【WWF声明】GHG排出量2013年比66%削減という最低限の水準すら下回る2035年NDC案に抗議する
2024/11/29
2024年11月25日に開催された環境省・経済産業省の合同審議会において政府は、2025年2月までに国連への提出が求められている次期NDC(パリ協定に基づく温室効果ガス排出削減目標)の方向性を公表した。その中で2035年の温室効果ガス排出削減目標を2013年度比で60%減とする案を提示し、これを軸に政府内で検討を進めることとしている。
WWFジャパンは、2035年削減目標としてパリ協定の掲げる1.5度目標に整合する水準を大きく下回る案が提示されたことに抗議する。科学的に十分な目標でないばかりでなく、この重要議題の議論のプロセスも、目標案が提示されることも事前に公表されず、当日の審議会でも最後にわずか30分程度扱われたに留まり、大きな問題を残す。委員からも会議のあり方への疑問や議論の雑駁さを指摘する声が上がるなど、十分な議論が重ねられたとは到底言えない。
世界の平均気温の上昇を1.5度に抑えて地球温暖化の影響を最小にするためには、今後10年の対策が極めて重要であることが国際的な共通認識である。WWFジャパンは、以下の2点の問題点を指摘し、今後の地球環境を決める重要議題である日本の2035年NDCの議論の立て直しと科学的根拠のある目標設定を強く求める。
(1)2035年削減目標を少なくとも科学的に整合した水準である2013年比66%以上とするべき
政府は、既存の排出削減目標から2050年ネットゼロに向けて直線的に引き延ばした排出削減の筋道に沿ってこの2013年比60%の2035年削減目標を設定したとし、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が示す幅のあるシナリオの範囲内に入っているとして、パリ協定の示す1.5度達成する経路に沿っていると主張する。
しかしIPCC第6次評価報告書統合報告書による1と 、1.5度目標の達成には温室効果ガス排出量を世界全体で2035年までに2019年比で60%削減する必要があり、日本の基準年である2013年比に換算すると66%減に相当する。
政府資料の図でも明らかであるように、2035年に60%と66%削減では累積の削減量が異なってくる。それを計算すると、2035年に60%削減(2013年比)の場合には、66%の場合よりも2050年までに日本の約1年分の排出量が増えてしまうことになる。 世界の平均気温は温室効果ガスの濃度にほぼ比例して上がるために、日本の削減量が減少することはさらなる気温上昇につながってしまう。先進国日本が、世界平均の削減努力すら下回るということでは、とうてい1.5度目標に整合的とはいえない。
本来なら世界の脱炭素化をリードするべきG7の一角を占める日本にとって、少なくとも世界平均を上回る目標を示してこそ、新興国にも排出削減を強く促すことができるのではないか。
1 この削減水準は、2023年の国連気候変動枠組条約締約国会議(COP28)で合意された、パリ協定の進捗状況を評価するグローバルストックテイクの成果文書でも言及されており、各国はそれを踏まえて次期NDCを策定・提出することが求められている。
(2)議論のプロセスは、公正で広範な参加を可能にするべき
11月25日に開催された審議会は、本来は、2つの研究機関から削減シナリオの分析のヒアリングが実施される予定であったが、審議会の最後の30分で、事前の予告なしに次期NDC案の方向性が政府資料として突然示された。しかもこれまで全く議論をすることなく、2035年60%削減(2013年比)という方向性が示された。
2009年に麻生内閣が温室効果ガス排出削減に関する中期目標を発表するに際しては、6つの選択肢を示した上で広く国民から意見を募集し、審議会で改めて議論するというプロセスが踏まれた。これも完全とまでは言えなかったが、現在の状況は2009年における意思決定プロセスよりも後退している。
これまでに上記の2つの研究機関だけではなく、WWFジャパンを含め複数のシンクタンクなどが2035年、2040年に向けた削減シナリオを提言している(表参照)。その中には、2035年70%削減を求める産業界の声もある。しかし今回示された政府目標案の数値は、10月に提示された経団連の提言を踏襲したものであり、政府案の図は、経団連事務局作成の図と酷似している。
WWFジャパンや自然エネルギー財団、クライメート・インテグレートなどの独立系シンクタンクは、いずれも、2030年までに国内で再エネを3倍に増やすなどの対策を通じて、温室効果ガス排出量を2035年までに2013年比で66%以上とすることは十分に可能と示す。
また、パリ協定に基づく各国の取組を科学的に比較・分析をすることで著名な国際シンクタンクのClimate Action Tracker, Climate Analytics, NewClimate Instituteによる日本のシナリオ分析やNDCの評価は国際的に広く参照されており、これらの国際研究機関も審議会におけるヒアリングなどで意見を聞くべきである。
しかし、日本国内および日本をよく知るこれらの独立系シンクタンクのシナリオ分析研究は、いまのところヒアリングはおろか、参照資料にも掲載されていない。より広範な参加を可能とし、国民の選択肢を幅広く示して、公正な議論を尽くすべきではないか。今からでも2025年2月の提出までに審議会の複数開催を含め、国民の意見を聞くプロセスを設けるべきである。
さらに、同じ産業界からの声として、野心的な削減目標を求める声は社会に広く存在する。例えば、脱炭素社会の早期実現に取り組む252社が加盟する企業グループである「日本気候リーダーズ・パートナーシップ」は、2035年までにGHG排出量を75%以上削減することなどを提言している。また、日本の多様な非国家アクター連合「気候変動イニシアティブ」が発表した2035年までに石炭火力発電を廃止し、GHG排出量を少なくとも66%削減するNDCを求める声明には東証プライム企業77社を含む236もの多様な団体が名を連ねている。加えて、1.5度目標に整合する企業のGHG削減目標の国際認定SBT(科学に基づく目標:Science Based Target)で目標認定を受けた企業の数は、日本は世界で最も多く、これもまた日本政府が野心的な削減目標を掲げる後押しとなる、日本企業の前向きな姿である。
その中で、これらの前向きな日本企業の声は届かず、一部の産業団体への過度な配慮で不十分な削減目標しか掲げられないというならば、非常に遺憾である。産業界への配慮によって、気候変動対策が進まず、その結果、脱炭素化の分野での競争力が他国に劣後するという、これまで幾度となく繰り返されてきた過ちをまた犯してしまうのではないか。脱炭素化と経済成長の同時実現を謳うならば、今こそ変わる勇気が必要である。脱炭素化への努力が国際競争の前提となるなか、高い野心を掲げて果敢に挑戦している日本企業を強く後押しすべきである。
何より、産業革命以降最も暑かった2024年が示すように、地球温暖化は待ったなしの状況である。地球温暖化の影響を最小限に抑え、かつ産業競争力の強化に真に繋がるように、2013年比66%減を大きく上回る2035年削減目標を前提とした建設的な議論がされるようにWWFジャパンは強く求める。
■参考情報/関連情報
WWFジャパン「脱炭素社会に向けた2050年ゼロシナリオ」
https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/1576.html#energyscenario2024