宮城県漁協志津川支所戸倉出張所への太陽光発電支援


2012年の3月2日、前年3月11日の東日本大震災で壊滅的な被害を受けた、宮城県漁協志津川支所、戸倉出張所の再出発の拠点となる新事務所が完成しました。WWFジャパンは震災1か月後より、宮城県南三陸町の戸倉地区への支援を開始し、この漁協出張所の新事務所に対しても、「つながり・ぬくもりプロジェクト」を通じて、10kWという大型の太陽光発電施設の支援を行ないました。それからさらに1年、戸倉でも自然エネルギーの活用を増やしたい、という機運が高まっています。

宮城県本吉郡南三陸町戸倉地区

2011年3月11日、午後2時48分。地震直後の時間のまま、南三陸町立戸倉中学校舎の時計の針は止まっています。

被災したたいていの時計が、津波に洗われた30分~1時間後を指していることを考えると、この地域の震度がいかに大きかったかが伺われます。

そしてそれを裏付けるかのように、30分後に襲ってきた津波は、海岸べりにあった戸倉小学校の4階の屋上を越え、海抜20mを越える戸倉中学校ですら、志津川湾の最奥部、折立の川を逆流した津波に、1階が呑み込まれる被害に遭いました。

戸倉地区は志津川湾の南端、神割崎から、国道45号線の出口にあたる折立までの、南三陸町の南部を占め、椿島、竹島など、大小さまざまな島が沖を飾る、いかにもリアスの海岸にふさわしい、風光明媚な場所でもあります。そしてバラエティーに富んだ島々と海は、海鳥の宝庫として多様な生息環境を提供し、「日本の重要湿地500選」にも選ばれました。

しかし今回の震災では、その地形が災いし、神割崎に近い寺浜などの集落ではかなりの家が残ったものの、湾の奥に行くにつれ津波は高さを増し、折立、水戸辺、そして波伝谷の家々は、ほとんど根こそぎ流し去られました。どこも水門は防潮の役目をなさず、防災活動のために脇に控えていた消防団に、ずいぶん犠牲が出たと聞きます。改めてご冥福をお祈りします。

針が止まった南三陸町戸倉中学校の時計。

戸倉中学校の入り口から見下ろした海(2011年4月撮影)。

志津川湾

被災直後の混乱の中で

人口約17000人の南三陸町でしたが、震災で町の中心、志津川が壊滅。町の職員にも多くの犠牲が出て、直後は約1万人の安否が確認できず、混乱の極みでした。

その中で戸倉は漁師町、皆さん海と津波の怖さをよくご存じで、犠牲は比較的少なくて済んだのですが、20mの高みまで駆け上った津波はなかなか引かず、沿岸をたどる国道398号線は至る所で冠水し、連絡の手段も途絶えて地区ごとに孤立してしまいます。

そんな中、助かった人々は、流れ残った地区の「生活センター」や民宿、お寺に集まり避難生活を始めました。そして電気も水道もない中、外部からの情報はラジオのみの極限状態で飛び込んできたのが、福島第一原発の爆発事故の報道。

被災した南三陸町防災センター(左)と志津川病院

東北電力初の原子力発電所、女川原発がほど近い戸倉にとって、これは他人事で済む話ではなく、過酷な状況下で一時は「女川原発が爆発」という誤解さえも生じ、避難所は騒然としたそうです。

結局、その誤解はすぐ解けたのですが、「原子力は危ない」という意識は、地区の皆さんの中にさらに根付くことになりました。

戸倉地区とWWFジャパン

宮城県南三陸町は、志津川湾の豊かな漁場を抱え、ワカメ、カキ、ホタテ、ギンザケなど、養殖が盛んな水産の町でした。

中でも戸倉地区は、戸倉として漁協の出張所を構え、震災前は年間12億円の水揚げを誇りました。世界一の水産物消費国、日本の台所を支える大事な役目を担っていたのです。

WWFジャパンは震災1カ月後より、宮城県南三陸町の戸倉地区への支援を開始しましたが、きっかけは戸倉中学校への緊急支援でした。

そしてその緊急支援の一環として、幹事団体として参加していた、東日本大震災「つながり・ぬくもりプロジェクト」を通じて、3か所の避難所に太陽光発電を設置し、避難生活を送る戸倉中学校に太陽熱温水器を提供しました。

またそのような活動を通じて繋がりができた地域の皆さんと、震災後の復興に向けて環境面から必要なことは何かを検討し、持続可能な養殖の復興に向けたモデル地区として、今後も協力していくことになっています。

WWFジャパンでは、このモデル地区の選定に際し、生物多様性が高いこと、そして水産業が地域産業の基盤となっていることという2つの点に注目して、いくつかの候補地を絞り、現地を訪問して聞き取りを行ない、さらに幅広い分野の専門家との検討会も行ないました。

戸倉出張所の漁場では、過去の過密養殖による生産性悪化の経験から、養殖漁場の再建に際して思い切った養殖施設の削減、協業化の導入など、将来的な養殖業に対する展望を兼ね備えた先駆的な取り組みを行なっています。

こうした取り組みは、沿岸地域の海洋環境の改善だけではなく、国内における持続可能な養殖業のけん引役として、日本の水産業の未来に貢献すると期待されます。

戸倉の港

運動会でも大漁旗が応援席を飾る戸倉中学校

つながり・ぬくもりプロジェクトで設置された温水器

志津川湾のカキ。新しい漁業が始まっている

出張所再建決定までの紆余曲折

マグニチュード9.0という、想像を絶する地震と津波に襲われた今回の震災でしたが、直後の4月に行なわれたアンケートでは、戸倉でも漁業を再開したいという声は9割を超え、その復興の中心となる漁協の立て直しが切望されました。

町役場や病院といった南三陸町の主な公共施設は軒並み被災し、志津川のベイサイドアリーナに避難、プレハブの仮設庁舎を継ぎ足しながら業務を再開していきました。

漁協の志津川支所と戸倉出張所は、当初、南三陸森林組合の会議室に間借りしたのち、夏には志津川の大森崎に近い一角にプレハブの事務所を開設します。

ただ、同じ町内といっても、志津川と戸倉では約15kmの距離があります。出張所として、組合員の日々の漁業のためには、戸倉に事務所が必要でした。

被災範囲が広かった南三陸町では、高台移転を検討していましたので、戸倉出張所も最初は、移転先から便利のいい場所を選ぶ計画でした。しかし町では地盤沈下で防潮対策やがれき処理などの緊急対応に予想外の時間を取られ、町議会でも半年近く経っても移転先が決まりません。

一方で、戸倉では養殖の再開が急ピッチで進められ、比較的被害が少なかった津の宮の港を中心に活用することが決まり、ここから津の宮にあった青島荘の跡地が、事務所再建の候補地に挙がります。

9月の段階で青島荘跡地利用の契約も整い、漁協戸倉出張所の新事務所は、仮設ではなく本建築として建築許可申請を行なうことになりました。

災害救助法および建築基準法では、建築確認なしで仮設が建てられる期間が半年、使用期限は2年です。高台移転の先行きが見えない中でまた2年後に悩むより、長く使える方が得策という結論に至りました。

漁協戸倉出張所への太陽光発電支援の検討

具体的な事務所の建物については、ご縁のあった南三陸森林組合に相談し、地元の材を使った木造建築にすることが、早い段階で決まっていました。

またその資金については、被災地で精力的に復興支援を行なっていた、末日聖徒イエス・キリスト教会からの拠出が決まりました。

10月、11月の養殖作業の最盛期に、間に合うように建てたいという希望は強かったのですが、復旧、復興に向けた建設需要の急増もあって、建築許可ラッシュと大工さんの確保に苦労し、着工自体は11月にもつれ込みました。

そして2011年12月19日、午後2時より、宮城県漁協志津川支所委員長、南三陸森林組合、登米町森林組合、末日聖徒イエス・キリスト教会とWWFジャパンの列席のもと、青島荘跡地で戸倉出張所事務所の上棟式が執り行なわれたのです。

東北地方で伝統的な「餅撒き」も行なわれ、多数の組合員が出席する盛大な会となりました。

WWFジャパンでは、水産復興モデル地区に選定した戸倉と漁協の出張所でしたから、「つながり・ぬくもりプロジェクト」の第3段階、長い目で見た復興支援の対象としても、自然エネルギー活用の内容を、関係者と検討しました。

漁協の皆さんから挙がった最初の希望は、やはり被災直後の電気のない避難生活の不安、原発事故の怖さといった体験から、「つながり・ぬくもりプロジェクト」が提供できる3種類のエネルギーのうちの、太陽光発電でした。そこでまずは太陽光発電担当のレクスタさんと相談し、約10kWの発電システムを導入することになりました。

一般家庭のエアコンを除いた消費電力は約3kWですから、その約3倍の容量を備え、事務所の大部分の電気をまかなった上で、余剰電力は連系を通じて東北電力に売電、長期的に事務所経費の削減を支援します。

また従来、日本の太陽光発電は、電力会社に連系して売電するシステムがほとんどだったため、震災の非常時に電気を蓄えて使うことができず、大きな課題を残しました。

戸倉出張所への支援に際しては、この教訓を生かし、蓄電用の大容量バッテリーを備えた独立系をベースに、東北電力との連系もできる新世代型の施設を開発、提供することになりました。

戸倉出張所の事務所に関しては、設計段階からかかわることができたので、発電効率のよい配置を組むことができました。

「つながり・ぬくもりプロジェクト」にソーラーパネルを無償提供してきたソーラーフロンティア株式会社の技術者が、森林組合の建築士と実際に現場で日当たりや屋根面積、勾配まで綿密に検討し、海辺にありがちな強風対策の補強もあらかじめ組み込んで、設計図に落としていきました。

棟上げの後は工事も順調に進み、屋根のソーラーパネルを足場の解体前の2012年1月中旬に設置、その他の外付けのバッテリー収納小屋や配線については、事務所本体竣工後、建築確認を終わらせた2月中旬に施工することができました。

津の宮の青島荘跡地で工事開始

戸倉出張所事務所の上棟式

多数の組合員が出席しました

東北地方の伝統的な「餅撒き」

ひと月後の様子。屋根には太陽光パネルが設置された

再出発への第一歩、漁協戸倉出張所新事務所完成

そしていよいよ、戸倉出張所新事務所のお披露目の日がやってきました。2012年3月2日、午後2時。震災1周年を間近に控えた、雪の降りしきる寒い日でした。

当日は悪天候にも関わらず、多数の組合員やマスコミの列席があり、水産業復興に向けた再出発の拠点としての、戸倉出張所事務所の存在が改めて浮き彫りになりました。

戸倉出張所ではその直前に、国の「がんばる養殖復興支援事業」で、むこう3年、50億円の復興資金が受けられることが決まっており、復興にも弾みがついたところでした。

WWFジャパンでも、「暮らしと自然の復興プロジェクト」で特に関係の深い地域として、事務局長が落成式に出席。

「今後10年はご活用いただける、約10kWの大型太陽光発電設備の設置が実現いたしました。漁協志津川支所の佐々木委員長も『我々のような自然相手の仕事の人間は、これからはエネルギーもなるべく自然のもので』とおっしゃっていましたが、その復興の一助となるご支援が実現いたしましたことは、WWFジャパンにとりましても大きな喜びです」と祝辞を述べました。

戸倉出張所に設置された大型太陽光発電設備は、自然エネルギーの普及を目指す団体が集まった「つながり・ぬくもりプロジェクト」にとっても、被災地への長期的な貢献を目指す第3段階「復興支援フェーズ」が具体化した、初めての案件となりました。

漁協の皆さんから挙がった最初の希望は、やはり被災直後の電気のない避難生活の不安、原発事故の怖さといった体験から、「つながり・ぬくもりプロジェクト」が提供できる3種類のエネルギーのうちの、太陽光発電でした。そこでまずは太陽光発電担当のレクスタさんと相談し、約10kWの発電システムを導入することになりました。

今回の震災によって、非常時にも素早く対応できる分散型の自然エネルギーの重要性が、改めて見直されたわけですが、スイッチ一つで停電などの非常時にも安心して電気が使える、被災後の街づくりにおいて必要なシステムのモデルケースとしても、注目に値するといえます。

宮城県漁協志津川支所戸倉出張所 落成式

落成式でのテープカット

宮城県漁協志津川支所 運営委員長 佐々木憲雄氏 WWFへ期待すること

落成式にあたってWWFジャパン樋口事務局長より

再び、海と生きる、自然と生きる

落成式から約1年後の2013年2月末、戸倉出張所を訪れると、「がんばる養殖」もあって若い職員が多数加わり、活気づいていました。木の香りに癒されるきれいな事務所で、木造のおかげで保湿・保温がよく、暖かく過ごされているそうです。夏の蒸し暑い時期も、それほど冷房が要らなかったと聞きました。

また南三陸町では復興に当たり、自然エネルギーの活用をさらに増やそうと、さまざまな取り組みが開始されていました。戸倉出張所にもペレットストーブが供給され、それまでの石油ストーブの代わりに、バイオマスで暖房がまかなわれていました。新しい木造の事務所は、ペレットストーブでも十分に暖が取れる、保温効果を備えているのです。

そんな中、改めて戸倉出張所の皆さんに、自然エネルギーについてお聞きすると、自分たちの"職場"である海を活用した、新たな可能性を探ってほしいという希望を持たれていることがわかりました。海の自然エネルギーに関する技術は、まだ実証実験段階の発展途上のものが多いわけですが、それらの実験についても、漁業との棲み分けを探る意味でも、積極的に導入を考えてみたいそうです。

インタビューの場では、日常生活のみならず、昨今の養殖業にとって電力は欠かせないエネルギーであることが、繰り返し強調されました。ワカメの処理ひとつとっても、工程のいたるところで電気を使います。ですから復興の過程では、できればその電気も自分たちで賄える手立てを探りたい、それにはもっとも身近でよく知っている自然を活用しない手はない、原子力発電所のような重厚長大で危険な設備に頼る未来は要らない、という立場なのです。

そして、最近の新しい海底潮力発電の技術開発に話が及ぶと、戸倉への誘致を真剣に検討したい様子でした。津波の威力を数倍増しにしてしまう湾の構造は、干満の潮力による発電効果も大きい可能性を秘めています。海外の例ではありますが、潮力発電のポテンシャルは数万kWを超える場合もあり、将来的に生態系や漁場との競合を解決できれば、養殖業のみならず戸倉地区全体の電気を賄うことができるかも知れません。

「第一次産業は自然と寄り添って」という委員長の言葉通り、震災からの復興に向けて斬新な取り組みで持続可能な養殖業再興を目指す、宮城県漁協志津川支所戸倉出張所。その「持続可能性」の中に、自然エネルギーという視点が位置づけられる一助に、WWFジャパンと「つながり・ぬくもりプロジェクト」がなることができたのは大きな喜びです。まだまだ長い道のりが残されていますが、海洋国日本ならではの包括的な環境活用と保全を目指す、復興がはじまっています。

戸倉出張所 落成式 太陽光発電による点灯

太陽光発電のシステムについて

戸倉出張所への太陽光発電支援について WWFジャパン岡安

戸倉出張所所長 阿部富士夫氏 WWFへ期待すること

 

この記事をシェアする

人と自然が調和して
生きられる未来を目指して

WWFは100カ国以上で活動している
環境保全団体です。

PAGE TOP