四国山地でクマの分布調査「はしっこプロジェクト」実施中!
2015/09/02
生息数が残り十数頭から数十頭とされ、絶滅が心配される四国のツキノワグマ。その生息域は、徳島と高知の県境に広がる剣山系のみと考えられています。過去10年間の調査によって、生息域の「中心部」の様子は次第に明らかになってきましたが、「周辺部」については未だによくわかっていません。そこで2014年、現地の生息域では、その周辺部を調査する「はしっこプロジェクト」がスタート。2015年も、その対象エリアを拡大して継続中です。
確認されたツキノワグマの生息域
2002年に四国のツキノワグマの生態調査を開始した、認定NPO法人四国自然史科学研究センターでは、2005年よりWWFジャパンの支援のもと、調査活動を拡充してきました。
その一環として、捕獲したツキノワグマに、発信器を仕込んだ首輪を装着して再び山に放す追跡調査を実施。
この調査を通じた、生態や行動圏を明らかにする取り組みが、現在も継続して行なわれています。
今までに捕獲・追跡できたクマは全部で8頭。
2005~2008年には電波発信機を使った追跡調査で、5頭の行動圏を明らかにしました。
さらに2012~2014年には、より精度の高いGPSを使って3頭の追跡調査を行ない、行動圏の把握のみならず、クマが利用した約22,000地点の地理情報を入手することができました。
また、この調査では、発信器を付けた「ショウコ」と名付けられたメスのクマが、仔を産んでいることも判明。個体数がわずかな四国のツキノワグマが、たくましく繁殖している実態も明らかにされました。
こうした10年以上にわたる地道な調査の継続によって、次第に四国のツキノワグマのおおよその生息域がわかってきたのです。
生まれた仔グマはどこへ?
しかし、それでも四国のツキノワグマには、まだ多くの謎が残されています。その一つが、「生息域の広がり」という謎です。
そもそも、ツキノワグマは特定のなわばりを持たず、個体間の行動圏がお互いに重なることがよくありますが、四国のツキノワグマも、調査の結果、まさしくそのような状況であることがわかってきました。
このことにより、複数のクマの行動圏が重なる場所、つまり「生息域の中心部」が特定できるようになったのです。
こうした生息域の中心部では、毎年継続してツキノワグマが確認されています。
しかし、同じ個体が繰り返し確認される場合がほとんどで、2012年以降は特に、新しい個体が全く確認できない状態が続きました。
メスグマの「ショウコ」が2013年の冬期に産んだ仔グマも、その後1年半の間に3回ほど姿が確認されたものの、親離れしてしばらくすると、行方がわからなくなってしまいました。
これは、繁殖はしていても、種(しゅ)としての生命のバトンが、世代から世代へと確実に引き継がれているのかは、はっきりとしたことがわかっていないことを意味しています。
姿が見えなくなった仔グマは、どこへ行ったのか?
もし、中心部を離れ、移動して新しい場所で生きているのだとしたら、まだその生息地は知られていない、ということになります。
このように、現時点で四国の剣山系に生息するツキノワグマの生息域の全貌は、いまだに見えていないのです。
始まった「はしっこプロジェクト」
そこで、今までほとんど情報がなかった生息域の外縁や周辺部を調査する、通称「はしっこプロジェクト」と命名される取り組みが、2014年5月に始まりました。
これは、四国自然史科学研究センターと林野庁四国森林管理局が、今までよりも広い地域を対象に、共同で調査を行なうもので、より正確な生息域がわかれば、クマの保護計画を立てる際にも役に立つ、重要な情報が手に入ることになります。
新しい個体や、中心部で生まれ成長した仔グマの姿が発見されることも期待されます。
これまでに行なわれた剣山系での調査で、生息地の中心部として明らかにされてきたのは、標高1,000メートル以上に残存するブナやナラなどの広葉樹林帯。
そのため「はしっこプロジェクト」では、この環境に似た景観がのこる周辺地域の国有林を中心に、調査対象地を選び、自動撮影カメラを設置することにしました。
クマが通りそうな場所を選び、5つの市町村に及ぶ広い地域に、計11カ所、自動撮影カメラとクマを誘引するハチミツを設置。5月から12月までの半年間にわたり、調査を実施しました。
高い技術が必要とされる調査の困難
この調査では、カメラの設置はもちろんのこと、撮影されたデータを回収するためも、調査スタッフが幾度も現場に足を運ばねばなりません。
まず、崩壊していないルートを慎重に選びながら自動車で林道を上り、自動撮影カメラと、腐敗を防ぎ香りを広げるためにワインを混ぜたハチミツ入りの容器を携えて、奥深い自然林に分け入ります。
そして、設置に適切な場所を選定し、クマが立ち上がるとちょうど手が届く1.2メートル程の高さでハチミツの容器と、自動カメラを木にくくりつけます。
こうすることで、立ち上がったクマの胸元にある「月の輪」の模様を撮影し、その違いを見て、個体を識別できる可能性が高まるのです。
ハチミツの容器との距離や角度を計算して、カメラを設置するのは、決して簡単なことではありません。
さらに、赤外線センサーが動くものに反応して作動するこの自動撮影カメラは、草木の葉や枝が風で揺れるだけでも、シャッターを切ってしまいます。
この、動物などが何も写っていない「空撃ち(からうち)」を防ぐため、カメラの設置現場では、どのように森の木々が葉を茂らせ、どのように日光が差し込むかを予測し、微調整を繰り返し行ないます。
こうした自動撮影カメラ(カメラトラップ)は、WWFが野生動物の保護・調査プロジェクトを展開している海外のフィールドでもしばしば使われていますが、この四国山地の「はしっこプロジェクト」においても、それは同様に調査上の重要な役割を果たし、スタッフたちは同様の困難を強いられているのです。
調査の結果とこれからの保全に向けて
2014年12月まで実施した、第1回目の調査では、多くの関係者の努力と熱意にもかかわらず、残念ながら、新しいクマの個体の痕跡を確認することはできませんでした。
知られざる生息域の存在もまた、明らかにすることができなかったのです。
この結果を受け、2015年はWWFジャパンと環境省も参加して、「はしっこプロジェクト」を拡充することになりました。
今回は、2014年の結果を踏まえて、自動撮影カメラの設置場所を吟味。さらにカメラの設置場所を増やし、合計20カ所に設置することになりました。
まず、6月~7月にカメラを設置。その様子については、プロジェクトの中心的な役割を担う林野庁四国森林管理局の積極的な働きかけにより、2014年に続いて、地元メディアからの取材も受けるなど、注目される取り組みとなりました。
今後、設置したカメラは、3カ月に1回程度の点検を行ない、最終的には雪が降る前の11月頃に回収して、画像の解析を行なう予定です。
四国森林管理局では、新たな生息域が明らかになれば、その国有林を特に貴重な森林として定め、伐採禁止などの管理を行なう、林野庁独自の「保護林制度」を適用し、保全をはかることを検討しています。
剣山系の国有林には、すでに7カ所の保護林があり、そのそれぞれを結ぶ「緑の回廊(コリドー)」が設定されていますが、これらを合わせた「保護林ネットワーク」の面積は、現状で約1万ヘクタールに及びます。
はしっこプロジェクトで、新しい生息域が確認された際は、そこを新たな保護林あるいは緑の回廊に指定し、このネットワークに加える構想を持っているのです。
四国のクマを絶滅から救うために
四国のクマを絶滅から救うためには、どの程度の面積の森林が必要か。
基礎的なデータが不足している現時点で、明確な答えは出ていませんが、現存する広葉樹林だけでは、明らかに足りないというのが、専門家や関係者の共通した見解です。
したがって、保護林ネットワークを拡充するという構想は、今後のツキノワグマの保護施策上、有効かつ大きな意味を持ちます。
さらに、四国森林管理局では、クマの主要な行動圏に含まれるスギやヒノキの人工林を、将来的に広葉樹を主体にした自然林に転換してゆくことも視野に入れた、包括的な生息環境の改善に取り組むことも検討しています。
これはクマのみならず、他の多種多様な生物の保全を視野に入れたものであり、さらに言うならば、野生生物や人間に豊かな恵みをもたらす森づくりに向けた取り組みでもあります。
絶滅寸前とされるクマの保護を一つのキーワードに、豊かな森づくりへ向けて、着実に進行しつつある、四国の「はしっこプロジェクト」。
果たして、2015年の調査の取り組みで、新しいクマの生息地を発見することができるのか。
その結果が期待されます。