北ウルセガマ森林再生プロジェクト 活動報告


目次

ボルネオオランウータンと北ウルセガマの紹介と概観

北ウルセガマ森林再生プロジェクト

現地プロジェクト担当者からの言葉

報告書


ボルネオオランウータンと北ウルセガマの紹介と概観

ボルネオオランウータンについて

マレー語で「森の人」の意味を持つオランウータン。
そのうちの1種であるボルネオオランウータンは、東南アジアのボルネオ島だけに生息する非常に希少な類人猿です。

IUCN(国際自然保護連合)の「レッドリスト」では「EN(絶滅危惧種)」として記載されており、個体数はおよそ45,000~69,000頭と推定されています。

その名の通り、熱帯の森の中で生きるボルネオオランウータンの個体数は、密猟と森林減少、森林の分断化によって急速に減少しています。

森林に非常に強く依存しているボルネオオランウータンにとっては、森林減少はそのまま、生息地の減少を意味するのです。

特に、アブラヤシ農園の無計画かつ急激な広がりと、環境に配慮しない木材伐採は、ボルネオ島の森林減少と分断化の大きな原因となっています。

WWFはこれまで、絶滅の危機にあるボルネオオランウータンの保全のため、長年にわたりさまざまな活動を行なってきました。

2007年から2016年まで行なわれてきた「北ウルセガマ森林再生プロジェクト」も、そうした取り組みの一つとして、ボルネオ島マレーシア領サバ州の北ウルセガマで保護活動を展開しました。

ボルネオオランウータン

地平線まで広がる広大なアブラヤシ農園。開発以前には、森林が広がっていた。

北ウルセガマについて

北ウルセガマは、ボルネオ島マレーシア領サバ州のウルセガマ森林保護区の一部を指します。

北ウルセガマでは、1980年代から2007年まで、木材生産のために、環境に十分な配慮をしていない過剰な森林の伐採が行われてきました。

これに加えて、1983年および1997年から1998年にかけて発生した大規模な森林火災によって森の多くが焼失してしまいました。

そして、そこに生きるオランウータンの生息数は、サバ州政府や様々な団体の調査によって、北ウルセガマには約170頭(2007年に推定、HUTAN未公表レポート)から約300頭(2008年に推定、WWFマレーシア未公表レポート)ほどであることが明らかにされました。

またこの一連の調査は、このオランウータンの個体群が、北ウルセガマの森で孤立している現状も示すものとなりました。

なぜならば北ウルセガマは、北側にオランウータンが生息できないアブラヤシ農園が広がり、南側にはセガマ川という大きな河川が流れ、他の森林と分断された「陸の孤島」のような状態になっていたためです。

さらに森林火災の影響から、北ウルセガマの一部は、樹木が一切ない草地となったほか、残された森林も自然な状態では再生が望めないほどに著しく劣化。野生生物、特に樹上生活を主とするボルネオオランウータンの生息には適さない環境となっていました。

つまり、このままではボルネオオランウータンの長期的な生存が望めない、危機的な状況にあることが明らかになったのです。

こうした事実を受けて、WWFと、政府機関であるサバ州森林局、そして地元の財団であるサバ財団とサイム・ダービー財団は北ウルセガマの森林再生に取り組むことを決め、2007年に活動を開始しました。

北ウルセガマの劣化森林。樹木がほとんど残っておらず、多くの場所が草本やツル性植物が繁茂した藪のような草地になっている。

アブラヤシ農園の開発のため伐り拓かれる森。

北ウルセガマは地図内で赤く囲われた地域。2012年以降は、ブキ・ピトン森林保護区という新たな名称が、サバ州森林局によって与えられている(クリックで拡大)。

北ウルセガマ森林再生プロジェクト

プロジェクトの実施体制

森林再生活動は、北ウルセガマの全域12,000haをWWFマレーシア、サバ財団、サイム・ダービー財団の三団体が受け持ち、サバ州の政府機関であるサバ州森林局と協力して実施されています。

このうちWWFは2,400haの区画を担当し、多くの企業・団体、そして世界各地のWWFの国際的なネットワークの支援のもと、植林活動をはじめとする、さまざまな取り組みを実施してきました。

WWFジャパンでは、2009年にWWFマレーシアとともにこの活動に取り組むことを決定。伊藤忠商事株式会社及び伊藤忠グループ会社の資金的支援のもと、2,400haのうち967haでの森林再生活動を展開しました。

北ウルセガマ全域の地図。赤い線で囲われた地区が北ウルセガマを示し、WWFは、中央の緑色のブロック2,400haで活動を実施している。黄色のブロックがサバ財団の担当区画、紫色のブロックがサイム・ダービー財団の担当区画となっている(クリックで拡大)

またこの活動は、マレーシア、ブルネイ、インドネシアの三か国が国境を越えて取り組んでいる「ハート・オブ・ボルネオ」に貢献するものとしても位置付けられており、国際的にその重要性を認められているボルネオ島の豊かな生物多様性保全に貢献する取り組みとしての役割も担いました。

北ウルセガマ森林再生プロジェクトが目指すもの

本活動は、下記の二つの大きな目的に沿って実施されました。

  • 劣化森林の森林構成と生産性の再生
  • ボルネオオランウータンをはじめとした野生動植物の長期的な保全に貢献すること

森林再生活動

森林再生活動では、プロジェクト地の全域で、ボルネオ島在来の植物種の苗木を一定の間隔で植林し、その後の約2年間にわたり苗木の周辺の除草等の維持管理作業を継続することで、森林の再生を目指してきました。

これらの作業は、サバ州森林局とWWFマレーシアが合意した手法に則って行われ、植林する樹種については、約60種に及ぶ多種多様な樹種を環境に合わせて植林していくなどきめ細かい作業が行われています。

WWFの担当区画2,400haのうち、2016年1月までに2,084haで植林が完了、このうち2012haで維持管理作業が完了しており、残りの区画については、引き続き作業が継続しています。

WWFジャパンがWWFマレーシアと活動を行ってきた区画については、2016年1月に全作業が完了しました。

ボルネオオランウータンのモニタリング調査

WWFでは、森林再生活動に加えて北ウルセガマに生息するボルネオオランウータンのモニタリング調査を実施。

この動物が利用している樹種の特定など基礎的な情報の収集や、森林再生活動がボルネオオランウータンに与える影響の調査などを行ってきました。

植林用のラインの準備の様子。北ウルセガマの大部分は厚い藪で覆われており、苗木を植える前にこの藪を切り払う必要がある。

切り払った後の植林用ラインの様子。8mごとにこのようなラインを作成し、このライン上に8m間隔で植林を行っていく。

植林に向かう様子。すべてを手作業で行っていく。

2012年10月の写真。看板横に、植えたばかりの小さな木が見える

2016年1月の写真。看板横の木々が2012年に比べて大きく成長していることが分かる

北ウルセガマ森林再生プロジェクトの成果

プロジェクトの成果を測るためにWWFが行った科学的な調査の結果から、森林再生活動を行った地区で森林被覆が回復しつつあるというポジティブな変化が明らかになってきています。

加えて、ボルネオオランウータンの調査を通して、プロジェクト開始以前には、わずかに残された比較的状態の良い森でしか見られなかったボルネオオランウータンが、より広い範囲で行動するようになりつつあることも明らかになってきています。

これは、森林火災や伐採の影響で、ボルネオオランウータンが利用できないほどに劣化してしまった森の一部が、森林再生活動を通して徐々に回復してきていることを示唆しています。

実際に2012年には、森林再生活動で植え、育ってきた木々をボルネオオランウータンが利用する様子が直接観察されはじめました。

また、調査を通して得られた、ボルネオオランウータンが利用する樹種などの基礎的な情報は、今後森林再生の手法を見直す際などに利用されることになります。

このように、森林再生活動が、森林の回復やボルネオオランウータンへのポジティブな影響をもたらしたことが明らかになりました。

それだけでなく、これまでの活動は、サバ州森林局の大きな決定を導くことにつながりました。北ウルセガマの森は2007年のプロジェクトの開始以降も、伐採が法的に認められた「商業林(Class 2 Forest Reserve)」として扱われていましたが、2012年3月に完全な「森林保護区(Class 1 Forest Reserve)」へと変更されることになったのです。この決定により、北ウルセガマでは一切の商業伐採や狩猟行為が禁止されることとなりました。

またこの際に、「ブキ・ピトン森林保護区」という新たな名称を与えられ、ウルセガマ森林保護区から独立した、新たな森林保護区となることも決定しました。

つまり、このプロジェクトは、サバ州森林局が森林再生、ボルネオオランウータンの保全を推し進めていくより強い意志を引き出すものとなったのです。

2008年と2013年の森林被覆の比較。緑色の部分が、2008年当時樹木のない草地・ヤブだった場所から森林へと回復した場所を示しており、WWFの担当区画2,400haに対して約20%にあたる(クリックで拡大)

2007年と2013年のボルネオオランウータンのネスト(寝床)の分布の比較。緑色の部分が、ネストがより多く発見されるようになったことを示している。WWFの担当区画のほぼ全域が、より高い頻度でボルネオオランウータンに利用されていることが分かる(クリックで拡大)

植林した木を利用するオランウータン。

北ウルセガマの今後

北ウルセガマで、WWFジャパンが伊藤忠商事株式会社及び伊藤忠グループ会社の支援を得て行なってきた活動については、2016年1月を以て完了しましたが、2016年3月現在、WWFマレーシアは、サバ州森林局をはじめとした地域の関係者と協力のもと、森林の再生活動を継続しています。

WWFでは引き続き、国際的なネットワークを通じたボルネオの森林保全、および再生の取り組みを行ない、オランウータンをはじめとする希少な野生生物の保全と、持続可能な森林の利用を推進する取り組みを行なって行きます。


現地プロジェクト担当者より

肌で感じる森林の再生

WWFマレーシア 北ウルセガマ森林再生プロジェクト担当マネージャー
フレディナンド・ロビンシウ

この数年間、毎日のように現場を訪れる中で、森が日々確実に再生していることを、私は実感してきました。

森は拡大し、成長の早い苗木は一番大きく成長したもので30m程にもなり、その樹上では野生動物たちが暮らしていることも確認されています。
地道な森林再生活動が実を結んだ確かな証です。

しかし、野生動物に芽が食べられてしまったり、体の痒い部分を掻くために体を擦り付けたり、踏み潰されたりして、苗木がだめになってしまうことも、しばしばありました。

突発的な大雨で水浸しになったり、反対に乾季には乾きすぎたりして、せっかく植えた苗木が弱ってしまうことも珍しくありません。

また、成長の早い草本やツル性植物は、苗木を覆って成長を阻むため、定期的な草刈りや手入れも、大切な仕事として続けなくてはなりませんでした。

森も動物も生きているからこそ、面白いことも、難しいこともたくさんあります。

思い通りに進まず苦労したことも多々ありましたが、辛抱強く、継続することが何よりも大切だと感じています。

森の希望をつなぐもの

今では、森で野生動物の気配を感じる機会が、以前より増えたように感じます。

しかし、今回のプロジェクト期間を通して変化したのは、森林面積と野生動物の暮らしだけではありませんでした。

最初は森林の劣化に対する危機感が関心も薄かった地元の人々の間でも、今では活動に対する理解が広がり、積極的に協力してくれる姿勢が見られるようになったのです。

私自身、サバ州で生まれ育ち、豊かな森が傷ついてきた姿を知っています。

その中で、こうした人々の輪が広がり、植えた苗木たちが力強く育って、その樹上でオランウータンが寛いでいる情景には、この上のない喜びを感じてきました。

また、この数年間の努力と、支援者の皆さまからお寄せいただいた全ての気持ち。それが、北ウルセガマの森の希望をつないでいることも確信しています。

今後もこのような森林再生活動が長く続き、ボルネオ島の森林と野生動物たち、そしてそこに暮らす人々の未来が、明るく希望に満ちたものとなるように。取り組みを続けてゆきたいと思います。

私たちの取り組みをご支援くださった日本の皆さまに、この場をお借りして心より感謝を申し上げます。

道路の両脇に立ち並ぶ、大きく成長した苗木。中央下に写っている自分の背と比べると、高さがお分かりいただけるかと思います。

シカの仲間のスイロク(サンバー)によって倒されたと思われる苗木


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