日本のマグロの目撃者たち 延縄(はえなわ)マグロ漁の現場から
2012/11/28
日本近海でもクロマグロ資源が、大幅に減少しているとみられています。「この数年、マグロがとれない」。「水揚げするサイズが小さくなっている」。現場の漁師たちからは、そんな声も上がるようになりました。WWFジャパンでは、このマグロ漁の現場を取材し、「日本のマグロの目撃者たち」の声の第2弾をお届けします。
和歌山県那智勝浦町から
大西洋のクロマグロだけでなく、太平洋でもクロマグロの水揚げ状況が悪化しているとみられています。「この数年、マグロがとれない」。「水揚げするサイズが小さくなっている」。現場の漁師たちからは、そんな声も上がるようになりました。
太平洋のクロマグロ資源についても話し合われる、国際的な資源管機関WCPFC(中西部太平洋まぐろ類委員会)の会議が2012年12月上旬に開催されるのに先立ち、WWFジャパンでは、国内有数の生マグロの水揚げ漁港である和歌山県の勝浦漁港で、延縄マグロ漁の現場を取材しました。
太平洋のクロマグロ漁、現場の声は?
世界の海を回遊するマグロ。なかでも、クロマグロは、大西洋を中心に資源状況が悪化しています。
特に、大西洋東部のクロマグロは深刻な状況にあり、国際的に資源回復の努力が行なわれています。2012年の資源評価で、回復の兆しが見られたものの、予断を許さない状況に変わりはありません。
心配されるのは、大西洋のクロマグロだけではありません。日本の領海で産卵して、日本近海を含む太平洋を回遊するクロマグロについても、資源状況の悪化を心配する声があがっています。
WWFジャパンは、2009年夏に、長崎県壱岐市勝本町の勝本魚港を取材しました。勝本漁港で一本釣り漁法を大切に守り続けている漁師たちの「海の中はまるで魚のいない水族館」という悲痛な叫びは、かつての地中海と同様の状況が、日本でも起き始めていることを示していました。
こうした状況を受け、2010年からは国際的な漁業管理機関であるWCPFC(中西部太平洋まぐろ類委員会)や日本国内でもようやく資源保全の取組みが始まりました。
WWFジャパンは、日本のマグロ漁業の現状を伝える第2弾として、2012年夏、日本有数のマグロ水揚げ漁港である和歌山県那智勝浦町の勝浦漁港を訪れ、延縄漁船の船主と水産物の卸・加工・販売を営む経営者を取材しました。
ここでもまた、クロマグロの水揚げが減少しており、生き残りをかけた取り組みを行なっている関係者の姿を目の当たりにしました。
証言:かわる海の状況
世界遺産・熊野古道が通っていることで有名な、和歌山県那智勝浦町。ここには、日本でも有数の生マグロ漁業の水揚げ基地、勝浦漁港がある。しかし近年、長崎県壱岐市の勝本漁港の一本釣りのクロマグロ漁と同じく、この漁港でも、延縄漁法によるクロマグロ漁の状況が大きく変化している。
勝浦港には、一年を通して北海道から沖縄までの近海延縄漁によるマグロ漁船が入港する。生マグロの水揚げ量では日本でトップクラスを誇る。しかし、クロマグロの水揚げ量は、ここ数年大幅に減ってきている(グラフ1)。
この道40年で、現在2隻のマグロ延縄漁船を所有する漁業者は、「魚がいなくなった」と嘆く。近くの海では魚がとれないので、魚をとるためにより遠くの海まで行かなければならなくなった。操業海域は、太平洋西部。かつては、大型のクロマグロがとれ、漁獲量は多かった。
しかし、近年は右肩下がりが続いているという。魚がとれる量が減って、収入が減っている。これでは生業としての漁業を安心して次の世代に引き継ぐことができないと、危機感を募らせている。
また、海外からの輸入で近年市場のクロマグロの量が増えたことに加え、巻き網漁によってクロマグロの幼魚(メジまぐろ)が大量に流通するようになったことで、魚価の低迷を招くような市場競争も経営に追い打ちをかけている。
巻き網漁によるクロマグロ幼魚の漁獲
マグロの主な漁法には、一本釣り、延縄漁、巻き網漁などがある。近年は、国内でのクロマグロ養殖(蓄養)も急増した。
前出のマグロはえ縄漁業者や水産卸売業経営者は、こうした多様な漁業の間で資源競争が起きていることを指摘する(図2)。
最近の漁獲クロマグロの年齢構成をみると、現在の太平洋クロマグロの漁獲が、0~3歳の幼魚に大きく依存していることがわかる。中西部太平洋で漁獲される0~3歳魚の漁獲尾数は、同海域でのクロマグロ全体の漁獲尾数の実に98%に上っている(図3)。
WCPFCの科学委員会では、こうした0~3歳魚の対する漁獲圧力の増大に対し、警告を発している。
例えば、巻き網漁は、大群で回遊する魚を狙って、大型の網を円形に広げ、泳ぎ回る魚を群ごとすばやく包み込み、網の底をしぼって囲みを小さくして獲る方法である。漁獲の方法としては、効率がよく、一度に大量に獲ることができるが、適正な資源管理が行われないと乱獲につながるおそれがある。
「海の中の資源は無尽蔵ではない。微妙な生態系の上になりたっているので、一度そのバランスを崩すと元の状態に戻るまで時間がかかる。そうならないためにも、資源状況を把握し、漁業を管理することが大切だ。資源を管理することが持続可能なマグロ資源の利用において重要なのは明らかである」 とWWF水産プロジェクトリーダの山内愛子は科学的なアドバイスに従った資源管理の大切さを強く主張する。
実際、中西部太平洋のマグロ資源を管理する国際管理機関であるWCPFCでは、2012年9月の会合で、「0~3才魚の太平洋クロマグロの漁獲を、2002~2004年レベルより削減する」という管理措置を暫定的に継続することを決めた。しかし韓国では、この管理措置の適用の例外が認められており、近年増加傾向にある巻き網漁によるクロマグロ漁獲が懸念されている。
(参照/activities/activity/2159.html)
今回、インタビューした漁業者によると、「明日がもうわからんというマグロ延縄漁船が多いが、エコ(海の環境に配慮)への認識はあまり高くない。しかし将来もクロマグロを獲り続けていくには、今、漁業のやり方を持続可能な方法に変えていく必要があるのではないか」という。マグロの延縄漁船が減っているなか、この漁業者は、息子さんに漁業を引き継いでいる。海はつながっており、一部の漁業者だけがまじめに取り組んでも、成果はでない。しかし、誰かが始めないと、その動きも広がらない。そんな想いと危機感が伝わってきた。
情報をきちんと伝えられる流通システムを
「これからもクロマグロ漁を生業として生きてゆきたい」という漁業者の想いを受け、「それには、消費者に正確な情報を提供し、選択してもらうこと、きちんと情報を伝えられる流通システムをつくることが必要だ」と那智勝浦で明治から続く水産卸業の経営者は語る。
近年、都市部では、量販店で魚を購入する割合が多くなっているが、そこにあるのは対面販売ではなく、陳列されたパック詰めの魚を消費者が選ぶ、ほぼ完全なセルフサービスによる販売である。
一方で、魚の専門家である魚屋の目利きとコミュニケーションは減ってきている。しかし魚屋が、おいしさや最良の食べ方を魚ごとに消費者に伝えていたように、商品に関する正確な情報をきちんと伝えることが必要だと指摘する。消費者とのコミュニケーションを通じて、おいしいマグロを消費者に届けるだけではなく、信頼関係を築くことができると確信しているという。
マグロに限らず、消費者が購入する水産物が、どこで、どのような方法で獲られたものかなどについて、流通の過程で透明性を確保しながら消費者に提供する、そんなシステムの構築が必要となっている。
解決策の一つが、国際的な非営利組織であるMSC(海洋管理協議会)が運営する「海のエコラベル」と言える。MSCが定めた原則と基準に照らして、第三者の認証機関が、環境に配慮した持続可能な漁業であると認証する。
認証された水産物には「海のエコラベル」を付けて販売することができるという仕組みである。環境に配慮した水産物を求める消費者が、このマークを目印に選ぶことができる。
今、太平洋のクロマグロを私たちは何気なく買って食べている。
しかし、そのクロマグロの資源が、国際的にどうやって管理されているのか、漁業の現場ではどうなっているのか、積極的に求めない限りは様々な情報はわからない。
製品と共に、正確な情報が伝わる流通システムの確立には、断続的な個々の取組みではなく、多様な関係者による横断的な努力が必要である。
また、消費者が積極的に情報提供を求め、同時に、誠意をもって消費者と向き合う業者の取り組みを応援し続けることが必要なのではないだろうか。
2012年12月上旬に、太平洋の中西部を回遊するマグロ類の資源を管理する国際機関WCPFCの会議が開開催されます。WWFはこの会議に対し、科学的根拠に基づいた、適切な太平洋クロマグロ資源の管理を求めています。
ぜひ、WWFジャパンとともに、豊かな海と水産物を未来に引き継ぐ取組みを応援してください。