©Michel Gunther WWF

ロシア 21世紀最大の森林火災

この記事のポイント
2021年夏、トルコやギリシャをはじめとする地中海沿岸で、大規模な山火事が発生し、人の暮らしや野生生物に大きな被害をもたらしました。同じく、ロシアでも森林火災が発生。燃えた森の面積は、日本国土の半分に匹敵し、21世紀最大の規模となりました。特に深刻だった地域は、極東のサハ共和国(別称:ヤクーチア)。緊急事態宣言が発令され、消防隊、軍用機が出動、2,000名を越える人々が消火にあたりました。WWFロシアはサハ共和国の保護区での消火活動を支援し、WWFジャパンからも緊急の資金支援を実施。日本ではあまり報道されなかった、21世紀最大の森林火災の実情はどのようなものだったのか。現地からの報告をお伝えします。 ※2023年6月26日をもって、WWFロシア(Vsemirnyi Fond Prirody)はWWFネットワークから離脱しました。
目次

シベリアを襲った森林火災

世界一広大な森林を有する国ロシアでは毎年、森林火災が発生します。

原因としては、まず落雷による自然現象としての火災があります。
しかし、害虫の駆除などを目的とした人為的な「火入れ」や、火の処置の誤りといった失火による発生も多発しており、状況は年々悪化。

火災により焼失する面積は、年々広がっています。

こうした原因で発生するロシアの森林火災の被災面積は、年間平均1,000万haとされていますが、2018年、2019年、2020年は平均値を上回りました。

そして、2021年。
焼失面積は、少なくとも1,816万haに及びました。

日本の国土の半分に相当する面積です。

2021年は、ギリシャ、トルコなどの地中海沿岸をはじめ、イタリア、アメリカ、カナダなどでも、大規模な火災が発生した1年でした。

しかし、その全ての面積を足しても、ロシアで焼失した森林の面積はそれを上回っています。

また、これまでのロシアの焼失面積の最大記録は、2012年の1,810万haでしたが、
それを上回り、今世紀最大の火災となりました。

しかも、このロシアでの焼失面積には、森林の火災しか計上されていないため、
草地やツンドラといった自然の焼失面積は含まれていません。

森以外も含めれば、3,000万haにまで燃え広がったのではないか、という推測もあります。

火災最悪の地域、サハ共和国

2021年の火災で最も深刻だった地域は、シベリア東部のサハ共和国(別称:ヤクーチア)でした。

地図:サハ共和国はロシア連邦を構成する共和国の一つで、ロシア全土の18%の面積を占めます。仮に独立国だったら世界で8番目に大きな国になるほど広大。(白地図専門店からの地図を編集)

地図:サハ共和国はロシア連邦を構成する共和国の一つで、ロシア全土の18%の面積を占めます。仮に独立国だったら世界で8番目に大きな国になるほど広大。(白地図専門店からの地図を編集)

2021年5月頃、雪溶けとともに、最初の火災が発生。
6月下旬から瞬く間に火災地点が増え、8月下旬までにおよそ1,000万haが燃えました。これは韓国と同じくらいの広さです。

地図:サハ共和国および周辺の地域で発生した火災(赤)
©ロシア科学アカデミー

地図:サハ共和国および周辺の地域で発生した火災(赤)

発生した煙は、3,000km離れた北極点にまで到達し、その光景はNASAの人工衛星からもハッキリと捉えられました。

北極点にまで煙が到達したのは、観測史上初めてのことです。

写真:ロシアの大半の地域を覆う森林火災の煙を撮影した米航空宇宙局(NASA)の画像(2021年8月6日撮影、7日公開)
(C)MODIS Land Rapid Response Team, NASA GSFC

写真:ロシアの大半の地域を覆う森林火災の煙を撮影した米航空宇宙局(NASA)の画像(2021年8月6日撮影、7日公開)

炎と煙によって、サハ共和国の各地は、炎を反映する膨大なチリを含んだオレンジ色の大気に包まれ、高速道路や空港は閉鎖。

PM2.5は国際基準の40倍に跳ね上がり、健康被害を訴える住民が続出しました。

有害な空気にさらされながらも、家や町を火災から守るために、住民たちはショベルや背負い式タンクで消火にあたりましたが、
火災の発生地点があまりに多く、消火活動をしている間にも、別の箇所から火の手が上がるなど、手に負えない状態でした。

こうした状況の中、ロシアの連邦政府は非常事態宣言を発令、消防隊、軍用機、消防車を派遣し、消防隊や軍、農家、市民ボランティアなど総勢2,600名が消火活動にあたりました。

森の自然と保護区を襲った火災

今回、火災に見舞われたサハ共和国は、その国土と同様、広い森林面積を有する国です。

その主な樹種は、落葉針葉樹で、森には、シマリスやオコジョなどの小型動物や、ヘラジカやジャコウジカ、クズリ、ヒグマなどの大型動物が生息しています。

また、国内には130を超える保護区があり、その面積はサハ共和国の37%(1憶1,600万ha)を占め、ロシアでも最大の広さを誇ります。

写真:サハ共和国の森林に生息する野生動物。ジャコウジカ(左上)、ヘラジカ(右上)、クズリ(左下)、ヒグマ(右下)

写真:サハ共和国の森林に生息する野生動物。ジャコウジカ(左上)、ヘラジカ(右上)、クズリ(左下)、ヒグマ(右下)

火はこうした保護区にも燃え広がりました。

保護区内の消火には、140名が11の消防チームに分かれて対応。

合計面積が、日本3つ分ほどの広さにもなる、複数の保護区の火災に、たった140名で対応したのです。

しかも、どの保護区も市街地や幹線道路からは遠方にあり、消火に向かっても、容易にアクセスすることができません。

火災を検知しても、現場に到着するのに1日半から3日も要してしまいます。

また、消火しても次々と火災が発生するため、消火器材もあっという間に消耗して使えなくなりました。

さらに資金不足の問題も発生。こうした複合的な要因もあり、火災は2021年8月以降も更に拡大しました。

写真:保護区で消火活動にあたる消防隊

写真:保護区で消火活動にあたる消防隊

こうした状況の中、WWFロシアは、保護区内での消火活動を支援するために、寄付金を募り、現地の支援活動を展開。WWFジャパンからも、緊急の要請を受け、100万円を送りました。

こうした支援金は、保護区内の火災現場に迅速に駆けつけ、消火活動を展開するために必要な全地形対応車や農耕用トラクター、消火ポンプ、チェーンソー、トランシーバーなどの装備の購入に充てられました。

写真:シンヤヤ保護区の消火にあたる14名の消防チームには、4台の全地形対応車を寄付。

写真:シンヤヤ保護区の消火にあたる14名の消防チームには、4台の全地形対応車を寄付。

しかし、人の力だけで消火を十分に行なうことは、やはり難しく、多くの地域では自然な鎮火を待つことになりました。

9月に入ると徐々に下がり始めた気温に合わせ、火勢が弱くなり、10月頃からは新たな火災の発生が観測されなくなりました。

記録的な森林火災は、こうしてやっと終わったのです。

幸い保護区当局職員が鎮火後の森を見回ったところ、ヘラジカやヒグマなどの大型動物の死骸は見つからなかった、と報告があがっています。
隣接する地域に避難したのかもしれません。

しかし火災は、多くの野生動物にも確実に被害をもたらしたと考えられています。

もとあった生息地が焼失したという問題は深刻で、長期間にわたりその影響が及ぶ可能性があります。

特に、寒冷地の森では、樹木の生長が遅いため、再生にかなりの時間を要します。
今回失われた森が、元の自然に戻るのには、おそらく数百年はかかるでしょう。

そうした状況の中で、生息地を失った野生動物が生き残れるのか。大きな課題が残りました。

森林火災によって加速される気候変動

今回、サハ共和国を襲った火災の原因は、雷による自然発火であったと考えられています。

こうした落雷による火災の発生は、これまでにも毎年発生しており、森林を構成する樹木の更新や、森の中に開けた環境を形成することで、より多様な生物に生息域を提供するなど、何万年にもわたり、自然のサイクルの一部を担ってきました。

しかし、2021年に起きた火災は、明らかに自然なサイクルの一部とは言えない規模にまで燃え広がりました。

その原因には、人間が引き起こした気候変動(地球温暖化)による異常気象が大きく影響しています。

サハ共和国は、永久凍土の上に位置するロシア最大の寒冷地で、年間を通じて気温は低く、冬はマイナス40~50度になります。

当然、こうした環境では、火災が起きても温度が上がらず、広く燃え広がることはありません。
しかし、近年は熱波の影響が顕著になり、特に2021年の夏は、最高気温35度と記録的な高温と、干ばつに見舞われました。

こうした異常気象が、本来であればそれほどの規模にもならず、自然に鎮火するはずの火災を、深刻な災害に変えてしまったのです。

これは、2021年のギリシャやトルコ、また2019年から2020年のオーストラリアなどで起きた、大規模な森林火災にも共通した、火災の延焼・拡大の要因です。

一方で、シベリアならではの問題もあります。

森林火災が生じると、大量の二酸化炭素(CO2)が大気中に放出されますが、桁違いに規模の大きかったロシアの火災では、過去最大の970万トンが排出されたと推定されています。

更に、火災の熱によって永久凍土が融解し、中に閉じ込められていたメタンも放出されます。

写真:永久凍土の断面
© Chris Linder / WWF-US

写真:永久凍土の断面

メタンや二酸化炭素のような温室効果ガスが大量に放出されれば、地球温暖化は加速し、それが異常気象を引き起こして、再び大規模な火災を引き起こす、つまり負の連鎖につながる可能性があるのです。

2021年は、世界の各地で深刻な森林火災が発生し、特にロシアでは、この今世紀最大の森林火災が記録されました。

しかし、こうした火災を拡大させる原因である気候変動と異常気象は、今なお深刻化の一途をたどっています。

今後もサハ共和国と同じ規模の、あるいは、より大きな火災が起こる可能性は、十分にあるということです。

トラが生息する森への影響は?

今回、大規模な森林火災に見舞われたサハ共和国には、絶滅の恐れの高いシベリアトラやアムールヒョウは生息していません。

しかし、これらの野生動物の生息地であり、WWFジャパンが重点的に保全活動を支援している、極東ロシアの沿海地方、ウスリータイガの森でも火災は発生していました。

この地域でも、2021年の夏は異常気象が観測され、夏は日陰でも36℃と暑く、干ばつが続き、沿海地方では計44万ha、ハバロフスク地方では27万haの森が焼失したと推定されています。

特にシベリアトラの重要な生息地である、ビキン国立公園やシホテ・アリニ山脈自然保護区でも火災が検知されました。

写真:ウスリータイガ(針広混交林)の生態系の頂点に君臨するシベリアトラ
© Shutterstock / Ondrej Prosicky / WWF-Sweden

写真:ウスリータイガ(針広混交林)の生態系の頂点に君臨するシベリアトラ

森林火災は如何に早く検知し、対応するかが重要です。
しかし、サハ共和国と同じように、保護区では、簡単にはアクセスできない場所で火災が発生するケースもあります。

早期対応のためには、ヘリコプターや飛行機を使って、火災現場を特定し、消防隊と消火器具を速やかに現地に送り込む必要があります。

そこでWWFは、上空からの対策を強化するために、ビキンおよびシホテ・アリニの両保護区に計2万ルーブル(約300万円)の支援を行ない、火災の延焼に備えました。

そして、2021年11月には、WWFロシアと沿海地方森林局は過去10年間に発生した沿海地方の森林火災のデータをまとめあげ、火災発生時期や規模などの情報が地図から検索できるシステムを開発。

これは、今後の森林火災対策を、より万全で迅速なものにするための重要なシステムとして期待されています。

世界の森林火災と日本のつながり

ただし、こうした対症療法としての森林保全はもちろん重要ですが、これで大規模な森林火災の発生が抑えられるわけではありません。

やはり根本的な解決を図るためには、気候変動への対策の強化を、同時に考え、実践していく必要があります。
2021年11月にイギリスで開催された国連の気候変動会議COP26では、気候変動対策として森林減少を食い止める宣言に、140を超える国々のリーダーが署名しました。

森を守ることは、気候変動対策としても重要であるということが、各国政府のトップによって表明されたのです。

日本ではあまり報道されなかった、今世紀最大のロシアの森林火災。
遠い北の大地の出来事で、なかなか自分事としては実感しにくいものです。

しかし、火災がこの規模にまで拡大した原因が、人間が引き起こした気候変動である以上、日本も決して無関係ではありません。

来年2022年はトラ年です。
トラは多くの野生生物が生きる、健全な森でしか生きることができません。

© naturepl.com / Sergey Gorshkov / WWF

この動物がいつまでも野生で生きられる未来を目指して、WWFはこれからも、気候変動をくいとめ、豊かな森を守る活動に、全力で挑戦していきます。

皆さまの応援が、その活動の原動力となります。
2022年も引き続き、応援よろしくお願いいたします。

トラと、トラがすむ森を守る取り組みをぜひご支援ください

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