラジクに取り付けられ、その後、順調に狩りができているか、また再び人里に現れたりしないかなどを追跡・調査することになりました。
ウラジオストク近郊まで700キロを移動
この追跡調査の結果、驚くべきことがわかりました。
放獣してから半年後の2017年11月までに、ウラジクは約700キロメートルにわたり沿海地方を縦断。元々生息していたウラジオストク近郊まで戻ってきていることがわかったのです。
さらにその後、進路を北に戻し、シベリアトラの主要な生息地の1つであるシホテアリニ山脈に向かいました。
この長距離の移動の中で、ウラジクは川などの自然の障害だけでなく、シベリア鉄道の線路や高速道路といった人工障害物も横断していることがわかりました。
こうした移動の際に心配されるのは人との衝突ですが、ウラジクは人への警戒心を正常に維持しており、時には8時間も同じ場所にとどまって様子を見た後、車がいない時を見計らって道路を横断していました。
また、住民の居住区に近づくこともなく、人や家畜を襲うこともありませんでした。
野生復帰の際、麻酔銃で眠らされ、ヘリコプターでビキン国立公園まで移送されたウラジクが、なぜウラジオストク近郊まで戻ることができたのか。その理由については、専門家にもわかっていません。
ウラジクのすむ森を守るために日本の消費者ができること
トラが人里に出てくる要因の1つとなっている極東ロシアの森林破壊は日本とも無関係でありません。
極東ロシアの大規模な商業伐採や違法伐採により生産された木材は、中国で家具や建材に加工された後、日本にも輸入されています。
しかし、一般の消費者が木材製品を購入する際に生産国(製造が行なわれた国)だけでなく、材料の原産地まで確認することは容易ではありません。
そこで、WWFでは持続可能な方法で生産された木材製品に対して与えられるFSC認証が付いた商品を選択することを推奨しています。
家具などを購入する際にFSC認証商品を選択すれば、ウラジクの生息地である極東ロシアの豊かな森をはじめ、世界中の森を守ることにつながります。
WWFでは、引き続きロシアで森とトラの保全に取り組むと同時に、日本でも持続可能な木材製品の購買・消費を働きかけていきます。