【COP18報告】3つの作業部会と市場メカニズムの将来をめぐる議論
2012/12/04
11月26日からカタール・ドーハで開催されているCOP18会議の交渉は、第二週目に入りました。12月4日からはいよいよ各国のハイレベル会合(大臣級会合)が始まります。しかし、主要議題についての進展は順調とは言えない状況です。主要な3つの作業部会のここまでの議論と、クリーン開発メカニズム(CDM)など「市場メカニズム」の将来をめぐる議論を報告します。
遅れが目立つ主要議題をめぐる議論
今回のCOP18における会議の主な目的は3つあります。
1つ目は、産業革命前に比べて2度未満におさえるために必要な削減目標に達するために、各国の削減レベルを引き上げていく議論を進めること
2つ目は、京都議定書の特別作業部会(AWG KP)において、京都議定書の第2約束期間の目標を正式に採択すること。そして、途上国への資金支援に関する議論に方向性を出すなど、国連気候変動枠組条約の特別作業部会(AWG LCA)で積み残している議題に結論を出し、終了させること。
3つ目は、2011年の合意によって設立されたダーバン・プラットフォームの特別作業部会(ADP)において、「2015年までの作業計画」を採択し、かつ「どうやって必要な削減量と誓約された削減量の差を埋めるのかの具体策の検討の方向性」について成果を出すことです。
これらの主要な議題について、第2週目の2日目を迎えた今、ドーハ会議の進展は、今のところ順調とは言えない状況です。
特に、AWG LCAの議論は先進国と途上国の間の意見の差が大きく、特に資金支援の問題をめぐってはかなり根本的な対立となっています。
3つの作業部会での議論
現在の温暖化の国際交渉の議論は大きく分けて、2020年までの取り組みと、2020年以降の新しい法的枠組みの話し合いに分けられます。まずは2つ目にある2020年までの取り組みをきちんと決めることが求められています。
その議論の場が、条約の下の特別作業部会(以降AWGLCA)と、京都議定書の第2約束期間の目標を決める特別作業部会(以降AWGKP)です。
京都議定書に数値目標を掲げているEUは、京都議定書の下のAWGKPで議論を進め、京都議定書に入っていないアメリカ・カナダをはじめ、京都議定書の第2約束期間に数値目標を出すことを拒否した日本、ロシアは、AWGLCAの下で削減目標などの議論をするという構造になっています。
会議の初日には、オーストラリアが京都議定書の第2約束期間に数値目標を掲げることを発表し、会場の拍手を浴びていました。その目標は2000年比で2020年に5%削減に相当する低い目標で、決してよい内容ではありませんが、世界が20年かかって築き上げてきた京都議定書の下の共通のルールを守っていこうとする姿勢は高く評価されました。
一方、対照的にニュージーランドは、京都議定書には目標を掲げないことを発表。会議参加者たちから失望の声がもれました。
世界の環境NGO700団体が所属するCAN(気候行動ネットワーク)は、最も会議の進展を阻んでいる国に渡す不名誉な賞である「化石賞」を、日本、ロシア、アメリカ、カナダと並んでニュージーランドに出して、その後ろ向きな行動を強く非難しました。
当初から波乱含みで始まった会議は、3つの作業部会(AWGLCA / AWGKP / ADP)のいずれにおいても、先進国と途上国の対立は深く、議論は膠着しています。
会議の進め方としては、交渉のための文書(テキストと呼ばれる)を締約国全体で作っていき、各国の大臣が来るまでに、交渉文書が整理された状態となり、最後に政治的な判断だけが必要なものが、選択肢として残る、という状態に持っていくのが、1週目から2週目頭までの課題です。
今のところ、3つの作業部会で、新しい議長テキストが出されていますが、いまだ各国の意見の隔たりは大きく、交渉がすすむにつれて、むしろテキストは弱められ、大きく見解の異なる選択肢が増え、大事な決定を先送りする、という文章が目立ってきています。
条約の特別作業部会(AWGLCA)
AWGLCAでは、会議当初に用意された議長テキストには、先進国が大きく反発し、ほぼ白紙に戻されて、1週目の終わりの日曜日に新しいテキストが出されると、今度は途上国が大きく反発しています。
焦点は、途上国への資金と技術援助。2020年に向けては、途上国も削減行動をとることになっていますが、それには先進国から削減行動を実施するための手段、つまり資金や技術援助があってはじめて可能となる、ということがCOP13のバリ行動計画から始まるこれまでのCOPの合意文書で何度も確認されています。
しかし、いよいよ2020年に向けて途上国も削減行動を実施しなければならない2013年を前にしても、まだ資金や技術援助がきちんとなされるようになっていないという大きな不満が、途上国側にはあり続けています。
それに対し、先進国は「資金や技術援助を行なう機関は設立が決定され、すでに発足に向けて着々と進んでいるのだから、すでにこの資金と技術援助の議論は終了している」という立場をとっています。
実際に緑の気候基金や気候技術センターなどの実施機関がCOP16、COP17で決まって、立ち上がってきていますので、これでやることはやっている、というのが先進国の立場です。
しかし実施機関は出来ていても実際の資金がどのように入っていくかは、まだ全く決まっていません。つまり「財布はあっても中身がからっぽ」という状態です。途上国はこれに対して危機感を強めているのです。
交渉テキストをめぐる議論は、ひとえにこの「実施の手段=資金と技術援助」をめぐる深刻な対立と言っても過言ではないでしょう。3日の段階の議長テキストには、まだ資金も技術援助も適応もテキストが示されていないため、途上国の反発は大きくなっています。
また京都議定書に入っていないアメリカ・カナダをはじめ、京都議定書の第2約束期間に数値目標を出すことを拒否した日本、ロシアにとっては、このLCAの元で、自主的な目標を掲げており、それをどのように達成し、報告し、検証を受けていくかなどについても、このLCAのテキストで決まっていくことになっています。
これら京都議定書の共通ルールから離れてしまった先進国も、きちんと削減目標を達成していくように、途上国はなるべく厳格なルールを求めており、この点でも先進国と対立しています。
大臣級会合にどの程度まで整理された選択肢のあるテキストがあがり、無事にAWGLCAをこのCOP18で終了させて、2013年1月1日からすぐに実施していけるようになるのかどうか、予断を許さない状況です。
京都議定書の作業部会(AWGKP)
COP18における京都議定書の作業部会では、議定書の第2約束期間へ無事に移行できるように改定がされ、このAWGKPが終了できるかどうかが焦点です。
問題は、
- 約束期間の長さ、余剰排出枠の持ち越しに制限かけるかどうか
- CDMなおの京都メカニズムを、京都議定書に数値目標を持たない国も活用できるかどうか
- 適応基金へ資金拠出しているCDMのメカニズムを他の京都メカニズムに広げるかどうか、など
いずれも、簡単には合意できそうにもありません。
特に余剰排出枠の持ち越し問題は、規模が大きいので、そのルールの行方は、次の枠組みの有効性を大きく左右する問題です。
余剰排出枠やCDMの適格性についてのくわしいレポートは、こちらを参照のこと
ダーバンプラットフォーム特別作業部会(ADP)
一方、2020年以降に発効する予定のすべての国を対象とした新しい法的枠組みについての議論が行なわれているADPでは、COP18の焦点は、2015年に採択することに向かって2013年に何をしていくか、作業計画を決める議論が進められています。
今のところ、2回にわたって議長テキストが提案されましたが、1回目よりも2回目のテキストのほうが、すべての項目に渡って曖昧になり、弱められてきています。
たとえば2013年の作業計画をこのドーハで決めるのではなく、2013年の途中に決めるとか、2015年に採択する文書の交渉ドラフトテキストを、2014年の5月までに決めるなどとなっており、全体的に先送りの様相が強くなっています。
またこの新枠組の議論に欠かせない衡平性の議論(条約が掲げていた先進国と途上国の差を明示した「共通だが差異ある責任」原則に代わる理念)についても言及が全くなくなっています。
このADPの議論においては、途上国側が弱めようとする力が強く働いており、議論の進展を阻んでいます。
しかし途上国側は、2020年までの取り組み・LCAとKPの中で、途上国の削減行動や適応に欠かせない資金の話が進まなければ、途上国と先進国の責任長が曖昧となる新枠組の議論を進めたくない、という思惑が働いているのです。
つまりすべての国を対象とした新しい枠組みの議論(つまり途上国も応分の削減行動を負う形の仕組み)は、途上国への資金援助の話がきちんと決まっていかなければ進まないという構図です。
また先進国と途上国の間の新たな衡平性のあり方の議論も進んでいかなければ、にらみ合いの状態だけがいたずらに続くことになります。
つまり先進国からの資金援助の約束がなされ、AWGLCAとAWGKPがきちんと結果を見せて終了することが、この2020年以降の新枠組の議論を前に進めていくことになるわけです。
日本の交渉姿勢
日本は、2020年以降の議論において、すべての国を対象とした新しい枠組みを支持するとして、交渉に臨んでいますが、一方で資金援助の議論には極めて消極的です。
京都議定書の第2約束期間に数値目標を掲げることは拒否しましたが、京都議定書の下にあるCDMなどの利用は続けていきたいとしています。
またLCAの議論においては、2020年に25%削減する目標については、国内で目標を下げる議論が行われているにもかかわらず、まだ言及もされておらず、環境十全性に疑問のあるオフセット制度の提案だけに熱心です。
世界が産業革命前に比べて2度未満におさえるという目標に向かって、まだ半分にしか満たない全体としての削減目標をいかに引き上げていけるかどうかを一番の目的として交渉が進められようとしているときに、自らの目標を下げ、資金援助も行なわず、それでいて、途上国を含むすべての国を対象とする新枠組の進展だけに熱心というのでは、世界からの信頼をさらに失うばかりです。
自らもきちんと温暖化対策を進める姿勢を見せ、途上国の削減行動にも資金援助を約束し、その上で、より有効な新枠組の構築に貢献していくという姿勢であってほしいものです。
市場メカニズムの将来に関する議論
主要議題ではないものの、今回のCOP18は、クリーン開発メカニズム(CDM)などの「市場メカニズム」の将来についても大きな影響があると考えられており、関連議題も静かな関心を呼んでいます。ここまでの議論のポイントを報告します。
市場メカニズムの将来について高まる懸念と不確実性
そうした主要な議題と比べれば重要性は劣りますが、もう1つ、各国およびオブザーバー(産業界やNGO)が注目している問題として、市場メカニズムの将来があります。
京都議定書の下で作られたCDM(クリーン開発メカニズム)やJI(共同実施)は、現在、極めて厳しい状況にあります。
CDMやJIは、削減クレジットを生み出す仕組みですが、現在の状況を見た時、先進国の削減目標からくる「需要」と、既存のプロジェクトから予定されているクレジットの「供給」を比較すると、明らかに供給過多になると予測されています(下図参照)。
このため、価格は大きく落ちており、将来の「買い手」がいないことの不確実性から、仕組み自体の存続が危ぶまれています。
そうしたカーボン・マーケット(炭素市場)全体の苦境に加えて、次に述べる巨大な余剰排出割当量問題があったり、「第2約束期間に参加しない国(日本を含む)は、CDMを使えるのか」といった適格性(eligibility)問題があったり、CDMやJIそのものの改革についても議題があったりするなど、さまざまな議題が山積しており、この制度に関わる国々や産業界、そしてNGOの人たちの中でも不透明な将来への懸念と不安が高まっています。
他方、EUおよびいくつかの国々は、将来はCDMをよりスケールアップして、ある国の特定業種や特定地域全体をカバーする新しいクレジット創出の仕組み(「新しい市場メカニズム(NMM)」を国連で作ることを提案しています。
さらに、日本のように、新しいメカニズムを独自に(国連ではなく)二国間や地域で作ろうという動きもあり、それら全体の環境十全性をどうやって確保するのか、どのように各国の仕組みの間で矛盾を無くすのかを管理する「フレームワーク(枠組み)」を構築する必要があるのではないのか、といった議題も浮上しています。
こうした問題も、今回の会議では、上記のような大きな議題の裏で、あるいはその一部として議論がされています。今回のドーハ会議の決定は、カーボン・マーケット全体の行方についても大きな影響があるでしょう。
以下では、「余剰排出割当量問題」と「新しい市場メカニズム」に関する議論経過を簡単に報告します。
日本の年間排出量の10倍に及ぶ余剰排出枠問題
市場メカニズム問題と密接に関わり、かつ、今回の会議の1つの目玉になりそうな問題が、余剰排出割当量(Surplus AAUs)問題です。
ロシア、ウクライナ、ポーランドといった国々は、京都議定書の第1約束期間(2008~2012年)の目標が低く、90年以降の経済低迷により、大きな削減努力がなくても削減目標を余裕をもって達成できると言われています。
このため、京都議定書の下で割り当てられた排出割当量(AAUs)が大きく余ることが予想されています。これを余剰排出割当量問題(Surplus AAUs)と呼んでいます。
これが実際にどれくらいになるかについては、さまざまな試算がありますが、UNEP、Point Carbon、そして国連気候変動枠組条約事務局がそれぞれ行なった試算を並べてみると、だいたい、第1約束期間5年間全体から発生する量として、130億~140億トンくらいになります。
この量は、決して小さくありません。日本の一年間の排出量がだいたい13億トンくらいです。これの10倍、つまり10年分の排出量に相当するからです。
その大半がロシアからであり、次いで、ウクライナ、ポーランドという国々が続きます(図2)。これらが全部持ち越されて、全部でなくとも一部でも使われれば、2013~2020年の期間での実質的な先進国の削減量は大きく目減りします。
現在、「『気温上昇を産業革命前と比べ、2度未満に抑える』ことを達成するためには、圧倒的に削減量が足りない」というのは周知の事実です。
そのような中で、少しでも実質的な削減量を増やすために途上国はグループとして、「この余剰割当量はその利用を制限するべきだ」と主張し、具体的に制限をかける案を提案しています。
また、スイスも、折衷案を模索する意味で同様の提案をしており、それぞれ方式は違いますが、「余剰の排出割当量を第2約束期間に持ち越すことは認めるが、それを国内の目標達成にのみに限ったり(売買は禁止)、利用できる量を制限したりする」ところに特徴があります。
これには、ロシア、ウクライナ、ポーランドともに反対をしており、制限を求める途上国(特にAOSIS(小島嶼国連合)やアフリカ・グループ)との対立は厳しいものがあります。この問題については、おそらく閣僚級での議論に持ち込まれるだろうと考えられています。
この問題は、当然ながら、ただでさえ供給過多が予測されている炭素市場の行方にも大きな影響が与えると予想できます。
ただし、この問題は、逆の見方をすれば、今回決定が出せる事項としては最も大きな「削減効果」がありうる事項であるとも言えます。このため、WWFも含めた環境NGOは、全般として、この余剰排出割当量について、全て帳消しにするか、もしくは利用に制限をかけるべきだと主張しています。
新しい市場メカニズム?
現在、AWG LCAの議題の中で、「さまざまな手法(Various Approaches)」という、一見、なんでもありのような議題の名前の下で、既存のCDMやJIに加えた「新しい市場メカニズム」の可能性について議論がされています。
この議題には大きく分けて2つの部分があり、1つは、その名も「新しい市場メカニズム」のルールをどのように国連で作っていくのかという議論。
これは、主にEUが提案していることで、既存のCDMやJIのように、単一の「プロジェクト」を単位とした小さなものではなく、ある国の特定業種や特定地域全体をカバーした大きな仕組みを作るべきだと主張しています。
そうすることで、途上国の削減ポテンシャルを活かそうという主張です。こちらは、主に国連でのルール形成を念頭においています。
これに対し、現在、日本が典型例ですが、各国・各地域で独自の仕組みを国連の外で作る動きも出てきています。日本は、二国間オフセット・クレジット制度(Joint Crediting Mechanism;旧・Bilateral Offset Credit Mechanism)を、国連とは別に、独自に各国との間で設立・推進しようとしています。
ただ、日本などはこうした仕組みから出てきたクレジットを自国が国連の下で誓約した目標達成に使用しようとしており、また将来的には売買の可能性も否定していません。
こうした仕組みがあちこちで出てきた場合は、それを調整したり、全体としての環境十全性を保つことが必要との観点から、「フレームワーク」と呼ばれるものを作ることが議論されています。
現在の交渉の1つの大きな論点は、この「フレームワーク」の目的・役割をどのように設定するのかという部分です。日本、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドといった国々は、どちらかといえば、このフレームワークの役割は、あくまで各国がそうした仕組みを作ることを奨励しつつ、透明性を確保したり、調整したりすることにとどめておきたいという意向です。
これに対し、AOSISやブラジルなどの途上国は、国連レベルでしっかりとした「共通基準」を作って、それを各国の仕組みに当てはめるべきだとの主張をしています。
環境十全性を確保する観点から、環境NGOもどちらかといえば後者を支持しています。
この他、ボリビア等の国々は、「メカニズム」というのは、必ずしも「市場」メカニズムだけでなく、「非市場」メカニズムもあるはずだとの主張を展開しています。ただ、具体的にどのようなものを「非市場」メカニズムと呼ぶべきかとうかについては議論が進んでいません。
今回の会議で、これらの論点について詳細な結論が出るとは考え難いですが、メカニズムが守るべき「共通基準」がどのようなものになるべきか、そして、今後議論がされるとしたらどのような場所で議論がされていくべきなのかは、引き続き議論が続いています。
根本的な問題とは
このように、かなり複雑な議論となりつつある市場メカニズムの議論ですが、つまるところ、問題の根幹は、各国の削減目標や削減行動の野心の水準が低いことにあります。
炭素市場は、あくまで気候変動の政策目的で作られた市場であり、その需要部分を決めるのは、削減量の厳しさです。そこが、環境的にみても低ければ、当然、市場全体としては困難に陥ります。
複雑な議論も重要ではありますが、他方で、根本的な解決法は、「各国が削減の水準をいかに引き上げていくことができるのか」にかかっているといっても過言ではありません。
その意味では、実はこの問題の解決の鍵は、ダーバン・プラットフォームの特別作業部会(ADP)でやっている「野心のレベルをいかに引き上げるか」の部分に本当はあるのかもしれません。