©Luis Barreto - WWF-UK

炭素だけで見ても植林するより既存の森林を守る方がいい理由

この記事のポイント
カーボンニュートラルやネイチャーポジティブの実現に向けた取り組みの一環として、森林保全は大きな立ち位置を占めるようになってきました。しかし、森林と炭素の関係については今も議論が続いています。その主な論点の一つが、植林と森林保全のどちらを優先すべきかということです。森林リスク・コモディティを扱う企業の場合は、まずサプライチェーン上の森林破壊や劣化をゼロにすることを目指すべきであることは、「責任」の観点において明らかです。さらに最近になって、純粋に「炭素」の視点から見ても、植林よりも森林保全の方が効果が大きいことを示す研究が報告されています。この記事では、こうした研究例を紹介しながら、植林と森林保全による炭素の吸収・放出について考察します。
目次

気候危機対策としての森林の活用

大気中のCO2を吸収してくれる一方で、破壊・劣化があるとCO2の放出源にもなり得る森林は、気候危機(地球温暖化)への対応の鍵を握る存在の一つとして考えられています。

森林には、気候危機対策としては大きく分けて、次の2つの活用方法があります。

  1. 植林や森林再生によって吸収源を増やすこと
  2. 既存の森林を守ることで森林減少による排出を防ぐこと

成果が目に見えやすい植林は、昔から環境活動として人気があり、最近では気候危機対策の一環として世界的にも改めて注目が集まっています。

しかし、森林を活用した気候危機対策として、植林はベストな選択肢なのでしょうか?

気候危機対策としてはCO2の排出を減らすことと、大気中のCO2を減らすことの両方が重要ですが、どのような優先順位を持って取り組むべきなのでしょうか?

(注)ここで言う既存の森林とは、主に天然林のことで、木材生産などを目的とした植林地(人工林)では別の議論が必要です。

植林した瞬間からその土地の炭素収支がプラスになるわけではない

伐採や森林火災によって林齢数百年の森林が失われたケースを考えてみましょう。

種類や環境などによって異なりますが、樹木の炭素のうち10~50%は根などの地下部に蓄えられています(※1)。

こうした地下部は、特殊なケースを除いてほとんど利用されていないので、いずれは分解され、炭素が放出されることになります。

根や切り株をたとえばバイオ燃料として利用する、という議論もありますが、森林生態系の有機物のバランスや、燃料として燃焼する際に排出される温室効果ガスなど、別の問題が付きまといます。

さらに土壌には、植物や動物の遺骸が分解されて有機物となったり、あるいは未分解のまま土に埋もれたりなど、さまざまな状態の炭素が含まれており、生体に蓄えられている量と同じくらいか数倍もの量の炭素が蓄えられています(※2)。

こうした地中の有機物は、森林が伐採されると温度上昇や乾燥化により分解が加速し、その後何十年にもわたって炭素を放出し続けます。

もちろん、伐採された木が、建材などとして長期的に分解されない方法で有効に利用されれば、その分放出される炭素量は低減されます。

しかし、木材などとして利用できるのは森林に蓄えられた炭素の一部に過ぎず、樹木の根や土壌に蓄えられているその何倍もの炭素は、放出されるほかありません。

特に熱帯林では、樹種が多様で、有効活用できる木ばかりではありません。

そのため、大規模な伐採や森林火災のあった場所に植林した場合、植えた苗木が成長してその土地の炭素収支がプラスに転じるまでには数年から数十年かかると言われています(図1)(※3、※4)。

図1. 植林した土地の年間炭素吸収量の経年変化。ここでいう炭素吸収量は、樹木による吸収だけでなく、伐採残差や土壌から排出される炭素なども加味した「土地全体」の吸収量を指す(図2、図3も同様)。植林から間もない時期は苗木による炭素吸収量よりも土壌などからの排出量が上回るため、負の値をとる。そのため、年間炭素収支がプラスに転じるには数年~数十年かかる。
©WWFジャパン

図1. 植林した土地の年間炭素吸収量の経年変化。
ここでいう炭素吸収量は、樹木による吸収だけでなく、伐採残差や土壌から排出される炭素なども加味した「土地全体」の吸収量を指す(図2、図3も同様)。植林から間もない時期は苗木による炭素吸収量よりも土壌などからの排出量が上回るため、負の値をとる。そのため、年間炭素収支がプラスに転じるには数年~数十年かかる。
©WWFジャパン

さらに、累計でその土地の炭素収支がプラスになるには、さらに10年単位の時間が経過する必要があります(図2)。

図2. 累計の炭素収支がプラスに転じる(青の面積がピンクの面積より大きくなる)にはさらに時間がかかる。
©WWFジャパン

図2. 累計の炭素収支がプラスに転じる(青の面積がピンクの面積より大きくなる)にはさらに時間がかかる。
©WWFジャパン

当然、伐採や火災の後に放置されれば、地中の炭素は放出され続けます。

また、仮にアブラヤシなどの、一見、森があるように見える作物が植えられたとしても、天然林と同じような炭素吸収・貯留の働きが発揮されるわけではないようです。

収穫適期の30年を過ぎたアブラヤシ農園でも、農園が作られる前の森林に比べて炭素がほとんど貯まっていなかったとの研究報告があります(※5)。

もともと森林ではなかった場所であれば、始めから炭素収支がプラスになると考えることもできますが、そのような、長い間人の手が入らなかった場所にはすでに独自の生態系が形成されていることが多く、植林することで既存の自然生態系に負の影響を与える可能性がないか、慎重に判断する必要があります。

砂漠化が進む土地などではその心配もないかも知れませんが、そのような環境に植栽した苗木が根付き、植生を再生・回復させることは簡単ではありません。

成熟林も炭素を吸収し続ける?

これまで、成熟した森林は、光合成によるCO2の吸収と分解によるCO2の放出が釣り合い、CO2の純吸収量はゼロになり、気候危機には貢献しないという考え方が一般的でした。

しかし近年、学術界では、成熟した森林もCO2を吸収し続けるという考え方が広まりつつあります。

図3は、世界中の様々な年齢の森林でその炭素吸収量を測定した結果です。

これを見ると、林齢とともに吸収量は減少していますが、数百年経った森林でもCO2を吸収し続けていることが分かります。

図3. 林齢による森林の年間炭素吸収量の変化。
©Curtis & Gough(2018) (※6)を元に作成

図3. 林齢による森林の年間炭素吸収量の変化。
※MgC = Mega gram carbon。
※「Early」「Middle」「Late」は森林の遷移段階。
©Curtis & Gough(2018) (※6)を元に作成

仮にこれまで言われてきたように、成熟林はほとんど炭素を吸収しないとしても、前述のようにすでに相当量の炭素を蓄えている木を伐採すれば、その分の炭素が大気中に放出されます。

特に、有効活用できない木も一緒に根こそぎ伐ってしまうような大規模な伐採は、大気中への炭素放出を招くため、地球環境に甚大な負の影響をもたらすと考えられます。

森林保全は費用対効果も高い

どんな活動を行うにしても、費用対効果は常に重要な検討事項ですが、植林するよりも今ある森林を守ることの方が費用対効果も高いことが、2021年にNature誌に掲載された研究などで示されています(図4)。

一部、自然の再成長による森林再生などのように、実施する地域や手法によっては、森林再生も費用が抑えられる場合がありますが、図4のグラフにあるように、今ある森林を保全する場合、新たに森林を再生するのと比べておよそ半分のコストで炭素を削減できる計算になります。

図4. 森林に関わる炭素削減活動の費用対効果。縦長な活動ほど費用対効果が低い。
©Cook-Patton et al. (2021) (※8)を元に作成

図4. 森林に関わる炭素削減活動の費用対効果。縦長な活動ほど費用対効果が低い。
※限界削減費用=温室効果ガスの排出量を追加的に1トン削減するために必要な費用。
※TgCO2 = Tera gram CO2
©Cook-Patton et al. (2021) (※8)を元に作成

成熟林は豊かな生物多様性を保ち、さまざまな生態系サービス(恵み)をもたらす

ここまで見てきたように、炭素だけを見た場合でも、植林するよりも、今ある森を守った方が良いことが分かってきています。

さらに森林は、CO2の吸収のみならず、伝染病の予防や洪水制御、水や空気の浄化、心身の健康改善、周囲の冷却効果、医薬品の原料、送粉(注)など、さまざまな生態系サービス(恵み)をもたらしてくれます。

これらの生態系サービスは、森林内に豊かな生物多様性があって初めてもたらされます。

若い森林は、生物多様性が未熟なため(図5)、そこから提供される生態系サービスは、成熟した森林と比ぶるべくもありません。

図5 休閑経過年数と鳥類の種数の関係
©Raman et al. 1998(※7)を元に作成

図5 休閑経過年数と鳥類の種数の関係
©Raman et al. 1998(※7)を元に作成

さらに、長い時間をかけて成熟した森を再生できたとしても、もともとそこにあった森に戻すことは困難であり、得られる生態系サービスももと通りになるとは考えにくいのです。

例えばCO2吸収などは回復しやすいサービスの一つと考えることができますが、生物同士の相互作用が大きく影響するようなものは、回復しにくいことが十分に考えられます

ましてや、森林の生態系サービスのすべてを理解できているわけではないので、元々の状態を把握することすら困難です。

カーボンニュートラルと並んで重要トピックになってきているネイチャーポジティブ(生物多様性の回復)の観点においても、まずは成熟林などの、豊かな生物多様性のある地域の減少・劣化を止めなければなりません。

(注)送粉 = 鳥や昆虫などが花粉を運び植物を受粉させること

森林保全の鍵を握る農林畜産業サプライチェーン

今ある森林を守る上で非常に重要なのは、農林畜産業における取り組みです。

というのも、森林減少の4分の3以上が農林畜産業のための土地利用転換によるものだからです(図6)。

図6. 世界の森林減少の要因。
©Curtis et al. (2018) (※9)を元に作成

図6. 世界の森林減少の要因。
©Curtis et al. (2018) (※9)を元に作成

こうした現状を受けて、欧米ではすでに森林リスク・コモディティを扱う企業を対象とした法律が、次々に提案、成立しています。

これらの企業は今後、脱炭素だけではなくネイチャーポジティブに向けた取り組みが求められることになります。

こうした取り組みにおいて、森林とどう向き合うかは重要な課題の一つです。

関連リンク:気候変動対策と生物多様性保全:「森林リスク・コモディティ」を扱う企業に求められる責任

取り組みに際しては、まずは自社のサプライチェーン上の森林破壊や劣化、および重要な自然生態系の転換(土地改変)をゼロにするためのコミットメントと、負の影響を低減する行動が必要です。

それを怠ったままサプライチェーン外の地域や国で植林しても、グリーンウォッシュとして批判の的になる可能性すらあるのです。

したがって気候や生物多様性の危機への対応として森林を扱うときには、下記の優先順位をもって取り組むことが非常に重要になります(図7)。

重要なのは、次の優先順位を守って、森林の保全に取り組むことです。

  1. まずは、森林減少を引き起こす行為を「回避」すること。
  2. つぎに、回避できない森林減少を「軽減」すること。
  3. その上で、森林減少した場所を植林などによる「復元・再生」すること。
図7. 森林リスク・コモディティを扱う企業が求められる森林への対応の優先順位。
©「自然に関する科学に基づく目標設定 企業のための初期ガイダンス エグゼクティブサマリー(日本語仮訳)」(※10)を元に作成。

図7. 森林リスク・コモディティを扱う企業が求められる森林への対応の優先順位。
©「自然に関する科学に基づく目標設定 企業のための初期ガイダンス エグゼクティブサマリー(日本語仮訳)」(※10)を元に作成。

ここまで述べてきたように、植林するよりも今ある森を守ることの方が重要であることは、炭素の収支だけを見ても明らかになってきています。
ましてや生物多様性や、企業の責任も加味すると、この1から3の優先順位を守ることの重要性はさらに高まります。

社会貢献としての植林だけでなく、責任ある調達の一環として、今ある森林の保全に真剣に取り組むべき時が到来していると言えるでしょう。

※1 Huang, Y., Ciais, P., Santoro, M., Makowski, D., Chave, J., Schepaschenko, D., Abramoff, R. Z., Goll, D. S., Yang, H., Chen, Y., Wei, W., and Piao, S. (2021) A global map of root biomass across the world's forests, Earth System Science Data, 13, 4263–4274, https://doi.org/10.5194/essd-13-4263-2021

※2 https://www.visualcapitalist.com/sp/visualizing-carbon-storage-in-earths-ecosystems/

※3 Page K.L., Dalal R.C., Raison R.J. (2011) The impact of harvesting native forests on vegetation and soil C stocks, and soil CO2, N2O and CH4 fluxes. Australian Journal of Botany, 59, 654-669. https://doi.org/10.1071/BT11207

※4 Hirata, R., Takagi, K., Ito, A., Hirano, T., and Saigusa, N. (2014) The impact of climate variation and disturbances on the carbon balance of forests in Hokkaido, Japan, Biogeosciences, 11, 5139–5154, https://doi.org/10.5194/bg-11-5139-2014

※5 Adachi, M., Ito, A., Ishida, A., Kadir, W. R., Ladpala, P., and Yamagata, Y. (2011) Carbon budget of tropical forests in Southeast Asia and the effects of deforestation: an approach using a process-based model and field measurements. Biogeosciences, 8, 2635–2647. https://doi.org/10.5194/bg-8-2635-2011

※6 Curtis, P.S. and Gough, C.M. (2018) Forest aging, disturbance and the carbon cycle. New Phytologist, 219: 1188-1193. https://doi.org/10.1111/nph.15227

※7 Raman, T.S., Rawat, G. and Johnsingh, A. (1998), Recovery of tropical rainforest avifauna in relation to vegetation succession following shifting cultivation in Mizoram, north-east India. Journal of Applied Ecology, 35: 214-231. https://doi.org/10.1046/j.1365-2664.1998.00297.x

※8 Cook-Patton, S.C., Drever, C.R., Griscom, B.W. et al. (2021) Protect, manage and then restore lands for climate mitigation. Nature Climate Change, 11, 1027–1034. https://doi.org/10.1038/s41558-021-01198-0

※9 Curtis, P.G., Slay C.M., Harris N.L., Tyukavina A., Hansen M.C. (2018) Classifying drivers of global forest loss. Science 361, 1108–1111. https://www.science.org/doi/10.1126/science.aau3445

※10 https://sciencebasedtargetsnetwork.org/wp-content/uploads/2021/03/SBTN-Initial-Guidance-Executive-Summary_Japanese.pdf

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