自然の森に帰ったトラ「ウポニー」の新しいすみか


※2023年6月26日をもって、WWFロシア(Vsemirnyi Fond Prirody)はWWFネットワークから離脱しました。

2014年秋、極東ロシアで1頭の野生のトラが人里に現れ飼い犬を襲い、野生生物リハビリ・センターへと移送されました。「ウポニー」と名づけられたこのトラは、野生復帰のためのリハビリを受けた後2015年春に野生に放され、同年の冬が始まる前に自分の縄張りとなる場所を見つけて、すみ始めたことがわかりました。このまま安全に暮らせることが確認されれば、再び人里に降りてこないか追跡する発信器付きの首輪は外される予定です。

人里に降りてきたトラの「ウポニー」 

極東ロシアに生息するトラの亜種シベリアトラ(アムールトラ)は、長年にわたる密猟と森林破壊の影響により、IUCN(国際自然保護連合)の「レッドリスト」で絶滅危惧種(EN)に指定されています。

近年の調査では、保護活動の成果で個体数の回復が確認されていますが、違法伐採や大規模な商業伐採による森林破壊は今も続いている一方、野生のトラが食物を求めて人里に出没するケースも起きています。

2014年11月にも、ハバロフスク地方で人の住む集落に1頭のオスのシベリアトラが現れ、事件になりました。

数頭の飼い犬を襲ったこのトラは、現場に駆け付けたWWFロシアのスタッフたち保護関係者の手により捕獲され、その後、ウチョス野生生物リハビリ・センターに運び込まれました。

輸送用ケージからなかなか出ようとしなかった頑固さから「ウポニー(頑固者)」と名づけられたこの個体は、3歳のオスで、診断の結果、ひどく衰弱していることが判明。

自然の中で獲物が獲れなくなり、集落で家畜を襲ったものと考えられました。

森での新たな暮らし

捕獲されたトラの「ウポニー」

野生復帰のためのリハビリ施設

森に放されたウポニー

リハビリ・センターで野生復帰のためのトレーニングを受けたウポニーは、その後、順調に回復し、2015年5月、ついに自然の世界に戻されることになりました。

場所は、アニュイスキー国立公園に隣接するムヘン川流域の森です。

この野生復帰に際にして、WWFロシアのスタッフたちは、ウポニーの首にGPS発信器つきの首輪を取り付けました。

実は、ウポニーのように、一度保護されたトラが回復し、再び野生に戻されるケースは、決して多くありません。

保護されるトラの中には、健康状態に異常をきたし、回復できない個体も多い上、元気な個体でも集落に現れた時点で殺される場合が少なくないためです。

このため、貴重な野生復帰の成功例として期待されるウポニーの行動を追跡調査し、今後の同様の取り組みに活かすことが求められていました。

実際、ウポニーの行動データからは、驚くべきことがいくつもわかってきました。

まず、しばらくの間アニュイスキー国立公園に滞在していたウポニーは、その後、北に向かって移動し、10月には200キロ離れたアムール川に到達。

そして、ニコラエフスク・ナ・アムーレという大きな町の方角へ向かう途中、2頭のイノシシを狩ったことも確認されました。

もともと、トラは広い行動圏を持つ野生動物として知られていますが、この時は、GPSで行動を追っていた専門家の間からも、懸念する声がありました。

一度は衰弱し、保護されたウポニーにとって、700キロ以上におよぶ長距離の移動が、生存にかかわるストレスになる可能性が考えられたためです。

ウポニーが見出した新しいすみか

ウポニーの移動の記録

その後も、追跡調査を続ける、科学者やWWFロシアのトラの専門家、アムールトラセンターのスタッフらが新たな展開を目にしたのは、2015年11月、極東ロシアに厳しい冬が到来する、その直前のことでした。

ウポニーの移動がついに落ち着き、一定のエリアで行動するようになったのです。

その場所は、ハバロフスク地方南部にあるガスキー野生生物保護区。

専門家もウポニーが安心して生きられる貴重な場所だと判断する、保全状況の良い保護区でした。

実際、GPS発信器を使った調査と現地調査により、2016年初めには2カ月にわたって、ガスキー野生生物保護区を含むガー川の流域で安定して過ごしていたことや、体重が50キロにもなるイノシシを狩っていたこともわかりました。

またGPS発信器は、このプロジェクトの中で、もう一つの重要な役割も果たしてくれました。

発信される情報のおかげで、WWFロシアなどの保護関係者は、野に放たれたウポニーが、人の住む集落にまた接近していないか、その位置を確認することができたのです。

そして、ウポニーの位置や体調の情報を管理しているハバロフスク地方狩猟局も、いつでも出動態勢を整えてきました。

ウポニーが再び人と遭遇事故を引き起こさないよう、防ぐ上でも調査活動は役に立ってきたのです。

これからの野生復帰プログラムへの貢献

WWFロシアのトラ専門家、パヴェル・フォメンコ

WWFロシア・アムール支部の野生生物プログラム・コーディネーターとして、今回のプログラムに尽力してきたパヴェル・フォメンコはその取り組みの意義を、次のように話しています。

「適切な決断をした上で、ウポニーを捕獲し、リハビリを行ない、野生復帰にさせた後も追跡調査をする、という今回のプログラムは、科学的かつ実験的な取り組みとして成功したと言えるでしょう。

また実施にあたっては、行政機関と一般の人々、学術関係者の意見も考慮され、野生復帰したトラの科学的な管理方法がまとめられることになりました。

私たちにとっても初めての経験でしたが、これからもうまくいくように期待したいと思います」。

これまで多くの困難を伴ってきた、捕獲したトラを野生に戻す試みは、一頭の「頑固者」の協力により、新たな知見を得、次のステップに進もうとしています。

買い方を変えて、森を守る

ウポニーが再び人里に降りてこないか追跡するためにつけられた発信器付きの首輪は、このまま行動が安定し、無事に生息できることが確認されれば、今後、首輪ごと外される予定です。

しかし、今も極東ロシアでは、違法伐採や大規模な商業伐採による森林破壊が続いており、人とトラの遭遇事件も起きています。

そして、日本の消費者も気がつかない間にこうした問題に関わっている可能性があります。

トラがすむ森で生産された木材の中には、中国で建材や家具に加工された後、日本へと輸出されているものがあると考えられるためです。

しかし、野生生物の生きる森の破壊を望まない消費者でも、1つ1つの木材製品が、一体どの森から、どのようにやって来たのかを自ら調べるのは難しいのが現実です。

それは、小売りや加工メーカー、流通業者にしても同じで、中には意図しないまま、破壊的な木材の生産に寄与してしまうケースもあると考えられます。

そこでWWFでは紙製品や木材製品を購入するとき、FSC(Forest Stewardship Council:森林管理協議会)の認証ラベルがついた製品を選ぶことを勧めています。 

FSCマークは、環境を壊すような伐採や違法伐採が行なわれていないか、また森に住む先住民や地域社会に配慮できているか等を毎年厳しくチェックし、審査に合格した森から生産される製品だけにつけられるマークです。

意識するしないにかかわらず、木材由来の製品を買うことは世界の森林環境に影響を及ぼすことにつながります。消費者は、このマークがついた製品を選ぶことで、森を守る活動にも貢献することができるのです。

WWFはこれからも、極東ロシアでシベリアトラと森林の保全に取り組むとともに、日本では企業や消費者に対して、持続可能な方法で生産された木材の利用を働きかけていきます。

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