西表島・浦内川の橋架け替え工事において環境配慮策が実現へ
2021/06/16
世界自然遺産候補地で計画された橋の架け替え工事
世界自然遺産への登録が見込まれている沖縄県・西表島の中心部を広がる浦内川。
浦内川は沖縄県内最長の川であり、日本の河川では最も多くの汽水・淡水魚の魚種が確認されている、自然豊かな川です。
この川の流域では、イリオモテヤマネコやカンムリワシの姿も頻繁に目撃されており、それらの獲物となる、小型哺乳類や鳥類、爬虫類、両生類、甲殻類、昆虫等、多種多様な野生生物も生息しています。
また、河口部には国内最大級のマングローブも形成されており、オオメジロザメのような川を幼期の生活場所として利用する魚類も多く見られるほか、ヨコシマイサキ、ナミダカワウツボ、カワボラ、ウラウチイソハゼといった絶滅が危惧される魚類の最後の生息地にもなっています。
この浦内川下流に架かる浦内橋が老朽化したため、2021年から沖縄県による橋架け替え工事が実施されることになりました。
工事期間は約12年。工事の事業者は沖縄県です。
島の唯一の生活道の一部でもある浦内橋の改修は、島民の暮らしにもかかわる、重要な課題です。
しかし、工事予定地は西表石垣国立公園の特別地区、鳥獣保護区、世界自然遺産・緩衝地帯の中にあり、流域やマングローブ生態系への影響が懸念されました。
特に、仮設橋を設置するための「盛土工法」は、周辺のマングローブの伐採や河岸の埋め立てを伴うため、生態系への深刻なリスクが、魚類やマングローブ等の植物、哺乳類・鳥類・甲殻類などさまざまな分野の専門家から指摘されました。
求められた自然環境への配慮
この工事に関する第1回目の住民説明会が開催されたのは、2020年度内(~2021年3月末)の着工が間近に迫った2020年9月でした。
環境影響評価法・条例では、予め環境影響評価(環境アセスメント)を行う方法や評価結果について公表し、住民等から意見聴取する手続きが定められています。しかし、この法令の適用は、埋立面積等が大規模な工事に限られており、今回の浦内橋架け替え工事は、生態系への配慮が特に求められる場所にもかかわらず、これら法令の対象外でした。沖縄県土木事務所は、今回の工事に際して、独自の環境モニタリングを実施していましたが、その内容や結果については、第1回住民説明会まで公表されることはありませんでした。
第1回住民説明会では、沖縄県八重山土木事務所の説明に対し、「盛土工法」や長期にわたる工事の周辺への影響等について、住民からさまざまな質問・意見・要望が出されました。
また従前から、国立公園を管理する環境省西表自然保護官事務所も、環境配慮の対応を求めており、現地の団体・住民からも、周辺に生息するイリオモテヤマネコをはじめとする野生生物や生態系への十分な配慮が要望されました。
特に浦内川流域に生息する魚類に対しては、工事対象地であり希少種が生息する河口・汽水域はもちろんのこと、海と川を行き来して生活する両側回遊性の魚類が複数生息していることから、流域全体への工事の深刻な影響が指摘されました。
鈴木寿之先生をはじめとする日本魚類学会自然保護委員会の研究者の方々は、早くからこの問題を指摘されており、WWFジャパンもまた、これらの専門家の助言を踏まえ、沖縄県八重山土木事務所に対し、環境配慮策の実施を求めました。
その主な内容は次の通りです。
- 「盛土工法」の変更とその環境への影響を極力低減すること
- 工期を通じて継続的なモニタリングを行う専門家委員会を設置すること
- 流域への影響に関するシミュレーションを実施すること
- 住民への情報開示
沖縄県八重山土木事務所による環境配慮策の採用
こうした声を受け、沖縄県は環境配慮策を検討。
2021年3月に開催された第2回住民説明会において、沖縄県八重山土木事務所から、次の方針が発表されました。
- 「盛土工法」を一部変更して、埋立面積を当初計画の約半分とすること
- 工事の影響等について指導・助言する「浦内橋架替工事に係る環境モニタリング検討会(仮称)」を設置すること
- 事前に実施した環境モニタリングの結果と(2)の検討会の内容について一般に公開すること
浦内川の自然を守るために尽力されてきた地元住民・団体の皆さん、日本魚類学会自然保護委員会の方々、また環境省西表自然保護官事務所や、WWFジャパンといったさまざまな主体が求めてきた環境配慮策が実現することになったのです。
始まった住民主体の浦内川の環境影響モニタリング調査
2021年春、浦内橋架け替え工事が開始されました。
それを受けて、浦内川の水域環境や魚類群集の状況を把握するために、2021年6月、西表島エコツーリズム協会と地元ダイバーの皆さんの協力により、浦内川河口複数箇所において、水中撮影による調査が行われました。
またWWFジャパンでも、研究者の協力を得て、浦内川流域の魚類群集について、環境DNA解析による種数調査を開始。
今後継続的な調査を行うことにより、浦内川の生物多様性の豊かさを示すとともに、工事による流域環境への影響を調査していく予定です。
今後の課題
今回の工事の事例では、地元をはじめ、さまざまな主体の働きかけと、沖縄県八重山土木事務所による環境配慮策の採用により、橋の架け替え工事が、世界的に貴重な浦内川の生物多様性に配慮して実施されていく道が開けました。
しかし、この貴重な自然を、将来にわたって守る取り組みはまだ緒についたところであり、いくつかの課題が残されています。
第一の課題 「継続的かつ予測困難な事態にも対応できる監視・モニタリングの実現」
今回の工事は、12年間という長い期間が設定されています。その間、継続的かつ慎重な調査を行いつつ、その結果を工事に反映していくことが重要です。近年は気候危機の影響による豪雨等も頻繁に発生しており、事前に発生を予測することが難しい土砂流入等の事態にも対応していかねばなりません。影響を最小限に防ぐために、官民協力して監視・対処していくことが不可欠です。
第二の課題 「十分な情報の開示と住民の参加機会」
住民への情報開示と参加機会の提供が、十分に行なわれることも重要です。今回の工事内容について住民説明会が開催されたのは、着工間近の時期であり、遅きに失した感は否めません。工事の必要性や工法選択の理由等について、計画段階から住民や専門家に共有され、その意見聴取の機会があることは、周辺環境へ配慮した工事を実現するために不可欠のプロセスです。今後実施されていく継続的な調査の結果が適時に公開・共有され、住民や各専門家の声が工事に反映されていくことが重要です。
第三の課題 「浦内川の自然の価値を評価・共有する」
浦内川の自然や生態系の価値が、広く共有されることも重要です。今回当初の工事計画で「盛土工法」が採用されたのは、「コスト」が主な理由でした。このコスト計算においては、長年育まれ維持されてきた貴重な生態系を保持・回復することにかかる費用は、何ら勘案されていませんでした。また浦内川や西表島を地球上で最後の生息地とする希少野生生物のように、いったん絶滅してしまったらどんなに費用をかけても回復できない価値もあります。こうした生態系や生物多様性の価値、それが失われ損なわれた場合の「コスト」が、開発計画に反映されるようになることが、今後の南西諸島の自然をまもるために非常に重要であると考えます。
WWFジャパンでは、こうした課題に取り組み、日本の貴重な自然である南西諸島の野生生物・生態系をまもる活動を、現地の皆さんと協力して進めていきます。