© Hkun Lat / WWF-Myanmar

ミャンマーで森林保全と持続可能な天然ゴム生産のプロジェクトが始動

この記事のポイント
絶滅の危機にある野生のトラやゾウが生息する広大な森林が残された、タイとミャンマーの国境地帯。しかし、この地域で保護区となっている森の割合は予定地を含めても36%に過ぎません。さらに、これらの保護区は同地域の北部と南部に集中しており、南北の保護区をつなぐ重要な地域で2010年以降天然ゴム農園の開発が進行。森林破壊と野生生物への脅威が拡大しています。一方、日本は近年ミャンマーからの天然ゴムの輸入量を伸ばしており、今後さらに大きく増加すると予測されています。このため、WWFジャパンとWWFミャンマーは2017年、ミャンマー政府や小規模農家、世界のタイヤメーカーと協力して、持続可能な天然ゴム生産のプロジェクトを開始しました。

タイ・ミャンマー国境に広がる生物多様性の宝庫

トラやヒョウといった8種もの野生ネコ科動物の他、アジアゾウやマレーグマといった絶滅危惧種が息づく、タイとミャンマー国境に残る広大な森林地帯。

その広さは、約18万平方キロメートル(日本の面積の約半分)に及び、今もその8割以上が森林で覆われています。

国際的にも貴重なこの地域を、WWFはダウナ・テナセリウム・ランドスケープと名付け、優先して保全すべき地域の1つとしています。

© Howard Cheek / WWF-Greater Mekong

インドシナ半島に分布するトラの亜種インドシナトラ。タイ国内の推定個体数は200頭前後で、ベトナムなどはほぼ絶滅、ミャンマーは詳しい調査が行なわれていません。

分断されている保護区

しかし、ダウナ・テナセリウム・ランドスケープ内で保護区が占める面積の割合は、予定地を含めても全体のわずか36%に過ぎません。

しかも、保護区の多くはダウナ・テナセリウム・ランドスケープ内の北部地域と南部地域に集中しており、その中間地点においては、保護区はごくまばらに点在するのみです。

また、タイ側では北と南の保護区をつなぐ地域が既に開発され、森林がほとんど残っていません。このため、南北の保護区のつながりを維持するためには、ミャンマー側に残された森林を保全することが不可欠になっています。

これら両地域の保護区が分断されてしまえば、インドシナトラやアジアゾウといった希少な野生生物の個体群も小さく分断され、より絶滅の危険が高まります。

© Minzayar Oo / WWF-US

道路の近くに出てきたゾウ。インフラ開発が進むことによって自然環境や野生動物への影響が懸念される

保護区をつなぐ地域で森林破壊が進行

しかし、2010年以降、ミャンマー側でも森林破壊が急速に進行してきました。

この要因には、ミャンマーで起きた政治的な情勢変化に伴い経済制裁が解除されたこと、また天然ゴムの国際価格が高騰し、小規模な農家による新たな農園開拓が一気に進んだことがあります。

焼き畑の後の森(ミャンマー、タニンダーリ地方域)

天然ゴムは植林から収穫までに約7年かかるため、2010年以降に植えられたゴムの木は2017年頃から収穫が開始されています。
そして、こうして収穫された天然ゴムの7割以上がタイヤの製造に使用されています。

自動車産業の一大立国である日本は、今後大きな生産の伸びが期待されるミャンマーから天然ゴムを調達することが予測されており、地域の森林の保全にも大きくかかわることになります。

このため、WWFジャパンはWWFミャンマーと協力して、2017年に森林保全と持続可能な天然ゴムの生産を目指した、新たなプロジェクトを開始しました。

政府への働きかけを通じて森を守る

© Adam Oswell WWF-Greater Mekong

プロジェクトは、南北の保護区をつなぐタニンダーリ地域において、ミャンマー政府と小規模農家を巻き込みながら実施しています。

また、タニンダーリ地域はミャンマー政府と長年にわたり抗争を続けていたカレン民族同盟が今も実質支配していることから、カレン民族同盟とも協力してプロジェクトを実施。

ミャンマー政府とカレン民族同盟、それぞれの関係者に、保護価値の高い森林を評価・分類するためのトレーニングを実施し、守るべき森林と農園の開発適地を明確に区分けするための土地利用計画の作成を目指しています。

また、環境や人権に配慮しながら、天然ゴム産業を振興するための新たな法律の制定も進めています。

小規模農家と共に森を守る

さらに、地域の小規模農家に対しては、天然ゴムの生産性と品質を向上させることを目的としたトレーニングの機会を提供する取り組みも行なっています。

© Hkun Lat / WWF-US

同じ面積の農地から収穫できるゴムの量が増えれば、森を破壊して農園を拡大することなく、生計を向上させることができるからです。

実際、ミャンマーの小規模農家は、天然ゴムの生産方法について十分な知識がないままに栽培を開始したため、品種が土地に適していなかったり、肥料の使用方法や収穫の方法が不適切なことから、単位面積当たりの収量が隣国タイの4割程度にとどまってきました。

また、農家の庭先で実施する一次加工についての十分な知識や技術の不足も、品質を低下させる原因となり、これが商品価値を下げる要因にもなっています。

現状では、ミャンマーの小規模農家で生産・加工された天然ゴムは、多くが国際的なタイヤメーカーの品質基準を満たすに至っていません。

©WWF Japan
© Hkun Lat / WWF-Myanmar

不純物を取り除いた樹液を固めてシート状に伸ばし、乾燥させるとゴムの色に変化。

そこで、WWFは政府の農業技術指導員や小規模農家に対して、森林破壊を引き起こすことなく、収量と品質を向上させる生産・加工方法を指導すると同時に、国際的なタイヤメーカーの関係者を生産現場に招き、様々な課題の共有と改善への協力を働きかけています。

世界の主要タイヤメーカーを巻き込んで森を守る

こうした環境や地域社会に配慮した原料の調達については、各企業も近年、意識を高め、自主的な取り組みを行なう姿勢を見せ始めています。

2018年10月には、世界の大手タイヤメーカー11社が参加する「持続可能な天然ゴムのためのグローバルプラットフォーム」が発足。参加企業は今後、森林破壊を引き起こさない方法で生産された天然ゴムを調達することを宣言しました。

さらにWWFは、プロジェクト現場の天然ゴム農家による組合「タニンダーリ天然ゴム生産者組合」と協働し、国際的な企業の動きについても情報を提供。
組合として持続可能な方法で天然ゴムを生産するという覚書に署名してもらい、環境に配慮した取り組みの実践を促しています。

©WWF Japan

天然ゴム農園

2016年に世界で生産されている天然ゴムは年間1,300万トン。これは過去20年間で2倍に増加しています。
今後もさらに増加が見込まれる中、こうした持続可能な天然ゴムの生産を拡大していくことは、インドシナ半島の環境を保全していく上で欠かせない要素となります。

持続可能な天然ゴムの需要と供給、WWFはこの2つをつなぐことで、ミャンマーの森林保全と生産者の収入向上を同時に実現させることを目指しています。

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