メコン川流域の生物多様性保全
2017/07/18
チベット高原から南シナ海まで4,000km以上にわたって流れるメコン川。このメコン川には全長3mにもなるナマズやコイなどさまざまな魚類が生息しているだけでなく、その流域の国々に広がる森林にはゾウやトラなど多様な陸上生物も生息しています。しかし今、東南アジア諸国の経済発展に伴い、ダムや道路をはじめとするインフラ整備が進むと同時に、川や森の環境破壊が急激に進んでいます。
生物多様性の宝庫
東南アジア大陸部を流れる大河メコン川。源流をチベット高原に発し、中国雲南省を下り、ミャンマー・ラオス国境、さらにタイ・ラオス国境を通り、その後カンボジアを通過し、ベトナムのメコンデルタから海へと流れ出ます。
こうしたメコン川流域の国々は、世界で最も生物多様性の高い地域の1つです。
メコン地域で発見されている種は、哺乳類が430種、両生・爬虫類が800種、鳥類が1,200種、魚類が1,100種、そして植物は2万種に上ります。
こうした種の中には、インドシナトラやアジアゾウ、サオラ、メコンオオナマズなど、絶滅危惧種やメコン地域特有の固有種も多く含まれています。
さらに、メコン川流域では、今も多くの新種が発見されています。
1997年から2007年の10年間には、色鮮やかな植物や爬虫類、哺乳類、鳥類など1,068種の新種が発見されました。
また、2015年の1年間にも163種の新種が発見されています。
このように、1997年以降、メコン地域で発見された新種は約2,400種に上ります。
これは、平均すると1週間に2種が新たに発見されていることになり、まだまだ未発見の種が同地域に生息している可能性が高いと考えられます。
進む森林破壊と森林の細分化
しかし、こうして発見された新種の中には、すでに絶滅の危機に瀕しているものも多数含まれています。
その原因は、メコン地域の人口増加と経済開発にともなう森林破壊やインフラ整備の進行です。
メコン地域(中国雲南省を除く)では、1973年から2009年までの間に森林面積が140万平方キロメートルから98万平方キロメートルにまで減少。
この40年間の森林減少面積は、日本の国土面積の1.4倍になります。
特に、森林減少が激しかったタイとベトナムでは、森林面積が4割以上減少し、ベトナムでは天然林の大部分が失われてしまいました。
メコン地域全体でも、天然林の細分化が進んでおり、まとまった森林が残されているのはミャンマー北部と、タイ西部のミャンマー国境周辺、カンボジア北東部(カンボジア・ラオス・ベトナムの3か国の国境付近)に限られています。
このように森林の細分化が進むと、野生生物が森林から森林へと移動することができず、個体群が分断されてしまいます。その結果、繁殖に十分な個体群が維持できず、絶滅の危険性が高まってしまいます。
また、森林の細分化は、密猟者や外来生物の侵入を容易にしてしまうほか、森林火災の危険性も高くなり、森林減少や生物多様性の低下を加速させることにつながります。
森林破壊を推し進めている原因
現在のペースで森林破壊が進めば、2030年までにさらに15~30万平方キロメートルの森林が失われ、その大部分は天然林が残っているタイ・ミャンマー国境とカンボジア北東部に集中すると予想されています。
こうした大規模な森林破壊の原因となっているのが、違法な森林伐採や、天然ゴムやアブラヤシをはじめとする農園の開拓、紙・パルプ用の植林地の造成などです。
なかでも、天然ゴムは世界生産量の7割以上を東南アジア諸国で占めており、今後さらなる生産地の拡大がミャンマー、カンボジア、ラオスで進むと予測されています。
世界の違法な野生生物取引の中心地
また、メコン地域では、密猟や違法な野生生物取引も大きな脅威となっています。
同地域は、世界の野生生物取引の中継地や最終目的地となっており、その中でも中心地となっているのが、タイ、ミャンマー、ラオス、中国が国境を接するゴールデン・トライアングルと言われる場所です。
ゴールデン・トライアングルの中心に位置するミャンマーのモン・ラ市で2009年と2013年に実施された調査では、少なくとも39頭分のトラの一部が発見され、世界の違法なトラ取引の約3分の1がミャンマーを経由していると推定されています。
また、モン・ラ市では、象牙やセンザンコウ、ヒョウ、ウンピョウ、ゴールデンキャット、さらにアフリカのサイの角まで販売されており、その末端価格は400万米ドル(約4億円)を超えると推測されています。
乱立するダム建設計画
さらに、メコン川の水生生物にとって深刻な脅威となっているのがダム建設計画の進行です。
メコン川の下流域に位置するラオスとカンボジアでは、経済発展に伴う電力需要への期待に応えるために、10を超える新たなダムの建設が計画されています。
しかし、こうした計画の多くは、十分な環境影響評価やその後の適切な対応がないまま進められようとしており、メコン川に生息する多くの生物に甚大な影響を及ぼすことが懸念されています。
また、メコン川流域では、6,000万人の人々が漁業やデルタ地帯での稲作など、メコン川の恵みに生計を依存しており、無秩序なダム建設はこうした多くの住民へも大きな影響を与えます。
WWFの取り組み
このように、メコン地域には多様な生物を抱える豊かな自然が残っている一方で、経済発展に伴う急速な環境破壊が進んでいます。各国のWWFでは、メコン地域の生物多様性を保全するために、さまざまな活動に取り組んでいます。
森林モニタリング
メコン地域における森林減少の現状を把握し、今後どの場所で森林破壊が進むかを予測するため、衛星画像や現地調査による分析を実施しています。調査によって、優先保全地域や保護区内での違法伐採を発見し、さらに道路や農園の密度から今後の森林破壊予測と防止策を立てます。
持続可能な天然ゴム生産の推進
天然ゴム農園の拡大を目的として森林が切り開かれることを防止するために、政府に対する政策提言を行っています。天然ゴムの需要拡大に対応するためには、生産面積の増加よりも生産性の向上に重点をおいて、生産者に対するトレーニングも実施しています。
違法な野生生物取引の取り締まり強化
野生生物の密猟を防止するために、国立公園や保護区でのレンジャーによるパトロールの強化を支援しています。また、国立公園当局と警察、検察などの政府機関の協調を促進し、野生生物取引のモニタリングと取り締まりを支援するとともに、違法マーケット閉鎖の政策提言も行っています。
ダム建設に対する政策提言
WWFは、メコン川流域の各国に対して、メコン川の下流域におけるダム建設を10年間凍結し、科学的根拠に基づいた環境マスタープランを作成するよう求めています。また、大型水力発電に代わる再生可能エネルギー利用の政策提言も行っています。