持続可能な農業を!「ファーマーズ・フィールド・スクール」で守るスマトラの森
2017/09/21
インドネシア・スマトラ島の南端に位置するブキ・バリサン・セラタン国立公園。ここは、絶滅の恐れが高いスマトラサイ、スマトラトラ、そしてスマトラゾウが共存する数少ない地域です 。豊かな熱帯林での違法な農園経営は、長い間、深刻な問題とされてきました。これを解決する試みの一つとして、国立公園の周辺の村で、地域に根ざした有機農業の支援が始まったのは2009年のことです。2017年までに地域の村の人々約2000人の参加と啓発を通じて実現した保全活動は、今後も継続して実施される予定です。
豊かな命をはぐくむ森が切り拓かれる理由
島のほぼ中央を赤道が通るインドネシアのスマトラ島。
この島の西海岸沿いを走るバリサン山脈の南端に位置するのがブキ・バリサン・セラタン国立公園です。
この地域は「スマトラの熱帯雨林」としてユネスコの世界自然遺産にも指定され、スマトラサイや、スマトラトラなど、絶滅の恐れのある多種多様な野生生物が今も命をつなぐ、貴重な地域となっています。
しかし現地では、農地を作るための違法な伐採や、土地の開墾を原因とした森林減少が長い間、深刻な問題とされてきました。
空から撮影された航空写真の分析では、1998年から2004年の間に、国立公園全体の約28%、約8万9,244ヘクタールの森林が失われ、違法な農園や居住地が作られてきたことがわかっています。
2007年にはWWFもその報告書の中で、ブキ・バリサン・セラタン国立公園の中で違法な農業が行なわれ、そこで栽培されている農作物の約50%がコーヒーであることを指摘。
熱帯の山岳地帯にあるこの国立公園が、コーヒーの栽培条件に適しており、さらに違法に栽培されたコーヒーが、日本を含む世界各国に輸出されている可能性があることを明らかにしました。
コーヒー農園をはじめとする国立公園内での違法な土地の占拠は、野生動物の生息域の減少に直結する問題です。
しかしその早急な解決が求められる一方で、違法に農園を広げてきた人々の中には、貧困の問題を抱え、やむなく違法なコーヒー栽培を手掛ける人もいました。
地域の生活の維持や向上が伴わなければ、森林破壊をくいとめ、生物多様性を守ることは難しい現状が続いていたのです。
青空の下で学ぶ、持続可能な農業「ファーマーズ・フィールド・スクール 」
こうした問題に歯止めをかけるため、国立公園周辺に住む人々が、園内の森林を伐採し農園を広げたりしなくても暮らしていけるように、WWFは「ファーマーズ・フィールド・スクール」という取り組みを2009年から実施してきました。
これは、国立公園の周辺の村で、農作物の生産性向上や有機農業を促進し、そこで生産された農作物に高い付加価値をつけて販売できるように、技術指導を行なうものです。
WWFはまず、この活動に参加を希望する人たちに対して、国立公園の中に造成した農園を破棄し、園内の土地から立ち退くことを求めました。
同時に、園内に農園を広げていない農家に対しても、今後も侵入することがないよう合意してもらい、地域の農業から違法性を排除することを目指しました。
そして、コーヒーやカカオ、米など、それぞれの農産物を有機栽培する上で必要な知識やスキルを、村の一部の農家に指導。
ここでトレーニングを受けた農家が、それぞれの村で今度は農業指導者の役割を担い、さまざまな栽培条件の畑で、その知識やスキルを4カ月から6カ月かけて実践、伝達する、という取り組みを継続しました。
この期間中には、指導者を中心に定期的な集まりの機会を設け、農作物を観察や栽培状況を測定し、その結果をまとめて発表。
そのプロセスを繰り返すことで、村の人々は農作物に関しての知識だけでなく、自主的に考える力を養いながら、環境に配慮した農業に取り組む姿勢を身に着けてもらいました。
また、このプロジェクトでは、化学肥料を使用せず、天然のたい肥で育てる有機米や、有機カカオなどの生産により、作物そのものの付加価値を上げる取り組みや、土地を有効利用することで作物の生産性を向上させる取り組みも実施。
さらに、コーヒー以外にもコショウやトウガラシなどの作物を、他の作物を同じ農園の中で栽培し、収穫することで、収入の多様化も図ってきたほか、コーヒーやカカオの収穫後に必要な発酵や乾燥といった加工作業の指導、そして販売先を開拓する支援も行ないました。
こうして、2009年から2017年までの8年間に、ブキ・バリサン・セラタン国立公園周辺で、ファーマーズ・フィールド・スクールに参加し、卒業して行った人は、23村、合計1,990人にのぼりました。
支援後も広がる村での新しい取り組み
コーヒー農園拡大による森林減少が特に激しいとされたウルベル地域を例に挙げると、ファーマーズ・フィールド・スクールの実施により、1ヘクタール当たり500~800kg だった収量が、最大で1.5トンとなりました。
また2012年からは、同じ地域内で栽培しているコーヒーの木の傍に、もともと森に自生していた在来種を含む広葉樹 や果樹 を植える活動も始まっています。
強すぎる日差しの下ではコーヒーの葉は焼けてしまうため、少し背の高い木を植えることで、日差しを和らげ、生産性を高めるとともに、もとの自然に近い環境をつくっていく取り組みです。
ファーマーズ・フィールド・スクールを通じたグループ活動で、村のコミュニティの中でも信頼関係が築かれ、農家としても自信が生まれたことから、卒業後も協力し合い、自主的な取り組みを進めている人々もいます。
2015年には同じウルベル地域内の卒業生から、女性によるオーガニックコーヒーのグループが誕生しました。
16人の女性で始まったこのグループは、1年のうちに120人にメンバーの数を増やし、日本円にして100万円以上の資金を集め、粉コーヒーを商品化することに成功しています。
2016年12月には、2017年から2019年に向けての経営戦略のプランニングトレーニングを実施。
WWFでは今後も、合法なだけでなく持続可能な形の農業がさらに広がることで、残された森が守ってゆけるように、現地への支援を続けてゆきます。