地球温暖化の悪影響に対応する「適応」に取り組む日本企業
2018/06/29
待ったなしの適応策!蚊帳でマラリアを防ぐ
世界の国々が、地球温暖化防止を実現するための約束として交わした「パリ協定」。
この協定では、社会や自然に対する深刻な温暖化の影響を抑えるため、世界の平均気温の上昇を産業革命前と比べ「2度未満(できれば1.5度未満に)」に抑えることを目標としています。
しかし、人類がこのままの生活を続けるならば、21世紀末には平均気温は4度程度も上昇すると予測されており、温暖化対策は待ったなし。
しかも、実際に上昇を「2度未満」に抑えることができたとしても、実は温暖化の悪影響はかなり出てしまうことがわかっています。
たとえば熱波や干ばつ、洪水などの異常気象の増加、気温上昇による熱中症患者の増加や、マラリア・デング熱などの熱帯伝染病を媒介する蚊の生息域の拡大、といった影響です。
もはや避けることのできない、この温暖化の悪影響。
これを緩和するためには、温室効果ガスの削減に最大限に取り組むと同時に、影響そのものにも備えていく必要があります。
温暖化の悪影響に備えることを「適応」と言いますが、実はこの分野は日本企業が持つ高い技術力が活かせる場でもあります。
そこでWWFジャパンでは2018年3月、特にアフリカの貧困と深くかかわるマラリアの蔓延に対し、日本の技術力でその解決に貢献している住友化学株式会社を取材訪問しました。
同社による取り組みの一番のポイントは、こうした活動を一般的な社会貢献活動(CSR)の枠を超え、本業のビジネスとして継続的に取り組んでいる点にあります。
マラリアによる死者が100万人から40万人に
マラリアは、主に熱帯地方で発生する感染症で、ハマダラカという蚊が媒介します。
この蚊が人の血を吸うため吻(ふん:細長い口の部分)を血管に差し込むと、その蚊に宿っていたマラリア原虫が人の体内に入り込み、病気が潜伏、発症するのです。
今も全世界では1年間に2億人以上の患者が発生し、2000年代には死者が100万人を上回ると報告されていました。
感染者が圧倒的に多いのはアフリカ諸国。
貧困から適切なマラリア治療が受けられず、しかもマラリアのせいで職を失い、さらに貧しい生活になるという、負の連鎖に陥っています。
そのためマラリア撲滅は、アフリカ諸国が持続可能な開発をとげるための最優先事項といっても過言ではありませんでした。
しかし現在、世界のマラリアによる死亡者は40万人までに減少しています。
この大きな変化に貢献したと言われているのが、実は日本企業である住友化学の技術なのです。
日本の「蚊帳(かや)」を使った商品開発
住友化学が初めて、蚊の駆除を目的とした薬品を開発し、世界保健機関(WHO)から認証を受けたのは、1970年代のことでした。この取り組みはその後10年以上にわたって、同社内でプロジェクトとして推進され、施策の改善が行なわれてきたといいます。
1998年に始まったWHOの「ロール・バック・マラリア」というマラリア撲滅の国際キャンペーンでは、日本に古くから伝わる蚊帳(かや:天井から目の細かいネットを吊り、寝床などを覆って蚊を防ぐもの)に、防虫剤の薬液に浸すことで表面処理した他社製品がまず採用されました。マラリアに苦しむアフリカの人々を、日本の文化的な家具で守る試みが始まったのです。しかし、この製品は薬品の効果が長続きせず、追加で必要な薬剤処理の手間も使う人々の間で浸透しなかったため、計画は2年で一度振り出しに。
住友化学では、1990年代に防虫効果の長持ちする蚊帳「オリセット®ネット」を既に開発していました。
この製品は、現地の人々が薬剤処理をしなくても、蚊帳の糸(樹脂)に練り混まれた有効成分が、徐々に染み出すことで、3年にわたり防虫効果が継続。また、暑いアフリカでも使いやすいよう、網目の形状を工夫し、風通しを良くしています。この製品のヒントになったのは、既に子会社で製品化されていた虫除けの網戸でした。食品や薬品、半導体、精密部品工場では、わずかな異物の混入も許されません。これを基に、新しいコンセプトの防虫蚊帳を開発したのです。
事業として取り組む
この製品は、2001年にWHOから世界で初めての長期残効型蚊帳として効果が認められ、使用が推奨されました。
また現在は、国連児童基金(UNICEF)などの国際機関を通じて、80以上の国々に供給されており、その結果として、後発製品も含めるとマラリアによる死亡者は今や半減。アフリカの持続可能な開発目標(SDGs)にも、大きく貢献しました。
日本に限りませんが、企業がこうした社会的な問題の解決に貢献する場合、自社本来のビジネスとは別に、「CSR(社会貢献活動)」として取り組むケースが大半です。
しかし、この「オリセット®ネット」の開発と普及は、住友化学がビジネスのまさに本業として、ハマダラカという蚊の防除に取り組んだものでした。
その事業開発には、プロジェクトのリーダーを務めた社員が、1980年代初めからマラリアコントロールをライフワークとして取り組み、自身も製品開発のために出張したアフリカでマラリアにかかった経験を持ち、マラリアがその地域の開発に大きな妨げになるという意識を持っていたからだといいます。
そうした社員の意識が先見の明となり、こうして本業で社会課題解決を果たすことに結びついたのです。
気候変動の脅威と、「適応」としてのビジネスの可能性
気候変動やヒートアイランド現象が進むと、マラリアをはじめ、デング熱、ジカ熱など熱帯の伝染病を媒介する蚊が冬季でも死滅せず、生息域と被害が拡大することになります。
実際、2014年に東京代々木公園でデング熱の感染者が出たり、2016年のリオ・オリンピックでジカ熱の感染が恐れられたりした事例があります。大きな懸念となることは、これまでこういった伝染病の経験のない地域で新たな病気が発生すれば、免疫力のない住民の間でも不安が広がるおそれがあることです。
このような熱帯の伝染病がもたらす問題の中心は、これまでアフリカや東南アジアであったかもしれません。しかし、それが日本でも身近な問題となる日がくるかもしれないのです。
これからの気候変動対策は、温室効果ガスの削減のみならず、こういった気候変動によって起こりうる悪影響に抵抗力をつけていく「適応」策も同時に進めていく必要があります。
そうした状況の中で、日本企業が持つ技術力が本業のビジネスを通じて社会課題の解決策を導きだすことは、世界そして日本がさらされる問題の解決に貢献する可能性を、より高めることを意味しています。
今回WWFが取材した住友化学の担当者は、「企業として取り組む以上、本業としてCSRに取り組むことが大事」と指摘します。
一般的なCSRとして捉えるだけでは、一時的には支援が可能であっても、長続きしないためです。
事業としてやるからこそ、1970年代から、長く継続でき、貢献することが可能であった、といえるでしょう。
「そこが企業として果たすべき一番重要なところではないかと考えています」(同担当者)
これから求められる、待ったなしの温暖化対策の中で、「適応」という視点のビジネスにおいて、日本企業のさらなる活躍が期待されます。
関連情報:適応について学ぼう
自分たちの住んでいる地域ではどんな適応が必要となってくるのか?特に自治体にとっては急務の適応策について情報を提供しています。
この中では、都道府県ごとに分かれた温暖化の影響予測や、各自治体の適応計画、さらに企業にとってリスクとなる気候リスクを管理する事例や、今回の住友化学のケースのように、適応をビジネスとしている事例も掲載されています。
中にはバイオサイクルで持続可能な農業に貢献した事例や、イオン交換膜による安心・安全な水の確保、ゲリラ豪雨対策に活用できる下水道反乱検知ソリューションなど、豊富な実例が掲載されています。
また、経産省による気候変動適応効果可視化事業による調査報告書にも日本企業の適応ビジネスの具体例が掲載されています。
日本企業が得意とする技術で社会課題の解決につながる新しい事業が生まれ、世界で歓迎され、さらなる日本企業の躍進を期待しています。