クマの保護管理
2012/01/19
日本において、クマは保護動物でしょうか?それとも狩猟獣でしょうか?絶滅が心配されている地域もあるクマですが、日本の法律の中では、どのように位置付けられているのでしょう。保護や捕獲に関する法律や施策を中心に、ご説明します。
クマの保護管理と法律上の扱いについて
「絶滅のおそれ」=「保護しなければならない」ではない
世界の絶滅のおそれのある野生生物の「レッドリスト」は、IUCN(国際自然保護連合)がまとめ、発表しているものです。
日本の環境省や都道府県も、それぞれこの「レッドリスト」もしくは「レッドデータブック」という資料をまとめ、日本国内および各都府県内で、絶滅のおそれが指摘される野生生物をリストアップしています。
「レッドリスト」の詳しい説明は、以下のページをご参照ください。
しかし、しばしば誤解されることですが、この「レッドリスト」に掲載されている動植物は、必ずしも「保護動物」に指定されているわけではありません。
ツキノワグマも、IUCNのレッドリストでは「危急種(VU)」にランキングされていますし、環境省のレッドリストでも、四国や紀伊半島のツキノワグマなどを、「絶滅の危機にある個体群」としています。
それでも、レッドリストへの掲載は、あくまで科学的に判定した「危機の程度」を示すだけのものです。保護をするためには、また別の法律や制度が必要なのです。
日本では民法によって、法律上、クマをはじめとする野生鳥獣は、誰の所有物ではない「無主物」となっています。この「無主物」は、誰の所有物でもありませんが、勝手に捕獲などをすることはできません。
しかし、鳥獣の保護および狩猟の適切化に関する法律(鳥獣保護法)によって「狩猟鳥獣」に選定されている場合、定められた期間、場所、猟の方法であれば、捕獲をしてよいことになります。
また、野生鳥獣が農作物や人間などに被害を与えている場合、指定された手続きのもと、都道府県知事などの許可を受けて、「有害捕獲」と呼ばれる方法で捕獲をすることが認められています。
さらに特定鳥獣保護管理計画(後述)による、数の調整などを目的とした、管理捕獲というものもあります。
ですから、「クマが殺された」というニュースが流れたとき、その処置は何らかの法的な根拠に基づいて行なわれた場合が、大半なのです。
野生鳥獣に関する法律
国民の共有財産として位置づけられている野生鳥獣の管理は、国民の権利の代行者である国や都道府県などの行政がおこないます。
国内に生息するヒグマとツキノワグマの保護管理に関する主な法律は、以下のものが挙げられます。
- 鳥獣の保護および狩猟の適切化に関する法律
- 鳥獣による農林水産業等に係る被害の防止のための特別措置に関する法律
- 絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律
- 自然公園法
- 自然環境保全法
- 国有林野の管理経営に関する法律
- 銃砲刀剣類所持等取締法
- 文化財保護法
- 民法
など・・
特定鳥獣保護管理計画について
その中でも、特に重要なのが「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律(鳥獣保護法)」でしょう。鳥獣保護法の源流をたどると、1895年(明治28年)の「狩猟法」にまでたどり着くことができます。まず、クマをはじめとする野生鳥獣の保護管理は、「狩猟」を規定する法律から始まったといえます。
その後、「狩猟法」はさまざまな変遷を重ねて「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律」に改正され、1999年にはクマの保護管理にとって大きな転換点となる改正が行なわれました。それは「特定鳥獣保護計画制度(特定計画制度)」が創設されたこと、そして今まで国が行なってきたクマをはじめとする鳥獣の保護管理を、都道府県の責任で行なうことになったことです。
特定計画制度の創設に当たり、ヒグマとツキノワグマはその対象となる特定鳥獣に指定されました。ヒグマあるいはツキノワグマを保護管理する当局となる都道府県は、知事が「特定鳥獣保護管理計画(特定計画)」を策定し、その計画を指針にして保護管理を行なうのです。
なお、この計画の策定は任意のため、策定している都道府県と、策定していない都道府県があります。環境省が発表している2013年4月1日付けの資料によると、21の府県がツキノワグマの特定計画を策定しています(ヒグマの生息地である北海道では特定計画を策定していないので、ツキノワグマのみの計画となっています)。
特定計画の内容について
特定計画の概要を、環境省のウェブサイトから簡単に紹介します。
- 計画的な保護管理
野生鳥獣と人との軋轢を解消するためには、科学的なデータに基づく保護管理事業を、計画的に実施する必要があります。これらを踏まえ、特定計画では、人と野生鳥獣との軋轢を解消するとともに、長期的な観点からこれらの野生鳥獣の個体群の保護を図ります。 - 個体数管理におけるゾーニング区分とコアエリアの設定
特定計画の計画対象となる地域は、土地利用や生息密度等の状況に応じてゾーニング(区域分け)をして保護管理する必要があります。個体数を減少させる個体数管理を行なう区域や、地域個体群の生息地として重要な地区を保護区域(コアエリア)として指定したり、猟法の制限区域としたりするなど、地域の実情に応じたきめ細かな管理が必要です。 - 個体数管理の目標の柔軟性
野生鳥獣の生息状況などは、必ずしも予測どおりにはならない不確実なものであることを踏まえて、柔軟で順応的な管理手法(フィードバックシステム)を創出する必要があります。このため、個体数管理の目標値は固定的な数値水準ではなく、一定の幅を持って定め、状況の変化に応じて、適時的確な見直しが行なわれなければなりません。 - モニタリング
捕獲数は、鳥獣の生息動向や農林業・生態系被害の程度の変化、狩猟や個体数調整による捕獲の実施状況などを踏まえて、毎年検討される必要があります。
そのため、鳥獣の地域個体群の生息動向、生息環境、被害の程度などについてモニタリングを行い、特定鳥獣保護管理計画の進捗状況を点検するとともに、個体数管理の年間実施計画等の検討(フィードバック)に反映させなければなりません。
特定計画制度の課題
一方、専門家からは、クマの特定計画制度が抱える課題として、次のことが指摘されています(間野勉・大井徹・横山真弓・高柳敦共著、2008年『哺乳類科学』発表、「日本におけるクマ類の個体群管理の状況と課題」)。
- 個体数推定とモニタリングの課題
クマ個体群の動向(個体数や生息域など)把握の必要性は、多くの都道府県で指摘されていますが、未だにその手法の確立が課題で、それぞれの地域ごとに手探りで進めているのが現状です。
モニタリングの信頼性を上げるためには、調査の質や量をより良いものへとしていくことが必要です。
一方、モニタリングの予算は、都道府県によって大きな差があります。適切なモニタリング費用を一概に算出することは難しいですが、都道府県は予算や人員の確保を含む実施体制を充実させていくことが必要です。そして、特定計画の策定に携わるシンクタンクとしての研究者にも、必要な精度を満たしながらも、適切な経費に収まる調査の設計が求められます。 - 管理目標の達成状況とフィードバック
例えば、多くの都道府県で実施されているモニタリング項目には、クマの出没・被害状況が挙げられている一方、出没・被害防止の数値目標を明示しているものはありません。
しかし、クマの管理計画については、具体的な数値を設定する技術が未発達であるために、目標とモニタリング項目との整合性が必ずしも取れていないという問題があります。例えば、多くの都道府県で実施されているモニタリング項目には、クマの出没・被害状況が挙げられていますが、これらについて数値目標を明示しているものはありません。
さらにクマの保護管理では、全体的な個体数の管理だけではなく、農作物を食害する個体や人家付近への出没を繰り返す個体など、「問題行動を起こすクマ」を対象とした個体レベルの管理が重要だと考えられています。どの個体が「問題行動を起こすクマ」なのかについての客観的な指標を設け、そのような問題クマを減らすための取り組み、またその検証が必要になります。
各都道府県の特定計画について
ヒグマとツキノワグマの保護管理は、都道府県が行なうことになっています。
2013年4月現在で、21の府県がクマの「特定鳥獣保護管理計画(特定計画)」を策定しています。
ヒグマとツキノワグマが生息する都道府県では、こうした特定計画を策定し情報を開示することで、クマの保護管理の方針を明らかにし、なによりその計画を実施する実行性が求められています。
▼「特定鳥獣保護管理計画(特定計画)」を策定している21の府県
毎年、狩猟・捕獲されているクマ
日本で行なわれているクマの捕獲には、2つの区分があります。「狩猟」と「許可捕獲」です。その大きな違いは、狩猟が捕獲の時期、地域、捕獲方法などを制限されているのに対して、許可捕獲はそれらの制限がないことです。
日本に生息する2種のクマは、法律によって狩猟鳥獣に選定されているため「狩猟」が行なわれ、その他に「許可捕獲」が行なわれています。
ヒグマの捕獲数は、1960年代には500頭以上でしたが、1990年代になると200頭台半ばまで減少しました。しかし、1990年代後半から増加し、2000年代では平均404頭となっています。
ツキノワグマの捕獲数は、1960年代から増加傾向をたどり、1970年代には2,000頭前後の高い数で推移しました。1980年代後半からは減少に転じ、1990年代には西日本各県での狩猟禁止や狩猟団体である大日本猟友会の狩猟自粛により、年間1,500頭前後にまでなりました。その後、再び増加して近年は毎年2,000頭前後が捕獲されています。
ツキノワグマの捕獲数について近年の特徴は、2004年、2006年、そして2010年と大量出没-大量捕獲がおこっているということです。環境省によると、2006年には4,856頭と過去最大の捕獲数を記録しました。2000年~2010年までのツキノワグマの許可捕獲数を下の図で示します。
狩猟と許可捕獲
狩猟について
クマは鳥獣保護法によって、狩猟が許可されています。鳥獣保護法では、日本に生息する野生鳥獣約700種のうち、狩猟の対象としての価値、農林水産業への被害、鳥獣の生息状況への影響を考慮し、49種類を狩猟鳥獣に選定しています。そのうち獣類は20種類で、この中にヒグマとツキノワグマが含まれています。
狩猟を行なうためには、都道府県知事が実施する狩猟免許試験に合格し、狩猟免許を取得した上で、狩猟をしようとする都道府県に毎年狩猟者登録し、狩猟ができる区域・期間・猟法など、法令で定められた制限を遵守する必要があります。
またヒグマとツキノワグマについては銃による狩猟しか許可されていませんので、銃の所持に関して、各都道府県の公安委員会からの許可を得ることも必要になります。
ただし、西日本を中心とした20府県では、環境省の省令や県の条例で、クマの狩猟を禁止しています。
許可捕獲について
クマは鳥獣保護法によって、狩猟により捕獲する場合を除いて、原則としてその捕獲が禁止されています。
ただし、生態系に悪影響を及ぼす場合や農林水産業に被害が出ている場合、人間に直接被害を及ぼす、あるいは人間の生活環境に被害を及ぼす場合、そして学術・研究上の必要性が認められる場合などには、都道府県知事の許可を受けて、捕獲をすることが認められています。
都道府県によっては、地方自治法や鳥獣による農林水産業等に係る被害の防止のための特別措置に関する法律に基づき、その捕獲許可権限の一部を市町村長に委任している場合があります。捕獲許可申請は、被害を受けている個人、法人(地方公共団体、農協、森林組合など)が行なうことができます。
以下、3つの許可捕獲を紹介します。
- 有害捕獲
農林水産業への被害、そして人間に被害を及ぼす場合などに許可される捕獲です。一般的には「有害(鳥獣)駆除」として知られています。
近年、狩猟によるクマ(ヒグマおよびツキノワグマ)の捕獲頭数はほぼ横ばいですが、有害捕獲頭数は、増加傾向にあります。特に、2000年代に発生した大量出没の際には、有害捕獲による大量捕殺が行なわれ問題になっています。 - 特定計画に基づく個体数調整(数の調整を目的とした捕獲)
特定計画、つまり鳥獣保護法で定められた特定鳥獣保護管理計画に基づき、個体数の管理を行なう捕獲です。
ツキノワグマの生息(推定)数の多い豪雪地域で行なわれ、通常、残雪のある初春にマタギの伝統的な猟法で行なわれます。秋田県、山形県、長野県などで実施されています。また北海道でも一部の地域で試験的に実施されています。
この調整捕獲は、春に捕獲の圧力をかけることで、人間とのクマとの緊張関係を保ち、夏から秋にクマが人里へ出没することを抑制する効果があるといわれています。一方で、十分な科学的なデータがなく、「春に行なう事前調整のための捕獲」に妥当性があるか、検証を行なう必要があるという意見もあります。 - 学術捕獲
学術・研究上の必要性が認められる場合に認められる捕獲です。学術・研究上のための捕獲ですから、その目的や成果を明確にし、妥当性と透明性のあるものでなくてはなりません。もし不適切な学術捕獲が行なわれた場合は、大きな問題となるでしょう。
錯誤捕獲
イノシシやシカなど、他の動物を捕獲するために仕掛けられたわな(くくりわなや箱わな)に、誤ってツキノワグマがかかる場合があります。本来目的としている鳥獣でなく、誤って目的外の鳥獣を捕獲してしまうことを、錯誤捕獲といいます。2006年、錯誤捕獲の防止などを目的に、わなの規制が強化されました。
一方、イノシシやシカなどの狩猟を目的にしたくくりわなで、ツキノワグマを錯誤捕獲してしまう事例が各地から報告されています。クマがくくりわなにかかると、強い力で無理に引っ張るため、脚に食い込んだワイヤーによって脚が切断されてしまうこともあります。
群馬県でくくりわなにより錯誤捕獲されたクマを対象にした解剖調査では、「その設置方法を誤った場合には、動物に対して過剰な損傷を与えるほか、不用意な死を招く確率が高くなることから、設置には細心の注意をはらい、適切に巡回し管理されるべきものである」と締めくくっています。
また法律による規制の対象にはなっていませんが、イノシシ猟などに利用する大型の箱わなによっても、ツキノワグマの錯誤捕獲が数多く報告されています。
錯誤捕獲を防ぐため、箱わなの天井部にクマ用の脱出孔を設ける、クマがわなに執着しないよう周辺にクマの痕跡があったら、いったんわなへの餌の設置を中止するように指導している猟友会などもあります。
錯誤捕獲されたクマは放獣しなければならないのが原則ですが、クマの放獣作業には危険が伴います。また、わなによりクマが損傷を負っている場合もあります。さらには、放獣に対応する体制が整っていなければならないこと、地域住民が放獣に反対することなどもあり、原則通りには放獣が実施されていないのが現状です。
学習放獣
錯誤捕獲や有害捕獲で生け捕りされたクマを、クマが嫌がる(忌避する)「お仕置き」をしてから放獣することを学習放獣といいます。クマにお仕置きをすることで、人間は怖い存在だと学習(忌避学習)させ、放獣後、人里に近づけさせないことが目的です。
「お仕置き」の方法としては、クマ撃退用のトウガラシ成分が入ったスプレーを噴きかける、爆竹を鳴らしたりクマが入っている檻を叩いて大きな音を出す、放獣する際に花火を撃ちかける、訓練された犬に後を追いかけさせるなどがあります。
学習放獣は、絶滅のおそれのある地域個体群の保全や、大量出没のときの捕殺数を減らすことができるなどの効果が期待できます。
一方、放獣する際に、クマが再び出没して被害を及ぼすのではないかと心配する地域住民との合意を形成することが難しい、放獣する場所を確保する(地権者の合意を得る)のが難しい、麻酔薬の取り扱いを含め専門家がいる体制が整っている地域が少ない、などの課題もあります。
また、学習放獣したクマが再び同じ場所に出没する(回帰する)可能性は否定できません。どの程度の割合で、回帰するクマがいるのかについての調査が行なわれていますが、実施される地域や放獣するときの条件などによって差があり、一般化はすることは困難です。
しかし、一定の忌避効果が確認されていることから、クマの学習能力を生かした被害対策として、クマの保全に適した保護管理手法の一つと考えられます。