絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律の一部を改正する法律案に対する意見書
2017/04/07
2017年4月7日 共同意見書
環境大臣 山本公一 殿
WWFジャパン
日本自然保護協会
日本野鳥の会
トラフィック
イルカ&クジラ・アクション・ネットワーク
野生生物保全論研究会
2013年に「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(平成4年6月5日法律第75号)」(以下、種の保存法)が制定後、20年経って、目的条項に「生物の多様性の確保」が明記され、罰則も大幅に引き上げられるなどの改正がなされた。当時、附則第7条で施行から3年後の見直しが規定され、11項目の附帯決議が付けられた。
その後、環境省は、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律あり方検討会を2016年6月より開始し、現在に至っている。
今回の一部改正案は、1)種指定の優先度と個体数回復などの目標、必要な保護管理計画などを勧告する専門家による常設の科学委員会の法定を検討したこと、2)希少野生動植物種等の指定に関して、国民による提案制度の法定を検討したことなど、一定の評価ができるが、2013年の附帯決議から伺われるような抜本的な見直しというにはほど遠い。
私たちは、以下の点について、今国会で充分に時間を取って審議し、改善を求めるものである。
Ⅰ. 科学委員会および提案制度について
Ⅱ.特定第二種国内希少野生動植物種及び生息地等保護区について
1)「野生動植物の種に関し専門の学識経験を有する者」の関与の拡大
2)「認定生息地等保護区(仮称)」の創設
3)保全のインセンティブ
4)環境影響評価法との横断条項
Ⅲ.国際希少動植物種の取引について
1)国際希少野生動植物種の登録手続き
2)象牙の国内取引
3)ペットショップ、ブリーダー等の管理強化
IV.沿岸海洋について
1)「海洋生物」と海のレッドデータブックについて
2)干潟浅海域について
V.抜本的な改定について
Ⅰ.科学委員会および提案制度について
今回の改正案に種の保存法の指定種を国民から提案する制度が明記されたことおよび、その選定を判定する科学委員会(第4条第7項:専門の学識経験を有する者の意見を聴かなければならない)が法に位置付けられたことは評価できる。
しかし、生息地等保護区の設定や保護管理計画の制定はこれまで通り中央環境審議会の答申を経るというこれまでの仕組みが残された。
種の指定が科学的な議論を踏まえ目標の700種指定に至ったとしても、保全の実効性を持たせる生息地等保護区の指定や保護管理計画の仕組みがこれまでと変わらなければ、指定だけされて実際の保全の取り組みが進まないということが想定される。
環境省の予算や人員に限りがある以上、生息地等保護区の設定や、保護管理計画の立案についても、現場で実際に保全に取り組む自然保護団体等からの提案を受け入れる制度とし、国と自然保護団体等や専門家が一体となって保全活動をしていくことがこうした事態に陥らないようにするためには不可欠と考える。
したがって、生息地等保護区の指定および、保護管理計画の立案についても国民からの提案制度を法定化し、その判定を科学委員会において行うようにするべきである。
Ⅱ.特定第二種国内希少野生動植物種及び生息地等保護区について
里地里山の管理放棄(生物多様性国家戦略第2の危機)による絶滅危惧種が多くなっていることから、特定第二種国内希少野生動植物種の指定による里地里山の希少野生動植物種の保全が進むことが期待される。しかし、特定第二種国内希少野生動植物種は、「販売もしくは購入、頒布の目的以外」の場合は、第9条の捕獲等規制や第12条の譲渡し等の規制が適用されないことから、第36条の生息地等保護区の指定が進まないと保全の実効性が上がらない。
現在、7種9ヶ所のみにとどまっている生息地等保護区の指定推進が重要である。
1)国内希少野生動植物種の種指定が進まない理由として、環境大臣の諮問に基づき中央環境審議会が答申する形でしか種指定ができないことが問題であった。今改正案では、第4条第7項において、政令立案にあたって「野生動植物の種に関し専門の学識経験を有する者」に意見を聞くことになったことは評価できる。しかし、第36条第4項の生息地等保護区の指定にあたっては、関係行政機関との協議、中央環境審議会・地方公共団体の意見聴取に止まっている。また、第45条の保護事業計画の策定にあたっても、中央環境審議会の意見を聞くだけに止まっている。第36条、第45条でも「野生動植物の種に関し専門の学識経験を有する者」に意見を聞くべきである。
2)生息地等保護区が進まない理由として、環境省が土地所有者との交渉を行った上で、環境大臣の諮問に基づき中央環境審議会が答申する形でしか地域指定ができないことが問題である。第36条の「生息地等保護区」とは別に、土地所有者や管理者の自発的な意思に基づき環境大臣が指定する「認定生息地等保護区(仮称)」の制度を創設すべきである。
3)生息地等保護区の土地が民間地の場合は、保全に協力することによるインセンティブが必要である。農地を生息地等保護区に指定する場合、英国の環境スチュワードシップ制度のように、優先的に多面的機能支払・環境保全型直接支援等が得られるようにすべきである。また、土地を地方公共団体等に寄付する場合は、管理地区以外でも租税特別措置法の軽減措置が得られるようにすべきである。
4)環境影響評価法に基づき、配慮書等の早い段階で回避したり、環境保全措置をとったりした生息地については、他の開発によって破壊されることがないよう、環境大臣が第36条に基づいて積極的に生息地等保護区に指定するよう環境影響評価法との「横断条項」を設けるべきである。
Ⅲ.国際希少動植物種の取引について
1)国際希少野生動植物種の登録手続き
国際的に協力して種の保存を図ることとされている種、すなわちワシントン条約の附属書Ⅰ掲載種は、条約で国際取引が禁止されているとともに種の保存法で国内取引も禁止されている。しかし、条約・法が施行される前にすでに所有者の元にあったものを例外的に取引可能とする制度である。それが、個体等の登録制度である。個体等登録制度に関しては、今回の改正案で1)2013年の法改正時に附帯決議に明記された個体識別措置及び2)有効期間の設定が新たに条文に記載された。いずれも対象となる具体的な種名・形態は「環境省令で定める」とされているため、現時点では明らかではないが、「可能かつ必要な種」は手続きの煩雑さではなく、保全の必要性で選定されるべきある。
①規制前取得の登録期限を設けるべきである
今回の改正案で個体等登録の有効期限が設けられる一方で、規制後も新たな登録が際限なく認められるのでは、偽装の防止は不十分である。
そのため個体・器官・加工品すべてにおいて、ワシントン条約附属書Ⅰ掲載により新たに国際希少動植物種に指定された場合、「規制前取得」を申請できる期間(1年程度)を限定するべきである。
種の保存法でも譲受けの届出は30日の提出期限が設けられている(第20条第9項)。
他の法律においても期間内に手続きをしなければ権利が失われることは一般に行われている。外来生物法では、特定外来生物として規制される前から愛がん・観賞目的で飼養等している場合は、規制されてから6ヶ月以内に申請を提出し、許可されれば飼養が継続できることになっている(法施行規則 第2条第19号)。
また国税徴収権は消滅時効5年(国通第72条)、窃盗罪は公訴時効7年(刑事訴訟法250条第2項4号)である。
これらに比べ象牙は、1990年(アジアゾウの象牙は1980年)から輸入が禁止されているにもかかわらず(CITES条約事務局の管理下で取引されたOne-off saleを除く)、26年が過ぎても新たな登録を認めるのは行き過ぎである。
②違法行為の摘発に役立つ登録票の表記を環境省令で定めること
種の保存法違反の立件を難しくしているのは、対象物(個体・器官・加工品)が違法であるかどうかの識別が容易でないためである。
これを改善するためには、販売時に備え付けが義務づけられている「国際希少野生動植物登録票」が対象物および所有者と対応しているか、捜査段階で法執行官に分かりやすくなっている必要がある。生体の場合、現在の登録票等の情報は、動物愛護法で求めている情報よりも少ない。また登録された情報が迅速に捜査に提供されるべきである。
また、登録する情報の詳細を環境省令で定めるに際しては、裁判の証拠として認められるものであるように留意すべきである。
③返納義務違反の罰則強化
義務付けられている登録票の返納を怠った場合の罰則の低さが専門家に指摘されているにも拘わらず、改正案では何ら変更されていない。国際希少種が高額で取引されていることに鑑み見直しをすべきである。
2)象牙の国内取引
毎年3万頭におよぶアフリカゾウが密猟されている。高い価格で取引される象牙を得ることがその最大の理由とされている。ゾウの密猟と象牙の違法取引撲滅に向け、多くの国々が高いコミットメントを発表する中、古くから象牙を利用してきた日本へ厳しい視線が向けられている。
現在、象牙の国内での売買や譲渡を行うための条件として、全形象牙と呼ばれる牙の形状を保った象牙の取引には、個体等登録という手続きが必須である。そして、全形象牙以外の象牙の断片(カットピース)、ハンコやアクセサリーなど材料としての象牙及び製品の取引を行う事業者には、事前の届出が求められている。象牙の取引業者の管理強化を図るものとして、「特別国際種事業者」制度が改正案に示されている。届出制からより厳しい登録制へ変更し、事業者情報を公開するというもの。象牙取引業者の登録制の導入と情報公開は、かねてからNGOが求めていたことであり、この改正案を歓迎する。
しかし、事業者登録制の導入だけで、日本の市場から違法取引を完全に排除できるとは言えない。過去5年間に報道されているだけでも、象牙を扱う事業者による違法事例が5件と行政処分が2件なされている。こうした事業者は今後事業登録の更新拒否や取消などによって淘汰されることになるが、既に製造・販売した製品については、市場から排除することはおろか追跡することさえできないという問題点は残る。
3)ペットショップ、ブリーダー等の管理強化
国際希少野生動植物種に指定されている野生生物の中にはペットとしての取引が大きな脅威となっているもの多い。法改正で見直しが決まっている登録票の個体識別措置の導入と有効期間の設定は、生きた野生生物の取引強化につながり、歓迎される。しかし、種の保存法では、生体を扱う事業者は規制対象になっておらず、国際的に希少な野生生物、しかもその生体を取引するに拘わらず、動物の愛護及び管理に関する法律でイヌやネコ等愛玩動物の販売・繁殖事業者と同様に管理されるのみである。希少な野生生物はペットとしても需要が高く数百万円という価格で取引される種もいることから、違法取引のターゲットとなり易く、過去10年間に事業者による違法事例は28件を数える。特別国際種事業の対象を拡大とする等、生体を取扱う事業者の登録要件を定め、コンプライアンスの低い事業者を排除することが必要である。
Ⅳ.沿岸海洋について
1)「海洋生物」と海のレッドデータブックについて
① 附帯決議十への不十分な対応
種の保存法が策定された1993年、同法は環境庁(当時)と水産庁で取り交わされた覚書により、海洋生物の取り扱いが限定された。2013年の法改正時の附帯決議では、「海洋生態系の要となる海棲哺乳類を含めた海洋生物については、科学的見地に立ってその希少性評価を適切に行うこと。また、候補種選定の際、現在は種指定の実績がない海洋生物についても、積極的に選定の対象とすること。(付帯決議十)」と明記されたにもかかわらず、今回の改正のために組織された検討小委員会に、海洋に関する専門家は選ばれず、海生生物に関する議論、検討は一切行われなかった。
一方、海洋生物のレッドリストについては、2010年に環境省が作成を宣言し、2012年から環境省及び水産庁でそれぞれ評価が行われ、今年の3月21日に公表がなされた。レッドリスト掲載種がそのまま種の保存法の対象とはなるわけでないが、海洋生物のレッドリストが3月21日に公表されたことを受け、附帯決議に従って、早急に同法への掲載検討を進めるべきであろう。なお、環境省は、検討小委員会の答申の中で、海洋生物についての記述は「情報が不十分」であること、積極的な検討を行わなかった理由として「レッドリストが公表されていない」ことを挙げてきた。しかし、レッドリスト公表前に改正の検討を行い、答申まで持ち込んだのは環境省自身であり、これは理由として不適当である。
海洋生物の生息する範囲は、排他的経済水域まで含めると447万平方キロメートルと広大であり、また陸上と異なり、表面水域だけでなく、深海まで幾層にもおよぶ生物圏が構成されている。
気候変動や海の酸性化、増え続けるプラスティックゴミなど海洋環境の悪化が大きな懸念となり、我々の存在をも脅かす大問題として、国際機関での重要課題として取り上げられている。また、絶滅危惧種をこれ以上増やさないことは、愛知目標の達成項目でもある。種の保存法の目的に照らして、特定種をリストに掲載するだけではなく、どのようにしてその保全が実施されるかは、こうした課題への答えである。
② レッドリスト掲載種選定の信頼性
環境省はレッドリスト策定に向けて2012年に検討会を開催した。その中で、レッドリストの選定は、環境省と水産庁が'手わけ'して行うことになった。 今年3月21日公表された水産庁のレッドリストでは、対象となる種の94魚類、鯨類のうち、93種がランク外、すなわち、絶滅のおそれが考えられない、あるいは評価するに足る情報がないこととされている。
しかし、例えば鯨類を例にとれば、IUCNでは17種が情報不足(DD)とされ、スナメリのように絶滅危惧II類に分類されている種もある。(注)また、昨年に新種かもしれないとNOAAが発表したオホーツク海のツチクジラ個体群(水産庁による推定個体数610頭)に混じっていた「カラス」についての言及はない。ちなみに、鯨類についての日本哺乳類学会の評価(1997年)では、地域個体群を含めると11種が希少とされ、スジイルカの地域個体群は危急、スナメリの地域個体群には絶滅危惧を懸念されている。日本海域のみ絶滅の危険がないとするのであれば、その根拠を水産庁は明確に示さなければならない。
さらに、今回のレッドリストの対象外とされた、国境を広い範囲で移動する大型魚種あるいは大型鯨類については、二国間、多国間の条約等によってすでに評価されているとして選定外になっているが、これは移動性の鳥類が国内レッドリストに含まれることと矛盾している。
さらに、これらのうち、ワシントン条約に掲載されている種について、掲載基準を満たさないとの理由で日本が留保を付していることを考えあわせれば、国内においてもレッドリストの評価を行うべきである。
- ※(注)スナメリに関しては最近、分類的に2つの種に分けている。日本の海域のスナメリは、東アジアのNarrow-ridged finless porpoise とされ、研究が進んでいる。同じく絶滅危惧II類(VU)である。
県別のレッドリストでは、神奈川及び広島の個体群が絶滅危惧IA類(CR)、長崎は絶滅危惧II類(VU)、三重、大阪、岡山、愛媛では絶滅危惧II類(VU)となっている。
③ 付帯決議への反映および今後の検討
今回の改正案の閣議決定は、2012年から評価作業の行われていた海洋生物のレッドリストの公表を待たずに2月末に行われたため、海洋における絶滅危惧種への対応が考慮されていない。本改正案の附帯決議に再度対応の必要性を盛り込むとともに、「希少野生動植物種保存基本方針」および「絶滅のおそれのある野生生物種の保全戦略」を改定し、海洋における絶滅危惧種への対応を検討するべきである。
④ 情報不足および評価対象種を限定されたもの
環境省担当の海洋生物レッドリストでは、評価を行った種について情報不足のため絶滅危惧種として判定できない、または評価対象種を限定せざるを得なかったという記載が目立っている。第4次レッドリストの後の評価は、随時行う体制となっていることから、十分な予算措置を行ない、情報を充実させて再評価を行なうべきであり、人知れず絶滅しているという状態を避けるべきである。
2) 干潟浅海域について
① レッドリストで絶滅のおそれがあるとされた種のなかで、沿岸の浅海域の干潟や砂泥地に生息する種が複数あがっている。特にオオシャミセンガイ(絶滅危惧ⅠA類)やアリアケカワゴカイ(絶滅危惧ⅠB類)、ヒガシナメクジウオ(絶滅危惧ⅠB類)のようにかつては広く分布していたが、浅海域の埋立や干拓、環境悪化で現在は、有明海や瀬戸内海の一部でしか確認されていない種が見受けられる。これらの種の生息地を種の保存法の生息地等保護区で守れるのか。他の法令での対応が必要なのか検討が必要である。
例えば、干潟、浅海域の保全の枠組みとしてラムサール条約湿地への登録を行っての取り組みがある。ラムサール条約は保全と活用という視点を持ち人間 活動が活発な干潟,浅海域に適した枠組みである。国内における登録湿地の法的な担保措置として、国指定鳥獣保護区、国立・国定公園の保護地域、河川法での地域指定等があるが、浅海域、干潟に生息する絶滅のおそれのある海洋生物の生息地保全には、新たに海岸法や水産資源保護法などの目的に生物多様性保全を盛り込み、生息地保全に資するための改正が必要と考えられる。
Ⅴ.抜本的な改定について
上記の様々な問題点も含めて、種の保存法は1992年に制定され、今年で25年になる。この間、希少動植物種をめぐる状況が変化しているため抜本的な改定が必要である。現行法の附則第7条および衆参両院の附帯決議8(2013年)に示されているとおり、法律全体を見直さなくてはならない。
以上
関連情報
本件に関する問い合わせ先:
Ⅰ.科学委員会および提案制度について
草刈秀紀 kusakari@wwf.or.jp、03-3769-1713(WWFジャパン)
辻村千尋 tsujimura@nacsj.or.jp、03-3553-4103(日本自然保護協会)
Ⅱ.特定第二種国内希少野生動植物種及び生息地等保護区について
葉山政治 hayama@wbsj.org、03-5436-2634(日本野鳥の会)
辻村千尋 tsujimura@nacsj.or.jp、03-3553-4103(日本自然保護協会)
Ⅲ.国際希少動植物種の取引について
若尾慶子 Keiko.Wakao@traffic.org、03-3769-1716(トラフィック)
鈴木希理恵 suzukikirie@jwcs.org、0422-54-4885(野生生物保全論研究会)
Ⅳ.沿岸海洋について
倉澤七生 dwan-net.nk@nifty.com、03-5912-6772(イルカ&クジラ・アクション・ネットワーク)
葉山政治 hayama@wbsj.org、03-5436-2634(日本野鳥の会)
Ⅴ.抜本的な改定について
鈴木希理恵 suzukikirie@jwcs.org、0422-54-4885(野生生物保全論研究会)