東日本大震災から5年、「暮らしと自然の復興プロジェクト」の成果と課題をふり返る
2016/03/11
2016年3月11日。東日本大震災から5年にわたるこの期間に、WWFジャパンでは、サポーターの皆さまからのご支援のもと、「暮らしと自然の復興プロジェクト」を継続してきました。まだ多くの課題が残される中、WWFが支援してきた2つのモデル地域で、今どのような復興に向けた取り組みが行なわれているのか。そこに生まれた成果を振り返ります。
「暮らしと自然の復興プロジェクト」の5年間
2011年3月11日に発生した東日本大震災では、特に東北地方の太平洋沿岸地域に甚大な被害をもたらしました。
WWFジャパンは、その未曾有の被害に対し人道支援も含めた被災地のための緊急募金を行ない、義援金を各地に手渡すと共に、地元住民や関係者に対する聞き取りを実施。被害の実態や環境分野での支援の可能性について検討を行ないました。
そして、2011年7月、被災地域の生物多様性の保全と回復、および持続可能な資源管理の両立をめざし、宮城県南三陸町(志津川湾)と福島県相馬市(松川浦)を支援対象地域とした「暮らしと自然の復興プロジェクト」に着手しました。
このプロジェクトでは5年間を実施期間として、被災地の沿岸域における自然環境の基礎的な調査と海洋汚染の調査、さらに漁業経済調査を実施。
それぞれの分野の専門家に調査を依頼し、現状把握と情報共有に努めると共に、その調査結果を震災復興に向けた提言としてまとめました。
モデル地域で開催した意見交換会を通じて、地域の関係者の方々にも復興に向けた関心事を聞き取り、作成されたこの提言は、大きく3つのポイントにまとめられています。
1.自然環境の再生
- 定量的なモニタリング調査を実施し、結果を復興計画に適切に反映させること
- 環境教育、研究の場として、自然再生の取り組みを積極的に活用し、地域の理解と人材育成を図ること
- 震災で生じた新たな自然環境を維持し、積極的な活用を検討すること
2.海洋汚染の対策
- 長期的なモニタリング調査を実施し、生態系への影響を評価すること
- 地域や一般に向けた情報発信のフォーマットを統一し、放射能の暴露リスクの有無と程度を発信すること
3.水産業の復興
- 個々の漁業生産構造に合わせた協業化をすすめ、作業の効率化を図ること
- 自然環境に配慮した適切な養殖施設の配置や操業計画の設定を行なうこと
- 高品質化を図り、産地としての差別化、ブランド化を進めること
モデル地域ごとの現状、成果、課題
1.宮城県南三陸町(志津川湾)での取り組み
志津川湾は南三陸金華山国定公園(現 三陸復興国立公園)に指定され、湾内は多種多様な海そう類が生育する場として、環境省により「日本の重要湿地500」および、国際的な湿地保全条約である「ラムサール条約」の登録湿地の潜在候補地にも指定されています。
地元の主な水産業は、カキ、ギンザケ、ワカメなどの養殖業が中心で、いずれも津波による大打撃を受けました。
そうした中、宮城県漁協志津川支所戸倉事務所は、過密養殖による環境汚染が指摘されていた養殖施設数(特にカキ)を削減することを自主的に決議。漁業復興を通じた環境への配慮をめざす取り組みを開始しました。
WWFでは、この戸倉事務所の取り組みを支援するため、養殖水産物の国際的なエコラベル「ASC(養殖管理協議会)認証」の取得を呼びかけ、その実現可能性を探るべく、漁業者の協力の下、基準に沿った環境調査を実施。
さらに、汚染の一因となってきた飼料の生産会社や養殖施設関連企業、研究機関、水産試験場、県漁協(本部)などとも意見交換を行ない、認証の取得に向けた支援体制の構築に努めました。
2015年2月に行なわれた、ASCの基準に従ったカキの予備審査では、さまざまな協力団体の参加のもと、指摘された課題の改善を行なうと共に、資料やデータの準備を進め、11月に本監査を受けるに至りました。
2016年3月11日現在、この認証審査は最終段階に進んでおり、審査を通過すれば日本初の「ASC認証」を取得した養殖場が、ここ志津川湾の海から誕生することとなります。
加工から販売までの体制も整いつつある他、宮城県養殖振興プランにもこの「ASC認証」は記載され、宮城県漁協の他支所からも問い合わせがあるなど、県内での認証拡大の動きも出ています。
世界が認める環境に配慮した養殖業が、東日本大震災の被災地の海から誕生するという快挙は、まさに復興という言葉を超えた、新しい海との共生を実現するその第一歩といえるでしょう。
また、WWFではこうした地元の漁協によるASCの国際認証の取得を支援する取り組みとともに、子どもたちの海の体験学習への支援にも注力しました。
戸倉地区では以前より漁協と地元の小中学校が協同で海の体験学習を実施しており、関係者からは震災後、その再開を望む声が上がっていました。
WWFではそれに応えるかたちでシュノーケル観察会や、WWFがサンゴ礁の保全に取り組んでいる、石垣島白保の子どもたちとの交流会等を開催。震災を通じて海がどう変化したのか、今後どうつきあっていけばいいのかを、子どもたち一人ひとりに考えてもらうきっかけづくりを行ないました。
被災地の若い世代の子どもたちを対象としたこの取り組みは、今後また何年にもわたり続いてゆく震災復興と、持続可能な海との暮らしを実現してゆくための、礎となることを目指したものです。
2.福島県相馬市(松川浦)での取り組み
松川浦は福島県立自然公園に指定されており、特に底生生物や昆虫類の生物多様性が高いことから、志津川湾と同様、「日本の重要湿地500」やラムサール条約湿地潜在候補地に指定されています。
ここもまた、かつては豊かな漁場でしたが、震災に際しての福島第一原子力発電所の事故を受け、地元の水産業は依然として操業自粛を強いられています。
漁協による放射性物質の検査体制は確立されましたが、沿岸域で漁獲され安全性が確認された魚種72種が試験的に流通しているのみで、まだ復興には程遠い状況です。
また松川浦の主要産品であるアオノリについては、現在も自主規制解除の判断は下されていません。
出荷される魚種は順次増えてきていますが、残念ながら本格的な操業再開の目処はたっていません。
一方、松川浦では漁業とは異なる側面からの復興に向けた取り組みが進められています。
松川浦は小松島とも称される観光名所で、震災前は、毎年多くの観光客が訪れていました。これがきっかけで、環境省復興エコツーリズム推進モデル事業のモデル地域に選定され、地元の方々による、松川浦でのエコツアーの実施体制作りが始まったのです。
震災での津波により景観も自然環境も激変しましたが、この取り組みを進めるため、旅館組合や地元NPO、漁協関係者らは協議会を設置。
すでに松川浦の自然を活かしたツアーのメニュー作りや、その試行を手掛けています。
この協議の中で、WWFでは「暮らしと自然の復興プロジェクト」を開始した初期に、松川浦で行なった自然環境の調査結果をもとに、環境は激変したものの生物多様性は回復傾向にあることを解説。
松川浦におけるエコツアーの可能性やあり方について情報提供を行ないました。
その後、視察や学習会などが重ねられ、2014年には松川浦ガイドの会が結成。2015年より干潟の生物多様性や漁業をテーマにしたエコツアーが、ついに実施され始めました。
WWFでは今後も引き続き、情報発信など中心としたサポートを続けていく予定です。
プロジェクトをふり返って
WWFが「暮らしと自然の復興プロジェクト」を開始して、最初の年に実施報告書でまとめた復興に向けた提言は、必ずしもすべて実現されたわけでなく、WWFとしても取り組めたわけではありません。
地盤沈下や津波によって新たな自然環境が生じた場所などについては、地元関係者からも活用の声も上がっていましたが、復旧工事に当たってはほぼ全ての地域で一律に震災以前の形状に復元されています。今後の取り組みの中で改善が必要な点は、今も多く残されています。
どのような震災復興のゴールを目指してゆくべきなのか。また、その中で、人と自然の共存をどのように実現してゆくべきなのか。
被災地のみならず日本という国が、問われている課題は、まだその答えを見出していません。
しかし、エコツアーという新たな一つの可能性を見出した松川浦や、世界が認める養殖水産物の生産を実現しようとする戸倉地区の人々の取り組みと意志には、その答えにつながる確かな希望があります。
WWFとしても、こうした人々との協力を通じて、防災対策やインフラの復旧を優先しつつも、生態系を活かした減災対策や自然環境の保全回復を通じた生態系サービスの向上が実現できるように、提言と発信を続けてゆきたいと考えています。
東日本大震災から5年。
WWFジャパンでは、サポーターの皆さまからのご支援のもと、被災地での取り組みを継続してくることができました。この場をお借りして、心よりお礼を申し上げます。
WWFからのメッセージ
関連報告
報告書(PDF)
- WWFジャパン「暮らしと自然の復興プロジェクト」実施報告書
- WWF Japan Report on the Nature and Livelihood Recovery Project [Executive Summary]
「脱炭素社会」に向けたエネルギーシナリオ
WWF「暮らしと自然の復興プロジェクト」にご協力いただいた団体、個人(敬称略、順不同)
南三陸町関連
宮城県漁業協同組合志津川支所・戸倉事務所ならびに組合員のみなさま、南三陸町立戸倉中学校、NPO法人海の自然史研究所、三陸ボランティアダイバーズ、宮城ダイビングサービスハイブリッジ、一般社団法人震災復興支援協会つながり、東京大学大気海洋研究所、白保魚湧く海協議会、南三陸町産業振興課、宮城県気仙沼地方振興事務所
相馬市関連
相馬双葉漁業協同組合ならびに組合員のみなさま、はぜっ子倶楽部、松川浦観光旅館組合、松川浦ガイドの会、NPO法人松川浦ふれあいサポート、相馬市民生部生活環境課
WWFジャパン震災復興プロジェクト検討委員(肩書きは協力依頼当時)
馬場治(東京海洋大学海洋政策文化学部門)、高橋五月(東京大学(当時))、長谷川均(国士舘大学文学部)、新井章吾((株)海藻研究所)、鈴木孝男(東北大学理学部)、守屋年史(認定NPO法人バードリサーチ)、田辺信介/磯部友彦(愛媛大学沿岸環境科学研究センター)
その他、南三陸町および相馬市の住民のみなさま、さまざまな団体、企業のみなさまのご協力ご支援を頂きました。重ねてお礼を申し上げます。