黄海の持続可能な利用をめざして 遼寧省海洋漁業庁に提言
2013/07/09
中国と朝鮮半島に囲まれた海域・黄海の環境保全をめざし、WWFとパナソニック株式会社は、2007年より7年計画で「黄海エコリージョン支援プロジェクト」を推進しています。2013年6月28日、中国東北部の遼寧省瀋陽市を訪問し、遼寧省海洋漁業庁に対し、鴨緑江河口域に広がる干潟の持続可能な利用と保全に関する提言を行ないました。この提言は、プロジェクトの一環として、2010年1月から2013年3月までの3年間にわたり実施してきた、遼寧省丹東市の鴨緑江河口域における沿岸の漁業・渡り鳥・底生生物のつながりを解明するための現地調査の結果を踏まえて行なわれたものです。
鴨緑江河口干潟の重要性
鴨緑江河口干潟は、北極圏から、赤道の南に位置するオーストラリアやニュージーランドまで大旅行をするシギ・チドリ類などの渡り鳥にとって、非常に重要な渡来地です。
2010年、2011年の春季に実施した個体数調査では、オソリハシシギ、オバシギ、ハマシギの3種だけでも2年続けて10万羽前後が記録されました。
日本全国の約100か所で実施されている同様の調査で、シギ・チドリ類の観測個体数の合計が8万羽であることを考えると、鴨緑江河口干潟の重要性が実感できます。
また、鴨緑江河口域では、潮間帯の3分の2以上で貝類が養殖され、そのうち80%がアサリであることが明らかとなりました。渡り鳥だけではなく、私たちの暮らしを支える大切な食糧庫でもあります。
鴨緑江河口干潟の今と昔
調査では、オオソリハシシギ、オバシギ、ハマシギの体重が、鴨緑江河口干潟を訪れた直後から、干潟を離れるまでの一か月ほどの間に、2倍に増加していることがわかりました。
春、秋の渡りの時期に、ゴカイや貝類は渡り鳥に捕食され、いったん数が減るものの、しばらくするとまた元の量に回復し、毎年繰り返される渡りを支えていることが明らかとなりました。
しかしながら、過去三十年の間に、主要な餌資源の個体数は減り、鴨緑江河口干潟で最も個体数が多い優占種は、渡り鳥が捕食しない種類の貝類となり、干潟の生物群構造の多様性が失われてきていることがわかりました。
渡り鳥にとって欠かせない鴨緑江河口干潟の生態環境は悪化してきています。
干潟の生き物と、渡り鳥、沿岸漁業のかかわり
貝類は、渡り鳥の食物にもなります。干潟の資源利用と保全を調和させていくには、干潟に生息する底生生物と渡り鳥、水産業の関係を把握することが欠かせません。
3年間の調査の結果、渡り鳥の主要な食物は、アサリなどの養殖対象種ではなく、在来の底生生物(ゴカイ類や貝類)であることがわかりました。
しかしながら、渡り鳥がアゲマキなどの養殖稚貝を食べることから、爆竹を使って追い払うなど、漁業者と渡り鳥の間に、一部、利害衝突が起きていることがわかりました(ある程度、貝が大きくなると、干潟深くに潜るため、鳥は食べることが出来なくなります)。
干潟の保全と資源利用の調和を目指した提言
2013年6月28日、WWFは現地調査を実施した遼寧省海洋水産科学研究院と共に調査報告とその評価のための会合を開催しました。
会合には、関係行政機関として、遼寧省海洋漁業庁、丹東市海洋漁業局、丹東鴨緑江河口国家自然保護区管理局の他、プロジェクトのスポンサーであるパナソニック中国、研究者が出席しました。
会合では、調査結果概要を報告した後に、調査結果を踏まえた提言書を遼寧省海洋漁業庁へ提出しました。提言書の内容は、鴨緑江河口域をはじめとした黄海の生態環境と海洋生物資源の保全、持続可能な水産養殖業の導入、適切な法令、規約の制定を求めたものです。具体的には、以下の7項目になります。
- 鴨緑江河口など重要な干潟の生物多様性ならびに重要生物種の監視体制強化
- 生態系サービスに基づいた保全管理に関する能力向上のため、この鴨緑江干潟での取り組みモデルの海洋保護区ネットワーク内での共有
- 「海洋生態紅線*」策定時における各領域の専門家の審議制度の設置
*:中国の海洋生態分類制度である、生態敏感区、生態脆弱区などに分類 - 干潟における水産養殖の規約の制定、貝類養殖区域の合理的な配置
- 絶滅危惧種への配慮等、具体的な水産養殖のルールの策定、漁具、薬剤の合理的な使用
- 環境に配慮した持続可能な水産養殖業の推進
- 海洋環境保全に関する知識の普及、沿岸湿地保全活動への市民参加促進
行政機関を代表して、この会合に出席した遼寧省海洋漁業庁の劉栄傑副庁長は、経済発展と生態環境の保全の調和を意識した今回の調査活動の成果を高く評価すると共に、これらの科学的知見と生態系ベース管理の考え方を、鴨緑江河口干潟以外の黄海全域に広く共有していくことが大切であると述べました。
これからの取り組み
黄海は、中国、韓国だけではなく、日本にとっても大切な自然環境です。
モデル地域である鴨緑江河口干潟で採れるアサリは、日本にも輸出されています。近年、日本国内のアサリの漁獲量は、年間5万トンほどで推移しており、1960年代と比較して半減しています。
一方、ここ数年、日本が輸入する中国産アサリの割合は総輸入量の約7割(2.3万トンほど)になります(財務省貿易統計)。
黄海の生物多様性を保全し自然資源を持続的に利用していくには、日本、中国、韓国の関係者、さらには、国際社会が協力していくことが欠かせません。
WWFは、これから、今回の鴨緑江でのモデル活動の成果や課題をまとめ、広く関係者に発信をしてゆきます。
同時に、鴨緑江河口域沿岸での漁業や渡り鳥をはじめとした希少な生物の保護管理が、科学的知見に基づき、生態系サービス(自然からのさまざまな恩恵)に留意し、損なわない形で進められるように、行政当局、地域コミュニティ、研究機関とさらに連携を強めていきます。