ワシントン条約会議(COP17)での象牙をめぐる決議
2016/10/04
2016年10月5日までの日程で、南アフリカ共和国のヨハネスブルグで開かれている、第17回ワシントン条約締約国会議(CITES-COP17)で、注目されるアフリカゾウと象牙の取引について、各国政府代表やNGO(非政府組織)による真剣な議論が行なわれ、いくつかの合意が成立しました。合意内容の中には、象牙の市場を有する日本にも、関係するものが含まれます。
アフリカゾウをめぐる提案と合意
今回の会議では、「全てのアフリカゾウを附属書Ⅰに掲載する」という附属書の改正案を含む、アフリカゾウについての複数の提案が行なわれ、注目されていました。
アフリカゾウは現在、ボツワナ、ナミビア、南アフリカ共和国およびジンバブエの南部アフリカ諸国の個体群が「附属書Ⅱ」に、その他の個体群が「附属書Ⅰ」に分割掲載されています。
その中で今回、象牙を目的とした密猟が近年急増している東アフリカの国々などが、全てのアフリカゾウ個体群を「附属書Ⅰ」にすることで、象牙を含むアフリカゾウの商業取引を全面禁止とすることを求める提案を行なっていました。
一方で、ナミビアとジンバブエは、密猟の犠牲が比較的少なく、個体数が安定している自国のアフリカゾウの象牙の輸出を再開したいと考え、取引規制の緩和を求めることを提案。象牙取引をめぐり、対立する2つの意見がぶつかり合う形となりました。
規制緩和を求める側は、アフリカゾウと共存する地域コミュニティが保全に参加するためには経済的なインセンティブが不可欠であると主張。
規制強化を推進する側はアフリカゾウだけでなく犯罪組織と戦い命を落とすレンジャーの犠牲をなくすためにも国際取引の全面的な禁止が必須と訴えました。
多数の締約国やNGOが参加した長い議論の末、この附属書の改正に関連する両者の提案は、規制緩和と規制強化、どちらも否決。議論は平行線のまま終わりました。
この他、附属書の改正以外についてのアフリカゾウ取引に関する合意についても、動きがありました。
その一つが、「密猟や違法取引に大きく関与している国内市場については、閉鎖を求める」というものです。
これは、ベトナムや中国など一部のアジアの国々で、密猟、密輸された象牙が流入、消費されていることを受けたもので、すでに過去の会議で決議されている「決議10.10(ゾウの標本の取引)」を改正する形で、合意されました。
一部の国内市場の閉鎖にまで言及した今回の合意は、これまでワシントン条約が採ってきた、象牙を適正に管理するための施策の推進と、象牙の市場がある締約国に需要の削減を促す、という方向性から、一歩踏み込んだものになります。
その他にも、「決議10.10」の改正には、押収された違法象牙の処分について条約事務局がガイドラインを作成することや、締約国がこの決議の施行状況について定期的に報告することなども盛り込まれています。
いずれも密猟と違法取引が止まない危機的状況に国際社会が一体となって戦う強い意志を示したものと言えます。
NIAP(国内象牙行動計画)の強化
もう一つ、象牙取引について見られた重要な進展は、「NIAP(国内象牙行動計画)」の強化についての合意です。
「NIAP(国内象牙行動計画)」は、第16回締約国会議(COP16)で導入されたシステムで、押収されたデータの分析により、「違法取引に大きく関与している」と特定された締約国に対し、改善の計画立案と施行を求めるものです。
つまり、この計画立案が求められる国は、象牙のブラックマーケットの存在を含めた、野生生物犯罪の問題を抱えている国、ということになります。
この制度の導入後、特に大きな成果を実現したのがタイです。
以前タイは、世界最大級の違法市場がある国、と言われていましたが、NIAPの対象国となったこと受け、国内の象牙市場を規制するための象牙法(Elephant Ivory Act)を制定。
アフリカゾウの象牙の国内販売を禁止する新たな規制を布き、その施行に尽力してきました。
その結果、タイの象牙市場は著しく縮小。トラフィックが実施した調査でも、2014年に7,421点にのぼったバンコク市場の象牙製品の数は、2016年6月には283点と96%も減少したことが明らかになりました。
しかし、どのような計画を策定するかは基本、NIAPの対象国の意思に任されていたことから、タイのような成功の事例は残念ながら多くはなく、制度的な改善が課題として指摘されていました。
そこで、今回のCOP17では、計画を策定する際のプロセスについてのガイドラインを作ることが合意され、NIAPの対象となった国には、計画でふまえるべき改善点とその内容が明確になり、その計画の進捗についても厳しくチェックされることが盛り込まれました。
これは、特にアフリカゾウの密猟に大きく関与している国や地域を特定し、有効な対策を強化する上で、重要な手立てとなります。
日本市場の評価とゆくえは?
COP17までに特定されたNIAPの対象国は19カ国あり、今会議で行動計画の報告が成されました。
この19カ国に加えて、対象国ではありませんが「注視すべき国」として日本を含む9カ国の名前が挙がっています。
■NIAPの対象国および注視すべき国
CoP16(2013年)時点の分析 | CoP17(2016年)時点の分析 | NIAP策定が勧告されている国 | |
---|---|---|---|
最重要国/地域 primary concern |
中国、香港、ケニア、マレーシア、フィリピン、南アフリカ、タンザニア、タイ、ベトナム | 中国、香港、ケニア、マラウイ、マレーシア、シンガポール、タンザニア、トーゴ、ウガンダ、ベトナム | 中国、香港、ケニア、マレーシア、フィリピン、タンザニア、タイ、ウガンダ、ベトナム |
重要国/地域 secondary concern |
カメルーン、コンゴ、コンゴ民主共和国、エジプト、エチオピア、ガボン、モザンビーク、ナイジェリア、台湾、ウガンダ | カンボジア、カメルーン、コンゴ、エチオピア、ガボン、ナイジェリア、スリランカ、南アフリカ、タイ | カメルーン、コンゴ、コンゴ民主共和国、エジプト、エチオピア、ガボン、モザンビーク、ナイジェリア |
重要監視国/地域 important to watch |
アンゴラ、カンボジア、日本、ラオス、カタール、UAE | アンゴラ、コンゴ民主共和国、エジプト、日本、ラオス、モザンビーク、フィリピン、カタール、UAE | アンゴラ、カンボジア、ラオス |
- ※出典:CITES, CoP17 Doc.57.6
これらの国については、引き続き精査が行なわれ、2017年に開催される予定の、ワシントン条約常設委員会(第69回)の会議で改めて決定、報告されることになっています。
日本は、アジア諸国で押収された象牙製品の出所が日本であったという事例などが報告されており、前回のCOP16の時点よりも、密輸に関与している度合いが上がっていることが示されています。
実際、日本の市場は無規制なものではなく、近年は大規模な密輸の事例も摘発されていませんが、現状の体制に課題がまだまだ多くあり、違法に輸入された象牙が市場に混入していても、それを特定することができません。
さらに、日本の合法市場から、海外の市場に、違法に象牙が持ち出される点については、対策がほとんどなく、違法取引を含めた世界の象牙市場の拡大に加担してしまう懸念が高まっています。
このため、次回の常設委員会において、日本もNIAPの対象国として、国内象牙行動計画の策定を求められる可能性が見えてきました。
こうした状況下において、WWFジャパンとトラフィックは、日本が自国内での違法象牙取引ゼロの実現に向け、対策の強化と明確化に取り組み、より踏み込んだ確固たる姿勢を見せる必要があると考えています。
具体的には、違法象牙が持ち込まれる税関などの水際の管理強化や、国内外の輸送にかかわる民間企業などとの連携、そして、出所の不明な象牙を特定するための技術の導入と、象牙の所持をすべて登録制にするといった措置が必要です。
さらに、象牙を取り扱う事業者の登録制度化(現在は任意の届け出制になっている)や、象牙製品の認証の義務化(現在は任意の標章添付のみ)、といった取り組みも、市場管理体制を改善する上で欠かせないポイントです。
WWFジャパンとトラフィックは、日本がこうした取り組みに前向きに取り組めず、対策改善の目途が立てられない場合は、国内市場の閉鎖による厳しい措置を取る必要があると考えます。
アフリカゾウを守るために
象牙の取引と、市場の是非を問う議論は、アフリカゾウを保護する上での重要な論点として、注目され、議論が重ねられてきました。
しかし、この視点のみで、アフリカゾウの密猟問題が、解決ができるわけではありません。
密猟の背景には、アフリカ各国の抱える社会問題や紛争といった問題があり、それを犯罪組織が利用している現状があるためです。
実際、今回のCOP17の会議でも、生息国の地域社会が抱える貧困や法執行の難しさなどが、アフリカゾウをめぐる議論以外でも度々取り上げられました。
象牙を利用している国々には、そうしたことを理解し、自国の規制や取り締まりを強化しながら、国際的な協力に取り組むことが求められています。
象牙の取引問題については、今後の国際会議でも議論が継続されることになるでしょう。
その中で、日本として、この問題の解決に貢献できることは何なのか。
WWFジャパンは、条約で合意された内容の履行と、自国の市場管理の強化はもちろんのこと、資金的援助、技術支援など、日本はより国際的な視野で、真摯に考えていく必要があると考えています。
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