地球温暖化対策基法案が廃案に
2010/06/18
2010年6月16日、通常国会の閉会に伴い、「地球温暖化対策基本法案」が廃案になりました。これは、今後の日本の温暖化対策の基本方針となる法案で、WWFも成立を期待していたものです。しかし、同法案は、いくつかの問題点も指摘されており、その改善も望まれていました。問題点が改善され、次の臨時国会で成立することが期待されます。
早期成立を!廃案を受け声明を発表
2010年6月16日、通常国会(第174回)の閉会に伴い、地球温暖化対策基本法案が廃案になりました。
同法案は、衆議院での審議を通過し、あとは参議院での審議を経て成立を待つのみでしたが、残念ながら、首相の交代による審議中断などにより時間切れとなり、廃案となりました。
地球温暖化防止の基本方針を定める法律として、この基本法が会期中に成立することは、WWFジャパンも実行委員会に名を連ねる、「MAKE The Ruleキャンペーン」の目標でもありました。
WWFジャパンは、同日、声明を発表。同法の次期臨時国会での早期成立を求めるとともに、現状の地球温暖化対策基本法案の問題点を指摘しました。
地球温暖化対策基本法案 4つの問題点
すべて主要国が、削減目標に合意することを条件としていること
温室効果ガス排出量を2020年までに25%削減するという目標について、すべての主要国が参加する国際的枠組みの合意が強く条件付けられています。これは、国際的枠組みの構築がなければ、国の排出削減目標もなくなるかのように読めます。こうした条件付けは、国際的枠組みの構築自体を妨げるおそれがあります。
排出量が総量で増えてもOK?「原単位方式」が検討されていること
基本法案は、地球温暖化対策の施策の一つとして、温室効果ガスの排出量取引制度を1年以内に創設するとしています。しかし、その案では、確実に排出量の総量を削減できる「総量方式」の取引制度だけでなく、総排出量が増えてしまう可能性のある「原単位方式」が検討内容に挙げられています。
原子力エネルギーが対策とされていること
未来に負の遺産を残す事になる原子力発電の推進が、主要な温暖化対策としてうたわれています。持続可能なエネルギー源とはいえない原子力発電よりも、再生可能な自然エネルギーの活用を対策の主力とするべきです。
経済成長が最優先? 「環境基本法」の理念に応えていないこと
法案の中では、温暖化対策を、あくまで経済成長の一環と見なすような姿勢に終始した文言が繰り返されています。「経済の成長」よりも「持続的に発展できる社会」を重視した「環境基本法」の理念が、きちんと反映されていません。
これ以外にも問題点はありますが、今後の議論の中で、関するこれらの問題点が改善され、次の臨時国会で法案が成立することが期待されます。
求められる早急な政策の整備
しかし、地球温暖化対策基本法の成立は、日本が低炭素社会を早い時期に実現し、"脱"炭素社会へと向かっていくための、一つの通過点に過ぎません。
何より、「地球温暖化対策基本法」は、あくまでも日本の温暖化対策の基本的な方向性を示すもの。具体的な政策については、今後これとは別に、早急に検討する必要があります。
具体的な政策の整備が遅れれば、それだけ、日本の経済構造を、温室効果ガスの「大量排出型」に固定させてしまう危険性が高まるからです。
WWFジャパンは、2010年3月、「脱炭素社会に向けたポリシーミックス提案」を発表し、排出量取引制度を始めとする、いくつかの政策を提案しました。
ここには、排出量取引制度、固定価格買取制度、炭素税(地球温暖化対策税)といった主要な政策に加え、家庭、店舗・商業ビル、運輸といった各分野で、どんな政策や施策が有効なのかについての見解がまとめられています。
もちろん、現政権が掲げている「2020年までに25%削減、2050年までに80%削減する」という目標が、変革に向けたきっかけになることは間違いありませんが、現状の延長線上の政策や対策を繰り返すだけでは、日本は真の意味で、地球温暖化の防止に大きな役割を果たすことはできません。日本社会のあり方そのものを変えていく覚悟が必要です。
市民に対して開かれた議論の中で、政府がその実現へ向けての政策を、しっかりと整備していくことができるのか。現政権の取り組みが試されています。
地球温暖化対策基本法案の今後についての声明 2010年6月16日
通常国会の閉会に際して
WWFジャパンは、今国会において地球温暖化対策基本法案が成立せず、時間切れで廃案となってしまったことを残念に感じる。地球温暖化対策基本法案は、気候変動問題への取り組みを日本の法体系の中に明確に位置づけるものであり、その早期成立は、今後の気候変動対策促進にとっての基礎となる。
しかし、現状の基本法案は多くの重大な問題を含んでいることも確かである。それらのうち、主要なものは以下の4点である。
- 温室効果ガス排出量の25%削減目標について、主要国が参加する国際的枠組みが強く条件付けられ、国際的枠組みの構築が無ければ目標も無くなるかのように読めること。こうした条件付けは、国際的枠みの構築自体を妨げる恐れがある。
- 排出量取引制度について、確実な排出量削減を担保できる総量方式だけでなく、排出量が増えてしまう可能性のある原単位方式も検討に挙げられていること
- 持続可能なエネルギー源とはいえない原子力発電の推進が主要対策としてうたわれていること
- 「経済の成長」よりも「持続的に発展できる社会」を重視した環境基本法の理念が活かされず、経済成長に固執した文言が繰り返されていること
以上の4点も含め、現行の基本法案にある問題点については、別に「『地球温暖化対策基本法案』の問題点に関する注釈(コンメンタール)」という形でまとめた。今後の議論の中で、法案に関するこれらの問題点について改善がなされ、次期臨時国会において法案が成立することを期待したい。
ただし、基本法はあくまで対策の基本的方向性を示すものであり、それさえ成立すれば十分というわけではない。具体的な政策に関する議論は、基本法案とは別にすぐにでも進めなければならない。具体的な政策の整備が遅れれば、それだけ、日本を温室効果ガス大量排出型の経済構造に、固定してしまう危険性が高まるからである。
排出量取引制度、固定価格買取制度、炭素税(地球温暖化対策税)といった主要政策に加え、家庭・業務・運輸といった個別分野での政策に関する議論を、互いの整合性をとりながら進めていくことが期待される。
WWFジャパンは、本年3月に『脱炭素社会に向けたポリシーミックス提案』を発表しており、その中に含まれる排出量取引制度を始めとする諸政策の具体案は、この議論に重要な貢献ができると信じている。
もとより、基本法の成立は1つの通過点でしかない。それは大事な通過点ではあるが、日本が低炭素社会を早期に達成し、より野心的な"脱"炭素社会へと向かっていくための一里塚でしかない。世界で顕在化する気候変動の影響によって、人々が苦しみ、生態系はバランスを失いつつある。この人類史上未曾有の問題に対する世界的な取り組みの中で、日本が、お題目ではなく真の意味で大きな役割を果たすことは、現状の延長線上にある政策・対策では絶対に無理であり、日本社会のあり方そのものを変えていく覚悟が必要である。
基本法案は、2020年までに25%削減、2050年までに80%削減という目標をまがりなりにも設定することで、その大変革へ向けてきっかけを作る内容にはなっている。今後、市民に対して開かれた議論の中で、政府がその実現へ向けての政策をしっかりと整備していくことが不可欠である。
■本声明に関する問い合わせ先:
WWFジャパン 気候変動プログラム
Tel: 03-3769-3509 Email: climatechange@wwf.or.jp
参考資料
- WWFジャパンのポリシーミックス提案
- MAKE the RULE キャンペーン:地球温暖化を防ぐ基本法の今国会での成立を求める緊急要請を提出!
- 地球温暖化対策基本法案への意見書環境基本法の基本理念との矛盾について
添付資料:「地球温暖化対策基本法案」の問題点に関する注釈(コンメンタール)
法案記載内容 | 解説 | |
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目的 | 第一条「この法律は、気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすこととならない水準において大気中の温室効果ガス濃度を安定化させ地球温暖化を防止すること及び地球温暖化に適応することが人類共通の課題であり」 | 「気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすこととならない水準」という表現は、国連気候変動枠組条約の「究極目的」をなぞった文言と推測されるが、近年の国際的な議論動向を踏まえ、より具体的な気温目標についても言及するべきである。すなわち、「産業革命前の水準と比較して、地球全体の平均気温の上昇を2度未満に抑制する」というような表現を入れるべきである。 |
第一条 「地球全体における温室効果ガスの排出の量の削減に貢献するとともに」 |
上述の「地球全体の平均気温上昇を2度未満に抑制する」という目標を達成するためには、世界全体の温室効果ガス排出量を2015年までにピークさせ、その後は減少傾向に転じさせなければならない。そうした認識もこの条項には必要である。 | |
第一条 「環境基本法の基本理念にのっとり、」 |
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基本原則 | 第三条 「経済の持続的な成長を実現しつつ、温室効果ガスの排出の量を削減」 |
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温室効果ガスの排出の量の削減に関する中長期的な目標 | 第十条 ・温室効果ガスの排出量を2020年までに25%、2050年までに80%削減(世界全体の排出量を少なくとも半減する目標をすべての国と共有するよう努める) ・すべての主要な国が、公平かつ実効性のある国際的枠組みを構築し、意欲的な目標に合意した場合を前提 |
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再生可能エネルギーの供給量に関する中期的な目標 | 第十一条 一次エネルギーの供給量に占める割合を2020年までに10%に |
再生可能エネルギーに水力やバイオマスが含まれているが、今後の再生可能エネルギーの促進においては、新規の大規模ダム式水力や、食糧と競合するなど、持続可能でないバイオマスは除外されるような条項があることが望ましい。また、ヒートポンプ(空気熱)は省エネ技術として推進されるべきではあるが、再生可能エネルギーの範疇に含めるべきではない。 |
基本計画 | 第十二条 所掌大臣は目標や政策を定めた基本計画の案を作成し、閣議決定を求める |
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基本的施策 |
第十三条 第十四条 |
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第十五条 「再生可能エネルギーに係る全量固定価格買取制度の創設等」 |
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第十六条 「原子力に係る施策等」 国民の理解と信頼を得て、原子力を推進 |
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第十七条 「エネルギーの使用の合理化の促進等」 |
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第十八条 「交通に係る温室効果ガスの排出の抑制」 |
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国際的強調のための施策 | 第二十九条 ・すべての主要な国が参加する公平かつ実効性が確保された国際枠組みの構築を図る ・技術及び製品の提供を通じた自国以外の地域における排出抑制等への貢献を適切に評価する仕組みの構築 |
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(注1) 環境基本法は基本理念として3つの原則を掲げている。(1)環境の恵沢の享受と継承、(2)環境負荷の少ない持続的発展が可能な社会の構築、(3)国際的協調による地球環境保全の積極的推進である(第3、4、5条)。条文は以下のとおり。
(環境の恵沢の享受と継承等)
第三条 環境の保全は、環境を健全で恵み豊かなものとして維持することが人間の健康で文化的な生活に欠くことのできないものであること及び生態系が微妙な均衡を保つことによって成り立っており人類の存続の基盤である限りある環境が、人間の活動による環境への負荷によって損なわれるおそれが生じてきていることにかんがみ、現在及び将来の世代の人間が健全で恵み豊かな環境の恵沢を享受するとともに人類の存続の基盤である環境が将来にわたって維持されるように適切に行われなければならない。
(環境への負荷の少ない持続的発展が可能な社会の構築等)
第四条 環境の保全は、社会経済活動その他の活動による環境への負荷をできる限り低減することその他の環境の保全に関する行動がすべての者の公平な役割分担の下に自主的かつ積極的に行われるようになることによって、健全で恵み豊かな環境を維持しつつ、環境への負荷の少ない健全な経済の発展を図りながら持続的に発展することができる社会が構築されることを旨とし、及び科学的知見の充実の下に環境の保全上の支障が未然に防がれることを旨として、行われなければならない。
(国際的協調による地球環境保全の積極的推進)
第五条 地球環境保全が人類共通の課題であるとともに国民の健康で文化的な生活を将来にわたって確保する上での課題であること及び我が国の経済社会が国際的な密接な相互依存関係の中で営まれていることにかんがみ、地球環境保全は、我が国の能力を生かして、及び国際社会において我が国の占める地位に応じて、国際的協調の下に積極的に推進されなければならない。
(注2)1992年の地球環境サミットで「持続可能な開発」の言葉が用いられた。「生態系の支える環境収容力の範囲内で暮らしつつ、人間生活の質を向上させること」としている。WWFは、1991年、IUCN、UNEPとともに、「新・世界環境保全戦略 かけがえのない地球を大切に」を発表し、環境を圧迫している自然資源の消費をくい止め、持続可能な社会を実現するための9つの原則と、より具体的な132の行動規範をまとめた。
(注3)生物多様性基本法の第3条(基本原則)は、「生物の多様性の利用は、社会経済活動の変化に伴い生物の多様性が損なわれてきたこと及び自然資源の利用により国内外の生物の多様性に影響を及ぼすおそれがあることを踏まえ、生物の多様性に及ぼす影響が回避され又は最小となるよう、国土及び自然資源を持続可能な方法で利用すること」と規定する。また、その前文には、「生物の多様性への影響を回避しつつ、その恵沢を将来にわたり享受できる持続可能な社会の実現に向け、踏み出さなければならない」と規定している。ここでも、めざすは「経済の成長」ではなく、「持続可能な社会の実現」である。
(注4) 1960年代後半、水俣病、イタイイタイ病など深刻な公害が社会問題となり、1967年に公害対策基本法が制定された。当時は、環境保全よりも経済発展を重視する考え方が強かったため、条文には「生活環境の保全については、経済の健全な発展との調和が図られるようにするものとする」(第1条第2項)という、いわゆる「経済調和条項」がおかれていた。これは産業界において、公害対策の負荷がかかると、経済成長において国際的な競争に負けるのではないかとの不安から、生活環境の保全と、経済の健全な発展との調和を図るものとされた。
しかし、1970年の公害対策基本法の改正時に、この調和条項は削除された。これは、ややもすれば経済成長優先のなかで公害の対策をおこなう考えからの転換であった。
さらに、1992年に開催された地球サミットのテーマである「持続可能な開発」という概念が、1993年に制定された環境基本法の基本理念に取り入れられた。すなわち、経済と環境の関係は、「経済成長か環境保全か」という対立したものと捉えるのではなく、人類の存続自体が環境を基盤としており、限りある環境のなかで経済を質的に発展させていくとの考えである。
(注5) WWFジャパンの『脱炭素社会に向けたポリシーミックス提案』を参照
/torihiki