インドネシアBASAMO事業の視察:環境と人権問題解決に向けた可能性について
2025/02/07
- この記事のポイント
- 環境問題、労働問題、人権問題は、現代社会が直面する複雑で重要な課題です。これらは密接に関連し、特に子どもたちに深刻な影響を与えています。そこで、2023年12月、WWFはセーブ・ザ・チルドレンと協力し、インドネシア・スマトラ島のリアウ州で パイロット事業「BASAMO」(地方語であるムラユ語で「一緒に」という意味) を開始。環境、労働、人権という3つの問題の解決に取り組んでいます。2024年9月に行なった、現地の視察を基に、現在行なわれている取り組みについて報告します。
BASAMO事業とは?
BASAMO事業は、公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)と公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンがWWFインドネシア及びセーブ・ザ・チルドレン・インドネシアと連携し、持続可能な未来を目指して取り組む統合的な事業です。
本事業は、環境保全、生計向上、子どもの権利保護を包括的に捉え、地域社会の課題解決に向けた実践的な取り組みを展開しています。
この報告記事では、2024年12月に4者間で署名交換を行い、本格的に始動したこのパイロット事業の概要、成果や学び、直面する課題、そして次のステップについて紹介します。
![合同プロジェクト事務所における、セーブ・ザ・チルドレンおよびWWFの事業関係者との集合写真](/image/article/article_images/20250206sustainable00.webp)
合同プロジェクト事務所における、セーブ・ザ・チルドレンおよびWWFの事業関係者との集合写真
WWFとセーブ・ザ・チルドレンの連携理由
WWFとセーブ・ザ・チルドレンは、それぞれの専門性を活かし、環境課題と社会課題といった密接に関連する諸課題に対し、包括的に取り組むために協力しています。
- WWF:生物多様性回復、脱炭素を目指し、泥炭地保全や森林管理分野で活動。
- セーブ・ザ・チルドレン:子どもの権利を実現するため、教育、保護、保健医療など幅広い分野で活動。
インドネシア・スマトラ島のリアウ州は、泥炭地が多く、気候変動への影響を防ぐための保全活動が急務とされています。一方で、ゴム農業からバーム油生産への転換が進み、持続可能な生計手段の導入が求められています。日本の消費者も関わるこのパーム油生産の拡大により、森林破壊や泥炭地の劣化、生物多様性の損失が深刻化しています。これに加え、経済的圧力から児童労働、違法伐採、金採掘といった違法行為が広がり、深刻な社会問題を引き起こしています。さらに、農民や農園労働者の子どもたちが教育へアクセスする機会の欠如や、環境課題に関する教育体制の未整備といった課題も抱えています。
これらの複雑で多岐にわたる課題に対処するため、WWFとセーブ・ザ・チルドレンが連携し、統合的なアプローチを採用した事業を立ち上げるに至りました。それが、BASAMO事業です。
BASAMO事業の概要
「BASAMO」とは本事業の活動地域であるスマトラ島東岸で古くから使われ、インドネシア語の起源にもなったムラユ語で「一緒に」を意味します。
この事業は、環境保全と子どもの権利の両面から持続可能な地域社会を目指す、試験的事業です。
- 上位目標:インドネシア・スマトラ島の野生動物生息地において、地域主導で子どもの権利を尊重した持続可能な開発と生物多様性の保全を推進し、すべての人々にとって健康的で調和の取れた環境の実現を目指す。
- 事業目標:2025年までに、事業対象地域において、コミュニティ、学校の子どもたちや青少年、学校当局が、持続可能な生計と生物多様性保全に関する実践的な知識と能力を向上させ、子どもの権利を尊重した包括的な地域開発計画の策定と実行を促進し、生活環境および教育環境の改善に貢献する。
- 活動内容:持続可能な生計の促進、「持続可能な開発のための教育 (ESD)」 の推進、子どもの保護サービスの強化
- 対象地域:インドネシア・リアウ州の野生生物・森林保護区に隣接する3つの村
- 期間:2023年11月~2025年4月(初期フェーズ)
これまでの成果(2023年11月~2024年10月)
(1) 教育現場での進展
BASAMO事業では、対象地域の学校に「持続可能な開発のための教育(ESD)」を導入し、生徒や教師の意識変容と行動変容を促進しています。以下はこれまでに得られた主な成果です:
「持続可能な開発のための教育(ESD)」活動の展開
日本のSDGs教育に似たアプローチで、環境保護や資源の持続可能な利用について教職員向けの研修を実施しました。また、教室学習に加え、校外体験学習を通じて生徒が主体的に学べる機会を提供しました。例として、「一皿のコメの旅」をテーマに、生徒が稲の生産過程や田んぼの生態系を学び、稲作の重要性を理解する活動を実施しました。これまでに、対象校3校で計48名の教職員が研修を受け、281名の生徒が校外体験学習を含むESD活動に参加。これにより、学校における食堂運営の改善やプラスチックごみ削減など、生徒や教師の行動変容が見られるようになっています。
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ESDに関する教職員向け研修やESD活動・校外体験学習の様子
虐待やいじめ問題への対応
教職員研修を通じ、いじめや虐待への対策能力向上を図り、子どもが安心して学べる環境づくりを推進しています。この取り組みは、コミュニティの協力を得て、自然環境の保全とも連動しています。環境教育を通じて、子どもたちに自然への責任感と健全な人間関係を築く力を養い、児童労働や搾取のない持続可能な社会の構築を目指しています。これまでに452人が保護メカニズムに関するセッションに参加し、ケース報告手順やSOPの作成が進められ、地域全体の意識改革を促進しています。
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子どもの保護に関する教職員研修の様子
(2) 持続可能な生計支援
地域住民の持続可能な生計向上を目指し、以下の活動を実施しています:
持続可能な生計手段(Sustainable Livelihood Approach:SLA)研修
行政やコミュニティ指導者、農家、女性代表、教師など99名(女性33名)を対象にSLA研修を実施。これにより、環境保全と経済発展の両立を目指した村の開発計画が進行中です。
小規模農家と女性のエンパワメント
金融リテラシー教育や小規模農家支援を通じ、女性の経済的自立を支援。これまでに122名(約6割が女性)が参加しました。
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子どもの保護に関する教職員研修の様子
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SLA活動の様子
政府機関や大学との協議
今回の視察では、リアウ州立大学と3つの主要政府機関を訪問し、BASAMO事業の進捗や方向性を協議しました。リアウ州立大学では、泥炭地保全と災害管理の研究について意見交換を実施。州全体で65%を占める泥炭地の破壊が気候変動を悪化させるリスクや、焼畑農業・パーム油生産の影響が議論されました。また、BASAMO事業で取り組んでいるような、持続可能な生計手段・農業技術と教育活動の重要性を改めて認識する機会となりました。
インドネシアの主要3政府機関との協議では、BASAMO事業が持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けた重要なモデルケースであることを確認しました。村落・後進地域開発省では、村レベルでのコミュニティ組織化や環境保全の重要性が議論され、成功事例を他地域で活用するためのベンチマーク化が推奨されました。教育文化研究技術省では、教育機会の格差是正とインフラ改善の必要性が指摘され、州教育当局との連携強化が求められました。女性エンパワーメントと児童保護省では、児童保護活動や女性の経済参加を促進する取り組みが進行中であることが確認され、地域レベルでの子どもフォーラムの強化が提案されました。これらの協議を通じ、政策レベルでの連携と具体的支援計画の策定が今後の重要なステップとして明確になり、事業のさらなる効果的な推進に向けた前向きな展望が開かれました。
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写真上左から(時計周り):リアウ州立大学訪問時の様子。村落・後進地域開発省訪問時の様子。女性エンパワメントと児童保護省訪問時の様子。教育文化研究技術省関係部局担当者との会合の様子。
視察で得た学び
BASAMO事業は、生計、教育、保護、環境保全を統合した取り組みにより、大きな相乗効果を生む可能性があることが明らかになりました。たとえば、農家が収益性を維持しながら環境に配慮した農業手法を取り入れることで、環境保全と持続可能な生計の両立が可能になります。この成果や重要性を、教育活動を通じて次世代の子どもたちに伝えることで、地域全体の意識向上が期待され、新たな生計手段の確保や、さらなる生産性向上につながる可能性があります。
また、女性が地域社会でより積極的に活躍することが、地域全体の発展を加速させる重要な要素であることがわかりました。それには、現地の男性の意識改革と積極的な協力も同時に求められます。
さらに、学校でのいじめ問題の解消は、障碍者を含めた社会的弱者への差別や偏見を減らし、地域コミュニティの経済基盤強化にもつながることがわかりました。
一方で、リアウ州では、パーム油生産の拡大に伴い、小規模農家や地域住民が環境保護の重要性を学ぶ機会が限られているという課題があることも改めて認識しました。BASAMO事業は、今後も地域の声に寄り添いながら、最新の技術や知識を導入し、包括的な支援の提供を目指す必要があると改めて感じました。
課題と今後の展望
課題
小規模農家の技術・資金不足や、児童労働・教育離脱(農業繁忙期の登校・出席率の低下含む)の問題が依然として存在します。ESD統合に向けた教育教材やモニタリングツールの導入が必要です。また、識字率の向上や学校施設の整備も重要な課題となっています。
展望
対象者への知識向上モジュールの開発・改良、教育支援体制の強化、持続可能な生計アプローチと権利ベース・アプローチの公式認定を進めます。また、政策提言やアドボカシー活動を通じた事業のスケールアップと主流化を図ります、そして、生物多様性保全や子どもの権利推進のため、市民、日本企業・日系企業、民間財団、学術界、そして公的機関等といった多岐にわたるパートナーとの連携を通じた技術活用や国際的な協働を促進し、事業のインパクトをさらに拡大し、その波及効果を高めるため、活動を広く展開していくことを目指します。
結びに
今回の現地視察を通じて、リアウ州の人々が直面している環境、労働、人権に関する複雑な課題を肌で感じとることができました。日本の消費者が毎日の生活で恩恵を受けているパーム油などの生産の裏で、豊かな自然や生態系が失われ、その過程で現地の子どもたちの権利も侵害される可能性がある現状を目の当たりにし、この問題が日々の選択とも深く結びついていることを改めて実感じました。
BASAMO事業は、こうした現実に応えるための新しい支援モデルです。この課題を「自分ごと」として受け止め、一人ひとりが小さな行動を積み重ねていくことで、インドネシアだけでなく、日本を含むアジア全域、さらには世界全体の持続可能な未来を築くことができます。