メディア向け勉強会を開催 ワシントン条約の締約国会議を前に
2016/09/21
2016年9月24日から、南アフリカ共和国のヨハネスブルグ開催される「第17回ワシントン条約締約国会議(COP17)」へ向け、WWFジャパンとその野生生物取引監視部門であるトラフィックは、報道関係者向けの勉強会を開催しました。複雑な条約の目的や仕組み、締約国会議の役割や今会議の注目ポイントなどを、基礎編と応用編の2回に分け、わかりやすく解説。各回とも多くの報道関係者の参加を得て、活発な意見交換の場となりました。
締約国会議開催を前に
世界では今、2万種以上の動植物が絶滅の危機にあります。その主な要因は、生息地の減少や、温暖化や汚染による生息環境の変化、過剰な利用や過剰漁獲、密猟など、さまざまです。
こうした問題に対する取り組みの一つとして知られる国際条約に「ワシントン条約(正式名称:絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約:CITES)」があります。
現在、182か国とEUが加盟しているこの条約の締約国会議が、2016年9月24日から、南アフリカ共和国で開催されます。
2~3年に一度開かれるこの会議では、各国の政府代表により、条約の施行状況の確認や、改正提案の議論が行なわれますが、その内容には細かな規定についての決まりや、複雑な表現も多く、時に誤った報道も見られます。
そこで、野生生物の国際取引を監視するトラフィックでは、初の試みとして、ワシントン条約の目的や仕組みなどの基礎情報と、今締約国会議の注目ポイントについて、報道関係者に解説する勉強会を開催しました。
この勉強会は、2016年8月26日の基礎編と、9月9日の応用編の2回に分けて実施。質疑応答や意見交換も行ないました。
附属書と留保
初回の基礎編では、トラフィック水産・木材担当プログラムオフィサーの白石が、ワシントン条約の目的や仕組みを説明。
特に、条約で国際取引を規制する対象種と、その規制の度合を定める重要なリスト「附属書」について、その構成と役割について解説しました。
附属書は、危機の度合に応じてI~IIIの段階に分かれており、規制内容も異なります。
最も規制の厳しい「附属書I」では商業目的の取引が禁止され、その下の段階である「附属書II」、「附属書III」は、条件付きで商業取引が認められています。
この他にも、附属書には細かな条件を規定する「注釈」、「除外規定」などが設けられており、締約国会議ではその修正や削除も提案、議論されます。
どの野生生物が、どの附属書に、どのように掲載されるかで、国際的な取引の条件が大きく変わるため、締約国会議では、各国が環境保全の観点のみならず、自国への経済的影響や、他国との関係性などを考慮し、慎重に議論を重ねます。
こうした議論は、時に国の利害の対立につながることから、合意に至らない例も多く、そうした場合は参加している各国代表による投票で決定します。
しかし、採択された提案に賛同できない場合、その規制内容に関して自国についての適用を排除する目的をもって行われる宣言である「留保」を選ぶこともできます。
留保は本来、国内法の整備や受け入れ態勢が整っていない場合の一時的措置として設けられているもので、状況が整い次第、撤回を申し出ることができます。
白石は、その一例として、現在日本もサメなど、多くの水産種の取引について、留保していることに言及。
「絶滅のおそれがある程資源は減少していない」、「沿岸国あるいは地域漁業管理機関により資源を管理するため、取引の規制は必要ない」といった、日本政府の留保理由を説明する一方で、日本がワシントン条約のより良い施行をリードしていくためにも、できるだけ早期に留保を撤回し、取引規制と漁業管理を両立していく必要性を指摘しました。
相次ぐ違法取引
第二回目の応用編では白石の他、トラフィック ジャパンオフィス代表の若尾慶子や、調査・広報を担当する西野亮子からも、今会議の注目種の現状や問題について解説しました。
現在ワシントン条約の附属書には3万種以上の野生生物が記載されており、その国際取引が規制されています。
一方で、その希少性や、高い需要から、商業的な国際取引の禁止対象となっている動植物が、高値で売買される例もあり、こうした違法取引の摘発が世界中で相次いでいます。
毛皮や皮革製品としての需要の他、牙やウロコなどは伝統薬の原料として、ペットとして、そしてウナギやフカヒレなど食用として、その用途はさまざまです。
こうした、違法取引により危機のレベルが上がっていると懸念される野生生物については、規制をより厳しくし、保護を手厚く行うことを目的とした附属書の「改正案」が、各締約国から出され、締約国会議で議論されます。
今会議でも、センザンコウやヨウム、シナニワトカゲなどについて、附属書の改正案が出されています。
いずれも現在「附属書II」に掲載されている動物で、違法取引の多さと個体数減少の懸念から、「附属書I」に移行させる提案がなされており、トラフィックもこれを支持しています。
また、違法取引といってもさまざまなケースがあり、秘密裏に輸出入をする他にも、捕獲が禁止されている野生個体を「繁殖個体」と偽って取引したり、特定の地域に生息する個体群だけが取引規制の対象となっている場合は、原産国を偽ったりして、不正に輸出入をする例があります。
さらに、卵や稚魚、幼い個体を密輸した上で、数年間かけて飼育・繁殖して「再輸出」する例も。
複数の国を経由し、密輸から最終市場での販売までに、長い時間がかかることで、各個体の出所の特定が困難になる手口も紹介しました。
こうした例では、輸入国側がその手口を見抜けず、意図しないまま違法な取引に加担していることもあると考えられています。
この事例で最もよく知られているのは、日本でも大きな需要のあるウナギです。
現在、ウナギ属では、資源状態が最も悪いヨーロッパウナギが唯一、ワシントン条約で取引が規制されていますが、生息国であるEUが輸出入を禁止しているにも関わらず、中国や香港などで、その稚魚の密輸が確認されています。
トラフィックでは、ウナギの一大消費国である日本にも、こうした違法なヨーロッパウナギが「養殖うなぎ」として中国経由で輸入され、消費されている可能性があることを指摘しました。
ウナギ取引調査の行方
なお、今回の締約国会議では、ヨーロッパウナギ以外の他のウナギについても、生態や取引状況を調査することがEUから提案されました。
これは、ヨーロッパウナギの取引が制限された分の穴埋めとして、他のウナギ属の魚の需要が高まり、資源の減少が懸念されているためです。
この調査の実施が締約国会議で採択された場合は、ニホンウナギもまたその調査対象となります。
さらに2018年頃には、IUCN(国際自然保護連合)の「レッドリスト(絶滅のおそれのある野生生物のリスト)」でウナギ類の再評価が予定されているため、これらの調査結果や評価によっては、次回の第18回ワシントン条約締約国会議において、ニホンウナギの附属書掲載が提案される可能性も出てきました。
現在二ホンウナギは、各生息国で漁業規制や稚魚の輸出規制がなされているものの、まだ充分ではない点もあります。今後のさらなる資源減少を避け、状況を改善するためにも、適切な漁業管理と、違法取引の根絶が求められていることをお話ししました。
サメをめぐる問題
勉強会ではまた、フカヒレなどの需要により、過剰な漁獲と取引に脅かされている、サメの現状についても解説しました。
世界には約500種のサメが生息していますが、近年、多くの種で資源減少が心配されています。
また、種によっては、高値で取引されるヒレ部分に対して、胴体部分が安価であるため、漁獲したサメのヒレのみを採取し、胴体を海に捨てる「フィニング」という行為にも、主に倫理的な側面からの批判が高まっています。
サメに限らず水産種については、「肉も、皮も余すことなく全て利用しているから、環境に配慮している」という主張が、時折聞かれます。
しかし、その無駄なく利用した魚が、資源量に配慮せず漁獲したものであれば、それは環境に配慮したものとはいえません。
これは国際的な価値観とは大きく相違した、誤った主張であり、トラフィックとしても「死亡率を下げなければ、環境に配慮しているとは言えない」という点を強調しました。
アフリカゾウと象牙
一連の勉強会での大きなテーマの一つには、アフリカゾウと象牙の取引の問題もありました。
アフリカゾウは一般的に、全て絶滅の危機にある、と認識されがちですが、実際には、生息している地域によって個体数や、密猟が生じている状況が異なります。
このため、ワシントン条約でも地域個体群ごとに、異なる附属書に掲載し、規制の在り方を検討してきました。
今回の会議では、比較的ゾウの個体数が安定している、南部アフリカのナミビアとジンバブエ政府が、附属書IIに掲載されている自国のアフリカゾウ個体群の「附属書の注釈削除」を求める提案を行なっています。
この「注釈削除」は、実質的に自国が抱えている在庫象牙の取引規制を、緩和することを意味します。
一方で、複数の別のアフリカなどの国々からは、アフリカゾウの全ての個体群を、附属書Iに掲載することを求める提案をしています。
これは、東アジアや東南アジアでの象牙の消費により引き起こされている、中部アフリカや東アフリカでの密猟をなくすため、アフリカゾウの保全と取引禁止の明確なメッセージを発信することを目的とした提案です。
トラフィックは、この両極端な2つの提案について、いずれも支持していません。
取引規制の緩和を求める提案については、実際に取引が再開できる状況かどうか、また保全策の有効性が不明確であること、各国の執行管理や法順守に懸念があること、ジンバブエでは一部地域で深刻な密猟が確認されていることから、予防的な措置が必要であると判断されるためです。
また、アフリカゾウのすべてを附属書Iに掲載するという提案についても、状況が安定している地域の個体群については、附属書Iの掲載基準を満たさないことや、附属書Iに移行しても、取引を望む一部の国が「留保」する可能性があり、そうなると実質的な条約の効力が弱まる懸念が生じることから、同じく支持していません。
何より、ワシントン条約の附属書への掲載は、国際取引による影響を受けている動植物を保護する上での、大きな一歩ではあるものの、決してゴールではありません。
会議では、密輸ルートや手段が年々変化し、後を絶たない違法取引の問題や、未だ国内法の整備や法令遵守の甘さが指摘される国の問題も指摘されており、これらはいずれも、附属書だけで野生生物を守ることができないことを示す、一つの証左です。
こうした国際的な視点と情報に基づき、野生生物の取引に関連するさまざまな調査や提言を行なってきたWWFとトラフィックは、開催を間近に控えた今回のワシントン条約の締約国会議が、日本国内でも野生生物の取引や消費の問題について、関心を広げる大きな機会になることを期待しています。