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奄美大島で「野生生物の密猟・持ち出し対策セミナー」開催

この記事のポイント
野生生物の密猟・違法取引や過剰な捕獲・採集は、世界の生物多様性への脅威となっています。多くの希少な野生動植物が生息する日本でも、この問題が深刻化。特に、2021年7月に世界自然遺産に登録された奄美大島・徳之島・沖縄島やんばる・西表島および周辺地域では、固有種を含む野生動植物の密猟・盗掘・持ち出しが報告されています。地域の行政および運輸や動植物販売にかかわる企業、エコツーリズムの関係者らと、課題を共有し、今後の取り組みや連携について考えるセミナーを、2024年6月、奄美大島で開催しました。
目次

日本も無関係ではない野生生物の密猟や盗掘、違法取引の問題

世界の野生生物の違法取引の規模は、年間2兆円にもなるといわれ、国際的に深刻な環境犯罪のひとつとして認識されています。

その大規模な事例の中には、7.2トンの象牙が香港で押収されたり、センザンコウのウロコ6トンがマレーシアで押収されるなどの例がありますが、日本も無関係ではありません。

2000年~2019年には、べっ甲製品の原料であるタイマイの甲羅合計564㎏が日本に密輸されたほか、日本からの象牙の違法な持ち出しも発生。2011年~2016年の間で合計2.42トンに及ぶ象牙が中国などに持ち出され、押収されています。

また、日本から海外へ、生きた野生動物を持ち出す密輸も起きています。

特に世界自然遺産に登録された南西諸島および周辺地域では、その地域にしか生息・生育していない固有の野生動植物の密猟・盗掘および持ち出しの問題が深刻化。

2022年には、奄美大島、徳之島、沖縄島等に生息し、種の保存法で国内希少野生動植物種に指定されているイボイモリを、那覇空港から海外に持ち出そうとしたことで韓国人2名が逮捕される事件も発生しました。

こうした生きた動物・植物の違法取引が行なわれる理由は、珍しさや美しいその姿を求める、ペット利用・観賞用、さらにそれらを繁殖させて販売するといった目的があります。

そして、こうした取引の背後には、生息地において密猟(保護対象として捕獲が禁止されている、または許可を得ず捕獲・採集すること)が行なわれているのです。

さらに、南西諸島で固有種や絶滅のおそれのある動植物で、捕獲や採集などが法的に規制されている種(しゅ)は、ごく一部に過ぎません。

© Yuma Kanamori

密猟や密輸、違法取引の対象となっているイボイモリ。環境省作成のレッドリストでは絶滅の危険が増大していると評価され、絶滅危惧Ⅱ類(VU)に指定されている。

野生生物の持ち出し・取引も深刻な課題

深刻なのは、違法な捕獲・採集にとどまりません。

とりわけ、法的に捕獲・採集や、持ち出しが規制されていない動植物の不適切な持ち出しや取引は、大きな課題になっています。

2018年にWWFジャパンの野生生物取引監視部門であるTRAFFICが行なった南西諸島の爬虫類・両生類の取引状況調査では、調査対象とした南西諸島固有種・亜種 67 種のうち55%にあたる 37 種が、国内または海外市場においてペット取引の対象とされていることが明らかになりました。

そして、この37種のうち16種が環境省の作成するレッドリストで絶滅危機種として指定される種でした。

これは、調査対象とした南西諸島固有の両生類・爬虫類の43%にあたります。

TRAFFIC「南西諸島に固有の両生類・爬虫類のペット取引」。※1:絶滅のおそれの高い3つのランク(CR, EN, VU)に掲載された種の総称。

密猟や盗掘、違法取引、不適切な持ち出し・取引を阻止するために

野生動植物の密猟・盗掘・不適切な持ち出し・取引の抑止には、捕獲・採集される野生動植物の生育地や、動植物が生息地外に持ち出される港や空港、およびこれらの運搬ルート、そして最終的に販売される市場を通じた、一貫した対策が必要となります。

さらに、運輸業や、流通過程(市場)でかかわるさまざまな企業活動が、意図せずに 違法取引に加担している事案が発生しているため、民間セクターが行政・法執行機関や市民社会と効果的に連携して、より強力なアプローチをとることが必要となっています。

そこでWWFジャパンは、2024年6月25日、「野生生物の生息地と市場を繋ぐ」ということをテーマに、行政および輸送・市場運営をはじめとする企業の方々や動植物やその生息地をまもる活動に従事している方々とともに、課題を共有し、今後の取り組みや連携について考えるセミナーを開催しました。

セミナー当日には、航空・空港・フェリーなどの運輸関連企業の方やイーコマース企業の方、南西諸島の自治体、エコツアーガイドなど観光関連関係者、研究者、メディアの方など112名の方にご参加いただきました。

WWFでは、野生生物の違法取引の抑止に向けて、今後も生息地から市場までを繋ぎ、関連する行政、企業、地域で活動を進める方々と連携を行ない、日本の希少種を守ると共に、野生生物の密猟と違法取引の対策が促進されるように取り組んでいきます。

イベント概要

名称 奄美大島における野生生物の密猟・持ち出し対策セミナー
日時 2024年6月25日(火)13:30~15:30
場所 アマホームPLAZA(鹿児島県奄美市)
オンライン配信あり
参加者数 112名
主催 WWFジャパン
後援 環境省沖縄奄美環境事務所、奄美大島自然保護協議会奄美群島広域事務組合、世界自然遺産推進共同体、奄美大島エコツーリズム推進協議会、奄美せとうち観光協会
備考 同日、意見交換会を実施(会場参加のみ)

セミナー概要:「奄美大島における野生生物の密猟・持ち出し対策セミナー」

プログラム

【セミナー第1部】
  1. 開会のあいさつ:
    奄美群島広域事務組合管理者 安田壮平氏(奄美市長)
    代読 同事務局長 池田忠徳氏
  2. 国内外の野生生物の取引状況:
    WWFジャパン 野生生物グループ 柴田有理
  3. 奄美大島における野生生物の密猟・持ち出し状況:
    環境省沖縄奄美自然環境事務所/
    奄美群島国立公園管理事務所 釣谷洋輔氏
  4. 奄美空港での取り組み:
    世界自然遺産推進共同体 事務局
    日本航空株式会社 鹿児島支店奄美営業所 所長 栄正行氏
    同 奄美大島空港所 所長 大堀馨氏
  5. イーコマース企業での取り組み(Yahoo!オークション):
    LINEヤフー株式会社 政策企画本部 コマース部部長 桑原華穂氏
  6. 奄美大島の生息地で起きていること:
    奄美フロンティアガイド 本村信行氏
    奄美自然環境研究会 常田守氏
  7. これからの取り組み:
    WWFジャパン 野生生物グループ 小田倫子

【セミナー第2部】
意見交換会。
次なる一手となる取組みの検討のためのワークショップ。

各発表の概要

1.開会のあいさつ:
奄美群島広域事務組合管理者 安田壮平氏(奄美市長) 
代読 同事務局長 池田忠徳氏

奄美群島の美しい自然と豊かな暮らしを未来へとつなぐため、群島の市町村で構成された奄美群島広域事務組合の管理者、安田氏(現奄美市長。代読:同事務局長 池田氏)より開会のご挨拶を賜りました。
奄美の人々の暮らし、営みや文化と貴重な生態系が相互にかかわる環境文化型の考え方が根付く奄美群島の宝を後世に守り継いでいくこと、希少な野生生物の密猟・持ち出しの現状を改めて認識し、情報を共有しながら関係者一同で課題解決に向けて歩んでいくという力強いメッセージをいただきました。

2.国内外の野生生物の取引状況:
WWFジャパン 野生生物グループ 柴田有理

次にWWFより、国内外の野生生物取引調査の結果を元に、南西諸島に関係のある野生生物の密猟や盗掘・不適切な持ち出しに関し、2つの課題を指摘しました。一つ目の課題は、密猟由来と思われる野生生物が市場で販売されていたこと。二つ目の課題は、法的に取引規制のない固有種や絶滅危機種の取引が確認されていること。
これらの野生生物が生息地で捕獲・採取された後に輸送され、さらには市場で販売されるという一連の構造となっていることから、各セクターの連携した取り組みの重要性を訴えました。

3.奄美大島における野生生物の密猟・持ち出し状況:
環境省沖縄奄美自然環境事務所/奄美群島国立公園管理事務所 釣谷洋輔氏

野生生物の違法取引に対する行政や民間セクターと連携した取り組みの全体像について、環境省沖縄奄美自然環境事務所/奄美群島国立公園管理事務所の釣谷氏より、ご発表いただきました。

最初に、希少野生動植物に関する法規制について解説。

次に、奄美群島で実施している4つの取り組みについて詳しくご説明いただきました。
輸送関連セクターと連携した普及啓発や島外に持ち出される水際での発見・密輸防止、自治体や警察といった行政機関との連携による密猟・盗掘防止のためのパトロールや看板・監視カメラの設置など、各関係先との連携による取り組みを紹介。

関係者との連携した取り組みにより、密猟者・盗掘者への抑止力とするとともに、島民の方の「宝をまもる」意識の醸成を図る道筋が示されました。

今後の課題としては、法律や条令での規制対象外の野生生物の持ち出しが引き続き課題となっていることにも言及されました。
空港での確認体制の構築により、持ち出しの状況が分かりつつある現状や、一度に数百匹の生物が持ち出される事例を紹介。
大量持ち出しについては、野生生物が島の特定の場所で捕獲された場合や、多くの場所で立て続けに捕獲された場合に、将来的に島の生態系に影響を及ぼす懸念が示されました。

4.奄美空港での取り組み
世界自然遺産推進共同体 事務局
日本航空株式会社 鹿児島支店奄美営業所 所長 栄正行氏
同 奄美大島空港所 所長 大堀馨氏

次に、野生動植物が島外に輸送される際に使われる手段の一つ、航空セクターより、日本航空株式会社から栄氏、大堀氏に奄美空港での5つの取り組みについてご発表いただきました。
環境省と連携した密猟・密輸対策研修会の実施、空港ビルと連携して普及啓発を実施していることをはじめ、有識者間で連絡網を整備するなど、野生生物を識別、対処するスキームを構築して違法に野生生物が輸送されるのを防止、さらには規制対象外の野生動植物持ち出しについても実態調査を行なっていることなど、他の地域や空港においても参考となる事例をご紹介いただきました。

このように奄美空港で野生生物の持ち出し対策が徹底されている一方で、空港スタッフが生物や各関係法令の専門家ではないことから発生する種の識別や乗客に対する説明の困難さ、これらを航空機出発までの短時間で対応することの厳しさといった現場からの切実な声も届けられました。

さらに、規制対象外の野生生物の持ち出しについては、大量の生き物が持ち出される現場を目の当たりにする担当者、一島民としての憤りも語られました。

© 日本航空

奄美空港から持ち出されたアマミシリケンイモリ。この時、約200匹のアマミシリケンイモリが島外へ持ち出された。

その上で、空港での専門家の常駐や動植物の島外への持ち出しを制限する法的制度の必要性を訴えました。

5.イーコマース企業での取り組み(Yahoo!オークション):
LINEヤフー株式会社 政策企画本部 コマース部部長 桑原華穂氏

野生生物は島外に輸送された後、最終的に市場で販売されるという観点から、Yahoo!オークションを運営するLINEヤフー株式会社の桑原氏にご登壇いただきました。

Yahoo!オークションではオンライン取引監視を行ない、適切な取引がなされるよう売り場管理をしていること、管理にあたってはルールを設けてユーザーに対する注意喚起を併せて実施していること、ルールに違反した出品に対しては個別に丁寧な対応を行なっていることが紹介されました。

最後に、Yahoo!オークションでは、ユーザーや社会の声、意見をもとに時勢に応じてガイドラインの見直しを行なっていることも言及されました。同サービスで法規制を超えた自主的な取り組みとして、環境省が作成するレッドリストに記載された絶滅危惧種及び準絶滅危惧種を出品禁止としていたことに加え、2024年7月25日から野生捕獲された両生類の出品を禁止する新たなルールを設けたことについては、同社の提供するサービスが環境や生態系に悪影響を与えることのないよう考慮した施策であることが述べられました。質疑応答では、同社の運営するモール(事業者が販売主)においても必要性に応じた対応を講じていくことも示され、市場においても生物多様性を考慮する先駆的な施策として、現場を勇気づけるものとなりました。

【参考】
朝日新聞【外部リンク】:「ヤフオク」、野外採集の両生類を出品禁止へ 「環境への影響考慮」

6.奄美大島の生息地で起きていること
奄美フロンティアガイド 本村信行氏
奄美自然環境研究会 常田守氏

密猟・盗掘の現場に近いところでエコツアーガイドを担っておられる本村氏、常田氏からも密猟・盗掘の深刻な実態をありのままにご報告いただきました。

本村氏からは、関係者の多大な努力にもかかわらず、希少な植物の盗掘が今でも確認されている実態を、盗掘前の写真と盗掘後の写真を比較してご紹介いただきました。近年では、法で採取が規制されている種のみならず、愛好家に人気の高い種も被害に遭っていることも示されました。

また、奄美群島に生息する希少な昆虫が、法の網目をかいくぐった巧妙化した罠により捕獲されていることが疑われる事例が存在することなど、現場の重い課題感をお伝えいただきました。密猟・盗掘があってからでは取り返しのつかない事態になってしまうからこそ、関係者で情報交換を積極的に行ない、備えることの重要性を訴えられました。

常田氏からも具体的な事例と共に密猟・盗掘の深刻な実態をご報告いただきました。盗掘されたと疑われる山野草が花屋やインターネット上で数十万円という高額で販売された事例も報告。

また、法の規制対象外の生物が生息現場から姿を消し、持ち出しが強く疑われる事案が発生していることも指摘し、法的規制の必要性を訴えました。

厳しい現状の一方では、輸送関係者、市場関係者を含む関係者一同の取り組みがあるからこそ、現場として対処できることがあることにも言及し、関係者それぞれの取り組みへの期待が寄せられました。

7.これからの取り組み
WWFジャパン 野生生物グループ 小田倫子

最後にWWFジャパンより、本セミナーのまとめとして関係者の連携が進む奄美大島だからこそ直面している課題を整理し、今後考えうる取り組みについてお話ししました。

見えてきた新たな課題として、1)現場での迅速な種の同定 2)広い生息地をカバーする継続的なパトロール 3)複雑な法規制の狭間にある大量捕獲・持ち出しの抑止の3つを挙げ、それぞれ検討を加えました。

1)現場での迅速な種の同定の課題については、種同定アプリの開発が進む一方、多種多様な種のすべてをカバーすることの困難さ、摘発に必要とされる識別確度の問題が挙げられています。また、空港では関係者の連携した取り組みが実施されている中、時間的制約のもと常時対応が求められることの困難さといった課題が残されています。課題解決に向けて、広域連携の必要性や新たな法規制の可能性を指摘しました。

2)広い生息地をカバーする継続的なパトロールについては、現在、監視カメラや看板の設置など施策が実行されている中、さらに監視機能を拡大させ、密猟・盗掘の抑止力とするには、現場を熟知するエコツアーガイドの方の目や教育の場を活用するといった解決策も提案し、他地域で実施されている例を紹介しました。

3)複雑な法規制の狭間にある大量捕獲・持ち出しの抑止に対しては、種ごと・生息地ごとに規制が異なり、量や目的の制限がない現行の法規制の課題を挙げ、環境と開発に関するリオ宣言・第15原則に基づく予防的な方策が求められることを指摘しました。

より実効性のある対策が講じられるためには、各業界の連携・協力が今後ますます重要となることを改めて訴えました。

意見交換会の概要

セミナー第1部終了後には、次なる一手となる取り組みの検討を行うため、関係者一同が立場を超えて意見を出し合える場として意見交換会の場を設けました。

次なる一手の一つの例として、有効な条例制定を想定し、そのメリットやデメリットの検討をとおして、今後の課題解決に向けた意見を交換しました。

今回想定した条例の案は、「野生生物の持ち出しを制限する条例」。
日本でも、久米島町や十島村といった南西諸島の地域で類似する条例が制定されており、それらを参考に意見を交換しました。

参加者には、複数のグループに分かれ、グループ内で率直な意見をディスカッションいただいた上で、グループでまとめた意見を参加者全体に向けて発表していただきました。

ディスカッションでは、課題解決に向けた闊達な議論が交わされ、参加者のみなさまの「自然豊かな奄美大島を未来に引き継ぐ」という熱い思いが感じられる会となりました。

意見交換会でいただいたご意見は、今後のより良い検討のため、現地行政や関係者の方にお届けいたします。

同時開催した写真展の様子

奄美在住の自然写真家である常田守氏が数十年にわたって撮影した貴重な写真を、セミナー会場であるアマホームPLAZA2階のギャラリーにて3日間展示しました。

奄美の豊かな自然や密猟・盗掘の対象にもなっている希少な野生動植物の写真の展示を通じ、世界自然遺産の島・奄美大島の世界的に貴重な生物多様性の価値を伝える機会となりました。

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