脱炭素社会に向けたエネルギーシナリオ提案 【第3部:費用算定編】
2013/04/23
本報告は、2011年に作成した「脱炭素社会に向けたエネルギーシナリオ提案」の「第一部 省エネルギー」および「第二部 100%自然エネルギー」の内容のフォローアップ作業として、このシナリオ実現のために必要な「費用算定」に関する報告である。
本報告は上記シナリオの「省エネルギー」報告において推定した技術について、2010年から2050年までの1年ごとの設備投資(CapEx)、運転費用(OpEx)、正味費用(Net)を計算し、省エネルギーの導入に必要な費用を検討している。同様の方法を、「100%自然エネルギー」報告にある自然エネルギー技術の導入費用についても適用している。
1)エネルギー価格
石炭、石油、天然ガスの価格は2013年のEIA(米国エネルギー省情報局)の想定を用いて、これをBAUエネルギー価格とした。この想定は、エネルギー価格が2050年に向かって上昇してゆくものとしている。
これに対してWWFシナリオでは、化石燃料の価格が上がる中で自然エネルギーの割合 が大きくなっていくため、総合電力価格*は2030年ごろまでは上昇するが、2050年ごろに は低下してゆくことが示されている。
省エネルギーと自然エネルギーの費用計算には、BAUエネルギー価格をシナリオの対 照評価用に使用している。
2)省エネルギー費用
費用の推定は、産業、家庭、業務、運輸部門における代表的なエネルギー最終用途につ いてWWFシナリオの省エネルギー技術の費用を検討した。省エネルギー費用の計算にあたっては、シナリオを実現するために必要な総費用ではなく、BAUシナリオと比較して どれだけの追加費用が必要かに着目して計算した。
産業部門では各種の省エネルギー技術があるが、その多くはエネルギー価格の上昇によって自然な発展で進められるものである。個別の技術の2050年までの発展と費用について想定をおくのは困難であるため、特定の技術の導入をとくに取り上げなかった。産業界では、省エネルギーの設備投資の資金の回収期間が3年を超えると投資しないといわれてい ることをヒントに、どのような投資が産業部門全体として行われなければならないかに着目した。
日本経団連の「自主行動計画」のフォローアップ報告を検討すると、1989〜2012年の 期間に行われた省エネルギー設備投資と、これにより生じたエネルギー消費の減少との関 係を得ることができた。そこでWWFシナリオでは、この計算を基に、2050年までに産業 分野のエネルギー利用効率を向上させる設備投資が全体としてどれくらいの規模で行われ るべきか、その結果として省エネでどれくらいのエネルギー費用が節約されるかを検討し、 産業部門全体としての省エネルギー投資の収支を推計した。省エネルギー技術の寿命は10 年として、10年ごとに更新する費用を含めた。
家庭部門では、代表的な対策・技術として、住宅の断熱性を向上する「省エネルギー基 準」を適用することにより、省エネルギーが進展する様子とそれに伴う費用を計算した。 また、同じく代表的な技術である照明技術の普及については、白熱電球と蛍光灯が高効率 のLED電球に交代し、LED電球は寿命10年で順次交代してゆく様子をシミュレーションし た。さらに、効率の高いエアコンの普及を検討した。
業務部門では、家庭部門と同様の方法で、効率の高いオフィスビルと照明技術の浸透をシミュレーションし、費用を計算した。
運輸部門では、乗用車は現状ではガソリンを燃料としているが、WWFシナリオでは、 自然エネルギーの供給増加に対応して、主要なエネルギー源は電力になり、自動車の形態 はバッテリー駆動の電気自動車(EV)と燃料電池車(FCV)への代替が進むと想定した。 また、乗用車の走行用電力のおよそ30%を「車上太陽光」としてルーフトップに設置した 太陽光パネルから得ることを計算した。FCVには太陽光や風力発電の変動によって生じる 余剰電力を水素に変換して利用する。
BAUシナリオでは、ガソリン車とハイブリッド車(HV)が普及して効率が高まること を想定した。WWFシナリオのケースと、BAUケースの両者を計算して比較することによ り、必要となる設備投資、運転費用の差を求めている。
3)自然エネルギーの費用
自然エネルギーとして、太陽光発電、風力発電、地熱発電、水力発電、太陽熱、バイオマスについてその費用を算定した。現在、日本の自然エネルギーは、水力を除けば電力の 1%程度、一次エネルギーの4%程度にしかすぎない。自然エネルギー100%を目指すWWFシナリオにおける挑戦を適切に描くため、本報告の費用計算ではエネルギー供給構 成が現状のままであることをBAUとし、それとの差を費用として計算している。
自然エネルギーの中でも、太陽光および風力は、今後非常に大きく導入が進展すると予 想されている。そのコスト低下の様子を学習曲線により計算した。進歩指数(累積生産量 が2倍になるときのコスト低下割合)は、過去のコスト低下の分析から得られている数値を想定した。
太陽光と風力については、燃料製造用の電力として、純粋電力用の発電設備のほぼ2倍 の設備を想定している。このため累積生産量の計算にあたっては、燃料製造用の発電設備を含めている。これらの技術の製品は海外への輸出が想定でき、これにより累積生産量が増大するのでさらにコスト低下が考えられるが、ここでは考慮しなかった。
この自然エネルギーの発電プラントは、寿命20 〜40年で順次交代してゆくとしている。 風力発電については、陸上風力と洋上風力があり、そのコスト構成が異なるので区分して扱っている。
太陽光、風力、水力、地熱の自然エネルギーによる発電に加えて、既存のエネルギー源である石炭、石油、天然ガス、原子力による発電も含めて、2010年から2050年までの各年の発電構成から、総合電力価格を算出して、BAU価格との比較評価を行った。BAU総合電力価格は、2010年における発電構成を将来に延長して電力価格を算出している。
4)費用算定のまとめ
2010年から2050年にいたる40年間の設備投資、運転費用、正味費用について省エネルギ ーと自然エネルギーの費用算定を検討した。省エネルギーについてはBAUシナリオとの差を、自然エネルギーについてはその建設費用をとりまとめた。
BAUシナリオと比較すると、効率の高い省エネルギー技術の導入によってエネルギー 消費の削減が生じ、運転費用はマイナスになる。また自然エネルギーの導入によって、価 格が上昇する既存燃料の代替が進展する。省エネルギーと自然エネルギーの導入によって 正味費用はマイナスになり利益が生じてくる。この様子を計算により示した。
BAUシナリオとの差として必要な40年間の設備投資は、省エネルギーに210兆円、自然 エネルギーに232兆円、合計で442兆円であり、正味費用は省エネルギーで−188兆円、自 然エネルギーで−43兆円、合計−232兆円となった。つまり、WWFシナリオにおいて必要 とされる設備投資は、省エネや自然エネルギーの普及によって削減されるエネルギー費用 によって、正味では大きな便益をもたらすといえる。
設備投資に対する正味費用の割合は、省エネルギーで−90%、自然エネルギーで−19% となっている。省エネルギーの導入がきわめて有効であることを示している。
WWFシナリオを実現するために必要な追加的な設備投資は、GDPに対してどれくらいの規模になるのか。GDPは2008年の544兆円から2050年の851兆円に1.56倍に増大する。40年間の平均GDPは697兆円である。WWFシナリオのエネルギー設備投資は40年間の累計で442兆円、年間に直すと11兆円となり、これは40年間の平均のGDPに対して1.6%に相当する。
本報告は、WWFシナリオに必要となる費用の主要部分を扱ったが、すべての費用を分析したものではない。しかし、省エネルギーと自然エネルギーにかかる費用は、GDP比で およそ2%程度になるものと推定される。
脱炭素社会に向けたエネルギーシナリオ提案 <第三部 費用算定>
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第1章 | エネルギー価格と費用算定の方法 |
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1.1 エネルギー価格 1.2 将来の電力価格 1.3 費用算定の方法 1.4 費用算定の対象 |
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第2章 | 省エネルギーの費用 |
2.1 産業部門の省エネルギー費用 2.2 家庭部門の省エネルギー費用 2.3 業務部門の省エネルギー費用 2.4 運輸部門の省エネルギー費用 |
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第3章 | 自然エネルギーの費用算定 |
3.1 太陽光発電の費用 3.2 風力発電の費用 3.3 地熱発電の費用 3.4 水力発電の費用 3.5 太陽熱の費用 3.6 バイオマスの費用 |
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第4章 | 費用算定のまとめ |
単位について:
1000TOE=1000トン石油換算、MTOE=百万トン石油換算
1TOE=1万1630kWh
本報告では最終用途エネルギーに注目して1次エネルギーは扱っていない。
ただし、 自然エネルギーからの電力を燃料に転換するときに生じる損失は含めている。
本報告で扱った各種エネルギーの設備投資には、水素生産装置、蓄電池、送電線の 費用などが含まれていない。
これらは次回報告予定の系統に関する検討を行うとき に扱う予定である。
※本文中で特に断りのない図表はすべて(出典)システム技術研究所作成