雑誌「世界」寄稿:温暖化「2度未満シナリオ」を可能にするために 


岩波書店の「世界」2014年8月号に掲載されたもので岩波書店様のご許可を得て掲載しているものです。

IPCC第5次評価報告書を読む

WWFジャパン 気候変動・エネルギーグループ 小西雅子

【1】IPCCの報告書とは何か

2013年9月から2014年10月にかけて、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、地球温暖化の現状と将来予測に関する最新のリポート「第5次評価報告書」を発表している。IPCCは、世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)によって、1988年に設立された国連の組織で、その報告書は、気候変動にかかわる最先端の知見を、その信頼度の評価もつけてまとめたものである。2007年には「人為的に起こる地球温暖化の認知を高めた」としてノーベル平和賞も受賞している。IPCCは、1990年から今までに4回報告を発表しており、今回の第5次評価報告書は、800名を超える統括執筆責任者と代表執筆者らが、査読制度のある学術誌に掲載された論文のみを根拠として最先端の知見をまとめ、数回にわたる科学者や各国政府の査読を経て発表されている。

その報告は、「自然科学的根拠」「影響・適応・脆弱性」「気候変動の緩和(排出削減の方策)」の3つの作業部会に分かれて発表される。それぞれの報告書は2000ページにもわたるような壮大な報告書であるが、政策決定者向けに読みやすい40ページ程度の要約が作られる。その「政策決定者向けの要約(以降、要約)」を作る際に、科学者だけではなく、温暖化の国際交渉にかかわる約190カ国の政府代表団が総会の場で一堂に会して、一言一句、要約の文面を吟味して、全会一致で承認するプロセスを経る。温暖化対策は国の経済活動に大きく影響するため、各国政府が国際交渉を繰り広げる基礎としてこの報告書を納得して受け入れるためには、この承認プロセスが重要な役割を果たすのだ。IPCC報告書が「政府が承認した科学の報告書」と言われるゆえんである。したがって、温暖化対策を話し合う国際会議において、IPCCの要約に書かれている温暖化科学の内容に対して疑問をさしはさむこと(たとえば温暖化が人間活動によるものではないなど)は、どの国もしない。

私は今回の第5次評価報告書のこれまでのすべての総会(第1作業部会:2013年9月23~26日・ストックホルム、第2作業部会:2014年3月25~29日・横浜、第3作業部会:2014年4月7~12日・ベルリン)に参加して、つぶさに会議の様子を見聞きした。参加した約190カ国の政府代表団はどの国も必死で、一字一句について疑問を呈すのに対し、その項を担当した執筆責任者の科学者が、科学的な信憑性を損なうことのない範囲内での記述の変更・追加などを提案していく。科学には100%の断定はないため、どの国も自国に関連する内容には言葉の選択ひとつにも強い主張をする。白熱する議論を、それぞれの作業部会の共同議長が強いリーダーシップでさばいて、やっと一文一文の承認が進んでいくのを目の当たりにした。いずれの要約も、予定の会期を超えて、徹夜で議論され、ようやく発表にこぎつけている。まだ第1と第2作業部会は、温暖化の成因や影響などの自然科学を取り扱うため、参加する各国政府代表団も科学者の色が濃く、純粋な科学的見地からの意見が見られたが、第3作業部会は同じ科学でも、政治にからむ社会科学の分野なので、経済産業省など気候変動枠組条約でおなじみの交渉官の姿も各国の政府代表団の中に多く見受けられた。そのためか第3作業部会においては、各国政府代表団の間で強い意見の相違があり、要約の中から削除・縮小された項目もあった(後述)。

IPCC報告書は、あくまでも科学の報告書であるため、なるべく具体的に世界の温暖化政策の形成に役立つような形で判断材料を提供するが、どの政策や方向性をとるべきという指示はしない。それなのに、科学の報告書の仕上げに、このような各国の政府の関与があり、変更されうることに疑問を呈する向きもあるが、これはあくまでも要約の話であり、要約からは削除・縮小されたとしても、重要な知見は、本報告書技術要約(本報告書を100ページ程度にまとめたもの)の中にきちんと存在する。必要に応じて参照していけばよい。実際、今までの国際交渉においても、一番有名となった第4次評価報告書の削減量の分担表(先進国は2020年に1990年比で温室効果ガス25~40%の削減が必要など)は、要約の中にはなく、本報告書から参照されたものであった。

もともとIPCCの報告書の価値は、世界の国々に温暖化の現状を理解してもらうことにある。要約を各国の政府代表団が承認していく過程は、世界中の国々に、温暖化の科学と影響・その対策について、深く理解を促すプロセスであるとも言える。政策を作るのも対策を行うのも、まずは温暖化の本質を正しく理解することから始まるからである。その意味では、このプロセスはうまく機能していると言える。世界中の国が、これだけの手間をかけて真摯に科学の報告書を吟味している様は圧巻であり、裏返せば、どの国も真剣に温暖化を受け止めていることを意味する。今後さらにこの承認のプロセスは改善されていくべきではあるが、本質的には非常に意義のある形ではないだろうか。

本稿では、その第5次評価報告書のもっとも重要なポイントを示し、今後の国際交渉への影響について述べていく。

【2】IPCC第5次評価報告書のポイント

温暖化の科学、影響、緩和について3つに分けて発表された第5次評価報告書について、それぞれの政策決定者向けの要約の中から、第4次評価報告書よりもさらに強化された新しい知見で重要だと思われる5つのポイントを説明する。

  1. 温暖化は主に化石燃料が原因で、特に石炭の責任が大きい
  2. このままで行くと、21世紀末には4度の上昇が予測される
  3. 気温上昇を2度未満に抑えても悪影響は甚大であるため、影響を抑える準備(適応)が必要、しかし4度上昇すると取り返しのつかないような悪影響が予測される
  4. 2度未満に抑えることはまだ可能だが、道筋は非常に険しい
  5. 2度未満に抑えるにはエネルギーの根本的な変革が必要、温室効果ガスの排出量を抑える政策と国際協力が不可欠ではあるが、温暖化対策をとると他のメリットもある

(1) 温暖化は主に化石燃料使用で引き起こされており、特に石炭の責任が大きい(IPCC第5次評価報告書第1作業部会〔以降、WG1〕と第3作業部会〔以降、WG3〕の報告書より)

産業革命以降地球が温暖化していることは疑う余地がなく、その主な原因が人間活動によるということは、すでに第4次評価報告書の段階で高い確信度で示された。近年になるほど気温上昇の速度が上がっており、第5次評価報告書では過去100年で地球全体の平均気温で約0.85度上昇したことが指摘された。今回さらに明示されたことは、1970年から2010年の期間において、温室効果ガスの排出増加量の78%は化石燃料の燃焼と工業プロセスにおけるCO2が占めているということだ。しかも他のエネルギー源と比べて石炭の使用量が増加したことが、世界のエネルギー供給における低炭素化の傾向を逆行させたとしている。つまり温暖化の主な原因は化石燃料の使用であり、中でも石炭の責任が大きいと指摘したのだ。

(2) このまま何も対策をとらないと 100年後には4度前後の気温上昇が予測される( WG1とWG3より)

今回の第5次評価報告書では、温室効果ガスの濃度と気温の上昇は比例することがより明瞭に解説された。主要な温室効果ガスであるCO2は寿命が長く、生態系や海洋に吸収されない限り、大気中に滞留し続ける。つまり産業革命以降、化石燃料を燃やして私たちが排出し続けてきたCO2は、吸収されないものは大気中に累積する一方であるということだ。累積すれば当然濃度は上がる。メタンやフロンなどの他の温室効果ガスも合わせて、濃度が上がれば上がるほど、平均気温は上昇する。しかも今も世界の温室効果ガスの排出量は毎年増加の一途をたどっている。現在の温室効果ガスの濃度は、430ppm(CO2換算)であるが、このまま何も対策を取らないと、2030年には450ppmを超え、2100年には750から1300ppmにも達することが示された。この濃度では、2100年に産業革命前と比較して3.7度から4.8度の気温上昇が予測される(確信度:高い)。つまり現状のままでは21世紀末には4度も上昇するような方向へ、私たちの世界は進んでいることが明示されたのである。

(3) 2度未満に抑えても影響は甚大であり、適応が必要、しかし4度上昇すると、適応がもはや不可能となるような影響が予測される(IPCC 第5次評価報告書第2作業部会〔以降、WG2〕より)

温暖化防止、という言葉が使われるが、残念ながら温暖化はもはや完全には防止できない。すでに一定程度の温暖化は避けられないのだ。私たちに残されている道は、気温上昇のレベルをどの程度に抑えることができるかという選択肢しかない。

温暖化の影響は、すでに世界各地に顕在化していると報告されており、異常気象や生態系の損失など様々な分野におけるさらなる影響予測が示されている。1度の上昇でも熱波や大雨、洪水などの異常気象のリスクが高くなり、2度の上昇では、北極海の氷やサンゴ礁など脆弱なシステムは甚大な危険にさらされる。3度以上の気温上昇では生物多様性や世界経済全体への影響は広範囲にわたり、グリーンランドなどの氷床が溶けることによって、1000年の間に海面が7mも上昇するような取り返しのつかない影響が起きる可能性がある。4度以上になると、穀物の生産量の落ち込みや魚の漁獲量の変化などがあいまって、世界的に食糧の安全保障に多大な影響が予測される。これらの影響は地域的に差があるため、人の移動や水を巡っての紛争などで、国の安全保障問題にまで発展するリスクがあると警告した。

現状の国連の温暖化対策の会議では、産業革命前に比べて気温上昇を2度未満に抑えることが目標とされている。今回の第5次評価報告書は、このまま4度上昇した場合に比べて、2度未満に抑えた場合にどの程度温暖化の悪影響が軽減されるかを示したことに大きな特徴がある。たとえばアジア地域においては、洪水と熱波、それに食料や水不足などが3大リスクとして挙げられているが、この熱波による被害(熱中症による死亡など)は、4度の場合はとても高いが、2度に抑えた場合には中の上程度まで緩和される。洪水による被害も、2度に抑えた場合は中程度まで軽減される。2度に抑えることができたならば、取り返しのつかないような影響のリスクがかなり軽減されることが明示されたのだ。

ただし、ここからもわかるように、実は2度未満まで気温上昇を抑えることができたとしても、温暖化の悪影響はそれでもかなり甚大になる予測だ。温暖化そのものを抑える努力と同時に、これらの悪影響に対する備えをしていかなければならないのである。温暖化に対して備えていくことを、「適応」という。たとえば海面上昇に備えて堤防を築くとか、異常気象に備えて早期警戒システムを構築する、あるいは高温に強い農作物へと品種改良するなど、必要となる適応は多岐にわたる。今回の報告書は、適応をした場合にどの程度悪影響が軽減されるかについても示した。アジアを例にとると、熱波による被害は適応によって4分の1程度も軽減されうる。しかし温暖化の進行が早ければ、すでに適応する限界を超える可能性も指摘されている。

総じて今回の第5次評価報告書は、今後の温暖化対策の国際交渉において、このまま4度上昇してしまう場合と2度未満に抑えた場合とどちらを目指すのか、判断する材料を示したと言える。そして2度未満に抑えられた場合においても、かなりの影響に対して備えておかねばならないことが、私たちに改めて突きつけられたのだ。

(4)の1 2度未満に抑える道は残されているが、2050年に世界の温室効果ガス(以降、GHG)排出量を 40~70%削減(2010年比)する必要があり、2100年には排出をゼロかマイナスにまでしなければならない( WG3より)

産業革命前に比べて気温上昇を2度未満に抑える可能性の高いシナリオは、2100年にGHG濃度450ppmと示されており、そのためには、今世紀半ばまでに世界の温室効果ガスを2010年に比べて40~70%削減しなければならない。それにはエネルギー効率の急速な改善と、低炭素エネルギー(再生可能エネルギー、原子力、CCS〔炭素回収・貯留〕)の供給を、2050年には2010年の3倍から4倍近くに増やすことが必要と指摘されている。

特に今回の報告書が露わにしたことは、21世紀末には排出量をゼロかマイナスにまで下げなければ、このシナリオを達成できないという困難さだ。温室効果ガス排出経路を示す図1において、2度未満シナリオ(RCP2.6と書かれたシナリオ)の年間排出量のグラフが、2100年に向かってほぼゼロかマイナスまで下がっているのを参照されたい。排出量をマイナスにするとは、たとえばバイオエネルギーとCCSを組み合わせる手法などで、二酸化炭素を吸収し成長した植物をエネルギーとして燃焼する際に、排出される炭素を回収し、地中などに貯留することで実質的に二酸化炭素を大気中から除去するといったことである。このような未確立の技術が必要となる可能性のある非常に厳しい道であることが示されたのだ。

図1 GHG排出量経路 2000-2100:AR5の4つのRCPシナリオ 出所:IPCC AR5 WG3 SPM Figure SPM.4

しかし、この2度未満シナリオを効率的に達成した場合のコストの試算は、世界の消費拡大のペースがほんのわずか鈍るだけですむことも示された。ただしこのコストを効率的に達成するシナリオに使用されたモデルの前提は「すべての国が緩和の取り組みを直ちに開始し、世界で統一された炭素価格が導入され、すべての重要な技術が利用可能」というものである。すべての重要な技術のうち、CCSや原子力、再生可能エネルギーなどの技術の利用が限定された場合にどの程度コストが増加するかも示された。たとえば原子力が廃止されていく場合(建設中のもの以外は新設せず、既設は耐用年数で閉鎖)のコストは、上記コスト効率シナリオの場合よりも7%上昇、一方CCSが使えない場合は138%上昇、また風力や太陽光の活用が限定された場合(電力に占める割合が20%まで)には6%という数値が示されている。原発を廃止していく場合の損失がさほどではないのに比べて、CCSが使えない場合の損失が大きいことが印象的だ。

(4)の2 2030年まで緩和の取り組みを遅らせると、2度未満達成の選択肢の幅は狭まり、相当困難になる( WG1とWG3より)

気温上昇は累積排出量と比例するということは、2度未満を達成するシナリオには、今後排出できる二酸化炭素の量に枠があるということだ。今回の報告書は、2度未満の枠は約2兆9000億トンと示した。我々は2011年までにすでに1兆8900億トン排出しているので、残りは1兆100億トン。2010年には380億トンを排出しているので、現状のペースがこのまま続くとして単純計算すると、あと30年以内に私たちは2度未満に抑える枠を超えてしまうことになる(図2)。当然だが、毎年出す量が多ければ多いほど、早く枠を使い切ってしまう。つまり、たとえば2030年までの取り組みにおいて削減努力が足りないならば、2030年以降にはより多くの削減を行わなければならないことになる。

今回の報告書は、2030年を通しての削減努力が2度未満シナリオのためには非常に大切であり、もし2030年になっても現状を超える排出を続ける場合には、大気からCO2を除去するような未確立の技術により大きく頼らない限り、2度未満達成は不可能になると指摘している。温暖化対策の遅れは、2度未満に抑えることを非常に困難にするだけではなく、コストも上げてしまうことが明示されている。

(5)の1 温暖化問題はエネルギー問題であり、温暖化を抑えるためにはエネルギーの根本的な変革が必要( WG3より)

今回の報告書の重要なメッセージは、温暖化問題はエネルギー問題であることを明確に前提としていることで、対策として省エネルギーや低炭素エネルギーなどの技術と推進政策についてまとめている。

図2 2度シナリオのためにはCO2を大気中に出せる量に限りがある
出典:IPCC AR5 WG1 SPM 気象庁確定訳から加工

低炭素エネルギーとしては、再生可能エネルギー、原子力、CCSが挙げられている。原子力は「成熟した低GHG排出型のベースロード電源であるが、世界における発電シェアは1993年以降低下しており、運用面のリスクおよび関連する懸念や原料のウラン採掘リスク、経済的および規制面でのリスク、未解決の核廃棄物問題や核兵器拡散への懸念、否定的な世論など様々な障壁やリスクがある」、またCCSは「化石燃料を使用する発電所のライフサイクルGHG排出量を減少させる可能性がある」が、「大規模な商業化は実現されていない」と記されている。またバイオエネルギーとCCSを組み合わせる技術については、「バイオマスを大規模に展開することやCCSそのものへの困難さとリスクがある」としている。一方再生可能エネルギーについては、「第4次評価報告書以降、再生可能エネルギー技術は大幅に性能が向上し、コストが低減した。しかしさらに市場シェアを伸ばすためには引き続き直接的・間接的サポートが必要」と評価している。さらに石炭について「現状の世界平均の石炭火力発電所を、最新の効率的な天然ガスコンバインドサイクル発電所に変えることによって、エネルギー供給部門からのGHG排出量は大いに減少しうる」とされた。温暖化の原因として石炭の責任が大きいと指摘したことと合わせて、対策の方でも、石炭からより環境負荷の小さいエネルギーへ移行していくことが大きな柱として位置付けられている。

(5)の2 温室効果ガスの排出量を抑える様々な政策の評価

様々な温暖化政策の評価が行われており、温室効果ガスの排出量取引制度(キャップ&トレード型)については、「導入した国や地域が増加したが、キャップが緩いか義務的でなかったため、短期的には環境効果が限定されている。しかし原則として、キャップ&トレード制度は、コスト効率的に緩和を実現することが可能だが、国別の事情による」となっている。一方、炭素税は、「実施国では炭素税が技術やほかの政策と組み合わさって、GDPと温室効果ガス排出の相関性が弱められた(つまりGDPが増加すると通常は排出量が増加するが、その増加の速度が弱められたか、増加しなかったということ)」と一定の効果が評価されている。その他規制的手法や化石燃料への補助金の削除や、技術政策にも効果を認めている

(5)の3 気候変動枠組条約はほぼすべての国の参加を得て、気候変動に対する主な多国間フォーラムの場である

気候変動に対する国際協力の場として気候変動枠組条約が中心と位置付けられており、京都議定書は、その目的の達成に向けた教訓を与えたと評価されている。その教訓としては、参加や実施、柔軟性メカニズム、環境に対する効果が挙げられている。つまり温暖化を緩和するには、様々な政策や国際協力が不可欠であるため、これまでの政策や国際協力の取り組みについての評価が行われているわけである。

(5)の4 温暖化対策には、温暖化を緩和する以外にもメリットがある

今回の報告書の特徴として、温暖化対策のメリット(コベネフィットと呼ばれる、つまり相乗便益)が随所に記されていることが挙げられる。第3作業部会の33ページの要約の本文の中で20か所も言及されているほどで、エネルギー供給から運輸・建築物・産業などのエネルギー使用、農林業・土地利用に至るまで、温暖化の緩和以外にもコベネフィットがあるとされている。これらのコベネフィットとはたとえば、石炭火力発電所から再生可能エネルギー発電所へ移行していけば、CO2排出量が減少するだけではなく、その他の大気汚染物質を減らすことにもつながるため、人の健康にも効果があるといったことである。多くの国が温暖化対策の計画にあたってコベネフィットの存在に積極的に言及していると報告されている。特に2度未満シナリオには、大気汚染防止やエネルギー安全保障のコストを下げ、人の健康や生態系の改善、資源の充足やエネルギーシステムの強化などのコベネフィットがあると強調されている。

つまり、2度未満を目指すのは、様々な政策や国際協力が欠かせない厳しい道ではあるが、温暖化の緩和以外にもいろいろメリットがあることを指摘しているわけである。

【3】 今後の国際交渉への影響

2度シナリオを目指す温暖化の国際交渉

IPCCの報告書は、1990年に発表された第1次評価報告書が世界で初めての気候変動に関する国際条約の合意へと導いたのをはじめ、1995年の第2次評価報告書は初めての法的拘束力のある京都議定書の合意へ弾みをつけるなど、国連の温暖化対策の交渉に大きな影響を及ぼしてきた。今回の第5次評価報告書にも大きな使命がある。

現在の国連における温暖化の国際交渉は、2020年以降に開始する、先進国と途上国すべての国を対象とした新しい法的な国際枠組み(新たな国際条約)をめぐって行われており、その内容について2015年末にパリで開催されるCOP21(第21回気候変動枠組条約締約国会議)で合意されることが決まっている。これまでの国際条約は、歴史的に排出責任のある先進国だけに削減義務が課された京都議定書であったが、途上国の中でも急速に排出を増加させている国があることを受けて、すべての国を対象とした新しい枠組みを作ることになったものだ。ただし新しい枠組みが効力を発するのは2020年以降であるため、2020年までは、カンクン合意という自主的な枠組みでもって温暖化対策を進めていくことになっている。つまり現在の国際交渉は、2015年に合意する2020年以降の新枠組みの内容の交渉と、2020年までのカンクン合意における自主的な温暖化対策の取り組みの実効力をいかに上げるかの交渉の2つを同時に行っている。この2つの交渉において、今回の第5次評価報告書が参照されていくことが、国連文書において定められているのである。

気温上昇を産業革命前に比べて2度未満に抑えることを目指すことは、法的には弱い言葉ながら、すでに文書の中で決められている。第5次評価報告書は、2度未満シナリオとこのまま何も対策をとらずに4度前後上昇してしまうシナリオの場合の影響の比較を、分野と地域ごとに見せ、2度未満を目指すべき根拠を多く示したと言える。また温暖化対策の報告書においても、様々な温度上昇シナリオが記載されているが、なかでも特に2度未満シナリオに関する研究が多い。つまり2015年末のCOP21で合意される予定の2020年以降の新枠組み交渉において、2度未満シナリオを実現していく方策の交渉にすぐに参考になるようになっている。

ちなみに、IPCCは、2020年までの取り組みとして世界各国が自主的にカンクン合意に提出している削減目標・削減行動は、産業革命前に比べて気温上昇を3度程度上昇させるような内容と評価している。2度未満を達成する可能性は残しているが、その後に大幅な削減が必要と記されている。

2度未満シナリオを実現するための方策は、第2章で示したように多岐にわたって技術・コスト・政策が詳述されている。特にエネルギー供給セクターに大幅な変革が必要であること、省エネルギーが効果的であること、電力部門の脱炭素化がカギであることなど、国際交渉においてのみならず、各国の国内における温暖化対策にも直接的に参考になる知見が満載だ。これから2020年以降の新枠組みにおける削減目標を検討していく中で、各国にとって国際的にも国内対策においても大いに参考となるだろう。

2030年目標(2020年以降の枠組み)の議論への寄与

各国は2015年の3月ごろには、国連に2020年以降の枠組みにおける目標(大体2030年に向けての目標)を先に提示することになっている。その後に半年ほどかけて、各国が提出した暫定的な目標を、様々な観点から分析・比較するなどの事前協議を行い、2015年末のCOP21において決定されることになっている。その事前協議の際に今回の新報告書が参照されることになる。

今回の報告書では、産業革命前に比べて 2 度未満を達成するシナリオのためには、2050年には、温室効果ガスの排出量を2010 年に比べて40~70%程度までに減らす必要があると示した。ただし温室効果ガスの累積量によって気温上昇が決まるので、2030年に削減努力が小さい場合には、その後により大きな削減が必要となる。その削減率は2030年から2050年の年間2~7%の間と示されているが、今も伸び続けている排出量を、年間7%ずつも削減していくのは現実的には非常に困難なので、2030年には40%になるべく近く削減し、削減努力を先送りしないことが2度未満達成のためには重要であろう。

2030年の削減量を世界各国でどのように分担していくかについては、困難な交渉が待ち受けている。これまでも先進国の歴史的な排出責任をあくまでも追及する途上国と、経済的な懸念から大幅な削減目標設定に及び腰の先進国、一方、開発を優先する権利があると主張する途上国と、急速に発展している途上国は応分の排出削減の取り組みをするべきと追及する先進国との間の対立が複雑に絡み合って、削減の分担の交渉は非常に難航してきた。そのため、2020年までの取り組みにおいては、京都議定書の下で目標を持つ国が実質的に欧州とオーストラリアに限定され、他の国々は自主的な目標を掲げる仕組みとなってしまった経緯がある。特に2020年以降すべての国を対象として削減・抑制分担をしていく新枠組みにおいては、今後何をもって「衡平」として分担を決めていくかという点が大きな争点となる。

実は今回の第5次評価報告書で、もっとも報告書の要約の承認作業が難航したのは、この「衡平性」の議論に関連する事項だった。「国の所得レベルと排出量には大きな関連がある」ことを示す知見において、国を所得レベルでグループ分けする、ということが大きな問題となったのだ。つまり京都議定書で定めた先進国と途上国の区別(1990年当時にOECD諸国であったかどうか)ではなく、現状の所得レベル(高所得、高中所得、低中所得、低所得)で国をグループ分けした指標が使われていたことが、高中所得、低中所得グループに所属する新興途上国の懸念となった。歴史的排出責任ではなく、現状の所得によるグループ分けが、国連交渉における削減目標の分担議論を予断する可能性を嫌ったということであろう(IISD)。議論は平行線をたどり、結局承認作業は進まず、共同議長の判断でグループ分けを使った知見は要約からすべて削除されてしまう結果となった。2030年目標の設定において、衡平性の議論を深めていくことが非常に大切であることをうかがわせる出来事であった。

【4】おわりに

今回の第5次評価報告書は、2度未満シナリオの達成はまだ可能であると伝え、その技術的・政策的な達成方法を示した。同時にその達成にはエネルギー供給の根本的な変革が必要となり、国際協調のもとに国内・地域的にも多大な努力を要する困難な道のりであることが明示された。削減努力の先延ばし、特に2030年ごろを通しての先延ばしは、2度未満達成を可能にするかどうかに大きな影響を与える。一つには先延ばしすることによって、石炭火力など、より大きな排出を行うインフラを固定化してしまうこと、もう一つはより急激な削減が必要となり、コストも高くなることである。大気から温室効果ガスを除去するなどの未開発の技術に頼る部分が大きくなり、より困難度が増してしまう。

本稿では要約から重要なポイントだけを抜粋したが、第2作業部会の本報告書においては各地域ごとに分かれた温暖化の影響が示されており、アジア地域には日本の影響も記述されている。第2作業部会報告書発表直前の3月には、IPCC第5次評価報告書で使用されている新たなシナリオに基づいた「日本への影響」が、環境省の研究報告として発表されており、日本においても温暖化の深刻な影響が予測されている。温暖化の進行に伴い、熱ストレス超過死亡者数(適応なし)および熱中症搬送者数は急激な増加を見せ、洪水の被害額は今世紀末には現在の2倍程度に増大する可能性が指摘されている。コメの生産地域にも多大な影響があり、4度シナリオでは適応策でさえ効果は限定的であるとされる。伝染病を媒介するヒトスジシマカの分布域は、4度シナリオでは日本の国土の75~96%にも達すると予測されている。日本においても、排出削減の取り組みと同時に、適応策も急務なのである。

なお、温暖化の影響はすでに飢餓や貧困に苦しんでいる途上国ほど深刻であることも肝に銘じておく必要がある。日本のように資金も技術もある国は適応の準備も整えられるが、脆弱な途上国ほど適応のためのキャパシティもないのである。1度の上昇でも世界的に多大な影響が予測される中、なるべく低い気温上昇のレベルに留めることを目指すのは、少なくとも先進国のリーダーシップではないだろうか?

IPCCの科学の報告書の役割は、現状の温暖化の科学の知見を整理して、私たちの選択の判断材料として提供することである。私たちが科学で示された選択肢を前に、どの未来を選んでいくのか、それを国際協力で進めていけるのか、また国内の政策として実現させていけるのか、人類総出の挑戦が待ち受けている。

参考文献

1)IPCC気候変動に関する政府間パネル・第5次評価報告書
第1作業部会(自然科学的根拠)『政策決定者向けの要約』気象庁訳
第2作業部会(影響・適応・脆弱性)『政策決定者向けの要約』原文
第3作業部会(緩和策)『政策決定者向けの要約』原文
2)IISD (2014) International Institute for Sustainable Development, "Earth Negotiation Bulletin", Vol.12 No.597
3)三村信男ほか(2014) 環境省環境研究総合推進費 戦略研究開発領域S-8 温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究2014報告書、地球温暖化「日本への影響」─新たなシナリオに基づく総合的影響予測と適応策

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