【第3部:費用算定編】 第2章 省エネルギーの費用
2013/05/09
以下は、産業、家庭、業務、運輸の各部門における代表的な技術について、その省エネルギー費用を算定したものである。
2.1 産業部門の省エネルギー費用
本報告では利用可能なデータの制限から、個別の技術対策費用を積み上げる方式ではなく、産業部門全体の設備投資額を推計する方式を採用している。
産業部門におけるこれまでの省エネルギーへの投資規模は年間2兆円程度である(経済産業省「企業金融調査」18)から推計)。ただし、これには関連費用が含まれており、省エネルギーといっても、古い設備の更新時に設置されることが多いため、設備投資のうち純粋に省エネルギーに貢献する設備投資を切り離して扱うことは難しい面がある。
1997~2010年における日本経団連の自主行動計画11)を分析すると、表2.1のように省エネルギー投資とその費用回収期間を知ることができる。年間1TOEの省エネルギーを得るために必要な投資額は、どの業界でもほぼ同様で12~16万円になっている。その省エネの結果として得られる電力・燃料費節約額より投資回収期間を計算すると、回収期間は2.42~5.25年であり、省エネ投資は3~4年以内の回収期間であるという通説とほぼ合致する形になっている。
鉄鋼業と製造業の累積省エネ投資額は、経済産業省の企業金融調査18)における環境への投資という分類であり、省エネ投資以外の費用が含まれている。紙・パルプと化学の累積投資額と年間省エネルギー量は、自主行動計画の報告に明示的に示されている。製造業の数値には、紙・パルプ、化学、鉄鋼の数値が含まれている。
費用回収期間が長い省エネルギー設備は敬遠されているが、エネルギー価格が上昇することを予想すると、さらに長期の費用回収期間をもつ省エネルギー技術が導入されるはずである。
2050年におけるBAUシナリオの産業用エネルギー消費は、1億3649万TOEであり、WWFシナリオでは、これを8776万TOEまで削減する。削減幅は、36%であり、そのエネルギー相当金額は、2010年のエネルギー総合価格で26兆3267億円に相当する。
そこで、本報告では、2010~2050年において毎年の必要な省エネルギー量から投資額を計算した。WWFシナリオにおける省エネルギー投資は、BAUで実施される省エネルギー投資に追加するものと想定した。上記の通り、WWFシナリオは、BAUシナリオに対して、2050年で36%の省エネルギーを達成する。この省エネルギー量を達成するために必要な投資額を、上記の自主行動計画分析から得られた単位あたりの投資額(1TOEあたり12~16万円であるため、15万円と想定)から求める。ただし、WWFシナリオで必要になる省エネルギーの技術レベルは、BAUシナリオより高度化することを考慮して、これまでの2倍の費用、1TOEあたり30万円の費用がかかるものとした。
省エネルギーに必要な設備は,一度導入したら2050年までもつというわけではなく、寿命が来れば更新しなければならない。一般に生産設備の寿命は7~20年になると推定されるが、ここでは保守的にみて平均的な寿命を10年として、設備の更新費用の計算を含めている。
結果として得られる省エネルギーによる電力・燃料費の節約額を計算するための平均エネルギー価格については、2010年には表2.1における製造業の5.4万円/TOEとし、BAU石油価格指数を用いて将来の価格を計算している。
計算結果をみると、40年間で35.9兆円の追加の設備投資、運転費用は−163.9兆円となり、正味費用は−128.0兆円になっている(表2.2・図2.1)。
2.2 家庭部門の省エネルギー費用
家庭部門の省エネルギーとしては、住宅の断熱化、照明、エアコンを取り上げて検討した。
1)住宅の断熱化の費用
住宅の断熱化に必要な費用は、新築・改築の際に住宅の省エネルギー基準にしたがう住宅の戸数によって推定できる。住宅の戸数は、戸建住宅と集合住宅を合計した戸数で表している。両者の暖冷房のエネルギー消費は異なっているが、構成比を考慮したうえで合計して扱っている。
BAUシナリオでは、表2.3のように断熱化の進展はゆっくりしている。
これに対して、WWFシナリオでは、表2.4のように新築住宅の多くが次世代基準へ急速に移行していき、2050年にはすべての住宅が次世代省エネ基準相当となっていることを想定している。
図2.2には、無断熱の住宅から、旧省エネ基準の住宅へ、さらに新省エネ基準の住宅へ、そして次世代基準の住宅へと移行してゆく様子を示している。
省エネルギー基準を満たすための追加費用は、新築時に55万円/戸、既存住宅の場合にはリフォームとして250万円/戸と推定されており6)、これを利用して計算を行った。新省エネ基準や次世代省エネ基準に住宅を切り替えるような新築・改築が年間120万戸程度行われていくと想定し、既存住宅の断熱改築は、新築・改築需要の全体の30%と想定した。
計算の結果(表2.5・図2.3)、住宅の断熱化は、2010~2050年の40年間に、設備投資41.5兆円、運転費用−42.5兆円、正味費用は−1.0兆円となっている。正味費用はほとんどゼロであり、投資額と同額のリターンになっている。図には見えないが、実際には、2050年以降に投資効果が表れてくる。
2)住宅における高効率照明の費用
住宅における照明の効率化は、白熱電球と蛍光灯がLED電球に交代することを検討し、その交代に伴う費用を計算した。WWFシナリオでは早いペースでの交代が起こり、BAUシナリオではあまり交代が起こらないと想定している。
現状では、同じ明るさを得るために、白熱電球60WをLEDにすると7Wになり、蛍光灯20Wを、LEDにすると12Wになる。この後、LEDの効率は向上してゆき、2050年には3倍になるものと想定した。
白熱電球と蛍光灯の寿命、年間使用時間、価格は以下のようになっている。使用時間を考慮すると、寿命は白熱灯が2年、蛍光灯は10年である。LEDの寿命は数万時間に達するものもあるが、実際上の扱いを考慮して10年とした(表2.6)。
家庭の電力消費として統計に表れる照明・動力のうちの22%が照明用である。また、2010年の照明用電力のうち白熱灯用電力の割合は9%である。
WWFシナリオでは白熱灯は2020年までにすべて代替されるものとした。蛍光灯はLEDに代替されてゆき、2050年にはすべての照明灯がLEDあるいはLEDと同等の効率の照明器具に代替するものとした。
60Wの白熱灯の価格は140円で不変とした。2050年までに、大量生産効果により20Wの蛍光灯の価格は、760円から350円になり、7W相当のLEDは効率を上げながら1Wあたり400円から100円に低下するものと想定した。費用構成は表2.7および図2.4のようになった。
2010年から2050年までに、この高効率照明への転換の設備投資金額は8.1兆円、運転費用が−39.3兆円になることで、正味費用は−31.1兆円になる。LEDが主流になるにつれて設備投資は減少してゆき、2040年代には小さくなってゆくのが特徴的である。
3)住宅におけるエアコンの省エネルギー費用
次に、住宅においてエアコンが高効率のものに転換されていくために必要な費用を計算した。
現状では、5500万戸の1年間の家庭の電力消費は5187kWh/戸に相当する。エアコンの電力消費は、家庭部門の電力の25%を占めており、1296kWh/戸になる。一方で、住宅の断熱性能は向上してゆき、必要な暖冷房需要は2050年には現在の需要の31%に低下する。これは402kWh/戸になる。
エアコンのCOP効率は改善されてゆき、2050年に効率2倍になり、各戸で402kWhの電力需要を半減する。このために必要な既存エアコンとの価格差=追加投資は1.5万円/台とした6)。2050年の住宅戸数は4300万戸としている。エアコンの寿命は10年として、10年使用したあとでは更新されてゆくものとしている。
2010年から2050年までに、この高効率エアコンへの転換の設備投資金額は2.0兆円、運転費用は−6.2兆円、正味費用は−4.1兆円になる(表2.8・図2.5)。設備投資は2030年まで増大してゆくがその後はほぼ一定になる。
2.3 業務部門の省エネルギー費用
業務部門については、建物の断熱化と照明を取り上げて検討した。
1)省エネビル
WWFシナリオでは、建築物のすべてが現状の次世代省エネ基準相当の省エネを達成すると想定している。そこで、建物の断熱化を中心とするビルの省エネ化に係る追加費用を算定した。
業務用ビルの暖冷房消費は、断熱化や様々な工夫により削減できることが知られている。その省エネルギー技術の内容は、建築のプランニング、衛生動力の低減、換気動力の低減、熱負荷の低減、断熱・日射遮蔽・通風、搬送動力の低減、照明電力の低減、効率向上、アクティブソーラーなどである。
業務用ビルの省エネ化に必要な費用を計算するために、単位床面積あたりの追加費用を求めるため、大林組の技術研究所のビルについて行われた分析を参照した。この事例では、当該ビルの延床面積は3775m2であり、一次エネルギー消費は378Mcal/m2から100Mcal/m2に減少している。イニシアルコストの増加分1億2000万円に対して、ランニングコストの減少分が1300万円/年としている。床面積あたりに直すと、イニシアルコストの増加分は3.1万円/m2、運転費用の減少は0.3万円/m2年である13)。これを本シナリオの計算に利用している。
この大林組の例には照明電力負荷の削減が含まれているが、2001年の発表当時は、LEDは含まれていないので、本シナリオでは、ビルの照明器具をLEDに代替することは別に扱っている。
業務用ビルの更新は、毎年全延床面積のうちの1/50が新築・改築されるものとした。そしてさらに、新築・改築ビルのうち、当初は1%(2010年)のみに、徐々に増えて将来的には100%(2050年)に、省エネ技術が適用されるものとした。
2050年までの40年間の設備投資は16.1兆円、運転費用は−16.1兆円、正味費用はほぼゼロ(0.04兆円)になっている(表2.9・図2.6)。
2)業務用ビルの高効率照明
業務用ビルにおける照明が、高効率なものに転換されるために必要な費用を計算した。WWFシナリオでは、BAUシナリオよりも早いペースで転換が行われる。
業務用ビルのエネルギー最終用途のうち、動力として統計にある電力の中で、28%が照明用電力である。このうち、2010年の白熱灯用電力の割合は9%である。
WWFシナリオでは白熱灯は2020年までにすべて代替されるものとした。
2010年には、白熱電球60WをLEDに代替すると7Wになり、蛍光灯40WをLEDに代替すると20Wになる。このLEDの効率は向上してゆき、2050年には3倍になるものとした。
業務用ビルの照明の高効率化に必要な費用は、2010~2050年の40年間に設備投資が12.0兆円、運転費用が−45.7兆円、正味費用は−33.7兆円になっている(表2.10・図2.7)。
2.4 運輸部門の省エネルギー費用
ここでは運輸部門でエネルギー消費の大きな乗用車の省エネルギー費用を算定する。
乗用車は、BAUシナリオではガソリン車からハイブリッド車へ、WWFシナリオではさらに電気自動車(EV)、燃料電池車(FCV)への転換が進むと想定している。
ガソリン価格の上昇はエネルギー価格の指数からもとめている。BAUシナリオでは、ガソリン車の実際の燃費は2010年に1リットルあたり10.4kmであり、ハイブリッド化が進展して、2050年には実際の燃費として1リットルあたり20kmに、現状のおよそ2倍の効率に進化すると想定した。
WWFシナリオでは、新規自動車(EV、FCV)が2050年には100%普及するものとした。
2010年の乗用車走行台数は5559万台であり、2050年には4892万台が走行するものとした。
WWFシナリオでは、2050年のEVとFCVとの台数は同数とし2446万台である。2010年における既存ガソリン車の価格を180万円、EVを250万円とした。FCVは2016年の普及開始時に300万円とした。2030年にはいずれの自動車も180万円の価格に一致するものと想定した。各自動車の寿命は15年を想定した。
WWFシナリオでは、さらに車上太陽光の導入も想定している。これについては、車上太陽光は1台あたり600Wであり、その費用は太陽光発電コスト結果を利用している16)。
EVやFCVの効率について、現状の日産の電気自動車リーフを参考にして検討すると、2010年時点の段階では技術がまだ開発される余地が残っている。充電や水素製造をふくめた電力供給側からみた効率は、EVは2010年に280Wh/kmとし、FCVは2016年の実用化走行開始時に500Wh/kmと想定した。
EVとFCVは走行状態での燃費は、ともに2050年までに改善されてゆき195Wh/kmになるものとした。このとき、2050年の実際の効率は、EVは充電効率90%を加味して、217Wh/km、FCVは水素製造効率90%、燃料電池の発電効率60%を考慮して、361Wh/kmと想定した。これが電力供給側からみたエネルギー需要になっている。
図2.8には、ガソリン車がEVとFCVに移行してゆく様子を示した。
計算結果は表2.11のようになっている。
EVとFCVへの転換による乗用車の効率化は、2010~2050年の40年間に設備投資が94.1兆円、運転費用が−84.5兆円、正味費用は9.7兆円になる。
脱炭素社会に向けたエネルギーシナリオ提案 <第三部 費用算定>
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第1章 | エネルギー価格と費用算定の方法 |
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1.1 エネルギー価格 1.2 将来の電力価格 1.3 費用算定の方法 1.4 費用算定の対象 |
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第2章 | 省エネルギーの費用 |
2.1 産業部門の省エネルギー費用 2.2 家庭部門の省エネルギー費用 2.3 業務部門の省エネルギー費用 2.4 運輸部門の省エネルギー費用 |
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第3章 | 自然エネルギーの費用算定 |
3.1 太陽光発電の費用 3.2 風力発電の費用 3.3 地熱発電の費用 3.4 水力発電の費用 3.5 太陽熱の費用 3.6 バイオマスの費用 |
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第4章 | 費用算定のまとめ |