5年間の水門開放を!諫早湾裁判で福岡高裁が判決
2010/12/14
九州有明海の諫早湾干拓事業をめぐる裁判で、福岡高裁は2010年12月6日、控訴していた国側の主張を退け、5年間の水門の「開放」を命じました。WWFジャパンほか国内の3つの自然保護団体は、14日、政府に対して、諫早湾と有明海の生物多様性の回復を、積極的に推進することを求める緊急共同声明を発表。上告することなく、一日も早い水門の「開門」を実現するよう、強く求めました。
水門開放を命じる判決
2010年12月6日、福岡高等裁判所は、九州の諫早湾干拓事業の潮受堤防閉め切りによる有明海への漁業被害を認め、水門の「開門」を国に命じました。
これは、有明海沿岸の漁業者が、干拓事業主である国を相手取って起こした裁判で、佐賀地方裁判所が2008年 6月に下した、事業の漁業被害を認める判決に対し、国が控訴していた控訴審で下されたものです。
この時、佐賀地裁は、事業による漁業被害を認め、国に対し、5年間の「開門」を命じていました。今回の福岡高裁の判決も、同様に漁業者側の主張を認め、あらためて国側の控訴を退けた形となりました。
諫早湾を含む九州の有明海は、多くの野生生物が息づき、また豊富な漁業資源に恵まれた、国内でも屈指の生物多様性を誇る海です。その沿岸の干潟には、毎年多くの渡り鳥が飛来し、漁業も盛んに行なわれてきました。
しかし、諫早湾干拓事業によって、1997年に潮受堤防の閉め切りが行なわれて以来、有明海では潮流・潮汐が弱まり、赤潮や貧酸素水塊の発生が増加。「有明海異変」と呼ばれる深刻な環境破壊と、漁業被害が始まりました。
諫早湾干拓事業が、その主因になったということは、日本海洋学会をはじめとする多くの研究者が指摘していることであり、また、現場の漁業者の方々も、実感しています。
日本の生物多様性の保全を求める、WWFなどの自然保護団体も、独自に調査研究活動などを展開し、諫早湾干拓事業の問題性を指摘し続けるとともに、中・長期にわたって、湾を閉鎖している堤防の水門を「開門」し、悪化した有明海の環境を改善することの必要性を訴えてきました。
問われる政治主導の行方
今回の高裁判決では、諫早湾の閉め切りは「有明海異変」と関係がない、とする国の主張は退けられ、漁業者側が主張した漁業被害が認められた上で、5年にわたる「開門」が命じられました。
これに対し政府は、「開門」するという方向性を示しつつも、「開門」の方法で高裁判決と異なる部分があるということを理由に、最高裁への上告を検討していると報じられています。
「開門」に応じるとしながらも、その方法において異なるところがあるという理由で、上告までするという説明は、理解しがたいものといわねばなりません。 また、現政権の民主党は、自民党の前政権が実施した干拓事業について、久しく問題を指摘し、その改善を約束してきました。
政治によって、政策が変わるということを示すためにも、今回の判決を機に、「開門」の意義を深く理解して、諫早湾および有明海の生態系の回復に、積極的に取り組むことが現政権には求められます。
名古屋の理念に応えるためにも
2010年10月に、名古屋で開かれた生物多様性条約の第10回締約国会議(CBD・COP10)では、「新戦略計画(愛知目標)」が採択され、その中で、「生物多様性の損失を止めるために効果的かつ緊急な行動を実施する」ことがミッション(短期目標)とされました。
そのためには、「生物多様性への圧力が軽減され、生態系が回復され、生物資源が持続可能に利用され」るように、すべての締約国が取り組むこと、が文言の中で明確に示されています。
諫早湾干拓事業は、有明海の生物多様性と生態系サービスを崩壊させてしまったことで、それが支えていた沿岸漁業と、この一次産業によって成り立っていた、地域社会の存立基盤を危うくしてしまう、大きな教訓となりました。
2010年12月14日、WWFジャパンは、NPO法人ラムサール・ネットワーク日本、および日本野鳥の会、日本自然保護協会と共同で、緊急声明を発表。 政府に対し、今回の福岡高裁判決を誠実に受け入れ、CBD・COP10の議長国として、「新戦略計画(愛知目標)」を積極的に実践するためにも、一日も早く「開門」を実施し、諫早湾と有明海の生物多様性の回復に取り組むことを求めました。
共同声明 2010年12月14日:諫早湾干拓の「開門」による有明海の生物多様性の回復を求める緊急共同声明
内閣総理大臣 菅直人 様
提出団体:
特定非営利活動法人ラムサール・ネットワーク日本
財団法人世界自然保護基金ジャパン
財団法人日本野鳥の会
財団法人日本自然保護協会
2010年12月 6日、諫早湾干拓事業の潮受堤防閉め切りによる有明海への漁業被害を認め、5年にわたる「開門」を命じた2008年 6月の佐賀地裁判決の控訴審で、福岡高裁は、あらためて国側の主張を退け、5年間にわたる「開門」を命じました。
これに対し、政府は、「開門」するという方向性を示しつつも、「開門」の方法で高裁判決と異なる部分があるということを理由に、最高裁への上告を検討していると報じられています。
私たちは、諫早湾や有明海をはじめとする干潟・湿地の保全に取り組んできた自然保護団体として、今回の高裁判決を支持し、政府に対して、上告することなく、一日も早く「開門」を実現し、諫早湾および有明海の生物多様性の回復を積極的に推進することを求めます。
諫早湾および有明海は、多くの固有種、大陸遺存種を含む多種多様な魚類、底生生物等の生息地であり、沿岸の干潟は、渡り鳥の越冬地・中継地としても極めて重要です。
諫早湾干拓事業による潮受堤防の閉め切りが、有明海の潮流・潮汐を弱め、赤潮や貧酸素水塊の発生を増加させた結果、「有明海異変」と呼ばれる深刻な環境破壊、漁業不振の主因になったということは、日本海洋学会をはじめとする多くの研究者が指摘していることであり、また、現場の漁業者が実感していることでもあります。私たちも、独自の調査研究活動等を通じてこのことを確認し、従来から、諫早湾干拓事業の問題性を指摘するとともに、中・長期にわたる「開門」の必要性を訴えてきました。
今回の高裁判決では、諫早湾の閉め切りと「有明海異変」の因果関係を否定してきた国側の主張は退けられ、漁業者側が主張した漁業被害が認められた上で、5年にわたる「開門」が命じられました。
政府が、これまで反対してきた「開門」に応じる姿勢を示しながら、「開門」の方法において異なるところがあるという理由で上告するという説明は、理解しがたいものです。政府として、「開門」を決断したことを、私たちは大いに歓迎しますが、それならば、「開門」の意義を積極的に示し、諫早湾および有明海の生態系の回復に取り組むことを明快に示すべきだと考えます。
2010年の10月には、名古屋で生物多様性条約の第10回締約国会議(CBD/COP10)が行なわれ、「2010年までに生物多様性の減少の速度を顕著に減少させる」とした「2010年目標」が達成されなかったことへの反省を原点に、「新戦略計画(愛知目標)」が合意されました。
この計画では、「生物多様性の損失を止めるために効果的かつ緊急な行動を実施する」ことがミッション(短期目標)とされ、そのために、「生物多様性への圧力が軽減され、生態系が回復され、生物資源が持続可能に利用され」るように、すべての締約国が取り組むこととされています。
私たちが、諫早湾干拓によって経験したことは、有明海沿岸の地域社会の中核を担う一次産業が、生物多様性を基盤とした生態系サービスによって支えられており、生物多様性の基盤が失われたとき、地域社会の存立基盤が危うくなるという教訓に他なりません。
私たちは、政府に対して、今回の福岡高裁判決を誠実に受け入れ、CBD/COP10の議長国として「新戦略計画(愛知目標)」を実践する積極的な立場から、一日も早く「開門」を実施し、諫早湾および有明海の生物多様性の回復に取り組むことを求めます。
以上
2010年12月15日 続報:政府は上告せず!
翌日の12月15日、菅直人首相は、福岡高裁による「諫早湾干拓潮受け堤防排水門の開門を命じる判決」に対して、政府は上告しないことを表明しました。これによって、高裁判決が確定し、これから5年間の開門が実現されることになります。同日、WWFジャパンはこの決定を歓迎する声明を発表しました。
声明 2010年12月15日
2010年12月15日、菅直人首相は、福岡高裁による「諫早湾干拓潮受け堤防排水門の開門を命じる判決」に対して政府は上告しないことを表明しました。WWFジャパンは、首相の決断を高く評価し、支持します。
上告断念によって高裁判決が確定し、これから5年間の開門が実現されることになります。これは、長年にわたる開門賛成・反対の争いに終止符を打つことであり、今後は、漁業、農業、防災、そして自然環境保全が対立することなく実現できる道筋をつけることが重要になります。それは、決して不可能なことではありません。
開門によって、調整池に海水が入れば、アオコの発生は抑止され、水質が改善されます。したがって、調整池から諫早湾、有明海へ流れ出る水が大量の有機物を含み赤潮や貧酸素水の原因になることも少なくなるでしょう。何よりも、諫早湾と有明海を結ぶ潮流が回復することによって、有明海全体の潮流・潮汐が回復し、海水が撹拌されて混じり合い、赤潮の発生は抑制され、底質も泥質から砂質に戻ることが予想されます。貧酸素水塊が海底に滞留することも少なくなり、貝類や稚魚、底魚の生存率も劇的に改善されるでしょう。魚類や貝類、海苔などの魚介類の漁業生産も回復し、さらに増加する可能性があります。
農業では、調整池の水質が悪く農業用水には不適であることから、現在使用している本明川河口の水源とともに、農業に使用可能なまでに浄化されている下水処理水の利用を、代替水源として開発できると考えられています。塩害については、他の有明海沿岸の干拓農地と同様、大きな被害が生じるとは思えません。しかし、潮風による塩害が心配であれば、防潮林の設置が効果的であり、地下水による塩害は、堤防内側の淡水水路の整備によって相当程度防止可能と思われます。
防災に関しては、気象情報に基づいて、台風や高潮時における水門調節を適切に行うことによって、災害を回避することが可能であると思われます。
諫早湾には、かつて日本最大級の干潟があり、有明海沿岸には、今も広大な干潟が現存しています。開門により潮流・潮汐が回復すれば、干潟の状態も現在よりは健全な方向に向かうと考えられ、諫早湾・有明海の自然環境および生物多様性の保全に役立つと思われます。
CBD・COP10の議長国である我が国が、「愛知ターゲット」のミッションである「生物多様性の損失を止めるために効果的かつ緊急な行動を実施する」ために、最初の一歩として、諫早湾干拓潮受け堤防水門の開門を行うことは、世界的にも歓迎されるでしょう。今後、専門家や漁業、農業関係者、環境団体、市民の意見を取り入れ、協議を行いながら、順応的な水門の開門を実施することが必要です。
WWFジャパンは、諫早湾・有明海の生物多様性の保全と賢明な利用が進むことを期待しています。一方、「動き出したら止まらない公共事業」について、工事終了後にも修正や変更が可能であることを、現在の政権が政策として示したことには大きな意義があります。今後、泡瀬干潟、辺野古・大浦湾、東村高江、博多湾、上関長島、高尾山など、全国各地で進行中の公共事業等の計画を変更し、生物多様性の破壊、劣化をくい止め、自然を再生し、賢明な利用が行われることが期待されます。
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