温室効果ガス排出量取引/入門編
2015/05/11
排出量取引とは、各企業・国などが温室効果ガスを排出することのできる量を排出枠という形で定め、排出枠を超えて排出をしてしまったところが、排出枠より実際の排出量が少ないところから排出枠を買ってくることを可能にし、それによって削減したとみなすことができるようにする制度です。
排出量取引とは何か
排出量取引とは、各企業・国などが温室効果ガスを排出することのできる量を排出枠という形で定め、排出枠を超えて排出をしてしまったところが、排出枠より実際の排出量が少ないところから排出枠を買ってくることを可能にし、それによって削減したとみなすことができるようにする制度です。
もともとは、アメリカで発電所から出る二酸化硫黄を削減するために作られた制度で、成果をあげたことから有名になりました。
環境政策の類型としては、環境税などと同じ経済的手法と呼ばれ、政府が特定の技術や物質の使用を禁止したりする「直接規制」と比較して、柔軟性が高く、効率が良いと一般的に言われています。
ちなみに英語名は"Emissions Trading"と呼ばれ、「排出権取引」「排出許可証取引」など、いくつかの訳語が与えられますが、意味は同じです。
制度の仕組み -キャップ・アンド・トレード型の排出量取引-
ここでは、排出量取引制度の最も一般的な形式である「キャップ・アンド・トレード型」について解説をします。2005年1月からEUが開始した排出量取引制度も、このキャップ・アンド・トレード型です。
この制度では、名前の通り、対象部門全体の排出量にキャップ(上限)をかけ、その中で、排出枠を取引することを許すことによって、対象部門における最も費用効果的な排出削減の達成を可能にする制度です。
この制度の仕組みについて、以下では、右側の図と共に順を追って説明します。
1:排出削減量を決め、排出枠を発行する
最初のステップは、基準となる年から、目標年における排出量を決める、つまり削減量を決めることです。そして、それに相当する量の排出枠を発行します。
たとえば、基準となる年に100を排出している国が10の削減を目標としている場合、90の排出枠を発行することになります。
2:排出枠を配分する
対象部門全体の排出枠が決まったら、今度はそれを特定の基準に基づいて個々の主体に配分します。右図では、「施設」という単位を例にとっていますが、単位は、国でも企業でも、またその他の主体でも理論上はありえます。
配分する時の基準にはいくつかの種類があります。代表的なものは、その施設の過去の排出量などをベースにして無償で配分するグランドファザリング方式と、すべてオークション(入札)によって各施設に購入させるオークション方式です。この他にも、その施設が使う技術や作る生産物に着目してベンチマークを作り、それに基づいて配分するベンチマーク方式などもあります。
3:実際の排出量と排出枠の差異が生じる
施設が生産活動をはじめると、それに伴ってCO2などの温室効果ガスが排出されます。すると、当初配分された排出枠の量より多く排出してしまうところ、同程度の排出ですむところ、少ない排出しかしないところなど、いろいろ出てくるでしょう。
取引制度がない場合であれば、各々の主体はそれぞれの場所で自力に削減するしかありません。
4:各施設は自力削減または取引をする
自分の持っている排出枠の量を、実際の排出量が上回ってしまった場合、その施設には、基本的に2つの選択肢があります。
1つは、自力で削減すること、もう1つは、排出枠を他所から買ってくることです。図では、一番左側の施設は、自力で削減を行ない、真中の施設は右側の施設から排出枠を買ってくるという例を示しています。
この時の判断基準は、通常であれば「どちらが安いか」に基づくでしょう。この結果、削減費用が安いところから削減が進みます。
5:排出量と排出枠のマッチング
一定の期間が終了したら、算定された排出量と排出枠の量がそれぞれ合っているのかを確認(マッチング)します。
合っている、もしくは排出量の方が排出枠より少なければ、その施設はルールを遵守したことになります。 もし、排出枠が排出量に対して少なければ、その施設(を持つ企業)は罰則を課されます。
ここでのポイントは、排出枠は、達成したい目標の排出量(削減後の排出量)の分しか発行されていないということです。つまり、もし、すべての施設の実際の排出量と排出枠の量が同じであれば、排出量は目標通り削減されているということになります。
排出量取引の特徴
こうしたキャップ・アンド・トレード型の排出量取引は、以下の2つの代表的特長を持っています。
第1に、効果(削減量)の確実性があります。上の説明から明らかなように、排出量取引制度では、達成したい目標を最初に定め、その分の排出枠だけを発行するので、制度がきちんと機能する限り、達成される目標は確実です。この点は、他の制度と比較した際に優れている点としてよく指摘されます。たとえば、政府が補助を出したり、あるいは税金をかけたりする場合、一体どれくらいを出せば/かければ目標とする効果が得られるのかがわかりません。その点、排出量取引は最初に出す排出枠の量で効果を決定することができます。
第2は、削減費用の最小化です。排出量取引は、対象部門で一定量の排出削減を達成するためにかかる費用を最小化することができます。各々の施設は、持っている技術や生産物の種類によって、削減にかかる費用が違います。取引ができない状況では、それぞれが頑張って削減するしかないのですが、排出枠の売買が可能になると、お金の流れが生まれ、安い削減ができるところから削減が進むことを可能にします。自分のところで削減した方が買うより安ければ自分で削減をし、高ければ、他から買ってくる・・・・これを対象部門の施設が繰り返すことによって、対象部門全体での削減費用を最も小さくすることができるのです。
逆にいえば、すべての主体間(施設間)で排出にかかる費用が同じであれば、取引する意味はありません。が、そのような状況は現実的にはありえないでしょう。
排出量取引は、このように、環境的な効果に関して確実性を持つと同時に、経済的効率性ももたらします。そのため、多くの場において、その可能性が着目されているのです。
「原単位」あたりの削減という問題
地球温暖化対策に必要とされる抜本的な政策は、CO2排出に値段をつけ、削減することがメリットとなるような経済的仕組みを作ることです。
温室効果ガスの国内排出量取引制度は、その一つの柱となるものです。
しかし現在、国内の多くの業界では、この制度の導入に際して、排出量の「総量規制」ではなく「原単位(生産量や売上高あたりのCO2排出量あるいはエネルギー消費量)」目標を主張しています。
しかし、これでは全体の削減量は保証されていません。
「原単位」のしくみ
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たとえば、自動車を1台作る場合、 それまで、製造する際に出していたCO2を |
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エネルギー効率を上げて、減らすことができれば、 自動車1台あたりの製造時のCO2排出量は減る! |
しかし!!
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1台あたりの製造時のCO2排出を削減しても、 | |
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生産する台数を増やしてしまうと、 結果的に全体の総排出量は減らないことになる。(逆に増えてしまう可能性もある!) |
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しかし、経団連の「自主行動計画」では、総排出量の削減ではない、原単位あたりの削減目標も認めている。業界は、総排出量でも原単位でも、どちらでも都合のよい目標を選べばよいことになっている。 |
産業やエネルギー部門を主な対象とする排出量取引制度に対する反発として、排出量が急速に伸びているオフィスビル・店舗・家庭などの民生部門、運輸部門の方がむしろ問題という点が業界によって強調されています。しかし、これらの部門に対して、削減をするとこれだけ得をするというような政策の導入が検討されていないことも大きな問題です。
今求められている温暖化防止のための政策
WWF は大規模排出者には、排出枠を売買する国内排出量取引制度を、他の制度を組み合わせた「ポリシーミックス」のような、経済的手法を導入すべきだと主張しています。
ここでいう他の制度とは、上記の大規模排出者に含まれない他の部門に対し、CO2の排出量に応じて支払う税金を課す炭素税や、中小事業者がエネルギー効率の良い設備を導入することで、削減できた排出分を売ることのできる制度などです。
このためにはまず、日本が国としてどのくらい削減する意思があるのかを示す、2050年、2020年の中長期目標を持つことが欠かせません。そして、そのような制度を導入する政治を、国民が自ら求め、作ってゆくことが必要です。
政府や各政党がどのような理解と主張、具体的な提案を持っているか、有権者がそれを判断材料にしてゆくことが、日本を脱温暖化社会へと転換させるために個人ができる一つの重要な行動となります。