© 鈴木智子

日本で海水温が最大5度の上昇傾向「モニタリングサイト1000」調査速報より

この記事のポイント
記録的な猛暑が続いた2024年夏、沖縄をはじめとする南西諸島では、大規模なサンゴの白化現象が発生しました。主な原因と考えられるのは、気候変動による海水温の上昇です。2024年8月に環境省が公開した、「モニタリングサイト1000」に含まれる日本各地のサンゴ礁の調査速報によれば、南西諸島だけでなく、国内各地のサンゴの生息海域で海水温が上昇。千葉県館山市では、100年換算で約5度の水温上昇が起きていることが明らかになりました。
目次

館山は100年換算で海水温が「5度」上昇

2024年8月、環境省は「モニタリングサイト1000」での調査に関して、5年に一度の調査分析の速報を発表しました。

「モニタリングサイト1000」は、日本の重要な生態系や指標となる動植物を対象に、全国1000か所以上で、長期的・定期的な調査を行なっているものです。

サンゴ礁調査では、千葉県以西の26サイトの沿岸海域で合計571地点においてサンゴの調査が定期的に行なわれています。調査地域にはサンゴ礁域だけではなく高緯度サンゴ群集域も含まれます。

今回環境省が発表した速報は、この調査の結果を分析したものになります。

その結果は、驚くべき内容でした。

北は千葉県の館山から、南は沖縄の石垣島・西表島まで、調査対象となったほぼすべてのサイトで、大幅な海水温の上昇傾向が認められたのです。

上昇傾向の幅が最も大きかったのは、「モニタリングサイト1000」のサンゴ調査サイトの中では最も北に位置する館山で、100年換算で海水温が約5度上昇していることが分かりました。(*1)

速報にある22サイトの海水温変化を平均したところ、同じく2.6度の上昇傾向が認められる結果となりました。(*2)

モニタリングサイト1000 サンゴ礁調査、2003-2022 年度とりまとめ報告書(速報版)より、各調査サイトにおける海水温の変化動向(Sen’s slope)100年換算(度)(*:p<0.05、**:p<0.01、+/-は増減傾向を示す)
© 生物多様性センター

モニタリングサイト1000 サンゴ礁調査、2003-2022 年度とりまとめ報告書(速報版)より、各調査サイトにおける海水温の変化動向(Sen’s slope)100年換算(度)(*:p<0.05、**:p<0.01、+/-は増減傾向を示す)

(*1)調査が開始された2003年からの20年間に起きた水温変化を基に、環境省が推定した数値。20年分の上昇分を単純に5倍(100年)にしたわけではなく、Sen’s slope(時系列データの傾きを推定するためのノンパラメトリック法)を用いて算出したもの。
(*2)WWFジャパンの試算による。

海水温の上昇が招くサンゴの危機

海水温の上昇は、多くのサンゴにとって深刻な脅威です。

種類や生息環境によって差はあるものの、サンゴの生息に適した海水温は25~28度のため、猛暑などで海水温が30度を超える状態が長期間続くと、サンゴは深刻な「白化現象」にを起こします。

これはサンゴと共生している褐虫藻が、暑さなどのストレスによってサンゴから抜け出し、サンゴの骨格が透けて見え全体が白っぽく見える現象で、これが生じると、サンゴは褐虫藻の光合成から得られる養分を受けられなくなります。

そのため、白化が長期化するとサンゴが弱り、死んでしまうこともあります。場合によっては海域全体で多くのサンゴが死んでしまうことも珍しくありません。

統計上最も暑かった2023年と同様、2024年の夏も記録的な暑さが続きましたが、こうした継続的な気温の上昇は、海水温も上昇させるため、サンゴにとっては深刻な脅威となります。

実際、2024年の夏、南西諸島では大規模な白化現象が発生。石垣島と西表島の間に広がる日本最大のサンゴ礁の海、石西礁湖でも、その深刻な被害が確認されました。

© 鈴木智子
写真にある枝状、葉状のサンゴのうち、白っぽく見える部分が白化しています。(石垣島白保)
© 鈴木智子

写真にある枝状、葉状のサンゴのうち、白っぽく見える部分が白化しています。(石垣島白保)

サンゴの生息海域に変化も

海水温の上昇が招く事態は、サンゴの白化現象や、その長期化だけではありません。

これまでサンゴの主要な生息海域であり、サンゴ礁という地形が形成されてきた熱帯や亜熱帯の沿岸域が、海水温が上がりすぎることで、今後サンゴの生息に適さなくなる、という深刻な変化が生じるおそれがあります。

実際、これまでの調査研究からも、日本の熱帯・亜熱帯域では、海水温上昇の影響を受けて白化現象が頻発化し、今後いっそうサンゴが減少する可能性が示されています。

また、九州以北の温帯のサンゴ生息海域でも、今後さらなる変化が生じる可能性があります。

サンゴの種類や数が増える海域も出てくるかもしれませんが、それは従来あった、その場所の海の環境が、大きく変わってしまうことを意味します。

それまで獲れた魚が獲れなくなったり、以前は当たり前に生息していた生きものたちが、姿を消してしまう恐れもあります。

2024年8月の環境省の速報から見えた海水温の上昇傾向は、こうした危機が、間近に迫っていることの警告といえるでしょう。

サンゴ礁を含む、世界の熱帯~亜熱帯の海に生息するアオウミガメ。産卵する海岸の砂の温度で生まれてくるオスとメスの性別が決まります。実際、オーストラリアのグレートバリアリーフなど世界各地では、産まれてくる仔ガメがメスに大きく偏る現象がすでに発生しています。気候変動はサンゴだけでなく、こうした海に生息する多様な野生生物にも、深刻な影響を及ぼしています。
© WWFジャパン

サンゴ礁を含む、世界の熱帯~亜熱帯の海に生息するアオウミガメ。産卵する海岸の砂の温度で生まれてくるオスとメスの性別が決まります。実際、オーストラリアのグレートバリアリーフなど世界各地では、産まれてくる仔ガメがメスに大きく偏る現象がすでに発生しています。気候変動はサンゴだけでなく、こうした海に生息する多様な野生生物にも、深刻な影響を及ぼしています。

サンゴの海を守るために

気候変動による海水温の上昇傾向は、すぐに変えたり、止めたりすることのできない、深刻な問題です。

今すぐ温室効果ガスの排出を大幅に削減したとしても、しばらくの間は、地球規模の温暖化は進行し、サンゴの海はダメージを受け続けることになるでしょう。

それでも、気候変動を食い止める取り組みは、必ず、確実に実行していかねばなりません。

そのためには、まず気候変動を止める世界の約束である「パリ協定」の目標、すなわち「2050年までには温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」ことを達成する必要があります。

そして、実際の海の現場でも、サンゴを守るために行なうべき取り組みがあります。

たとえば、サンゴ礁の現状を知るための調査や、陸から海に流出してサンゴに悪影響を及ぼす赤土の防止対策、観光による過剰な利用の規制、そして、サンゴの保全の担い手となる地域づくりや、環境教育などです。

これらの取り組みで、海水温を下げることはできませんが、海水温上昇や高水温以外のサンゴへのストレスを軽減することで、白化が起きても、サンゴが生き残れる可能性を高められます。

サンゴや海の生きもの、生態系は急激な変化が起こっているなかでも、それを回避し、適応するしなやかな強さを持っています。

この力を、最大限引き出せるように、海の自然環境を守ることは、サンゴを守る上での喫緊の課題と言えるでしょう。

サンゴやサンゴ礁に生息する生きものの調査
© WWFジャパン

サンゴやサンゴ礁に生息する生きものの調査

サトウキビ畑の周りに赤土流出を防ぐためのグリーンベルト(植生帯)となる月桃を植える
© WWFジャパン

サトウキビ畑の周りに赤土流出を防ぐためのグリーンベルト(植生帯)となる月桃を植える

サンゴを守るWWFジャパンの取り組み

WWFジャパンはこれまで、フィールドでの活動として、沖縄各地での調査や、石垣島での赤土防止対策、観光利用のためのルール作り、そして地域支援を通じた、サンゴの保全に取り組んできました。

また、気候変動対策についても、政府に対する気候変動を食い止める政策の推進を提言。温室効果ガスの排出量の多い産業分野を中心に、再生可能な自然エネルギーの活用と省エネの推進を働きかけています。

さらに、WWFジャパンの作成した「エネルギー・シナリオ」では、2050年までに日本が温室効果ガスをゼロに抑える、その手立てを、専門家と共に科学的に検証し、それが実現できる可能性を示しました。

こうした未来を実現するのは、いまだ石油や石炭によるエネルギーから脱却できていない政治を、経済を、そして社会を変えることのできる、多くの人たちの選択と行動です。

日々の暮らしの中でできる、スイッチオフなどの省エネも大事なアクションですが、もはやそれだけでは、気候変動を止めることはできません。

猛暑が通例となってしまった夏。

これを変えていくために、この暑さが、サンゴの海の未来、そして普段の生活や経済、社会にかかわる大きな問題であるということを、そして一人ひとりの選択と行動、たとえば選挙でどんな政府や政策を選び、どんな企業に投資したり商品サービスを購入するかが、気候変動の未来を変える力になることを、ぜひ意識してみてください。

高水温の白化が起こる前のサンゴ(石垣島白保)
© 鈴木智子

高水温の白化が起こる前のサンゴ(石垣島白保)

出典・関連資料

環境省「モニタリングサイト1000」(外部リンク)
https://www.biodic.go.jp/moni1000/

日本サンゴ礁学会誌より「地球温暖化に伴う海水温上昇が日本近海の造礁サンゴの分布と健全度に及ぼす影響評価」(外部リンク)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcrs/11/1/11_1_131/_pdf/-char/ja

日本サンゴ礁学会誌より「世界と日本におけるサンゴ礁の状況,今後の予測,そして保全に向けた取組」(外部リンク)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcrs/19/1/19_41/_pdf

海流の贈りもの

この記事をシェアする

人と自然が調和して
生きられる未来を目指して

WWFは100カ国以上で活動している
環境保全団体です。

PAGE TOP