セミナー開催報告:IPCC「第5次評価報告書」を読み解く
2014/06/06
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、地球温暖化がもたらす気候変動について世界中から科学的な知見を集め、検証と評価を行なっている国際的な機関です。その最新報告となる「第5次評価報告書」が出そろったことから、WWFは2014年5月21日、東京・新橋にある航空会館でセミナーを開催。約110名の参加を得て、「第5次評価報告書」のポイントを読み解くとともに、今後、国際交渉の場にどのような影響が出てくるかを発表しました。
第5次評価報告書の5つのポイント
セミナーではまず、WWFジャパン気候変動・エネルギープロジェクトリーダーの小西雅子が、「IPCC第5次評価報告書と今後の国際交渉への影響」について報告を行ないました。第5次評価報告書の要約の中で、2007年に発表された「第4次評価報告書」と比べて、より強調されたり、新しくなった知見の中から、特に重要だと思われるポイントとして、次の5つを挙げています。
(1) 温暖化は主に化石燃料の使用で引き起こされており、特に石炭の責任が大きい
1970~2010年の間に増加した温室効果ガスの排出増の78%は化石燃料の燃焼と、工業の過程から出るCO2(二酸化炭素)が占めていた。また、他のエネルギー源と比べて、より多くのCO2を排出する石炭の使用量が増加している。これは温暖化防止に逆行するものであり、温暖化の進行の原因として、石炭の利用が大きいといえる。
(2) このまま何も対策をとらないと 100 年後には 4 度前後の気温上昇が予測される
過去100年で、地球全体の平均気温は、約0.85度上昇した。このまま何も対策を取らないと、温室効果ガスの濃度(現在は430ppm(CO2換算))は、2030年には450ppmを超え、2100年には750から1300ppmに到達。そうなった場合、地球の平均気温は、産業革命前と比べて3.7℃~4.8℃上昇する可能性が高い。
(3) 2度未満に抑えても影響は甚大であり、適応が必要。しかし4度上昇すると、適応がもはや不可能となるような影響が予測される
地球の平均気温が4度以上、上昇すると、穀物の生産量の落ち込みや、水産物の漁獲量の変化などが起き、世界的に食糧の安全保障に多大な影響が出る可能性がある。これに伴い、人の移動や水を巡る紛争などが起これば、国の安全保障もおびやかされる可能性もある。
しかし、2度未満に抑えても、温暖化の悪影響が起きないわけではない。そのため、温暖化を抑える努力と同時に、温暖化によって起きるであろう現象に対して備えをしていく「適応」も必要となっている。「適応」とは、海面上昇に備えて堤防を築く、異常気象に備えて早期警戒システムを構築するなどのことを指す。しかし、4度以上の上昇が起きた場合には、「適応」の限界を超える可能性もある。
(4) 2度未満に抑えるには、2050年までに世界の温室効果ガスの排出量を 、2010年に比べて40~70%削減する必要がある。対策が遅れると、選択肢の幅は狭まり、コストも上がる
産業革命前に比べて、気温上昇を2度未満に抑えるには、今世紀半ばまでに世界の温室効果ガスを2010年に比べて41~72%削減しなければならない。また、21世紀末に向けて、排出量をゼロかマイナスまで下げなければならない。
現在のペースの排出が2030年まで続いた場合は、2度未満に抑えることは相当に困難になる。削減努力を怠れば怠るほど、後々、大幅な削減をしなければならないだけでなく、バイオエネルギーとCCS(炭素の回収・貯留)をくみあわせた技術など、確立できるかわからない技術に頼らねばならないこと、そしてコストがあがる。
(5) 2度未満に抑えるには、エネルギーの根本的な変革が必要。政策と国際協力が不可欠だが、温暖化対策をとると他のメリットもある
温室効果ガスの排出量を抑えるには、「低炭素エネルギー」への切り替えや、排出量取引制度や炭素税などの温暖化政策、気候変動枠組条約や京都議定書などに代表されるような国際協力が不可欠である。
また、温暖化対策には、「co-benefits」、つまり相乗的なメリットもある。石炭火力発電所から、再生可能エネルギー発電所へ切り替えれば、CO2排出量が減るのはもちろん、大気汚染物質も減り、人々の健康に寄与できる。
IPCC報告書が持つ意義と影響
IPCCは、①温暖化の科学的根拠(第1作業部会)、②影響と適応(第2作業部会)、③温暖化の緩和対策(第3作業部会)という3つの作業部会に分かれています。それぞれの部会には延べ1000人以上の専門家が参加し、約2000ページにも及ぶ「本報告書」を作成。さらに、重要なポイントを30~40ページほどにまとめた「政策決定者向けの要約」(以下「要約」)が作られ、発表されます。
要約の作業は、科学者だけでなく、温暖化の国際交渉にかかわる約190カ国の政府代表が一堂に会し、一文ずつ、その内容を協議・確認する形で進められます。なぜなら、この「要約」は、世界の国々が温暖化対策について話し合う国際交渉の場で、共通の認識として依って立つ科学的な根拠として扱われることになるからです。
今後の国際交渉へ、どう影響してゆくのか
次に、WWFジャパン気候変動・エネルギーグループリーダーの山岸尚之が「気候変動に関する国際交渉の現状と今後について」発表しました。
気候変動枠組条約の国際交渉では今、すべての国が参加する、温暖化を抑えるための新しい国際的・法的な枠組みを作る話し合いが進められています。
2015年末にパリで開催されるCOP21(第21回気候変動枠組条約締約国会議)で、その内容について合意し、2020年以降に実行に移すことになっています。
一方、2020年までは、各国が自主的な目標や削減行動を国連に登録し、自主的に取り組むことが決まっています(カンクン合意)。
しかし、第5次評価報告書に照らして見てみると、その自主的な取り組みがすべて登録どおりに実現したとしても、温室効果ガスの削減量は、地球の平均気温の上昇を2度未満に抑えるには足らないことがわかります。
温暖化の悪影響をできるだけ減らしていくために、世界の国々に求められることは、第5次評価報告書が示した厳しい現実としっかりと向き合い、カンクン合意で示した2020年までの自主目標や削減行動を、より野心的なものに引き上げていくこと、そして、2020年以降の新しい枠組を、「2度未満に抑える」シナリオを実現できるものにしていくことです。
日本の課題 -早急に検討すべきこと-
2050年までに温室効果ガスの排出量を2010年に比べて40~70%削減し、2100年ごろまでにはゼロあるいはマイナスにするという長期的な目標に向けて、その中間地点である2030年までに世界はどう行動すべきかが注目されています。
さまざまな研究論文の中で、きちんと査読を受けた(同じ分野の専門家による評価や検証が行なわれた)ものを見ていくと、先進国は2030年の時点で、1990年比で30~70%くらいの削減が必要という数字が見えてきます。
しかし、日本の安倍政権が2013年10月に掲げたのは、2020年までに、2005年比で3.8%減、90年比でいえば3%増というものです。
このままでは、とうてい温暖化防止に貢献することができないばかりか、国際交渉においても、存在感を持ってかかわることさえできない、と山岸は指摘しています。
また、2020年までの削減努力をなんとか引き上げようとする動きとして、山岸が紹介したのが、TEMS(野心の引き上げのための専門家会合)という会合です。
実質的に温室効果ガスを削減するために役立つ施策や、経験に基づく課題などを具体的に出し合い、少しでも温暖化の緩和策を前進させようというものです。日本も、こうした議論に積極的に貢献していくことが求められます。
世界はこれから、第5次評価報告書の結果を踏まえ、2020年以降の世界の枠組みを決める2015年の国際交渉に向かって進んでいきます。
2015年3月には、気候変動枠組条約に参加しているすべての国が、国連に対して、2020年以降にどのような削減や適応を行なうかの案を提出することになっています。
日本も、2030年目標に向けた議論を早期に開始することが必要です。
日本をはじめ、各国がどれだけ温暖化の抑制に充分なレベルの案を出してくるかにWWFなどのNGOは注目しています。
今後の国際交渉の動き
セミナー当日の会場には、企業、研究機関、マスコミなどを中心に、想定よりもずっと多い約110名の参加を得ることができました。
温暖化問題への関心は依然として高く、また、7年ぶりにIPCCの評価報告書が改訂され、温暖化に関する最新の科学的知見が示されたことへの関心も非常に高いことがうかがえました。
2014年4月の時点で、IPCCの3つの作業部会それぞれの「政策決定者向け要約」が出そろいました。2014年10月には、3つの作業部会の報告内容を踏まえた「統合報告書」が、デンマークのコペンハーゲンで採択される予定です。
また、それに先立つ9月には、ニューヨークで「国連気候変動特別首脳会議」(気候サミット)が開かれる予定になっています。IPCC第5次評価報告書を踏まえて、世界が今後、どのような選択をしていくのか、そのゆくえを占う動きが続いてゆきます。
■配布資料
1.IPCC第5次評価報告書の示したことと今後の国際交渉への影響(小西雅子)
2.気候変動に関する国際交渉の現状と今後について(山岸尚之)