インドネシアの煙害(ヘイズ)問題、乾季に多発する泥炭火災について
2018/11/27
紙、パーム油…グローバルな需要を支える生産の現場で
東南アジアのスマトラ島やボルネオ島には、かつて手つかずの美しい熱帯林が広がり、オランウータンや、スマトラトラ、スマトラサイ、またアジアゾウなど、多様性豊かな野生生物の命をはぐくんできました。
しかし、スマトラ島の森林面積は過去30年間で半減。ボルネオ島も森の3分の1が失われ、多くの野生生物が絶滅危惧種として指定されています。
森林減少の主な原因は、プランテーションの開発です。
紙の原料となるパルプを生産するため、熱帯林を伐り払って植林したアカシアやユーカリのプランテーションが、またはパーム油(植物油)を生産するためのアブラヤシのプランテーションへの土地の転換などが、その主因として指摘されています。
そして、こうしたプランテーションで生産される、紙製品やパーム油(植物油)は、日本をはじめ世界中に輸出されています。
熱帯林を農地などの他の用途で使おうとする場合、木を伐採するだけでなく、「野焼き」も行なわれています。
野焼きは、法律で禁止されていますが、安価に手ばやく土地を整地できることから、乾季になると各地で放火が相次ぎ、大きな問題となってきました。
この野焼きにおいて、特に問題視されているのが、泥炭地の森を焼き払う際に生じる火災です。
泥炭地とは、枯死した植物が水中で炭化し、蓄積した地層のことで、他の土壌よりも多くの炭素を含んでいます。
この泥炭地は、地球の陸地面積のわずか3%(約400万km2)にしか分布していませんが、全土壌に含まれる炭素の約3分の1が蓄積されているといわれています。
こうした泥炭地は、多くが樹木に覆われ、熱帯の森の一角をなしていますが、土中の水分が多く、湿地のような環境であるため、プランテーションへの転換には向かない場所でした。
しかし、スマトラなどの島々では、平地での熱帯林の伐採と消失が進むにつれ、泥炭地を覆う森も開発されてきました。
【図解】森林・泥炭火災が起こり、煙害(ヘイズ)を引き起こすまでの過程
- 材木の切り出しや、農地の開墾のために、人が湿地林に入り込み、排水路が掘られる。
- 排水にともなって地下水位が下がり、湿地林が乾燥する。
- 水に浸っていた泥炭が空気に触れることで、泥炭の分解が進む。
- 分解と同時に二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスが放出される。
- 開墾のための火入れや、失火によって、乾季に火災が発生する。
- 地上部にある樹木だけでなく、地中の泥炭も燃える。
- 火災により、さらに大量の温室効果ガスが放出される。
- 粒子状物質も放出され、煙害を引き起こす。
困難な消火活動と「煙害」の問題
こうした泥炭地への放火が、各地で違法に繰り返されるのは、雨が少なく、火が燃えやすい乾季(5月~10月)です。
各地域でピークとなる時期は少しずつ異なりますが、乾季の消火活動は、雨が降らない分、困難を極めます。
火災現場へのアクセスが容易ではないため、発見が遅れたり、見つかっても現場で消火するための十分な水が不足するケースがあります。
泥炭火災の消火は、ホースを直接地面に差し入れ、水を入れる形で行なわれたりしますが、泥炭層の厚さは少なくとも50cm、最大では20メートルにも及ぶことがあり、地中での完全に消火は容易ではありません。
地中の火が消火しきれず、くすぶり続けている場合、晴れた風の強い日などに、予想もしないような場所から火が突然地表に現れ、火災が再発生することもあります。
こうした火災によってもたらされる、有害な物質を含んだ大量の煙霧は、排気ガスなどと交じり、周辺の市街、時に隣国にまで、深刻な「煙害(ヘイズ)」を引き起こします。
この煙に含まれるのは、CO2だけではありません。他にも、二酸化硫黄、二酸化窒素、PM2.5などの有害物質も、放出されます。
煙害は、大気を汚染し、呼吸器障害などを引き起こすのみならず、視界を低下させ、飛行機や自動車などの利用を著しく制限してしまうなど、経済損失にもつながっています。
また、煙は大気の流れに乗り、海を越えた隣国にも害を及ぼしていることから、国際的にも問題となってきました。
消費国の企業による責任と取り組み
この問題を解消するためには、火災発生の直接の原因である野焼きをなくすことが、何よりも重要ですが、その背景にあるプランテーションの造成も忘れてはならない事実です。
野焼きはアブラヤシ農園を手掛ける人たちが、自ら火入れをする場合もあれば、パーム油を扱う企業が地域の貧しい人たちを雇い、森に火入れをさせる例もあります。
リアウ州では実際に、パーム油企業がこうした行為を理由に、州の高等裁判所から有罪判決を受けています。
インドネシアの環境林業省も、こうした犯罪に関与している518社に対して、現在行政処分を課していますが、これだけでは問題は解決できません。
何より大きな力となるのは、パーム油や紙を購入し、輸入している消費国の企業と、それを利用している消費者たちの姿勢です。
日本でも企業が取り扱うパーム油や紙について、生産にあたりこうした火災や煙害、森林破壊に関与していないか確認するために、各社が「責任ある調達方針」を策定・運用することが求められています。
これは、環境破壊に寄与する形での原料や製品の輸入、それを使ったビジネス等をしないことを、社の姿勢として明かにするものです。
また企業だけでなく、紙やパーム油の入った製品を購入し、毎日の生活で利用している一般の消費者も、製品の原材料がどこで生産され、その現場で何が起きているのか、関心を持つと共に、その情報の開示を企業に対して求めることが重要です。
環境に配慮した製品が見つからない場合は、メーカーに対し、そうした「持続可能な形で生産された製品が買いたい」とリクエストすることで、企業活動を変えていく、一助となすことができます。
WWFではこれまで、環境や社会に配慮して生産された製品を認証する、FSC®やRSPOの認証製品を推進してきました。
FSCでは紙製品や木材製品に、またRSPOではパーム油を含む製品に、それぞれが持続可能に生産されたことを証明するラベルが付されます。
信頼のできる国際的な認証を使い、消費者が自らの目で確認することで、煙害の発生する国々から遠く離れた消費国からも、森林の保全と地球温暖化の防止、そして、そこにすむ野生生物の保全に貢献することができるのです。
WWFは、今後もインドネシアの現場で森林と絶滅危惧種の保全に取り組むと同時に、日本の企業や消費者に対して、環境に配慮して生産された原材料の購買と調達を行なうよう、働きかけていきます。
【参考情報】「煙害」による例年の被害状況
「煙害」による被害は、毎年のように発生しています。
近年で特に被害が大きかったのは、エルニーニョ現象(太平洋東部の海水温が高くなる気候現象)が発生し、乾季が長期化した2015年でした。
インドネシアのスマトラ島やボルネオ島カリマンタンで生じたその煙害は、隣国のマレーシアやシンガポールの都市部にも大規模な損害をもたらしました。
当時の被害者の総数は4,300万人に達したことが、インドネシア気象気候地球物理庁より発表されています。
この2015年にインドネシアの泥炭・森林火災が原因で排出された温室効果ガスの推計は、CO2換算で、およそ17.5億トン。
これを受け、インドネシア政府は、劣化した泥炭地の復元を目指した政策を発表し、泥炭地の保護や管理強化などを目的とした泥炭復興庁を設置しました。
年 | 火災が原因で荒廃した土地総面積 | 出典 |
---|---|---|
2015年 | 261万1,411ヘクタール | アメリカ海洋大気庁(NOAA) |
2016年 | 43万8,360ヘクタール | インドネシア環境林業省 |
2017年 | 16万5,464ヘクタール | インドネシア環境林業省 |
2016年と2017年を比較すると、その森林・泥炭火災の被害面積が減少していることが分かります。しかし、この差は毎年火災が多く発生する地域の降水量が、2017年は2.5倍に増えたことなど、自然要因が大きいと指摘されています。
そして再び乾季を迎えた2018年5月。
火災は10月まで続きました。その場所の中には、西カリマンタン州やリアウ州など、インドネシア政府が泥炭地の再生を優先していた地域も含まれています。
2018年、特に被害が激しかった5つの地域の状況
スマトラ島:北スマトラ(アチェ州)
2018年9月25日、アチェ州防災庁の最高責任者は、州内で生じた森林火災により、856.12ヘクタールの土地が荒廃したことを公表しました。燃えた地域のほとんどが乾燥した泥炭地です。2018年1月~8月までの8カ月間に、北スマトラの23の地域のうち、13地域で火災が発生してきました。
時期 | 地域:アチェ州内の火災による被害面積 |
---|---|
6月 | 223.12ヘクタール |
7月 | 121.5ヘクタール |
8月 | 487.5ヘクタール |
(出典:アチェ州防災庁)
スマトラ島:中央スマトラ(リアウ州)
中央スマトラのリアウ州では、WWFインドネシアも含めたNGO連合組織「アイズ・オン・ザ・フォレスト(EoF)」プロジェクトが実施されています。これは、違法伐採・森林火災を監視するプロジェクトで、2018年はこのEoFにより、インドネシア泥炭復興庁から泥炭地の再生を優先している地域として保全地域に指定されている地域が焼失していることが発表されています。
なお、インドネシア国家防災庁によると、2018年の1月~8月までには少なくとも2,635ヘクタールの土地が焼失。
同年8月11日~22日の間に4,942もの火災発生地点(ホットスポット)が検出されました。
中でもEoFは、インドネシアのスマトラ島を中心にプランテーションを拡大してきた製紙メーカーのサプライヤーの伐採許可地内から火災が発生し、少なくとも1,000ヘクタール以上燃えたことを指摘しています。
同州ロカン・ヒリル県内に住む地域住民は、この火災が1カ月以上も続いていたと話しています。
他にも、かつて製紙用プランテーションだった場所の跡地にあるアブラヤシ農園が全焼しているのも見つかっています。ここも上記と同様に、泥炭地の再生のために保全地域に指定されている地域でした。火災による被害面積の数値データは以下になります。
地域 | 火災による被害面積(8月18日時点) |
---|---|
ロカン・ヒリル県 | 1,236ヘクタール |
メランティ県 | 938ヘクタール |
ブンカリス県 | 512ヘクタール |
スマトラ島:南スマトラ州(州都パレンバン)
2018年アジア競技大会の会場の一つとなった都市パレンバンでは、大会の前後に、周辺地域の森林で火災が起きています。
大会を直前に控えた8月中旬には、選手の宿泊施設周辺まで火が迫り、国軍と警察、政府組織より7,500人が導入され、24時間態勢で調査やパトロールが実施されました。
しかし大会が終わり、監視体制が解かれた直後の9月中旬から、再び森林火災が発生。
10月には市内にも煙害が及び、大気汚染指数「Pollutant Standards Index(PSI)」は151~150(野外活動を減らすよう奨励される数字)と公表されました。被害者数の状況は以下になります。
パレンバン市民の年齢層 | 急性呼吸器感染症(ARI)の被害者人数 |
---|---|
6歳以下 | 3,756人 |
50歳以上 | 5,754人 |
(急性呼吸器感染症(ARI):発熱、痛み、嚥下障害、呼吸障害などの症状により発症)
パレンバン周辺地域を撮影した衛星画像からは一日で最大90カ所ものホットスポットが検出され、火災の被害総面積は約7,000ヘクタールにも及んだとされています。
ボルネオ島:西カリマンタン州(州都ポンティアナック)
西カリマンタン州では、住宅地に隣接する泥炭地が燃え、児童2名と消火活動に当たった住民2人が死亡。煙害は8月まで続き、学校が閉鎖、飛行機が離着陸できない状況となりました。対応や対策の遅れに反感を持つ住民によるデモ活動も実施されています。
EoFは、同州内における、土地の利用方法に応じた分類ごとに、火災の発生状況を調査。
下記の結果をまとめました。
土地の利用方法に応じた分類 | 火災発生地点 |
---|---|
モラトリアム地域(泥炭林と天然林の新たな開発事業の許可が停止されている地域) | 156地点 |
木材や林産物の利用事業許可が下りている地域 | 109地点 |
アブラヤシなどの農作物プランテーション事業許可が下りている地域 | 105地点 |
泥炭復興の優先地域 | 71地点 |
地域住民などが利用する森林 | 88地点 |
ボルネオ島:南カリマンタン州(州都バンジャルマシン、バンジャルバル)
泥炭地が広域に分布している南カリマンタン州でも火災が多発してきました。
インドネシア国家防衛庁は、2018年1月1日~9月25日にかけて、南カリマンタン州全体での火災の被害面積は、3,097.8ヘクタール。同州バンジャルバル付近は、544.52ヘクタールであったことを報告しています。
バンジャルバルなどでは、9月中旬から下旬にかけて、煙害の影響により視界が5メートルまで狭まり、学校の閉鎖や、飛行機の欠航が決定。住民の健康被害も心配されています。
バンジャルバシンやバンジャルバルの急性呼吸器感染症(ARI)患者の数も月を重ねるにつれ、以下のように増えていったこともわかっています。
時期 | 患者数 |
---|---|
6月 | 2,867人 |
7月 | 3,805人 |
8月 | 3,979人 |
乾季が終わりつつある10月に入り、雨が降り始めたことで、火災は少しずつおさまってはいるものの、雨の降らない日が続くと、すぐに火災と煙害がぶり返されてきました。
こうした患者の多くは煙害の被害に見舞われた地域の住民であったため、森林・泥炭火災から来る煙害が直接の原因であると指摘されています。