トランプ政権とともに世界の温暖化対策は後退するのか?
2025/01/23
WWFアメリカ声明 2025年1月21日
アメリカ・トランプ政権がパリ協定からの離脱を決定したことに対し、WWFアメリカは下記の声明を発表しました。
WWF Statement on Day One Executive Actions(WWFアメリカ原文)
WWF Statement on Day One Executive Actions(日本語抄訳)
以下はWWFジャパンによる解説です。
解説
1. パリ協定からの離脱はいつか?
パリ協定では、離脱を通告してから、1年後に実施となっています。そのため実際にアメリカがパリ協定を抜けるのは、2026年となります。すなわち2025年末にブラジルで開催されるCOP30においては、アメリカはまだパリ協定締約国となります。
ちなみにトランプ第1次政権で、2017年にパリ協定離脱を宣言した際には、パリ協定が発効した後であったために、批准国は3年間離脱ができないという規定がありました。そして離脱宣言してから1年後に離脱となるため、トランプ第1次政権の4年間は、アメリカはまだパリ協定締約国であったのです。しかし今回は宣言してから1年後に離脱可能となっています。
ただしパリ協定は、そもそも大統領令で参加できるような条約の作りとなっているため、2020年にバイデン前大統領が政権発足後直ちにパリ協定に復帰したように、次の大統領によってパリ協定に復帰することも可能です。
しかし、トランプ大統領がパリ協定のベースとなった条約である気候変動枠組み条約(1992年採択)をも離脱するとなると、復帰には上院の承認が必要となるため、アメリカが復帰するのはより困難になります。というのは、気候変動枠組み条約には、アメリカ上院によってほぼ全会一致で承認されてから、参加しているためです。しかし脱退もパリ協定よりも容易ではないと考えられ、少なくとも直ちに訴訟が起こされて、少なくとも数年間は訴訟が続くことになると考えられます。
2. アメリカはもはやパリ協定下の世界の削減努力から離れるのか?
アメリカの場合は、温暖化政策はもともと連邦レベルだけで進められてきたわけではなく、積極的な州が主導してきた面が大きくあります。 州レベルでは変わらず温暖化対策を進めていくと表明している州がいくつもあります。
今回のパリ協定離脱の大統領令を受け、全米24州の知事が参加する州知事連合「United States Climate Alliance(米国気候同盟)」は、直ちに気候変動枠組み条約のサイモン・スティール事務局長に公開レターを出し、「パリ協定の目標達成と気候汚染の削減に向けたアメリカの取り組みを継続することを、条約事務局と世界に明確に伝えます」と宣言しています。
この24州の知事連合は、米国経済の約60%、米国人口の55%を代表する超党派の知事連合であり、そのアメリカの大半がレターの中で、「2005年比で温室効果ガスの正味排出量を2025年までに少なくとも26-28%、2030年までに50-52%、2035年までに61-66%削減し、できるだけ早期に、遅くとも2050年までには温室効果ガスの正味ゼロ排出を達成すること」を誓約しています。
この州知事連合は、2017年の第一次トランプ政権時に発足しましたが、その時よりも十分準備が整っており、「アメリカ憲法の下で持つ広範な権限を活用して、革新的かつ効果的な気候変動対策を推進し続けていること」を強調しています。そしてパリ協定に定められたように、対策の進捗状況を国際社会に報告することを約束し、2025年末にブラジルで開催される国連気候変動会議(COP30)でもその進展を共有すると締めくくっています。
U.S. Climate Alliance to the International Community: “We Will Continue America’s Work to Achieve the Goals of the Paris Agreement”, January 20, 2025
また、こうした積極的な州政府を含むアメリカ国内の都市、部族国家、企業、学校、宗教団体、医療機関、文化機関など、5,000以上の非国家アクターの連盟「AMERICA IS ALL IN(アメリカはみんなパリ協定にいる)」も、今回の大統領令を受け、「トランプ政権によるパリ協定からの離脱にもかかわらず、パリ協定へのコミットメントをさらに強化する」と題し、共同代表をはじめ、州や都市、医療機関、教育機関、科学館などのリーダーたちから集まった数々の声明を公開しました。
元ホワイトハウス国家気候顧問、第13代米国環境保護庁長官でAMERICA IS ALL IN共同代表のジーナ・マッカーシー氏は、「パリ協定を離脱することで、現政権はアメリカ国民と国家の安全を守る責任を放棄することになる。しかし、安心してほしい。我々の州、都市、企業、地方機関は、米国の気候変動リーダーシップのバトンを引き継ぎ、連邦政府の怠慢にもかかわらず、クリーンエネルギー経済への移行を継続するために全力を尽くす。」と述べています。
また、約350人の市長からなる超党派ネットワーク「Climate Mayors(気候市長)」の議長でフェニックス市長のケイト・ガレゴ氏は、 「連邦政府の行動にかかわらず、気候市長はパリ協定へのコミットメントを撤回しません。」と宣言し、「私たちは慈善団体やビジネスリーダーから国会議員や州知事まで、全米のパートナーとの取り組みを拡大しています。」と述べています。
America Is All In Doubles Down on Commitment to Paris Agreement Despite Trump Withdrawal, January 20, 2025
AMERICA IS ALL INに参加する非国家アクターの規模は、アメリカの人口の63%をカバーしており、なんとアメリカGDPの74%に達しています。世界のGDPランキング2位の中国さえも上回る規模なのです。バイデン前政権は2024年12月、パリ協定の次の目標である2035年NDC(削減目標)として、61-66%(2005年比)の削減を発表しました。それに先立ち、AMERICA IS ALL INが2024年6月に発表した分析では、包括的な社会全体の気候行動によって、米国は2035年までに2005年比で60~70%の範囲内で新しい野心的な国家気候目標を設定し、達成できることを示しています。
まとめ
世界第2位の排出大国であり、温暖化科学をリードしてきたアメリカの今後4年間は、連邦レベルでは温暖化対策は停滞することは否めません。しかしアメリカGDPの70%以上を占める州や自治体ではパリ協定に沿って温暖化対策を進めていくことを誓約しており、温暖化対策のすべてが後退するわけではありません。
世界的に見ると、COPに集まる機関投資家や企業、自治体などの非国家アクターの国際連盟は増加し、ますます力強くなっています。2024年12月、アメリカ大統領選の直後に、アゼルバイジャン・バクーで開催されたCOP29においても、上述のU.S Climate AllianceやClimate Mayors、AMERICA IS ALL INは揺るぎない気候変動対策へのコミットメントを発表していました。また、COP29期間中に行われたAMERICA IS ALL IN主催のイベントでは、アメリカの大手食品企業MARSのチーフ・サステナビリティ・オフィサーのバリー・パーキン氏が、「自ら掲げたネットゼロへの移行計画を進めるにはまだ数十年あり、そのうちに政権は何度も変わる。政権にかかわらず、我々はやるし、やれる」と力強く述べていました。
さらに、企業のためのパリ協定の目標と整合する温室効果ガス排出量削減目標の国際スタンダードであるScience Based Targets (SBT)の認定取得または2年以内に認定取得することをコミット(約束)する米国企業の数はすでに1100社を超えるなど、米国の主だったグローバル企業はパリ協定に沿って脱炭素化を進めています。
日本もゆるぎなく脱炭素化を進めることによって、必然である脱炭素経済におけるリーダーシップをとっていってほしいと思います。