四国でのクマ分布調査「はしっこプロジェクト」、今後の展開
2016/04/07
生息数が残り十数頭から数十頭とされ、絶滅が心配される四国のツキノワグマ。四国山地、剣山系の奥山に残存する自然林に、閉じ込められるように生息していると考えられています。過去の調査によって、生息域の「中心部」の様子は次第に明らかになってきましたが、「周辺部」については未だによくわかっていません。その周辺部を調査する「はしっこプロジェクト」が2014年にスタート。林野庁四国森林管理局が大きな役割を果たす、このプロジェクトの現状と今後の展開をお伝えします。
はっしこプロジェクトについて
ツキノワグマは特定のなわばりを持たず、個体間の行動圏がお互いに重なることがよくあります。
四国のツキノワグマも、10年以上にわたる追跡調査の結果、同様の状況であることがわかってきました。
つまり、広大な四国山地の中で、複数のクマの行動圏が重なる場所、「生息域の中心部」が特定できるようになったのです。
こうした「生息域の中心部」に設置された自動カメラでは、毎年継続してツキノワグマの姿が確認されています。しかし、同じ個体が繰り返し確認される状態が多く続いてきました。
さらに、メスグマの「ショウコ」が2013年の冬期に産んだ仔グマも、その後2年の間に複数回、確認されたものの、親離れしてしばらくすると、行方がわからなくなってしまいました。
もし、中心部を離れ、移動して新しい場所で成長しているのだとしたら、まだその生息地は知られていない、ということになります。
このような背景から、今までほとんど情報がなかった、生息域の外縁や周辺部を、新たに調査する、通称「はしっこプロジェクト」と命名される取り組みが、2014年に始まりました。
これは、認定NPO法人四国自然史科学研究センターと林野庁四国森林管理局が、共同で調査を行なうもので、より正確な生息域がわかれば、クマの保護計画を立てる際にも役に立つ、重要な情報が手に入ることになります。
さらに、新しい個体や、中心部で生まれ成長した仔グマの姿が発見されることも期待されます。
これまでに行なわれた調査では、標高1,000メートル以上に残存するブナやミズナラなどの広葉樹林帯で、ツキノワグマが多く確認されています。
そのため「はしっこプロジェクト」では、この環境に似た景観がのこる周辺地域の国有林を中心に、調査対象地を選びました。それは、5市町村にも及ぶ広範囲。そこに合計11カ所に自動撮影カメラを設置し、2014年5月から12月の半年にわたって、クマがいるかどうかを調査しました。
残念ながら、2014年度の調査では、新たなクマの姿を捉えることはできず、生息地の広がりについても確認できませんでした。
2年目のはしっこプロジェクト
四国のツキノワグマは、生息数が十数頭から数十頭と推測されており、多くても50頭には達しないだろうとの見解もあります。
こうした数の少ない野生動物を、広いエリアで調査するのは決して効率が良いものだとは言えません。例えば、2002年から四国のクマの調査を開始した四国自然史科学研究センターは、現在わかっている「生息域の中心部」を発見するまで、実に5年の歳月を費やしたと言います。
新たな生息地を発見するのも、それ相応の時間が必要となるでしょう。
四国自然史科学研究センターと四国森林管理局は、2014年度に続き2015年度もはしっこプロジェクトを実施しました。
2015年度では、国指定剣山山系鳥獣保護区及びその周辺(主に生息域の中心部)において、調査を実施してきた環境省やツキノワグマの保全活動に取組むWWFジャパンとも連携を図り、生息状況の把握に取り組むことになりました。
前年度の結果を踏まえて、自動撮影カメラの設置地点を、より「生息域の中心部周辺」に近づけ、生息地の絞り込みを計りました。これにより、中心部およびその外縁部の24カ所に、自動撮影カメラとクマを誘引するハチミツ設置。6月から12月まで調査を行ないました。
しかし残念ながら、「中心的な生息域」の外側では、新しいクマの個体の痕跡を見つけることはできませんでした。
知られざる生息地の存在もまた、確認することができなかったのです。
引続き実施します!はしっこプロジェクト
2014~2015年度と2年間継続してきた、はしっこプロジェクト。多くの関係者の努力と熱意にもかかわらず、この2年間で、新しいクマの生息地や個体の発見にまでには至りませんでした。
この調査結果から、四国のツキノワグマの生息域は、すでに確認されている地域(生息域の中心部)に限られている可能性が示唆されます。
それでも、はしっこプロジェクトは、2016年度も引き続き実施します!
新たな生息地を発見できなかったことは残念ですが、現在のクマの正確な生息範囲を知ることは、今後の保護戦略を考えるうえでとても重要です。
それが効率の良くない調査だとしても、継続して行なうことが大事で、そのような積み上げが、やがて保護活動に結び付いてゆくのです。
またそうした成果を願う関係者の思いにも、こうした取り組みは支えられています。
さらに、四国森林管理局では、はしっこプロジェクトなどの調査により、新たな生息地が明らかになれば、その国有林を貴重な森林として保護地域に指定、林野庁独自の「保護林制度」を適用し、保全をはかる構想を持っています。
剣山系の国有林には、すでに7カ所の保護林(約905ヘクタール)があり、そのそれぞれを結ぶ「緑の回廊(約9,663ヘクタール)」が設定されていますが、これらの保護林ネットワーク(保護林+緑の回廊)を拡充することで、四国のクマの生息地整備に積極的に貢献していこうというものです。
四国のクマを絶滅から救うためには、どの程度の面積の森林が必要か、基礎的なデータが不足している現時点で、明確な答えは出ていません。
しかし、クマの生息に適しているとされる、ブナやミズナラなどの落葉広葉樹林が現存するのは、四国では標高1,000メートル以上の奥山に残存するのみ。この限られた森でツキノワグマが安定的に生存していくには、面積が明らかに足りないため、優先的に保護していく必要があるというのが、専門家や関係者の共通した見解です。
そして、これらの落葉広葉樹林は、多くが国有林で占められています。四国のクマを守り、その生息地を整備してゆく上で、国有林が貢献できる可能性は大きいと言えるでしょう。
そのための第一歩が、はしっこプロジェクトなのです。
緑の回廊でのさらなる取組み
四国山地における緑の回廊は、人間の活動によって分断された野生生物の生息地間をつなぐことで、動物の移動を可能にし、生物多様性を確保することを目的としています。そのため、下のイメージ図のように、さまざまな保護林を連結するように設定されています。
現在、剣山系の国有林には、延長約58キロメートル、面積約9,663ヘクタールの緑の回廊が設定されています。
そのうち、スギやヒノキの人工林の面積は約2,500ヘクタール。緑の回廊の3割弱にあたる面積となっています。四国の国有林全体として、人工林の割合は約7割なので、この数字と比べると、緑の回廊では人工林の割合が少なく、自然林の割合が高いと言えるでしょう。
四国森林管理局では、緑の回廊内に現存する自然林について、「危険木の処理や、多様な樹種構成の林分とするための択伐(抜き切り)等に限定する」とし、人の手を入れるのを最小限に抑え、自然の状態で保全していく方針を打ち出しています。
今後はそれに加えて、人工林についても、強度の間伐を繰り返すことで、スギやヒノキの森の中に空間を確保し、そこに多様な樹木が育つように誘導していくことで、次第に自然林に戻していく取組みを、積極的に行なっていくこととしています。
これは、国有林を管理する計画で、その方向性が明示されることになります。
森林管理局長は管轄する森林計画区において、管理・経営の方針を定める計画(地域管理経営計画)を策定しなければなりません。
今後、四国森林管理局では、該当する森林計画区の計画において、緑の回廊内の人工林を次第に自然林に戻していく方向性を明記し、それをもとに具体的な取組みを行なっていくことになります。
WWFジャパンと四国自然史科学研究センターの共同プロジェクトは、2016年6月末で完了の予定です。
現在解析中のGPSによるクマ追跡調査やドングリの資源量調査のデータは、「クマの生息適地マップ」と「生息地のエサ資源量マップ」としてまとめられ、さらにそこからクマを保護するための優先地域を割り出すために役立てられようとしています。
これらの情報が、クマをはじめとする多種多様な野生生物の生息地整備を進める四国森林管理局の取り組みに役立つものとなるよう、WWFでは取り組みを進めていきたいと思います。
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