水産セミナー開催報告:責任ある養殖業と養殖水産物調達の今後 養殖業の課題と認証制度ASC
2012/12/26
WWFジャパンでは、2012年11月8日に水産セミナーを開催しました。テーマは「養殖業の課題と認証制度ASC」。水産物を扱う企業の方々を対象に、持続可能な養殖水産物の認証制度「ASC」を説明するとともに、日本の消費者とも縁の深いチリおよびインドネシアでの養殖業の現状を紹介しました。
第一部『世界の養殖業の課題とASC(養殖管理協議会)』
2050年には世界の人口が現在より35%増加して90億人を超えるといわれるなか、養殖業は貴重なタンパク質の供給元として注目を浴びています。しかし世界の養殖業の現場には、不適切な管理によって周囲の環境に悪影響を及ぼしているところも少なくありません。
第一部では、水産養殖管理協議会(ASC)の中心メンバーである、WWFアメリカのホセ・R・ヴィラロンとASC推進部長のジョン・ホワイト氏が登壇し、養殖業の課題とその解決策としてのASC制度を解説しました。
発表(1)なぜ我々は改善しなければならないか:養殖管理検討会のケース
発表者:WWFアメリカ 市場変革プログラム 養殖部門次長 ホセ・ヴィラロン
世界の人口が増加傾向にあるなか、食の安全はわたしたちの子どもと暮らしにとって重要な課題であり、養殖はその解決策として期待される産業です。国連食糧農業機関(FAO)によると養殖はもっとも急成長を示している食産業のひとつであり、また人口増加による需要を養殖業で満たすためには、2050年までに倍増する必要があります。
養殖業のもつ懸念としては、(1)生息地の養殖場への転換、(2)外来種の野生への定着化、(3)抗生物質・化学物質の使用、(4)海底の生物多様性への影響、(5)給餌管理の問題による環境への悪影響、(6)近隣地域社会と労働問題などがありますが、責任ある管理を行うことでこれらの影響は最小限に抑えられます。
過去にFSC(森林管理協議会)やMSC(海洋管理協議会)による認証制度の基準策定に実績をもつWWFでは、責任ある養殖業の基準を策定するため「養殖管理検討会」を設置し、オランダの持続可能な貿易を推進する団体IDH(Dutch Sustainable Trade Initiative)と共同で、2010年に水産養殖管理協議会(以下ASC)を立ち上げました。
ASCの特徴としては、研究者や環境保護団体だけではなく生産者や生産者団体、バイヤーをはじめとする大勢の水産物流通関係者が基準の策定にかかわった認証制度であり、他の基準に比べてより多角的な視点から責任ある養殖を追求していること、また認証取得に必要な目標数値を具体的に掲げているため、測定が容易であることが挙げられます。
発表(2)ASC:責任ある養殖業とサプライチェーンの改革
発表者: ASC推進部長 ジョン・ホワイト
ASCは、養殖業における環境問題と社会問題に対する最善の取り組みを、科学的根拠に基づいて客観的に測定する認証制度の管理機関として設立されました。
ASCが目指しているのは「環境へ悪影響を与えることなく、食糧供給と社会的便益に関して養殖が主要な役割を担う世界」であり、養殖業を持続可能にさせるために市場を利用することを戦略としています。
具体的には認証の普及とエコラベルの提供、水産物のトレーサビリティの確保を通じた市場への保証を使命としており、これを達成するため、さまざまな関係者(養殖業者・小規模生産者、加工業者、卸売業者、フードサービス企業、政府、NGO・市民社会)と協働しています。
これまでに、ティラピア、パンガシウス、二枚貝(ムール貝、カキ、アサリ、ホタテ)、アワビ、サケのASC基準が正式公表されており、またブリ・スギ、エビ、マスの基準を現在策定中です。なおティラピアとパンガシウスに関しては先行ケースとして認証機関の認定を開始しており、2012年には認定養殖場第1号が誕生しました。
2012年4月には消費者向けロゴマークを発表し、すでにドイツ、オランダ、オーストリア、フランス、スイスでASCロゴマーク付きのティラピアが市販されています。今後、ASCでは多数のパートナー・サポーターとともに、責任ある養殖を推進していきます。
第二部『エビ、サケ養殖業の現状と改善への挑戦』
第二部では、日本が特に多く輸入しているチリ産養殖サーモン、そしてインドネシア産養殖エビがどのように生産されているのか、そしてどのような改善策を実行しているのかを、それぞれの国のWWFスタッフが紹介しました。
また、水産物の認証機関のひとつであるMRAGのカトウ・エミ氏が、実際にASC認証を取得するまでの流れを説明しました。
発表(3)チリ南部におけるサケ養殖
発表者:WWFチリ マーケットプログラム担当 クリスティーナ・トレス
チロエ諸島エコリージョンを含むチリ南部の海域は、高い生産性と生物多様性を誇っており、また冷水性サンゴなど希少な生物も生息していることからWWFの優先保全地域に指定されています。
この地域におけるサケ養殖は海洋生態系と生物多様性に対する脅威であり、WWFチリではその影響を軽減するために、(1)ASC認証取得、(2)養殖改善プロジェクトの実行、(3)市場の形成のサポートを行なっています。
チリでは4種のサケを養殖しており、養殖産業は現地の人々にとって重要な就業先でもあります。2011年のサケ・マスの総生産量は448,000トン、輸出額は28億米ドル(358,000トン)にのぼっており、これらの最大の輸入国は日本、続いて米国となっています。
課題としては、(1)生物多様性への影響、(2)エサ資源と原料の効率的利用、(3)天然魚個体群への負荷、(4)スモルト化(幼魚育成)のための湖沼の利用、(5)社会的問題、(6)病気と化学物質の使用が挙げられ、これらに対しWWFチリでは、ASCを通じた養殖認証などを推進することで海域の保全活動を展開しています。
チリにおいても養殖業は年々成長しており、これと同時に責任ある養殖業の拡大が予想されています。
発表(4)インドネシアのエビ養殖 そのチャレンジとチャンス
発表者:WWFインドネシア 養殖コーディネーター チャンディカ・ヤスフ
インドネシアは世界第4位の養殖生産量(約230万トン:2010年)を誇る養殖大国です。このうちエビは、EU、日本、米国などに広く輸出されており、特に日本のエビ総輸入量の15%はインドネシアに依存しています。
インドネシアのエビ養殖における課題としては、(1)エビ養殖池の位置(マングローブ林を切り開くなどの無秩序な管理や土地転換)、(2)病気の蔓延(特に白斑病)、(3)責任あるエビ養殖の実践に関する技術の欠如、(4)社会・経済上の課題(大規模事業者VS小規模の伝統的な養殖業者)、(5)遊休池(多くは病気蔓延後に捨てられた養殖場)が挙げられます。
WWFインドネシアではこれらの課題の解決を目指し、スマトラ島とボルネオ島の4カ所にて養殖プロジェクト(ブラックタイガー、ティラピア、ハタ)を展開しています。
特に伝統的エビ養殖に対しては、(1)消費者に働きかけることにより、持続可能な水産物の需要を増加させる、(2)環境に配慮した養殖池造りなどを通じて持続可能な水産物を入手できる可能性を促進する、(3)責任ある養殖管理を支援する政策/制度の確立を政府に働きかける等のアクションを行なっています。
また、小売業者、生産者、金融機関とパートナーシップを結び、責任ある養殖業を推進するための「シーフード・セイバーズ・プログラム」を独自に展開しており、現在は国内の水産物生産量の8.9%をその管理下に置いています。
発表(5)水産物養殖と認証
発表者:MRAG コンサルタント カトウ・エミ
MRAGとは、英国、米国、オーストラリアに拠点をもつコンサルタント企業のグループであり、ASC認証取得の認証機関としても活動しています。
ASC認証を取得することにより、企業は(1)マーケットの需要に応え、(2)企業ポリシーを確保し、(3)持続可能な事業を遂行し、(4)長期的な持続可能性をもち、(5)ビジネスを改善することができます。
ASC認証を取得するためには7つの基準(法令順守、自然環境と生物多様性の保全、水資源の保存、種と天然個体群の多様性の保全、動物性飼料とその他の資源の責任ある利用、動物の健康、社会的責任)を満たさなければいけません。取得した認証の有効期間は3年で、取得後も1年ごとに監査が行なわれます。
MRAGのような専門コンサルタントを活用することで、養殖業者はASC認証を取得し、持続可能な養殖業に貢献することができます。
水産物の消費大国・日本に求められること
今回のセミナーは水産物のサプライヤー企業、特に水産物を大量に消費している日本の小売業者を主な対象としていたため、WWFアメリカのホセ・ヴィラロンからこのような話がありました。
「シャンパングラスを想像してください。カップ部分にあたるのは世界70億人の消費者です。そして土台にあたる部分は数百万にのぼる養殖業者です。そしてカップ部分と土台をつなぐ細い脚の部分が、みなさんのようなサプライヤー企業です。その数はけっして多くはありませんが、消費者と養殖業者をつなぐみなさんが責任ある水産物を取り扱うことでこそ、今後需要が高まる養殖業をより持続可能に稼働していくことができます」
企業としては消費者の関心が得られなければASC認証製品を取り扱うメリットを感じられず、また消費者としてはスーパーにASC認証製品が売っていなければその存在を知ることすら難しいという堂々巡りのジレンマは、依然根強く残っています。
しかし米国やヨーロッパ諸国では、持続可能な製品を店頭に置くことは小売業者側の社会的責任であって、市場競争よりも優先されるべきという認識のもと、ASC認証製品の流通がすでに始まっています。
寿司の国、日本でASC認証制度が広く活用されれば、世界の水産業に多大な好影響を与えることができるでしょう。WWFジャパンでは、今後も日本企業や消費者、政府などと協働し、持続可能な水産業を実現するために活動をつづけていきます。
開催概要
水産セミナー
『責任ある養殖業と養殖水産物調達の今後:養殖業の課題と認証制度ASC』
日時 | 2012年11月8日(木)13:30~17:00 |
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場所 | (財)東京水産振興会 会議室(東京都中央区豊海町5-1 豊海センタービル2階) |
参加者数 | 約70名 |
主催 | WWFジャパン |
ASCについて
「海のエコラベル」として知られるMSC(Marine Stewardship Council:海洋管理協議会)では、海の自然や資源を守って獲られた持続可能な水産物(シーフード)を認証し、エコラベルをつける取り組みを行なって います。これと同時に、天然の水産物ではなく、養殖による水産物を、同様に認証する仕組みがあります。養殖版海のエコラベルの 「ASC(Aquaculture Stewardship Council:水産養殖管理協議会)」の認証制度です。