WWFジャパンが考える、東日本大震災後の暮らしと自然の復興
2011/06/13
Statement 2011年6月11日
2011年3月11日に発生した東日本大震災では、巨大地震に続く津波で多くの尊い命が失われ、東北・関東の500㎞にも及ぶ沿岸域が大きな被害を受けました。中でも世界中に衝撃を与えたのは、チェルノブイリ原発事故を凌ぐとも言われる、東京電力福島第一原子力発電所の一部メルトダウンを含む事故です。2カ月が経った今でも収束にはほど遠い現状が続き、安全神話で塗り固められた技術が、自然の驚異の前にもろくも崩れ去りました。
これらの震災の影響は、私たちの生活が深く自然に依存していることを再認識させる、環境問題そのものと言っても過言ではありません。特に今後の復興の道筋を考えるとき、一刻も早い具体策の立ち上げが望まれる一方で、拙速な“復旧”がせっかくの「自然と共存した持続的な社会づくり」を阻むものになっては、日本の将来に黄信号が灯ります。
過去40年間、日本での活動を通じて地球環境保全に取り組んできたWWFジャパンは、今回の教訓を活かすという意味でも、復興に際しては予防原則に立ち返り、地球規模の影響をも視野に入れて、環境負荷を最低限に抑えた豊かで安全な未来を築いていくための施策を打ち出すべきと考えます。
ここでは特に、WWFが掲げる3つの使命、「世界の生物多様性を守る」「再生可能な自然資源の持続可能な利用が確実に行なわれる」「環境汚染と浪費的な消費が削減される」という観点から、以下の4つの項目を提案します。
1.地域復興の基盤となる、自然環境および生物多様性の被害実態を把握し、その再生を視野に入れた復興計画の策定と実施をおこなうこと
今回の震災で、東日本沿岸域の自然環境は津波と地盤沈下により、大きく攪乱されました。この地域は、陸中海岸国立公園をはじめ、多くが日本の重要湿地500に指定されるなど、生物多様性が豊かで優れた景観を備えています。
これらの生物多様性を基盤に、三陸沖は世界の三大漁場の一つに数えられるほど豊かな海域を形成しており、被災した東北・関東の7県は、国内水産物の約1/4をしめる生産を誇っています。地域社会が復興するには長い年月を要すると思われますが、それには自然環境の現状の把握と、その再生にむけた適切な管理とサポートが不可欠です。
WWFジャパンは1990年代から、日本の30カ所以上の地域で、沿岸域の保全管理と持続的な資源利用にむけた支援活動を行なってきました。これまでの支援活動を踏まえると、WWFジャパンでは沿岸の保全管理を推進する際には、科学的な知見の収集と、多様な利害関係者の参画、合意形成が重要であると考えます。
自然環境の回復にむけた活動は、生物多様性の保全・再生のみならず、地域経済再建の重要な鍵となります。多様な関係者の参画のもと、以下の活動が必要です。
- 被災した沿岸域の自然環境の科学的な現況調査を実施し、自然環境および生物多様性の損失、地域経済の基盤である漁場の被害実態を評価、把握すること
- 地域関係者と調査結果を共有し、適切な自然環境の回復・再生計画を策定するとともに、予算および人材の確保を行なうこと。
- 防災設備の復旧・再構築に際しては、自然環境への影響に十分配慮するとともに、沿岸湿地など生態系がもともと備え持った防災減災機能が今回どう発揮されたのかを把握し、その再生と維持に必要な施策を検討すること。
- 復興計画の策定と実施に際しては、自然環境が漁業や養殖業をはじめとした地域産業の基盤であることを考慮し、持続的な水産資源利用と自然環境に配慮した水産業復興のあり方を検討、推進すること
現在、被災地域のいち早い復興のため、国や地方自治体によりさまざまな復興計画が検討、策定されていますが、多様な自然環境の回復・保全を盛り込むことが重要です。
2.予防原則にのっとって、復興の資材調達が国内外の環境破壊に結びつかないよう配慮すること
東北・関東の沿岸500㎞にわたる被災地では、人々の生活の基盤である住宅や交通網、日本の産業を支えてきた工場などの再建が、火急の課題となっています。インフラストラクチャー等の復旧・整備を急ピッチで進めるため、さまざまな資材の使用量も増えることが予想されます。また復旧・整備のみならず資材の代替調達等、さまざまな物資がこれまでとは異なる所から調達されるかもしれません。
日本は海外から多くの資源を輸入しており、特に東南アジアなど海外からの原材料の輸入が、現地での環境負荷に繋がっていることがわかっています。WWFジャパンでは従来から、日本への輸出が特に破壊の原因となっている地域からの資材調達について、現状把握と関係者への働きかけを行なってきました。その経験から、復興のためのさまざまな資材の調達が、国内の自然環境のみならず、世界の自然環境にも悪影響を与えることを懸念しています。震災の被害を世界の自然環境に及ぼさないよう、生物多様性や地域社会に配慮した原材料調達を行なうことが必要です。
3.段階的に原子力発電所を廃止し、化石燃料に依存した生活から、100%自然エネルギーで暮らしが支えられる社会へ転換すること
東日本大震災とそれに伴う福島原子力発電所事故は、地震や津波の影響を受けたエネルギー・インフラの課題や、原子力発電所のリスクを、これまでにない形で明確にする結果をもたらしました。これから日本が選ぶべきエネルギーの将来として、持続可能で、地球温暖化の防止にも貢献し、原発のような放射性物質のリスクもなく、利便性も損なわれないような「自然エネルギー100%」を達成する施策が求められています。
WWFは、2011年2月3日に『エネルギー・レポート』を発表し、その中で、2050年までに世界の全てのエネルギーを風力、太陽光・熱、バイオマス、地熱といった再生可能な自然エネルギーでまかなうことが可能であることを示しました。
この実現に向け、日本でもエネルギー基本計画の見直しの際には、以下の3点が同時並行で進められる、安全な未来社会の構想を議論することが必要です。
- 風力、太陽光、バイオマス、地熱などの自然エネルギーが、全てのエネルギー需要をまかなう
- 大幅な省エネ(節電を含む)を通じて、エネルギーの消費量(需要)そのものを、その利便性を損なわずに、大きく減らす
- 原子力発電所の新規増設は行なわない。現在運用されているものは、原則として、一般的な寿命と言われている40年がきたら廃炉にする
これら3点を達成する未来社会は、同時に、地球温暖化問題の解決にも貢献します。震災後、原子力発電の新規増設が難しくなったことを受けて、温暖化対策の後退はやむを得ないとする風潮があります。しかし、そのような姿勢では、日本は、震災後に世界中から受けた支援に背を向けることになります。世界の中での日本の責任を果たすためにも、世界の国々とともに、地球温暖化対策に引き続き貢献をしていくことが必要です。
4.放射能を始めとする各種の汚染について、人々の安全を優先しつつ、科学的に検証可能な汚染の調査と迅速な情報公開を行なうこと
海、土壌、大気などが健全に保たれていることが、私たちの健康で文化的な生活や、野生生物の生存の基盤となりますが、震災によるがれきや化学工場などからの化学物質漏出、東京電力福島第一原子力発電所事故による放射能汚染によって、これが脅かされています。こうした脅威の現状を、長期にわたって包括的に調査し(モニタリング)、その結果を分析・評価して丁寧に伝えていくこと(リスクコミュニケーション)が求められています。
放射性物質については、関連省庁・自治体、東京電力などが個別にモニタリングを行なっていますが、こうした取り組みの情報は一元化されておらず、また、測定値のみの公表にとどまっているケースが散見されます。
安心・安全なくらしを取り戻し、自然環境の保全・再生を進めてゆく計画をより効果的に進めていく上で、以下の視点での情報収集と発信が欠かせません。
- ①大気・水(陸水・海水)・土壌(海底堆積物含む)、②農林水産物、③野生生物(プランクトンなど低栄養段階の生物種から高次捕食者)を汚染測定対象として、類型化すること。
- 上記の測定対象について、①基準値、②その設定根拠の説明(基準がない場合はその旨を表記)、③測定値、を列記すること。
- 上記の測定対象について、基準値に照らし、ハイリスク集団(子供など)や累積汚染、複合汚染の観点から、測定結果についての評価・見解を示すこと。
世界中が、私たち日本人の新しい社会づくりに注目しています。経済の成長だけに目を奪われることなく、持続可能な発展ができる社会をめざし、世界の範となることをWWFジャパンは提案します。