その数10万羽!渡り鳥の楽園が新たな湿地公園に!
2020/12/23
渡り鳥の楽園、そこに迫る危機
中国、韓国、北朝鮮に囲まれた黄海は、東アジア地域を代表する湿地が多く残る海です。
ここは、地球上に大きく3つあるシギ・チドリなどの渡り鳥の移動ルート(フライウェイ)のうちの「東アジア・オーストラリア地域フライウェイ」に属する場所の一つ。
沿岸域の広大な干潟は、渡り鳥にとって、移動の途中で翼を休め、栄養を補給するための重要な中継地となっています。
その中でも、中国の河北省唐山市灤南(ランナン)県にある南堡(ナンプ)湿地は、これまでに鳥類21目59科299種、うち水鳥115種が確認され、毎年春には10万羽近い水鳥が飛来する、まさに渡り鳥の楽園です。
しかしナンプ湿地は、その重要性にもかかわらず、法的な保護下に置かれてきませんでした。
実際にナンプ湿地は、中国北部最大の貿易港である天津港の巨大な港湾施設に隣接し、大都市である天津市の発展を受け、周辺では急速な開発と都市化が進行。
ナンプ湿地を囲むように、自然の海岸線や湿地は、その多くが失われてしまいました。
こうしたことから、将来的にナンプ湿地までもが失われてしまうことが危惧されていました。
そこでWWFジャパンは2017年より、WWF中国やWWF香港と共に、渡り鳥の保全に向け、ナンプ湿地の保全・管理の促進と自然環境の回復に取り組んできました。
南堡(ナンプ)湿地での湿地公園の設立
関係者とのパートナーシップの構築
WWFはまずランナン県政府とナンプ湿地での自然保護区の設立に向けて交渉を開始。
交渉の末、2017年6月にWWF、河北省林業局、ランナン県政府、ポールソン研究所(Paulson Institute)の4者で、保護区の設立に向けた覚書を締結することに成功しました。
同時に、北京師範大学とも覚書を交わし、自然保護区の設立を進める上で必要となる、鳥類などの基礎調査を実施しました。
北京師範大学の基礎調査では、シギ・チドリ類、特に中型のシギのサルハマシギ、コオバシギやコビズキンカモメが非常に多く記録され、ナンプ湿地の重要性が改めて明らかになりました。
特にサルハマシギは、北京師範大学が独自に調査を始めた2006年から2017年までの間で最も多かった年の春に約6万2,000羽を記録。
これは東アジア・オーストラリア地域フライウェイにおける、同種の推定個体数の約69%、また世界の推定個体数の約5-6%に相当し、ナンプ湿地が国際的にもいかに重要な湿地であるかがうかがえます。
難航した議論の末の合意
WWFでは覚書の締結以降も、自然保護区の設立に向け、ランナン県、唐山市、河北省の各政府や専門家を含む関係者と話し合いを進めてきました。
しかし2018年、中国の国会にあたる全国人民代表大会において、中央政府の大幅な組織再編が行なわれ、湿地を含む自然資源を管轄する自然資源部が新設されることになった結果、状況が変わりました。
さらにランナン県でも、首長が交代するとともに、県の自然資源局の責任者にも、これまでの議論に関わっていなかった方が就任。
その結果、改めてランナン県政府を含む関係者間で自然保護区の設立に関する合意を得ることが必要になったのです。
改めて開始された話し合いでは、自然保護区設立に伴う地域住民による湿地利用の制限に関して、ランナン県政府からの懸念が大きく、議論が難航しました。
他方、同時期に地域住民を対象に行なっていた社会経済調査から、貝類漁業を中心に、ナンプ湿地が住民の重要な収入源となっていることが明らかになりました。
こうしたことから、適切な保全・管理のもとで湿地の利用が許可される、湿地公園に計画を変更すること、そして、まずはその設立に向けて協力していくことを優先することにしました。
その結果、2019年8月、あらためて関係者間で合意を交わすことができたのです。
予期せぬ問題の発生
しかし、問題はまだ続きました。
湿地公園に関する合意の成立後、設立に向けた具体的な話し合いを進めていた2019年12月、ナンプ湿地周辺で石油生産を行なう企業より突然、ナンプ湿地での採掘権を保有していると主張。
中国の国家規則では、保全地域と採掘地域の両立は認められていないため、この問題の解決が湿地公園の設立に不可欠な状況となってしまったのです。
そこでWWFを含む関係者は、企業とランナン県政府に対して企業による沿岸域での採掘は、環境保全上の大きな懸念があると指摘し、政府内で話し合いが行なわれることになりました。
ところがそこに、新型コロナウイルスの世界的な大流行が発生。
これにより政府内での話し合いは中断され、湿地公園の設立に関する見通しが立たない状況に陥ってしまいました。
待ち望んだ湿地公園の設立
一時は設立さえも危ぶまれましたが、中国で新型コロナウイルスが落ち着いてきた2020年夏、中断していた話し合いがようやく政府内で再開。
話し合いを経て行なわれた政府関係者を含む有識者会議において、省級(河北省立)の湿地公園の設立が合意されました。
問題となっていた石油の採掘権は、中央政府が湿地を含む自然資源の保全を推し進めていることから、企業の所有していた権利が解除されることになりました。
ポールソン研究所や専門家を含む関係者とWWFによる連携による政府への継続した働きかけも、こうした中央政府の湿地保全への前向きな姿勢を後押しするものとなりました。
そして、2020年10月26日、ついにナンプ湿地の57.9160平方キロにあたる場所が、省級(河北省立)湿地公園として、河北省林業草原局によって承認されました。
湿地公園は、地域住民による湿地の利用にも配慮しながら、次の4つの区域にゾーニングされ、保全と持続可能な利用が進められることになります。
- 保全区域(赤色):湿地生態系の保全・管理のための区域。その他の活動は原則禁止。
- 渡りの季節における保全区域(橙色):湿地生態系の保全・管理のための区域。但し、渡りの季節を除き地域住民による利用が可能。
- ワイズユース(賢明な利用)区域(緑色):湿地生態系に配慮した観光や教育活動、また湿地生態系を損なわない活動を行なうことが出来る区域。
- 再生区域(黄色):劣化した湿地生態系を修復するための区域。
渡り鳥の「楽園」を守っていくために
3年以上にわたる取り組みの結果、成し遂げることができた湿地公園の設立は、開発の危機にさらされていたナンプ湿地の保全に向けた、非常に大きな一歩となりました。
しかし、湿地公園を設立するだけで保全ができる訳ではありません。
ここが水鳥の楽園であり続けるためには、まず管理者である行政職員が、貴重な湿地の生態系と保全管理の手法を正しく理解し、それを実行できることが欠かせません。
また、適切な管理計画も策定し、実行していくことや、そのための人材を育成することも、重要な取り組みとなります。
そのためWWFでは今後も、行政職員による湿地公園の管理計画策定のサポートや関係者への研修に取り組んでいく予定です。
ナンプ湿地を訪れるシギ・チドリ類は、日本でも姿が見られる渡り鳥。
国境を越えて広がる、東アジアの大切な自然の一部です。
その保全をめざす今回の取り組みは、WWFジャパンのサポーターの皆さまよりいただいたご支援により、実現することができました。
これまでご支援くださったサポーターの皆さまに、この場をお借りして心よりお礼申し上げますとともに、引き続き「ナンプ湿地」を守っていく活動を応援いただければ幸いです。