WCPFC北小委員会会合2024閉幕 太平洋クロマグロ資源が安全水準まで回復 ネイチャーポジティブの好事例に
2024/09/03
- この記事のポイント
- 2024年7月10日から7日間にわたり釧路で開催されていた中西部太平洋まぐろ類保存委員会(WCPFC)の北小委員会および全米熱帯まぐろ類委員会(IATTC)&WCPFC NCクロマグロ合同作業部会が閉幕しました。絶滅の危機が危惧されるまでに減少した太平洋クロマグロ(本まぐろ)資源量が安全水準まで回復したことが明らかとなり、資源増加が維持できるレベルでの漁獲枠増枠に合意しました。また、2025年には持続可能な漁業にとって必要不可欠な漁獲戦略評価(MSE)を確定することを再確認することができました。
太平洋クロマグロの資源は予定よりも13年早く安全水準まで回復
太平洋の海洋生態系の上位に立つ太平洋クロマグロ*(標準和名:クロマグロ 学名:Thunnus orientalis)。
*:この記事では便宜上クロマグロを太平洋クロマグロとしております
東アジア近海からメキシコ沿岸まで、大洋を回遊するこの大型魚は、「本まぐろ」とも呼ばれ、寿司や刺身として高値で取引されることから「海のダイヤ」とも言われています。そして、日本はその7割以上を消費する、世界最大の消費国です。
しかし、長年続いた過剰な漁獲により、その資源量は危機的な状況に陥りました。
太平洋クロマグロ資源量は、2010年には初期資源量(B0:漁業が開始される以前の推定資源量)の1.7%まで減少しましたが、その後の漁獲規制の効果により資源量は回復傾向に転じ、2022年には23.2%(約万トン)と、回復目標であった20%B0に予定よりも13年早く到達したことが、2024年6月にカナダで開催されたISC(北太平洋におけるマグロ類及び類似種に関する国際科学者委員会)年次会合によって報告されました。一時は絶滅が危惧された太平洋クロマグロの資源は、安全水準まで回復することができたのです。
この結果を受け、2024年のWCPFC北小委員会およびIATTC&WCPFC NCクロマグロ合同作業部会では、各国からの漁獲量増枠の提案について主に話し合いが行われました。
WWFジャパンは、太平洋クロマグロが再び乱獲に陥らないよう、本会議に対しポジションペーパーを提出し警鐘を鳴らすとともに、オブザーバーとして会議に参加し、さまざまな働きかけを行いました。
漁獲量の増枠について議論
太平洋クロマグロ漁獲国のほぼすべての国からの増枠提案がおこなわれましたが、その増枠量については様々であり、議論の焦点となりました。
現行のルール上、資源が20%B0を下回らないレベルの増枠が許可されるものでしたが、太平洋の西部側と東部側での漁獲割合、大型・小型魚の割合、乱獲リスク、魚価低迷のリスクなど様々な要素を考慮する必要があり、議論は難航。
WWFも予防的原則に従い、管理戦略評価(MSE)が導入されていない状況では、太平洋クロマグロ資源の増加傾向が継続するレベルでの増枠にとどめることを訴えました。
議論は会議が1日延長されるほど難航しましたが、議長の采配が功を奏し増枠が合意されました。
増枠量としては、大型魚(30kg以上)+50%、小型魚(30kg未満)+10%の増枠に加え、基準年に大型魚を漁獲していなかった韓国に対しては501トン、近年、太平洋クロマグロが混獲されている南半球のニュージーランドに200トン、オーストラリアに40トンの漁獲枠が新たに設定されました。
また、資源への影響が大きい0歳魚漁業については、漁獲量を増やさないことで合意。
結果、増枠量はマグロ資源の増加傾向が十分に維持できるレベルにとどめられ、クロマグロ資源の持続可能性も十分に考慮したバランスのとれた決定となりました。
再び乱獲に陥らないために 2025年に管理戦略評価(MSE)を確立することを再確認
WWFが会議において要望したもう一つの点は、2025年に管理戦略評価(MSE)を確立することを再確認することです。
過去、水産資源が低下した際に、漁獲者間の合意が得られずに漁獲量を削減できず乱獲に陥ってしまった事例が多くありました。
そこで漁獲戦略という、資源の状況にあわせて自動的に漁獲可能量(TAC)を算出できるようなルールや、そのトリガーとなる基準値を事前に作成・合意することが、近年、多くの水産資源において導入が進んでいます。
しかし、管理戦略のベースとなる魚の資源量推定には、魚の子供の生き残り率といった正確に把握することが難しい不正確な情報を使う必要があり、それが原因で誤って資源量を推定してしまい想定していた戦略(目標)どおりの管理ができない、といったリスクがあります。
そこで、そのような不測の事態もふくめた様々なシナリオを仮定し、候補となる管理戦略案の結果をコンピューターでシミュレーションし評価する手法がMSEであり、すでにミナミマグロ、大西洋クロマグロでは導入、運用されています。しかし太平洋クロマグロについては、MSEは未導入です。
太平洋クロマグロ資源は安全水準まで回復したものの、再び乱獲に陥らないためには、予定どおり2025年にMSEを導入することをしっかりと再確認したうえで増枠することが必要です。
今回の会議では、来年導入予定のMSEのシナリオの詳細について議論が行われ、次回の会議までにMSEの詳細を議論するステークホルダー会議を開催することを決定。2025年にはMSEを確立することが再確認されました。
IUU(違法・無報告・無規制)漁業対策の強化方針についても合意
2022年、クロマグロのブランド産地である大間で、未報告漁獲という不正行為が発覚しました。これは世界的に問題となっているIUU(違法・無報告・無規制)漁業とみなされる行為であり、日本だけでなくWCPFCのクロマグロ管理の信頼性を損なう事件となりました。IUUリスクが高い状況では、たとえ資源が回復したとしても、漁獲枠増枠にはリスクが高く、国際社会で受け入れられない状況でした。
そこで水産庁は、漁業法の一部改正や流通適正化法の対象魚種に追加することによりIUU漁業対策を強化。このことが、今回、増枠に合意できた大きな要因の一つとなりました。
また、日本およびEUから、クロマグロ漁業の監視・管理・取締り(MCS)の強化方針案が提出。これらはIUU漁業対策につながることもあり、今後、これら方針にしたがった具体策を協議していくこととなりました。
一方、漁獲証明制度(CDS)については、共通の電子システム構築に向けて具体的な進捗はありましたが、WCPFCとIATTCという異なる2つの地域漁業管理機関(RFMO)での調整が難航しているとの報告もありました。CDS導入は日本が長年主導してきていますが、目標である2025年に導入できるよう、加盟各国間のさらなる連携が求められます。
ネイチャーポジティブの好事例 他魚種にも管理強化を
今回の会合では、太平洋クロマグロ資源が絶滅の危機から復活し、漁獲枠増枠とともに、持続可能な漁業にむけて着実に歩みを進めていることが明らかとなりました。
会合に出席したWWFジャパン海洋水産グループ水産資源管理マネージャーの植松周平は、今回の結果について次のように述べています。
「一度は、絶滅の危機に瀕するレベルにまで陥った太平洋クロマグロの奇跡的な資源回復は、地球規模での生物多様性の回復、つまりネイチャーポジティブを象徴する好事例といえます。これは、水産業界のみならず、地球全体の未来に希望を与えうる事例で、日本政府、漁業者、企業など、すべてのステークホルダーの働きかけや努力、リーダーシップの賜物です。
まだMSEの導入やIUU漁業への対策など、解決すべき課題もありますが、引き続き他国と協働し、世界の水産業をけん引する取り組みとしてあり続けてほしいと思います。
今回の事例は、科学に基づいた資源管理をしっかり行えば水産資源は回復するという一つの証となりました。今後もこれを参考に、サンマ、イカ、マサバなど減少してしまった日本周辺の資源を回復するため、そして世界の持続可能な漁業の実現のため、日本のさらなるリーダーシップを期待しています」。
太平洋クロマグロ資源は危機的状況を脱しましたが、世界の水産資源のおよそ3割はまだ枯渇状態です。他の水産資源の回復にむけて、WWFは、引き続きRFMOや各国政府に働きかけを行なっていきます。